第五十六話 北部を出る日
商人ギルドの使者が来てから三日後。
アルノルトはラウル村の広場に立っていた。
目の前には荷馬車。
そして村人たち。
「本当に行くんですか?」
リリアが少し寂しそうに言う。
「帝都には行くよ。」
「でも戻ってくる。」
アルノルトは笑った。
ここは始まりの場所だ。
捨てられた辺境。
誰も見向きもしなかった北部。
だが今は違う。
「契約村は十五。」
ミレナが報告書を読み上げる。
「共同輸送参加商人は四十一組。」
「北部街道の襲撃件数は前年比八割減。」
「保存食の流通量は四倍になっています。」
「十分だね。」
もう北部は回り始めていた。
誰かが毎日指示を出さなくても。
誰かが毎日走り回らなくても。
仕組みが動いている。
それが一番大きかった。
「坊ちゃん。」
ガレスが腕を組む。
「織機を増やす。」
「弟子も三人取った。」
「だから心配するな。」
「頼もしいね。」
「勘違いするな。」
「仕事が増えて断れなくなっただけだ。」
そう言いながら少し嬉しそうだった。
「侯爵の坊ちゃん。」
ダンが笑う。
「北部を捨てて帝都へ行く気分はどうだ?」
「捨てるわけじゃないよ。」
アルノルトは北を見た。
雪山。
街道。
村。
全部見覚えのある景色だった。
「北部はもう自分で立てる。」
「だから次へ行く。」
前世でもそうだった。
会社は社長一人では大きくならない。
人が育つ。
仕組みが回る。
そして次へ進む。
「アルノルト様。」
ベルマンが羊皮紙を差し出す。
「商人ギルドからの正式招待状です。」
封を開く。
そこには見慣れた名前があった。
北部商業管理官。
クラウス。
『帝都中央商業会議への参加を要請します。』
『アルノルト商会は、既に地方商会の規模を超えています。』
『帝国市場の一員として迎え入れたい。』
「出世したなぁ。」
ダンが笑う。
「胃痛が増えるだけだよ。」
「違いねぇ。」
その時だった。
アルノルトの視界に文字が浮かぶ。
【ユニークスキル《企業経営》が発動】
【第一章:辺境商会編 完了】
【北部経済圏の構築に成功】
【第二章:成り上がり編 開始】
【次の目標:《帝国市場への参入》】
アルノルトは少し笑った。
辺境送り。
塩不足。
共同輸送。
保存食。
全部ここから始まった。
だが。
帝国は広い。
そして。
帝都には、北部よりずっと大きな市場が待っている。
「よし。」
アルノルトは荷馬車へ乗り込んだ。
「帝都へ行こう。」
その言葉と共に。
アルノルト商会の馬車は、北部街道を南へ進み始めた。




