第五十五話 動き出した北部
リンド村を訪れてから、一か月後。
北部は少しずつ姿を変え始めていた。
「カルド村の羊毛、到着しました!」
「リンド村へ回せ!」
「フェルン村向け保存食の積み込み完了!」
ラウル村の広場は朝から騒がしい。
荷馬車が行き交い、人が走る。
以前の静かな村は、もうどこにもなかった。
「侯爵の坊ちゃん」
ダンが腕を組む。
「本当に繋がっちまったな。」
「そうだね。」
フェルン村の保存食。
カルド村の羊毛。
リンド村の織物。
そしてラウル村の物流。
別々だった村が、利益で結び付いていた。
「ガレスさんは?」
リリアが尋ねる。
「相変わらず頑固だ。」
アルノルトは苦笑する。
結局、ガレスは商会へ来なかった。
その代わり。
『教えるだけだ。弟子になるかどうかは本人が決めることだ。』
そう言って、孤児の子供たちへ織物を教え始めた。
口は悪い。
だが面倒見は良い。
最近ではすっかり職人頭だった。
「坊ちゃん!」
噂をすればだった。
馬車からガレスが顔を出す。
「糸が足りん!」
「早いな!」
「羊毛が増えすぎなんだ!」
怒鳴っている。
だが少し嬉しそうだった。
「カルド村が本気出したからね。」
「全く、年寄りを働かせる坊ちゃんだ。」
「嫌なら断ればいいのに。」
「断ったら技術が消えるだろうが。」
ガレスはそう言ってそっぽを向く。
アルノルトは少し笑った。
どうやら北部最後の織物職人は、まだまだ現役らしい。
「アルノルト様。」
ミレナが報告書を持ってくる。
「契約村が十二になりました。」
「もう十二か。」
「共同輸送参加商人は三十四組。」
「保存食生産量は三倍。」
「織物の予約注文も増えています。」
順調だった。
順調すぎるくらいに。
「侯爵の坊ちゃん。」
ダンの顔が少し真面目になる。
「赤蛇商会が動いてる。」
「どんな感じ?」
「北部から撤退し始めてる。」
アルノルトは目を細めた。
「撤退?」
「ああ。」
「利益が出ないらしい。」
当然だった。
価格競争では勝てる。
だが。
契約。
信用。
定期供給。
地域同士の結び付き。
これは簡単には奪えない。
「ミレナさん。」
「はい。」
「赤蛇は負けたと思う?」
「いいえ。」
即答だった。
「大商会は、一度負けたくらいでは諦めません。」
「ですよね。」
むしろ。
ここからだろう。
「アルノルト様!」
ベルマンが駆け込んでくる。
「商人ギルドから使者です!」
「クラウスさん?」
「はい!」
アルノルトは少し笑った。
北部は終わった。
いや。
正確には。
終わるほど大きくなった。
「さて。」
アルノルトは立ち上がる。
「次は帝国全体を相手にしようか。」
その言葉に。
ダンが笑う。
「やっぱり胃が痛くなる未来しか見えねぇ。」
アルノルトも笑った。
だが。
ここからが本番だった。




