第五十四話 最後の工房
「好きだからだ」
ガレスの答えは短かった。
だが。
アルノルトには十分だった。
「儲からないんですよね?」
「ああ」
「人も減った?」
「ああ」
「弟子は?」
「いない」
全部即答だった。
諦めた人間の答え方だった。
長い時間をかけて、
•人が去り、
•商人が来なくなり、
•村が衰退していく。
それを見続けてきたのだろう。
「それでも続けているんですね」
リリアが静かに言う。
ガレスは工房の奥を見る。
古い織機。
糸車。
積まれた布。
「親父の工房だからな」
少し間を置いて続ける。
「その前は祖父の工房だ」
なるほど。
仕事というより。
人生だった。
「侯爵の坊ちゃん」
ダンが小声で言う。
「どうするんで?」
「スカウトしたい」
即答だった。
ガレスが嫌そうな顔をする。
「断る」
「まだ何も言ってないよ?」
「どうせいうことは同じだ」
鋭かった。
「商会へ来いと言うんだろう?」
「半分正解」
「半分?」
「来てほしいのは職人じゃない」
ガレスが眉をひそめる。
「技術だよ」
工房が必要なのではない。
布が欲しいわけでもない。
欲しいのは。
技術を残せる人だ。
「羊毛はある」
「販路も作れる」
「でも技術がない」
だから。
「教えてほしい」
ガレスが黙る。
ダンも黙る。
リリアも。
ベルマンも。
静かだった。
「弟子を育てろと?」
「そう」
「今さらか」
ガレスが笑う。
自嘲だった。
「若い連中はみんな村を出た」
「布なんか未来がないってな」
それも分かる。
生活がある。
食べなければならない。
「でも」
アルノルトは言う。
「未来がないんじゃない」
「売り方を知らなかっただけだ」
ガレスが初めてアルノルトを見る。
真っ直ぐに。
「羊毛はある」
「北部は寒い」
「防寒具は売れる」
「物流もある」
「足りないのは織物だけ」
全部揃っている。
最後の一つ。
それだけが足りない。
「ガレスさん」
「なんだ」
「もう一回、北部の布を作ってみない?」
工房の中が静まる。
風の音だけが聞こえた。
「……坊ちゃん」
ガレスが静かに言う。
「期待をさせるな」
その言葉は重かった。
「何人も来た」
「何人も消えた」
「投資すると言った奴もいた」
「販路を作ると言った奴もいた」
「だが誰も戻ってこなかった」
だから信じない。
そういうことだろう。
「なら」
アルノルトは笑った。
「先に証明するよ」
ガレスが顔を上げる。
「証明?」
「カルド村の羊毛を売る」
「フェルン村の保存食を売る」
「ちゃんと利益を出す」
「それを見てから決めてほしい」
ガレスは黙った。
長い沈黙。
やがて。
「……ずるい坊ちゃんだな」
小さく笑った。
初めてだった。
ガレスが笑ったのは。
「考えるだけだ」
「十分だよ」
アルノルトも笑う。
契約はいらない。
約束もいらない。
まずは信用。
それがアルノルト商会のやり方だった。
【ユニークスキル《企業経営》が発動】
【《技術継承イベント》が発生】
【対象:ガレス】
【成功率:上昇】
(よし)
すぐに結果は出ない。
だが。
確かに前に進んだ。
それだけで十分だった。




