第三十八話 ギルドという“檻”
「結論から言うね」
アルノルトはクラウスを見た。
「まだ加盟しない」
空気が静まった。
ベルマンが息を呑む。
ミレナは少しだけ口元を上げた。
そしてクラウスは――意外にも、驚いていなかった。
「理由を伺っても?」
「自由に動きたいから」
アルノルトは即答した。
「今の北部って、問題が多すぎる」
「物流」
「保存」
「雇用」
「全部同時に直さなきゃいけない」
クラウスは静かに聞いている。
「でもギルド規約入ると、手続き増えるでしょ?」
「……否定できません」
「あと既存商人との調整も」
「必要になります」
「それ、今やると遅い」
アルノルトは静かに言った。
前世でもそうだった。
改革初期に一番重要なのは、速度。
勢いがあるうちに、市場を押し広げる。
そこで止まると、既得権益側へ飲み込まれる。
「なるほど」
クラウスが小さく頷く。
「“拡大優先”ですか」
「そんな感じ」
実際、今のアルノルト商会は小さい。
だが。
小さいからこそ、自由に動ける。
これが大組織になると、許可と会議だらけになる。
(前世で嫌というほど見た)
「ですが」
クラウスが静かに言う。
「ギルド外商会は、いずれ圧力を受けます」
「例えば?」
「流通妨害」
「取引拒否」
「大型市場への入場制限」
かなり露骨だった。
だがクラウス自身は脅している感じではない。
単なる事実説明だ。
「侯爵の坊ちゃん」
ダンが苦笑する。
「思ったより敵多くねぇか?」
「成功すると増えるんだよ」
「面倒な世界だな、商人って」
「ほんとそれ」
だがアルノルトは嫌いじゃない。
市場競争。
利権。
交渉。
全部、前世で散々見てきた。
「ただ」
クラウスが少しだけ表情を緩めた。
「安心しました」
「ん?」
「あなたが、単なる理想家ではないと分かったので」
アルノルトは少し笑った。
どうやら試されていたらしい。
「物流改革は美しい言葉です」
「ですが」
クラウスの目が細くなる。
「市場は、綺麗事だけでは動かない」
「知ってる」
利益。
恐怖。
独占。
既得権益。
全部ある。
だからこそ難しい。
そして面白い。
「では」
クラウスは静かに一礼した。
「商人ギルドとしては、“様子見”とします」
「敵にはならない?」
「今のところは」
かなり大きかった。
少なくとも即排除ではない。
「ですがアルノルト様」
クラウスは去り際、静かに言った。
「中央市場へ進むなら、いずれ避けては通れません」
「だろうね」
「その時、北部のやり方は通用しないかもしれない」
そう言い残し、クラウスたちは去っていく。
広場に静けさが戻った。
「……疲れた」
アルノルトが本音を漏らすと、リリアが苦笑する。
「ずっと難しい話でしたもんね……」
「でも面白かった」
「面白いんですか?」
「市場が広がってきた感じするし」
北部だけではない。
今、中央側も動き始めた。
つまり。
(アルノルト商会が“無視できない存在”になってきた)
ということ。
「侯爵の坊ちゃん」
ダンがニヤリと笑う。
「そのうち帝都とも喧嘩始まりそうだな」
「できれば平和的にいきたい」
「無理そう」
否定できなかった。
その時だった。
広場の外から、慌てた声が響く。
「アルノルト様!」
一人の村人が駆け込んでくる。
「南から、大商会の馬車が来ています!」
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