第五十三話 リンド村
カルド村を出発して翌日。
アルノルトたちは東へ向かっていた。
目的地はリンド村。
かつて北部有数の織物村と呼ばれた場所だった。
「見えてきました」
ベルマンが前方を指差す。
小さな村。
規模はフェルン村より少し大きい。
だが。
「静かだな」
ダンが呟く。
確かに静かだった。
人の姿が少ない。
煙突の煙も少ない。
どこか活気がない。
「昔は賑わっていたんですか?」
リリアが聞く。
「ああ」
ベルマンが頷く。
「北部の冬布といえばリンド村でした」
「そんなに有名だったんだ」
「かなり」
つまり。
(完全に産業が死んだパターンか)
前世でも見た。
地方工場。
地場産業。
安い大量生産品に負けて消えていった。
構図は同じだった。
「行こう」
村の中央へ向かう。
すると。
古い工房が見えた。
看板は色褪せている。
窓も欠けていた。
だが。
「まだ使っているな」
アルノルトが言う。
煙が出ている。
つまり現役だ。
「誰かいるんですかね?」
リリアが扉を叩く。
しばらくして。
「……誰だ?」
中から老人が出てきた。
七十歳くらいだろうか。
白髪。
痩せた体。
だが目だけは鋭い。
「アルノルト・ヴァルツェンです」
「侯爵家の坊ちゃんかい」
老人は眉をひそめる。
歓迎されている感じではない。
「話を聞きに来ました」
「帰りなされ」
即答だった。
ベルマンが固まる。
リリアも驚いている。
「早いですね……」
「慣れているよ」
アルノルトは苦笑した。
前世でも似た経験はある。
特に衰退産業ほど外部を信用しない。
「織物の件で話があります」
「帰ってくだされ」
「羊毛の件で話があります」
「私は帰ってくれと言っているんだ」
強い拒否感。
想像以上に強い。
「侯爵の坊ちゃん」
ダンが笑いを堪えている。
「全敗だな」
「まだ三敗だから」
「十分負けてるだろ」
否定できない。
「販路についてもお話があります」
「お願いだから帰ってくだされ」
そこまで言われると逆に気になる。
怒っているというより。
何かを拒絶している。
そんな感じだった。
「……羊毛と言ったか?」
老人が初めて反応した。
アルノルトは頷く。
「カルド村から聞きました」
「羊の村か」
「知っていますか?」
「昔はうちの客だった」
全員が顔を見合わせた。
「昔は?」
老人は少し黙る。
そして。
「昔は、な」
それだけだった。
だが。
アルノルトには十分だった。
(繋がっていたんだ)
羊毛。
織物。
北部物流。
全部。
昔は一つの流れだった。
それがどこかで切れた。
「名前を聞いても?」
「ガレスだ」
老人は短く答える。
「リンド村で最後まで工房を続けてる織物職人だ」
最後。
その言葉は重かった。
工房の中を見る。
織機。
糸車。
古い道具。
全部残っている。
だが。
使う人間がいない。
(技術だけが残ったのか)
アルノルトは静かに息を吐いた。
前世でも見た。
継承者不足。
後継者問題。
地方産業の終わり方だ。
「ガレスさん」
「なんだ」
「一つ聞いていい?」
「答えたくなければ答えん」
「どうして続けているの?」
ガレスは少しだけ驚いた顔をした。
そして。
「好きだからだ」
即答だった。
アルノルトは少し笑う。
その答えは嫌いじゃない。
むしろ。
(それなら、まだ終わってないな)
商売は利益が必要だ。
だが。
技術を残す最後の理由は、案外そんなものなのかもしれない。




