第四話 護衛代は、みんなで払えば怖くない
「ここはな、“灰狼商会”の縄張りだ」
派手な服の男は、値踏みするようにアルノルトを見た。
腰には短剣。
指には金の指輪。
商人というより、半分は裏社会の人間だろう。
「それで?」
アルノルトが平然と返すと、男の眉がわずかに動く。
普通の子供なら怯える。
まして相手は灰狼商会。
帝都南区では知らぬ者がいない大商会だ。
「……坊ちゃん、いい度胸してるな」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
後ろでリリアが青ざめていた。
今にも「帰りましょう」と言い出しそうだ。
だが男は、ふっと笑う。
「まあいい。忠告だ」
「忠告?」
「余計な真似はするな。この市場は、俺たちのやり方で回ってる」
アルノルトは内心で納得した。
(やっぱり輸送利権か)
塩不足。
高騰。
非効率な物流。
それで利益を得ている連中がいる。
なら、新しい仕組みを嫌うのは当然だった。
「別に市場を荒らす気はないよ」
「ならいい」
男は踵を返しかける。
だがアルノルトは、その背中へ声を投げた。
「でもさ」
「あ?」
「今のやり方、効率悪すぎない?」
空気が止まった。
周囲の商人たちが一斉にこちらを見る。
リリアが「ひっ」と小さく悲鳴を漏らした。
だがアルノルトは構わず続ける。
「商会ごとに別々の護衛を雇って、別々に輸送してるんでしょ?」
「……それが普通だ」
「普通だけど、無駄だよね」
男の目が細くなる。
アルノルトは市場の荷馬車を指差した。
「例えばさ、護衛五人で馬車一台を守るのと、護衛五人で馬車五台をまとめて守るの、どっちが安いと思う?」
男は答えない。
だが周囲の商人たちがざわつき始めた。
「そりゃ……まとめた方が」
「護衛代は減るな……」
「積載効率も上がるぞ」
アルノルトは続ける。
「共同輸送にすれば、護衛費は分散できる。商品量も増える。結果として物の価格も下げられる」
前世なら当たり前の話。
だが、この世界には存在しない発想だった。
理由は単純。
商人同士が信用していないから。
だから皆、自分だけで運ぶ。
結果、全体が損をする。
「……机上の空論だな」
灰狼商会の男が低く言った。
「商人同士で荷をまとめる? 盗難が起きたらどうする」
「契約書を作る」
「ケイヤクショ?」
「責任を明文化するんだよ」
再び市場がざわつく。
この世界では、口約束が基本だ。
だから揉める。
だから信用が育たない。
「荷主、運送役、護衛役。それぞれの責任を書面に残す。違反時の賠償も決める」
アルノルトは笑った。
「そうすれば、商売はもっと大きくなる」
その瞬間だった。
【ユニークスキル《企業経営》が発動】
【新概念《契約》を周囲へ提示】
【周囲の注目度が上昇しています】
【灰狼商会が警戒対象になりました】
(最後だけ物騒だな……)
男はしばらく黙っていた。
やがて、低く笑う。
「……面白ぇこと言うじゃねぇか、坊ちゃん」
だがその笑みには、明確な敵意が混じっていた。
「だが覚えとけ。この市場で新しいことを始めるなら、俺たちを無視しては通れねぇ」
「つまり?」
「話をしたい。――灰狼商会の主人がな」
リリアの顔色がさらに悪くなる。
「ア、アルノルト様……灰狼商会の主人って……」
「そんなに怖い人?」
「帝都南区で逆らった商人が消えるって噂です……!」
だがアルノルトは逆に興味が湧いた。
(いいね!!)
強敵。
既得権益。
市場支配者。
つまり。
(ここを突破すれば、一気に広がる)
前世でもそうだった。
大きな業界改革ほど、最初は必ず嫌われる。
だが。
だからこそ利益は大きい。
アルノルトは不敵に笑った。
「会ってみようか。その灰狼商会の主人に」
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