第十七話 辺境へ
辺境行きの日。
侯爵家の屋敷前には、一台の馬車が停まっていた。
「荷物、少なくないですか……?」
リリアが不安そうに聞いてくる。
「必要最低限だからね」
アルノルトは肩をすくめた。
前世でも引っ越しは少ない方だった。
物は増えるほど管理コストになる。
これは会社でも同じだ。
「本当に私まで行くんですね……」
「嫌だった?」
「いえ!?」
リリアが慌てて首を振る。
「た、ただ……辺境って、もっとこう……荒野とか……」
「実際どうかは行ってみないとね」
今回向かうのは、ヴァルツェン侯爵領北部。
魔物被害も多く、発展の遅れた地域だ。
人口も少ない。
物流も弱い。
つまり。
(改善余地しかない)
アルノルトとしては、むしろ理想的だった。
「坊ちゃん」
後ろから低い声がした。
振り返ると、ガルドが立っている。
「見送り?」
「半分はな」
「もう半分は?」
「確認だ」
ガルドはニヤリと笑った。
「本当に行くのかと思ってな」
「行くよ」
「普通の貴族なら、口だけで終わる」
まあ、そうかもしれない。
泥臭い現場仕事など、貴族は普通やりたがらない。
だがアルノルトは違った。
(現場見ないと改善できないし)
前世で嫌というほど学んだ。
会議室だけで仕事する上司は、大体役に立たない。
「共同輸送は頼んだよ」
「ああ」
ガルドは腕を組む。
「共同輸送の流れ、もう南区じゃ止まらねぇ」
「順調?」
「商人が押し寄せてる」
どうやら予想以上らしい。
灰狼共同輸送。
その名前も広まり始めている。
「赤蛇商会は?」
「露骨に妨害してきてる」
「だろうね」
だが、それも悪くない。
競争相手が動くほど、市場は活性化する。
そして。
(先行者が一番強い)
ブランド。
信用。
管理網。
それらは簡単には覆らない。
「坊ちゃん」
ガルドが少し真面目な顔になる。
「辺境、舐めんなよ」
「そんな危ないの?」
「危ねぇ」
即答だった。
「魔物もいる。盗賊もいる。中央の常識は通じねぇ」
「楽しそう」
「お前ほんと変だな」
ガルドが呆れたように笑う。
だがアルノルトは本気だった。
問題がある場所ほど、利益が眠っている。
前世でもそうだった。
誰もやりたがらない場所ほど、競争相手が少ない。
「アルノルト様」
リリアが小声で聞く。
「向こうで、何をするんですか?」
「まずは見る」
「見る?」
「物流、人、物価、商人、全部」
情報がなければ戦えない。
これは経営でも同じだ。
「そのあと?」
アルノルトは少し笑った。
「辺境を、帝国で一番儲かる土地にする」
リリアがぽかんと固まる。
ガルドは逆に吹き出した。
「ははっ! いいねぇ!」
笑いながら肩を叩いてくる。
「やっぱ坊ちゃん面白ぇわ」
「褒めてる?」
「ああ。商人として最高にな」
その時だった。
【ユニークスキル《企業経営》が発動】
【新拠点《北部辺境領》へ移動開始】
【推定発展度:低】
【改善余地:極大】
【推定利益期待値:非常に高い】
(極大とか非常に高いとか、そういうの好きだなこのスキル)
だが嫌いじゃない。
むしろワクワクする。
「じゃ、行ってくる」
「ああ」
ガルドがニヤリと笑った。
「帝国買う準備、進めとけよ」
「もちろん」
アルノルトは馬車へ乗り込む。
ゆっくりと車輪が動き出した。
帝都の石畳。
巨大な城壁。
商人たちの喧騒。
それらが少しずつ遠ざかっていく。
そして。
アルノルトは静かに目を細めた。
(さて)
(次は“領地経営”の時間だ)
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