18話 少女シアの素性と「従者契約」の閃き
♢少女シアの素性と「従者契約」の閃き
倒れ伏す悪漢たちを見下ろしながら、ユウキはふと、腰に下げた古びた剣に視線を落とした。そして、重大な失策に思い至る。
(あ、ここで剣の試し切りをすれば良かったんじゃね? 相手もナイフや剣を持ってるんだし、正当防衛ってヤツじゃん!)
絶好の機会を無駄にしてしまったことに気付き、ユウキは心の中で深い溜め息をついた。せっかく魔石が眩い輝きを取り戻したというのに、自分の拳の硬さを再確認しただけで終わってしまった。
はやる気持ちを胸の奥に引っ込め、改めて目の前の少女に向き直る。
助けた少女の名前はシア。衣服はボロボロに引き裂かれ、泥に汚れていたが、その隙間から覗く髪は、汚れに隠しきれない神秘的な輝きを放つ「銀髪」だった。
「もう大丈夫だ。気をつけて帰れよ」
ユウキがそう言って、踵を返して立ち去ろうとした、その時だった。
シアは言葉を発することすら忘れたように、ユウキの衣服の裾を小さな手でギュッと掴んだ。決して離さないと言わんばかりの強い力が、指先に込められている。クシャリと衣服が擦れる音が、彼女の必死さを物語っていた。
見上げられたその顔。泥を拭った奥から覗いたのは、まるで最高級の宝石を嵌め込んだかのような、深く澄んだ「翡翠色の瞳」だった。
怯え、身体を細かく震わせながらも、その美しい瞳の奥にはユウキへの全幅の信頼が宿っている。まるで雨の中に捨てられた子犬のような純粋な目で見つめられ、ぶっきらぼうを気取るユウキも、さすがにこれには困り果ててしまうのだった。
「……おいおい」
仕方なく、彼女の事情を公道に出る前に探っておこうと、ユウキはシアに真っ直ぐ視線を向けた。探るようにその翡翠色の双眸を見つめながら、脳内でステータス鑑定のスキルを発動する。
半透明の文字の羅列が脳裏に浮かび上がった瞬間、ユウキは心の中で大きく目を見開いた。
シアのステータス欄には、並の隠密や暗殺者を遥かに凌駕する、極めて希少な固有スキルが眠っていたのだ。
【神速隠密】
文字通り、神の領域に迫る隠蔽と速度の才能。今はまだ磨かれていない原石に過ぎないが、その銀髪を夜闇に溶かし、翡翠の瞳で標的を捉える隠密組織の長すら超える逸材だった。
半透明の画面を閉じ、目の前の小さな少女を見つめる。
今のユウキは、前世の記憶を持ったままこの異世界に馴染もうともがいていた。周囲には本当の自分を明かせる者がおらず、どれほど贅沢な環境にいようとも、心の底では深い孤独と寂しさを抱えている。
そんな自分を、泥にまみれながらも純粋に求めてくるシア。
ユウキは小さく息を吐くと、一つの賭けに近い提案を口にした。
「俺はヴァルテンブルクの人間だ。もし行き場がないなら、俺に忠誠を誓うか? 『従者契約』をすれば、誰も手出しできないように守ってやる。その代わり、嘘は通用しないぞ」
あまりに突然の、長きにわたる主従を縛る契約の提示。裏切りや奴隷のような過酷な扱いを恐れて嫌がるかと思いきや、シアの反応はユウキの予想を完全に裏切るものだった。
その翡翠色の瞳に迷いの色は微塵もなかった。
シアはまだ泥のついた銀髪を揺らしながら、その場に静かに、しかし毅然とした動作でユウキの前に跪いた。小さな両手を石畳につき、頭を垂れる。
「……あなたに、私のすべてを捧げます。どこまでも、連れていってください」
震える声を絞り出し、しかし確かな意志を込めて即答する。
路地裏の薄暗闇の中、冷たい風が二人の間を吹き抜けていく。一人の孤独な少年と、すべてを失った銀髪の少女の間で、誰にも知られることのない絶対の絆が結ばれた瞬間だった。
♢スキル付与の発見と「心の癒やし」
元近衛騎士長たちの猛追をどうにか撒き、ユウキは路地裏で保護した銀髪の少女、シアをヴァルテンブルク別邸の自室へと連れ帰った。
泥を拭い、簡単に身なりを整えさせた後、ユウキは彼女と向かい合う。シアの深く澄んだ翡翠色の瞳には、一切の迷いも恐怖もなかった。
「……始めるぞ」
ユウキがそっと手を差し伸べると、シアはその小さな手のひらを重ねてきた。
互いの肌を通じて、ユウキの内に眠る海のように膨大な魔力がシアの体内へと静かに流れ込んでいく。血の繋がりに縛られない、絶対的な主従を構築する「従者契約」の儀式だった。注ぎ込まれる魔力の熱に、シアの肩がかすかに跳ねる。
二人の身体が契約の証明たる魔力の波動に包まれた、まさにその瞬間。ユウキの脳裏に展開されていたステータス画面に、予期せぬ異変が起きた。
視界の隅で、それまで見たこともない隠されたシステムログがピカピカと明滅を始める。
【従者契約の完了を確認しました。固有権限『能力付与・共有』が解放されます】
【契約対象に対し、保有する魔力量および所持スキルの一部を恒久的に譲渡、または共有することが可能です】
(……マジか。とんでもないチートシステムを見つけちまったな)
ユウキは内心で驚愕した。これほどの能力、前世のゲームでもそうそうお目にかかれない代物だ。




