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辺境伯家の最強令息、王都の学院で王女殿下に全力で懐かれる  作者: あるふぁ
第2章:辺境の若獅子、王都の学院へ

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14話 不器用な甲斐甲斐しさと、夜の火照り

 二人の前に、どこかで見覚えのある影が立ち塞がった。

 午前中の授業で魔法の嫌がらせを仕掛けてきた、あの中央の勘違い貴族たちだ。彼らは懲りもせず、学院内は身分不問という都合の良い建前を盾にして、ニヤニヤと下品な歪んだ笑みを浮かべながらユウキたちの進路を塞ぐように立ちはだかった。


「おい、田舎の出がらし。ちょっと面を貸せよ」


 リーダー格の伯爵令息が、取り巻きの男爵令息たちを引き連れて傲慢な笑みを浮かべる。彼がユウキを威圧しようと、その制服の胸元へ汚らわしい手を伸ばそうとした、まさにその刹那だった。


「そこまでにせよ、不届き者が」


 放たれたのは、低く、地響きのように重い声音だった。

 その一言が大食堂の喧騒を一瞬にして鋭く引き裂き、まるで時間が止まったかのような凍りついた静寂が辺りを支配する。


 開け放たれた大扉から歩みを進めてきたのは、ヴァルテンブルク辺境伯家が誇る鉄血の老従事。ユウキの父である現辺境伯の直属たる、元近衛の騎士長だった。

 一歩、その鋼鉄の具足が磨き上げられた床を重々しく鳴らすたびに、大食堂の空気が目に見えて歪んでいく。幾多の修羅場を潜り抜けてきた本物の武人だけが持つ、肌を刺すような凄まじい軍の覇気が、圧倒的な圧力となって周囲へ広がっていった。


 さっきまで勝ち誇ったようにニヤついていた伯爵令息たちの顔から、一瞬にして血の気が引いた。あまりの恐怖に呼吸を忘れ、喉の奥からヒッ、と情けない引きつった音が漏れる。


「が、学院内は、身分、不問の、はず……っ」


 伯爵令息は必死に声を振り絞り、特権であるはずの規則を盾にしようとしたが、老騎士の冷徹な一喝がそれを許さない。


「黙れ。法を歪めて解釈するな、中央の雛鳥が」


 老騎士の鋭い眼光に正面から射抜かれ、腰巾着の子爵たちがガタガタと目に見えて膝を震わせる。


「我がヴァルテンブルク家は国境の要、唯一軍の編成を認められた、公爵に匹敵する最高位の辺境伯ぞ。お前たちの実家ごとき伯爵・子爵が束になろうと、我が主の一言で、領地も財産も一晩で更地に変わるのだ。……その自覚すらなく、次期当主たるユウキ様に気安く触れようなどと、正気か?」


 冷徹に告げられた、あまりにも残酷で絶対的な権力の現実。

 伯爵令息は完全に言葉を失った。全身が恐怖で硬直する中、額から噴き出した大粒の冷や汗がポタポタと床に落ち、そのかすかな音が静まり返った室内で妙に大きく響く。

 周囲で遠巻きに事の顛末を見ていた他の生徒たちも、あまりの格の違い、格調高き辺境伯家の本物の威光に息を呑み、巻き込まれまいと一斉に視線を逸らした。


 そんな大騒ぎを目の前にしても、当のユウキ自身は、ただただ面倒くさそうに頭を掻いているだけだった。

 国家の頂点に立つ圧倒的な権力を背負いながらも、目の前の貴族たちを羽虫を見るようにすらしない、底知れない冷めた瞳。その無関心極まる態度が、逆に伯爵令息たちにとって計り知れない最大の恐怖となって突き刺さる。


 本物の強者から放たれる目に見えない重圧に耐えきれなくなった伯爵令息たちは、恐怖と屈辱で顔を限界まで歪めながら、その場にばったりと膝を突いた。そして、震える手で床を這うようにして、ユウキの足元へ深々と頭を下げた。


「……おい、ラインハルト。あいつら急に静かになったな。もう行っていいか? 日が暮れる前に、購買の限定パン買いたいんだけど」


「お、お前なぁ……! 目の前であの傲慢な伯爵連中が、実家の権力だけで文字通り蛇に睨まれたカエルみたいに平伏してんだぞ!? よくそんな平然としてられるな! ……っていうか、あの騎士様の覇気、マジで心臓止まるかと思ったわ! 頼むから俺を巻き込まないでくれよな、マジで!」


 ラインハルトは涙目で声を潜めながら、ユウキのあまりのズレっぷりに必死にツッコミを入れた。


(んふふ、ユウキ様ですものね。あんな無礼を行ったんですもの、当然の仕置きですわね……)


 そんな喧騒から少し離れた席で、我関せずと背を向けたセシリア王女が、優雅に紅茶を傾けながら小さく微笑んでいた。彼女の輝く瞳は、やはり自分の見込んだ通りだと、ユウキへの確信をいっそう深めていた。



