第十八話 帝国最北の貧困地
ヴァルツェン侯爵領北部――ラウル辺境村へ到着したのは、八日後だった。
帝都の整備された街道は途中で消え、北へ進むほど道は荒れていく。
馬車は何度もぬかるみに沈み、夜には魔物避けの焚き火が必要だった。
「……うわぁ」
リリアが思わず声を漏らす。
無理もない。
村は、想像以上に酷かった。
道はボロボロ。
荷車の轍でぬかるみ、雨水がそのまま溜まっている。
建物も古い。
市場らしき場所はあるが、人影は少なく、活気もなかった。
「これは……」
アルノルトは静かに周囲を見回す。
(想像以上に終わってるな)
だが同時に。
(だからこそ、儲かる)
人が逃げる場所には理由がある。
だが逆に言えば、
その問題を解決できれば独占できる。
前世でもそうだった。
過疎地。
物流難。
赤字路線。
誰も手を出さない場所ほど、改善成功時の利益は大きい。
「アルノルト様……なんか臭います……」
「たぶん排水設備が死んでる」
「はいすい……?」
「水の流れを管理する設備」
見れば分かる。
泥。
腐敗臭。
溜まった汚水。
つまり衛生環境が悪い。
そして衛生環境が悪い場所は、大体経済も弱い。
(病気増えるし、労働力落ちるしな)
前世知識がどんどん警鐘を鳴らしてくる。
だが。
【ユニークスキル《企業経営》が発動】
【領地分析を開始】
【物流:最低水準】
【衛生:劣悪】
【商業規模:極小】
【改善余地:測定不能】
(測定不能って逆にすごいな)
アルノルトは少し笑ってしまった。
その時だった。
「お待ちしておりました!」
村の奥から、一人の男が駆け寄ってくる。
痩せた中年男性。
服はくたびれているが、一応礼儀はある。
「ラウル村代官、ベルマンでございます!」
「あ、どうも」
アルノルトが軽く返すと、ベルマンは明らかに困惑した顔をした。
もっと偉そうな貴族を想像していたのだろう。
「え、ええと……アルノルト様で……?」
「そうだよ」
「し、失礼しました!」
慌てて頭を下げる。
リリアが小声で囁いた。
「信用されてませんね……」
「まあ十三歳だし」
むしろ自然だ。
その時、アルノルトはあることに気づく。
(荷馬車が少ない)
村の規模に対して、物流量が異常に少ない。
市場へ並ぶ商品も乏しい。
つまり。
(商人が来てない)
これはかなり深刻だった。
「ベルマン」
「は、はい!」
「最近、商人って来てる?」
代官は露骨に顔を曇らせた。
「……ほとんど来ません」
「理由は?」
「利益が出ないからです」
即答だった。
「北部街道は魔物被害が多く、護衛費も高いのです」
「やっぱりか」
つまり物流崩壊。
輸送コスト負けしている。
だから物価が高い。
人も減る。
経済も死ぬ。
完全に悪循環だった。
「あと……」
ベルマンが言いづらそうに続ける。
「盗賊も増えております」
「へぇ」
「特に最近、“黒牙団”という連中が……」
アルノルトは少し目を細めた。
(なるほど)
辺境。
物流弱い。
盗賊。
魔物。
商人が来ない。
つまり。
(共同輸送めちゃくちゃ刺さるじゃん)
むしろ帝都より向いている可能性すらある。
その時だった。
アルノルトの脳内へ、半透明の文字が浮かぶ。
【メインクエスト発生】
【《北部物流網》を構築せよ】
【推定成功時利益:極大】
【推定影響:侯爵領全域】
(いや、スケール急に大きくない?)
だが。
アルノルトは静かに笑った。
(面白くなってきた)




