10話 王都の屋敷での不器用な世話焼き
「おいおい、見ろよ。辺境の野蛮人が一丁前に王都の学び舎に紛れ込んでいるぞ」
リーダー格の伯爵令息が、わざとらしく周囲に聞こえるような大声で嘲笑した。香水のキツい匂いが、廊下の清浄な空気を汚すように漂ってくる。
「ヴァルテンブルク家も、あの恐ろしい辺境伯の代で終わりだな。すべてが平均的で弱々しい、こんな出がらしの無能が跡取りとは、同情するよ」
取り巻きの子爵がクスクスと下品な笑い声を上げ、周囲の生徒たちもまた、冷ややかな好奇の目でユウキを見つめる。
「ここは王都の中央学院だ。領地でどれだけ偉そうにしていようが、学院は身分不問の学び舎だからな。お前のような田舎者が、僕たちと同じ空気を吸っているだけでも不愉快なんだよ」
面と向かって投げつけられる、執拗な侮蔑の言葉の数々。大理石の壁に反響する彼らの嘲笑を浴びながらも、ユウキの表情はピクリとも動かなかった。
中身は転生者であり、すでに自身の規格外のステータスを把握しているユウキから見れば、彼らはレベル1の村人が必死に威張っているようなものだった。怒るどころか、心底つまらなそうに彼らの浅薄な顔を見つめ、小さくため息をつく。
「……あくびが出そうだな。どいてくれ、お前たちの相手をするほど暇じゃない。次の講義に遅れる」
ユウキは一切動じず、感情の消えた冷めた目で言い放つと、彼らの横をすり抜けようとした。
そのあまりに傲然とした態度に、伯爵令息の顔が侮辱された怒りで醜く引きつる。
「待ちたまえ! たかが辺境の出がらし風情が、僕たちを無視する気か! 僕たちの後ろにどなたがいるか分かっているのか! 中央を統べるあの大物公爵閣下だぞ!」
背後から浴びせられる、甲高いヒステリックな怒声。
(公爵、ねえ……)
ユウキはその脅し文句を背中で受け止めながら、振り返ることもせず、ただ一歩も足を止めずに廊下の奥へと歩み進めていった。
しかし、本物の戦いを知らない軟弱な彼らには、その無駄のない足取りがユウキの圧倒的な強者としての覇気であるとは、到底気づけなかった。
ユウキがそのまま平然と歩き去っていく背中を見送りながら、伯爵令息は強張った顔を必死に取り繕い、拳を握りしめて大声で虚勢を張った。
「ふ、ふん! 見ろよ、あの臆病者が! 言い返せもしないで逃げ出したぞ!」
「やはりただの無能ですな! 中央の権力に怯えたのでしょう!」
自分たちが一瞬でもその威圧感に恐怖を抱いた事実をごまかすように、さらに調子に乗って嘲笑を響かせる下級貴族たち。背後で騒ぐ彼らの声を浴びながらも、ユウキは振り返ることすらなく、のんびりと次の教室へと向かって歩みを進めるのだった。
♢王都の屋敷での不器用な世話焼き
白亜の貴族学院から解放され、ユウキは王都の一等地に構えられたヴァルテンブルク辺境伯家の別邸へと帰還した。
本邸ほどではないにしろ、中央の並みの貴族を圧倒する豪華な屋敷。だが、今のユウキにとってはただ肉体と精神を休めるための場所に過ぎない。
「はぁ……疲れた。レベル1の村人たちに絡まれるのが、あんなにエネルギーを使うとは思わなかったな」
ユウキは自室の扉を開けるなり、高級なシルクのシーツが敷かれたベッドへ泥のように倒れ込んだ。重い制服の襟元を緩め、深く息を吐き出す。
前世の高校生としての感覚が残っている彼にとって、あの虚栄と権謀術数にまみれた学院の空気は息が詰まる。ましてや、海のように膨大な魔力と規格外の身体能力を隠し、無能の出がらしを演じ続けるのは、それだけで精神的な労力だった。
のんびりと平穏に過ごしたい。そう願いながら重い瞼を閉じようとした、その時だった。
バァン! と、やけに勢いよく部屋の扉が開け放たれた。
「もう! お兄様、何をだらしなく寝転がっているのですか!」
怒ったような鈴を転がす声とともに踏み込んできたのは、義妹のミオルだった。
辺境の地で別れたはずの彼女が、なぜか先回りして王都の別邸に到着しており、しかもすでに着替えを済ませて甲斐甲斐しくユウキを待ち受けていたのだ。
「ミオル……。お前、いつの間に王都に着いてたんだよ。それに、ノックくらいしろ」
「そんなことはどうでもよろしいのです! それより、学院の初日はどうだったのですか!? 中央の軟弱な腰抜けたちに、何か無礼なことを言われませんでしたか!?」
ミオルはつかつかとベッドの傍らまで歩み寄ると、細い腰に手を当ててユウキを見下ろした。怒りでわずかに肩を震わせる彼女の瞳には、かつての冷徹な拒絶ではなく、隠しきれない強い心配の色が灯っている。微かに届く果実の甘い香りが、張り詰めていたユウキの心をふわりと解きほぐしていった。
「いや、別に何も。ただの犬吠えだ。どいてくれって言ったら大人しく退いたしな」
「本当ですか……? もしお兄様を侮るような不届き者がいれば、私がヴァルテンブルクの名において、容赦なく排除して差し上げようと思っていましたのに」
ふんす、と鼻を鳴らすミオル。ほんの少し前までユウキを無能と見下し、冷めきった関係だったとは思えないほどの過保護ぶりだった。