♢不器用な甲斐甲斐しさと、夜の火照り


 夜の王都ヴァルテンブルク別邸、ユウキの私室。

 昼間の大食堂での騒動や、相変わらず騒がしい学院の空気に当てられ、ユウキはどっと押し寄せた疲れを癒やすようにベッドへ腰掛けていた。柔らかなマットレスに深く身体を沈め、天井を見上げて息を吐く。


 静まり返った部屋に、トントン、と遠慮がちなノックの音が響いた。

 返事をするより早く、扉がそっと開く。現れたのは、湯上がりなのか、ほんのりと上気した顔をしたミオルだった。湯気と共にふわりと甘い石鹸の香りが鼻腔をくすぐる。彼女の手元のお盆には、ユウキのために用意した特製のハーブティーが乗っていた。


「お、お兄様、まだ起きていらっしゃいましたのね。昼間の疲れが取れるお茶を、私が淹れて……」


 甲斐甲斐しく歩み寄ってきたミオルだったが、ユウキのベッドに視線を奪われて足元が疎かになっていた。床に敷かれていた高級な絨毯の分厚い端に、彼女の小さな足が引っ掛かる。


「あっ――」


 短い悲鳴と共に、ミオルの華奢な身体がお盆ごとユウキのベッドへ向かって真っ直ぐ倒れ込んできた。

 ユウキは迫る影に反射的に反応し、とっさに身をよじってハーブティーの入ったカップをお盆ごとシーツの端へと弾き飛ばす。ガシャンと鈍い音が響き、幸いにも熱いお茶は最悪の事態を免れてあらぬ方向へとそれたが、勢いのついた二人の身体は、ベッドの上で完全に重なり合う形になってしまった。


 ドサリ、と柔らかな沈み込みの直後、むせ返るような香りがユウキの鼻腔を突いた。

 石鹸の清潔な香りと、湯上がりの少女特有の甘い体温。それが混ざり合い、至近距離から熱となって伝わってくる。薄手の寝間着越しに、ミオルのまだ未成熟ながらも確かな弾力を持つ胸元が、ユウキの逞しい胸板に直に押し潰されていた。


 危うくベッドから落ちそうになったミオルの細い腰を、ユウキの腕がとっさに抱きすくめるようにして支える。その瞬間、ミオルはびくりと小さな身体を大きく震わせた。指先がシーツをきゅっと掴み、強張るのがわかる。


 暗がりの中で、至近距離で合わさる互いの視線。

 ミオルの大きな瞳が驚きと過剰な羞恥でみるみる潤み、夜の月明かりの中でもはっきりと分かるほど、その頬から耳たぶ、引いてははだけかけた寝間着の隙間から覗く華奢な鎖骨のあたりまでが、一気に綺麗な桜色に染まっていく。


 ドクドク、トクトクと、密着した胸を通じて、彼女の早鐘を打つような激しい心臓の鼓動がユウキの肌へ直接伝わってきた。あまりの熱量に、ユウキ自身も一瞬だけ息を呑む。室内の温度が急上昇したかのような錯覚さえ覚えた。


 しかし、前世の記憶を持つ男として、ここで取り乱すわけにはいかない。ユウキは何事もなかったかのように平静を装い、腕に力を込めて軽々とミオルを抱きかかえるようにして体勢を戻した。そして、落ち着かせるように彼女のまだ少し湿り気を帯びた濡れた髪を、優しく指先で撫でる。


「ひゃんっ……!? ゃ、お、お兄様……っ!? な、何を、何をしていらっしゃいますの、早く退いてくださいまし……! 違っ、私はただ、お兄様が昼間、中央の不届き者たちの相手で疲れていると思って、その、お茶を……。あ、動かないで! 変なところが、当たって……っ、もう、お兄様の意地悪……っ!」


 ミオルはパニックになりながら、胸元に両手を当てて真っ赤な顔で捲し立てた。触れ合う身体のあちこちから伝わる未知の感触に、涙目をさらに潤ませてジタバタと暴れる。


「ん!? はぁ? お前こそ退けって。ったく……」


 ユウキは降って湧いた災難に呆れ果て、ベッドの下に落ちたお盆を拾い上げながら短くため息をついた。

 押し問答の末、ようやくユウキの身体から離れたミオルは、乱れた寝間着の裾を必死に引っ張りながら、真っ赤な顔のまましばらく部屋の隅で固まっていた。肩が上下に激しく揺れ、まだ荒い呼吸が静かな室内に優しく響く。


「も、もう信じられませんわ……!」


 蚊の鳴くような震える声でそれだけを言い残すと、彼女はハーブティーの道具をひったくるようにして、今度こそ夜の廊下へと逃げ去っていった。ばたばたと廊下を駆けていく裸足の足音が、心細そうに遠ざかる。


 残されたユウキは、再び静まり返った部屋で、自分の胸元に微かに残るあの甘い体温と柔らかな感覚を振り払うように、大きく首を振るのだった。


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