第四十九話 十年後の話
「赤蛇商会のお話を受けた場合」
「我々の村は十年後、どうなっていますかな?」
オルド村長の問いに、その場が静まり返る。
村人たちも耳を傾けていた。
エドガーは少しだけ驚いた顔をした。
おそらく。
今年の利益。
来年の収穫。
そういう話を想定していたのだろう。
だが。
オルドが聞いたのは十年後だった。
「良い質問ですね」
エドガーは静かに頷いた。
そして。
「豊かになります」
即答だった。
「赤蛇商会は帝国全土へ販路を持っています」
「フェルン村の商品も広く売れるでしょう」
「農具も増える」
「収穫量も増える」
「収入も増える」
理路整然としていた。
嘘は言っていない。
実際、その可能性は高い。
村人たちも頷いている。
「なるほど」
オルドは静かに聞いている。
「では」
今度はアルノルトを見る。
「アルノルト様はどう思われますかな?」
急に振られた。
エドガーもこちらを見る。
(面倒なのが来たな)
だが逃げる気はなかった。
「まず言っておくけど」
アルノルトは肩をすくめる。
「赤蛇商会の提案は悪くない」
エドガーが少し驚く。
オルドも同じだった。
「本当に?」
「うん」
事実だからだ。
相手を悪者扱いしても意味はない。
「ただ」
アルノルトは続ける。
「十年後どうなるかは、その後の付き合い方次第だと思う」
オルドが真剣な顔になる。
「と申しますと?」
「例えば」
アルノルトは村の畑を指差した。
「フェルン村の商品がよく売れるようになったとする」
「これは良いことだよね」
「ええ」
「でも売る先が一つだけになると」
「交渉力は弱くなる」
村人たちが顔を見合わせる。
エドガーは黙ったままだ。
「相手が大きいほど、その傾向は強くなる」
前世でも同じだった。
取引先が一社だけ。
それは便利だが、依存にも繋がる。
「だから」
アルノルトは静かに言う。
「お話を聞くのは良いと思う」
「でも内容はしっかり見た方がいい」
「それだけ」
オルドは腕を組む。
考え込んでいる。
「反対はされないのですな」
「しないよ」
アルノルトは即答した。
「選ぶのはフェルン村だから」
それが本音だった。
アルノルト商会も商売。
赤蛇商会も商売。
最終的に決めるのは客だ。
「……面白い方ですね」
エドガーが小さく笑った。
「何が?」
「普通なら、自分の商会へ誘導します」
「信用を失うからね」
短期的には得するかもしれない。
だが長くは続かない。
前世で嫌というほど見てきた。
「信用の方が大事ですか」
「今のアルノルト商会に足りないのは、それだから」
エドガーが少しだけ目を細める。
そして。
「なるほど」
初めて本気でアルノルトを見た気がした。
その時だった。
「なら」
オルドが顔を上げる。
全員の視線が集まる。
「フェルン村は、アルノルト商会との契約を続けます」
ベルマンが少し嬉しそうな顔になる。
リリアもほっとしていた。
「その上で」
オルドは続ける。
「赤蛇商会のお話も聞かせていただきましょう」
エドガーが眉を上げる。
「ほう?」
「農具も種子も魅力的です」
「ですが」
オルドは静かに言った。
「村の未来に関わる話です」
「一度聞いただけで決めるつもりはありません」
村人たちも頷いていた。
どうやら意見はまとまっているらしい。
「慎重ですね」
エドガーが言う。
「貧しい村ほど慎重になりますのでな」
オルドは笑った。
「失敗できる余裕がありません」
その言葉に。
アルノルトも。
エドガーも。
ほぼ同時に笑ってしまった。
(この村長、なかなかやるな)
商売人の素質があるかもしれない。
【ユニークスキル《企業経営》が発動】
【《競争市場》を認識】
【フェルン村への提案競争が開始】
【市場活性度が上昇】
(悪くない)
独占より競争。
その方が市場は育つ。
そして。
赤蛇商会との戦いも、ここからが本番だった。




