第六話 契約書という革命
「――で?」
ガルドは椅子に深く座ったまま言った。
「具体的にはどうやる?」
アルノルトは待ってましたとばかりに笑った。
「まずは小規模から始める」
「小規模?」
「荷馬車三台。商人は五人程度」
「少ねぇな」
「最初から大規模で失敗すると信用が吹き飛ぶからね」
前世でもそうだった。
新規事業はまず実証。
いきなり拡大する会社は大体死ぬ。
「そして重要なのが――これ」
アルノルトは机へ紙を置いた。
部屋の全員が眉をひそめる。
「なんだそりゃ」
「契約書」
ガルドが紙を手に取った。
そこには簡単な文章が並んでいる。
荷主。
護衛。
運搬責任。
損害時の補償。
利益分配。
前世ならコンビニの雇用契約以下の簡素な内容。
だが、この世界では異常だった。
「……細けぇな」
「細かくするんだよ」
アルノルトは即答する。
「責任が曖昧だから揉める。揉めるから信用できない。信用できないから協力できない」
「だから全部決めるってか」
「そう」
ガルドは黙って契約書を見ていた。
後ろの部下たちも覗き込んでいる。
「もし荷が盗まれたら?」
「責任範囲を事前に決める」
「護衛が逃げたら?」
「違約金」
「荷主同士で揉めたら?」
「管理役が裁定」
アルノルトは机を軽く叩いた。
「つまり、“誰が悪いか分からない”をなくす」
前世では当たり前。
だが、この世界にはなかった。
ガルドが小さく息を吐く。
「……面倒くせぇな」
「でも儲かる」
「それは大好きだ」
即答だった。
アルノルトは思わず笑う。
(この人、話が早いな)
だから成功したのだろう。
ガルドは暴力だけの男ではない。
利益の匂いを理解できる。
「護衛費は?」
「共同で負担」
「利益配分は?」
「積載量で調整」
「管理料は?」
「灰狼商会が取る」
その瞬間。
ガルドの口元が初めて本気で歪んだ。
「……坊ちゃん」
「なに?」
「お前、本当に貴族か?」
「失礼だな」
「普通の貴族は、俺たち商人を“金袋”くらいにしか思っちゃいねぇ」
それはアルノルトも知っていた。
この世界の貴族は、商業を軽視している。
土地と税こそが力。
商売は下の仕事。
そう考えている。
(だから隙だらけなんだけどね)
前世では逆だった。
流通。
金融。
情報。
それを握る者が世界を動かす。
「坊ちゃん」
ガルドが低い声で言った。
「一つ聞く」
「なに?」
「お前、どこまでやる気だ?」
リリアが不安そうにこちらを見る。
だがアルノルトは迷わなかった。
「帝国を買う」
部屋が静まり返った。
数秒後。
「ぶはっ!!」
ガルドが盛大に吹き出した。
後ろの男たちも笑い始める。
「ははははっ!!」
「帝国を買うだと!?」
「坊ちゃん面白すぎるだろ!」
腹を抱えて笑っている。
普通なら当然だ。
子供の戯言。
夢物語。
だがアルノルトだけは本気だった。
(会社が国を超えるなんて、前世じゃ普通にあったしな)
巨大企業。
世界金融。
国家予算級の資本。
知っているからこそ分かる。
金は、王冠より強い。
ガルドは涙を拭いながら笑った。
「気に入った」
「それはどうも」
「いいぜ坊ちゃん。今回の件、灰狼商会が乗ってやる」
リリアが目を丸くする。
「ほ、本当に……?」
「ああ。ただし条件がある」
ガルドはニヤリと笑った。
「最初の共同輸送――坊ちゃん、お前も同行しろ」
「……へぇ?」
「自分の考えた仕組みだ。最後まで責任持てるよな?」
完全に試されていた。
安全な場所で口だけ出す貴族か。
それとも、本当に現場へ立つ人間か。
アルノルトは少しだけ笑う。
(いいじゃん)
嫌いじゃない。
「もちろん」
即答だった。
【ユニークスキル《企業経営》が発動】
【イベント《初輸送》開始】
【推定成功率:64%】
【警告:妨害の可能性があります】
(あれ!?急に成功率が下がった……?)
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