第十六話 価格破壊
アルノルトが辺境行きの準備を始めてから、二週間後。
帝都南区では、ある異変が起きていた。
「塩価格が暴落だと?」
父が眉をひそめた。
執事は慌てた様子で続ける。
「は、はい! 南区で突然、大量の塩が流れ始めたとか……!」
レオルドが露骨に嫌そうな顔をする。
「商人の話など今は――」
「いや、重要だよ」
アルノルトが遮った。
むしろ。
(思ったより早かった)
共同輸送が成功した。
そして、それを真似る商人たちが現れ始めた。
灰狼商会も輸送量を増やしている。
つまり物流効率が改善された。
なら当然、次に起きるのは価格競争だ。
「アルノルト」
クロードが興味深そうに聞く。
「お前、原因が分かるのか?」
「だいたいは」
「ほぉ?」
アルノルトは椅子へ軽く寄りかかった。
「今まで塩が高かった理由は?」
「輸送不足ではないのか?」
「そう」
クロードが即答する。
理解が早い。
「つまり、供給量が少なかった」
「共同輸送で流通量が増えた結果、価格が下がった……?」
「正解」
クロードが小さく息を吐く。
「本当に起きるのか、そんなことが」
「起きるよ」
むしろ自然現象に近い。
供給が増えれば価格は下がる。
前世なら常識。
だが、この世界ではそこまで体系化されていない。
「待て」
レオルドが低い声で言う。
「価格が下がるなら、商人は損をするのではないか?」
「短期的にはね」
「なら失敗では?」
「逆」
アルノルトは笑った。
「市場が大きくなる」
部屋が静まり返る。
「安くなれば買える人が増える」
「売れる量も増える」
「つまり総利益は増える」
レオルドが眉をひそめる。
完全には納得していない顔だ。
一方でクロードは完全に理解し始めていた。
「……回転率か」
「そう」
アルノルトは頷く。
「高く少し売るより、安く大量に売る方が強い時もある」
前世では当たり前。
チェーン店。
量販店。
物流革命。
全部その延長線上にある。
「父上」
アルノルトは視線を向けた。
「これ、侯爵領でもできるよ」
「……」
「物流改善で物価が下がる」
「領民の生活も安定する」
「結果として税収も伸びる」
父は黙っていた。
だが表情は明らかに変わっている。
もう完全に、
“商売ごっこ”
としては見ていない。
「アルノルト」
父が低い声で言った。
「お前、本当に何者だ?」
アルノルトは少しだけ困った。
(元ブラック企業営業です、とは言えないしなぁ)
「ただの商売好きだよ」
「それで済む話ではない」
まあそうだろう。
この世界には存在しない発想ばかりだ。
物流管理。
契約。
共同輸送。
価格回転。
全部、この時代では異質。
「旦那様!」
執事が再び口を開く。
「さらに、灰狼商会の名が急速に広がっております!」
「……灰狼が?」
「はい。“安全で安い輸送”として商人が殺到しているとか……!」
アルノルトは内心で笑った。
(ブランド化成功)
名前へ信用が乗り始めている。
つまり。
(市場を取り始めた)
【ユニークスキル《企業経営》が発動】
【《灰狼共同輸送》の市場シェアが増加】
【収益予測が上昇】
【競合勢力の敵対度が上昇】
(最後だけ怖いな)
だが悪くない。
競合が焦るということは、
それだけ効いている証拠だ。
「アルノルト」
父が静かに言った。
「辺境行き、準備しろ」
「うん」
「お前の言う“経済”というもの……この目で見せてもらう」
その瞬間。
アルノルトは少しだけ笑った。
(第一段階クリア、かな)
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