13話 放課後の寄り道と、魂の親友
パシュ、と。
まるで気の抜けたような、小さく頼りない音が空気を揺らす。
しかし、ユウキの手のひらから放たれた極小の火球は、目にも留まらぬ速度で直進すると、本来なら中級魔法すら防ぐはずの魔法防御結界を施された的を、あっさりと貫いた。
パキィン、と乾いた高い音が響き、的の中央には綺麗な風穴が空いている。焦げ茶色の木肌から、熱による白い煙が細く立ち上っていた。
(あ、ヤベぇ……的を壊しちまった! ってか、魔力量を微量にしたんだけどな……)
ユウキは内心で頭を抱えた。自分の微量という基準が、この生温かい環境の常識からどれほど逸脱しているかを完全に失念していた。辺境伯領の基準、ひいては自身のステータスからすれば蚊を殺すほどの出力だったのだが、学院の結界にとってはあまりにも鋭利で濃密な一撃だったらしい。
静まり返った演習場で、それを見ていたラインハルトとセシリア王女が、同時に驚愕の表情を浮かべた。
「わぁっ、スゴイですわ!」
「って、ユウキ……スゲーな! 的のど真ん中じゃねーかよ。しかも貫通って、どういう魔力とコントロールをしてんだよ!」
興奮気味に声を上げるラインハルトに、ユウキは引きつりそうになる頬を必死に抑え、背中に浮かぶ冷や汗を隠しながらへらりと笑ってみせた。
「え、あ……結界がたまたま老朽化してて、限界を超えてたんじゃね? いやー、途中で消えずに的まで無事に届いて安心したわ……あははっ」
あまりにも苦しい言い訳を並べ立てると、ユウキはこれ以上の追及を逃れるように、まだ状況に納得がいっていないラインハルトの腕を引っ張った。そして、そそくさと他の生徒たちの人目が付きにくい、演習場の後方へと移動を開始する。
だが、その背中を追う、キラキラとした熱い視線を遮ることはできなかった。
セシリア王女は豊かな胸元に白い両手を添え、去り行くユウキの後ろ姿をじっと見つめている。心臓が高鳴るのを、その掌で確かめるように。
(あの方は、やはりただ者ではありませんね……ユウキ様ですか。たしか、ヴァルテンブルク辺境伯のご子息でしたわね)
彼女の聡明な双眸には、自分の実力を隠そうと必死に言い訳を取り繕うユウキの意図が、完全に透けて見えていた。むしろ、その卓越した魔力制御を老朽化のせいにしようとする強引な態度が、彼女の知的好奇心と関心をさらに深く煽る結果となっていた。
背中に刺さるあまりにも熱烈な視線。ユウキはその正体に気付かないふりを決め込み、完全にセシリアへ背を向けた。
「なあハルト、そう言えば次の講義の課題って何だっけ?」
何事もなかったかのように、ラインハルトへ他愛のない世間話を振り、必死にその場の空気を誤魔化し続けるのだった。
♢放課後の寄り道と、魂の親友
魔法実技の授業で的を粉砕し、静まり返る演習場の中でユウキが冷や汗を流していた時のことだ。
周囲の生徒たちの畏怖の視線、そしてセシリア王女の熱烈な眼差しに居心地の悪さを感じていたユウキの腕を、隣にいたラインハルトが突然掴んだ。
「おい、ユウキ! ちょっと面貸せ、逃げるぞ!」
「は? おい、引っ張るなって……」
訳も分からぬまま連れ出されたユウキは、好奇の目に晒される演習場を後にし、学院の喧騒から離れた場所まで一気に移動することになった。
辿り着いたのは、王都のメインストリートから一本外れた、薄暗い路地裏だった。
そこには、学院の豪華な大食堂とは無縁の、香ばしい煙を上げる一軒の小さな串焼き屋があった。炭火でじっくりと炙られた肉の脂がパチパチと音を立てて爆ぜ、タレの焦げる芳醇な匂いが、驚きで固まるユウキの鼻腔をくすぐった。
「ったく、お前さぁ……あのままあそこにいたら質問攻めで詰んでたぞ。ほら、ここなら誰も来ねーよ」
「……助かったよ。しかし、こんな店をよく知ってるな」
ラインハルトはへへんと鼻を鳴らすと、慣れた手つきで安物の丸椅子に腰掛けた。
彼は王都近郊を治める子爵家の三男坊であり、将来は地方の役人になって平穏に過ごしたいと願う、貴族らしからぬ庶民派の少年である。
「辺境伯家の若様をこんな小汚い店に連れてくるのは、この学院で俺くらいだろうけどよ。……どうだ? たまにはこういうのも悪くないだろ」
「……ああ。正直、こういうのが一番落ち着くんだよな」
差し出された安価だがジューシーな肉串を口にし、凝り固まった肉が噛み締めるたびに旨味を溢れさせるのを味わいながら、ユウキは前世の感覚を思い出してふっと硬い表情を緩めた。お互いに平穏なスローライフという共通の価値観を持っていることが分かり、二人は身分を超えたいつもの軽口を叩き合える、魂の親友となったのである。
♢鉄血の断罪と、購買の限定パン
午前中の魔法の実技授業が終わり、ユウキたちは途中で買い食いをしていたが、学院は待ちに待った昼食の時間へと移り変わっていた。
天井の高い大食堂は、大勢の生徒たちの話し声と食器の触れ合う音で賑わっている。ユウキが友人となったラインハルトと並んで歩き、食堂の喧騒に足を踏み入れた、その時だった。




