第十五話 辺境送りの価値
「物流を握れば、経済を握れる……か」
父――ヴァルツェン侯爵は、椅子へ深く座り直した。
その表情は険しい。
だが、先ほどまでとは違う。
少なくとも今は、“落ちこぼれ三男の妄言”としては扱っていなかった。
「父上」
レオルドが口を開く。
「危険です」
「何がだ」
「商人へ力を与えすぎれば、貴族の支配が揺らぎます」
その言葉に、アルノルトは少し感心した。
(長男兄様、ちゃんと分かってるな)
ただの脳筋ではないらしい。
実際その通りだ。
経済力は、やがて政治へ影響する。
前世でも企業は国家を動かしていた。
「ですが逆に言えば」
今度はクロードが続ける。
「管理できれば、侯爵家の力になる」
「……お前まで何を言う」
「理屈としては間違っていません」
兄二人の視線がぶつかる。
騎士と研究者。
考え方が真逆なのだろう。
「アルノルト」
父が低い声で言った。
「お前、どこまで考えている」
「どこまで?」
「物流改善だけではないだろう」
アルノルトは少しだけ笑った。
(鋭いな)
まあ当然か。
税収。
商人掌握。
物流管理。
そこまで繋げれば、ただの子供の思いつきではないと分かる。
「父上」
アルノルトは静かに言った。
「辺境送り、まだ有効?」
部屋の空気が止まった。
レオルドが眉をひそめる。
「……何の話だ」
「僕、辺境行く予定だったよね?」
「ああ」
「なら、そこで試したい」
侯爵領の辺境。
発展の遅れた土地。
物流も弱い。
商人も少ない。
つまり。
(実験場として最高なんだよな)
中央より自由度が高い。
しがらみも少ない。
改革には向いている。
「父上!」
レオルドが声を上げる。
「好き勝手やらせる気ですか!?」
「だが失敗しても辺境だ」
クロードが冷静に返した。
「被害は限定的になる」
「お前なぁ……!」
兄弟仲はあまり良くないらしい。
アルノルトは少し面白くなってきた。
前世では一人っ子だったので、こういう空気は新鮮だ。
「アルノルト」
父が机を指で叩く。
「もし失敗したら?」
「その時は諦める」
「随分軽いな」
「でも成功したら?」
アルノルトは笑った。
「侯爵領、かなり豊かになるよ」
沈黙。
父は長く考え込んでいた。
そして。
「……いいだろう」
レオルドが目を見開く。
「父上!?」
「元々、辺境送りの予定だった」
父はアルノルトを見る。
「なら好きにやれ」
「ありがとう」
「ただし条件がある」
アルノルトは首を傾げた。
「条件?」
「結果を出せ」
低い声だった。
「もし成果が出なければ、お前の商売ごっこは終わりだ」
レオルドが満足そうに頷く。
クロードは逆に面白そうな顔をしていた。
だがアルノルトだけは、内心で笑いを堪えていた。
(むしろ好都合)
辺境。
自由。
実験可能。
しかも侯爵公認。
最高のスタート地点だった。
【ユニークスキル《企業経営》が発動】
【新拠点候補:《辺境領地》を獲得】
【経営難易度:高】
【成長期待値:極大】
(極大ってなんかワクワクするな)
その時だった。
「失礼します!」
執事が慌てて部屋へ入ってきた。
「旦那様、大変です!」
「何事だ」
「南区で塩価格が暴落しています!」
部屋が静まり返る。
そして。
アルノルトだけが、静かに目を細めた。
(……来たな)
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