12話 微小の火球と、届かぬカモフラージュ
やがてラインハルトの順番となり、彼は緊張した面持ちで前進する。課題は、初級魔法であるファイアショットを放ち、前方にある木製の的に命中させるというシンプルなものだった。
だが、周囲の生徒たちの様子は惨憺たるものだった。
多くの者が照準を定めることすらおぼつかず、辛うじて放たれた火球も、的に届く前に力なく霧散していく。中央貴族の精鋭が集うはずの学び舎で繰り広げられるのは、あまりにもお粗末な光景だった。パチパチと頼りなく爆ぜる火花と、思い通りにいかない焦燥の混じった声が演習場に虚しく響く。
(あれ? こんなレベルなのか? ……そうか、うちの辺境伯領の兵士たちを基準にして考えていたのが間違いだったか)
国境線で命がけの戦いを日々繰り広げる辺境の精鋭たちと、温室育ちの学生を比べること自体が酷だったのだ。ユウキが内心で呆れながらラインハルトの背中を見守っていた、その時だった。
きらびやかな喧騒の奥から、僅かな魔力の指向性が自分へと向けられるのを、ユウキの規格外の感知能力が鋭敏に捉えた。肌をピリリと刺すような、不快な魔力の高まり。
視線を動かさずとも、それが悪意に満ちた悪戯、あるいは小気味いい嫌がらせの類いであることはすぐに分かった。避けるのは造作もない。だが、もし自分がここで身をかわしてしまえば、その直線上――ユウキの真後ろの少し離れた場所にいる人物、この国の第一王女であるセシリアに、その軌道が逸れた魔法が直撃してしまう位置関係だった。
ユウキは心の中で深く、深く溜め息をついた。
放たれたのは、標的を凍りつかせる初級魔法のアイスショット。
ユウキは迫り来る冷気の塊に対し、まるで煩わしい羽虫でも払うかのように、片手を小さく横に振るった。その瞬間、固有スキルである魔力吸収を極小規模で発動させる。
襲いかかった氷の弾丸は、ユウキの手のひらに触れた刹那、その魔力を根こそぎ奪われてパキィンと頼りない音を立てて霧散した。肌に触れた一瞬の涼感だけを残し、氷塊は完全に消滅する。
仕掛けた側は、自分の魔法が何事もなかったかのように消え去ったことに動揺し、ムキになったのだろう。
次に放たれたのは、赤々と燃え盛るファイアショットだった。周囲の空気を爆ぜさせ、衣服を焦がすだけでは済まない、明確な害意の乗った一撃がまっすぐに伸びてくる。
だが、それも同じだった。ユウキが再び無造作に手を払うと、猛烈な火球は火の粉ひとつ残さず、彼の掌の中に吸い込まれるようにして消滅した。熱気すらも魔力へと変換され、ユウキの身体へと吸収されていく。
二度も不自然に遮られた爆音と、一瞬だけ演習場を揺らした熱気。さすがに、すぐ近くにいたセシリア王女も何が起きたのかに気付いた。
彼女は驚きに美しい目を見開き、それから深く気品のある一礼をユウキに向けた。風に揺れる艶やかな髪の隙間から、その真摯な眼差しがユウキを捉える。
「お守りくださり、ありがとうございます……ユウキ様」
ユウキには守ったという大層な自覚は微塵もなかった。ただ、自分に向けられた魔法を避ければ、背後にいる無関係な王女に当たってしまうため、これ以上の面倒事を避けるために防いだだけだ。
「いや、別に……気にしないでくれ」
ユウキは心底どうでもよさそうに、短くぶっきらぼうに答えた。
その直後、周囲の空気が一変する。物陰からニヤニヤと浅薄な様子で伺っていた悪戯の犯人たちは、王女の周囲を厳重に固めていた近衛兵たちによって、弁明の余地もなく瞬く間に組み伏せられた。大理石の地面に押しつけられ、短い悲鳴を上げながら引きずられていく。
課題を終えたラインハルトが、何が起きたのか全く理解できないといった、きょとんとした顔で戻ってくる。
「は? 何事だよ……? 急に王女様の護衛が動いたけど」
「なんだろうな? 俺にも分からん」
ユウキは肩をすくめ、いかにも平凡な一般生徒を装って素知らぬ顔で答えた。
周囲を欺き、どこまでも平穏を装おうとするその横顔。だが、その背中に注がれるセシリア王女の視線は、先ほどまでとは明らかに違っていた。彼女は、すべてを悟ったかのように、その極上の双眸を深く爛々と輝かせながら、立ち去っていくユウキの姿をいつまでもじっと見つめ続けていた。
♢微小の火球と、届かぬカモフラージュ
周囲の喧騒と驚きが冷めやらぬ中、とうとうユウキの順番が回ってきた。
これ以上ないほどに気が重く、胸中で深い溜め息を吐きながら前へと進み出る。一歩を踏み出す足取りは、まるで処刑台に向かう囚人のように鈍い。
前方を見据え、並び立つ木製の的に向かって無造作に右手をかざした。
頭の中で、課題である初級魔法のファイアショットをイメージする。
この手の授業で最も重要なのは、実力を隠して周囲に溶け込むことだ。ユウキは自らの中に眠る、海よりも膨大な魔力から、ほんの一滴を掬い取るようにして魔力量を調整した。いや、少量どころではない。これでもかというほどに削り、さらに微量へと限界まで絞り込んだ。クラスの平均、いや、それ以下の不発寸前のレベルを目指した。




