第三十二話 北部共同輸送、始動
黒牙団との契約成立後。
街道の空気は、目に見えて変わっていた。
「……本当に襲ってこねぇな」
ダンが周囲を警戒しながら呟く。
灰鉄傭兵団は依然として武器を構えている。
だが黒牙団は距離を取ったまま、こちらを見ているだけだった。
「契約守るタイプみたいだね」
「盗賊なのにな」
「利益があるからでしょ」
アルノルトは荷馬車列を見回した。
四台。
保存食。
塩。
乾燥豆。
北部共同輸送の第一便。
そして。
(ここがスタートラインだ)
この輸送が成功すれば、北部物流は動き始める。
「出発!」
ダンの声と共に、荷馬車がゆっくり動き出した。
ギシギシと車輪が軋む。
だが以前とは違う。
整備した街道。
排水路。
石を敷いた地面。
荷馬車が明らかに進みやすくなっていた。
「前より揺れません!」
リリアが驚いている。
「ボトルネック潰したからね」
「ぼとる……?」
「一番悪い場所を直した」
全部を改善する必要はない。
重要地点だけで十分。
それだけで物流効率は激変する。
前世でも同じだった。
「侯爵の坊ちゃん」
ダンが笑う。
「本当に道良くなってるな」
「でしょ?」
「前は馬車沈んでたからなぁ」
傭兵たちも驚いていた。
やはり実感できる改善は大きい。
「アルノルト様」
ミレナが荷馬車を見ながら言う。
「これ、本当に回り始めたんですね」
「まだ始まっただけ」
「それでも十分異常ですよ」
ミレナは苦笑した。
「北部で定期輸送なんて、ここ数年聞いたことありません」
つまり。
(市場そのものが死んでいた)
だからこそ、今の変化は大きい。
「見ろ」
ダンが前方を指差す。
街道脇。
そこには数人の村人たちが立っていた。
こちらを見ている。
「……なんで見てるんだろ」
リリアが不思議そうに聞く。
「期待しているんだよ」
アルノルトは静かに答えた。
物流が戻れば。
物が来る。
仕事が増える。
金が回る。
つまり生活が変わる。
だから見ている。
この輸送が、本当に成功するのか。
「侯爵の坊ちゃん」
ダンがニヤリと笑う。
「アンタ、もう商人っていうより領主だな」
「まだ商会も持ってないけどね」
「時間の問題だろ」
ミレナまで頷いていた。
たぶん周囲も感じ始めている。
これは単なる共同輸送じゃない。
北部そのものを変える動きだと。
【ユニークスキル《企業経営》が発動】
【《北部物流網》が形成開始】
【街道利用率:上昇】
【ラウル村の市場価値:上昇】
【周辺村落からの注目度が増加】
(お、広がり始めたな)
アルノルトは静かに笑った。
物流とは、流れだ。
一度流れ始めれば、人も金も集まり始める。
そして。
(流れを作った奴が、一番強い)
その時だった。
「……ん?」
ミレナが前方を見て目を細める。
街道の先。
小さな荷馬車が一台、止まっていた。
その周囲には、人影がある。
「また黒牙団ですか?」
リリアが不安そうに言う。
だがダンは首を振った。
「違うな」
そして。
「……子供?」
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