第三十五話 商人ギルド
アルノルト商会設立から、一週間後。
ラウル村の空気は、さらに変わっていた。
「第二便、出発します!」
「保存食の積み込み急げ!」
「塩は三番荷車だ!」
広場には荷馬車が並び、人が動いている。
以前の静まり返った村とは別世界だった。
「……すごいですね」
リリアが呆然としている。
「一週間でこんなに変わるんですね……」
「流れができると早いよ」
物流。
仕事。
利益。
一度回り始めると、人は集まり始める。
それが市場だった。
「侯爵の坊ちゃん」
ダンが笑いながら近づいてくる。
「最近、北部街道の荷馬車増えてるぞ」
「商人?」
「ああ。“アルノルト商会の道は安全”って噂になってる」
かなり大きい。
信用がブランド化し始めている。
しかも。
(共同護衛と黒牙団契約が効いている)
今のところ、共同輸送隊への襲撃はゼロ。
それだけで商人の反応は変わる。
「アルノルト様」
その時、ベルマンが慌てて走ってきた。
「来ています!」
「誰が?」
「商人ギルドです!」
空気が止まった。
ミレナが露骨に嫌そうな顔をする。
「あー……来ましたか」
「有名なの?」
「面倒で」
即答だった。
かなり分かりやすい。
「何しに?」
「十中八九、“縄張り確認”です」
アルノルトは少し考える。
(まあ来るよな)
北部物流が急に動き始めた。
しかも商会設立。
なら既存組織が反応するのは当然だ。
「どんな組織?」
「帝国内の商取引を管理している組織です」
ミレナが小声で説明する。
「商人登録、流通許可、取引仲介……全部握っています」
(あー……)
つまり。
(既得権益の塊だ)
前世にも似たような組織はあった。
業界団体。
許認可。
古い流通構造。
そして大体、新規参入を嫌う。
「で?」
アルノルトが聞く。
「敵?」
「場合によります」
ミレナは真顔だった。
「味方になれば大きい」
「でも敵になると面倒です」
その時だった。
「失礼する」
低い声。
広場の入口側から、三人の男が歩いてくる。
全員、上質な外套を着ていた。
中央商人だ。
その中でも先頭の男は、明らかに空気が違う。
細身。
眼鏡。
灰色の髪。
そして。
(めちゃくちゃ仕事できそう)
前世でもいた。
こういうタイプ。
絶対資料整理上手い。
「北部商業管理官、クラウスと申します」
男が静かに頭を下げた。
「アルノルト商会代表、アルノルト・ヴァルツェン様ですね?」
「そうだよ」
クラウスは周囲を見回す。
荷馬車。
保存食。
労働者。
共同護衛。
全部を観察していた。
「……噂以上です」
「良い意味で?」
「半分ほど」
辛辣だった。
だがアルノルトは少し笑う。
嫌いじゃない。
「侯爵家三男が、辺境で物流網を構築」
クラウスが静かに言う。
「しかも商人ギルドを通さずに」
空気が少し変わる。
ダンが警戒する。
ミレナも真顔だった。
(あー……そこか)
つまり問題は。
アルノルト商会が、“既存ルール外”で急成長していること。
だから確認に来た。
「アルノルト様」
クラウスが真っ直ぐこちらを見る。
「あなたの商会、少々危険です」
その言葉で、広場の空気が静まり返った。
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