第十四話 金の匂い
「銀貨三十二枚だと……?」
父の声は低かった。
だが、その衝撃は隠しきれていない。
長男レオルドは露骨に眉をひそめている。
「あり得ません」
「あり得たからここにいるんだけど」
「子供の小遣い稼ぎで、その額は異常だ」
それにはアルノルトも同意だった。
この世界の平均収入はそこまで高くない。
特に庶民なら、銀貨数枚で一か月暮らせる。
だからこそ。
(物流を握ると強いんだよな)
前世でもそうだった。
商品を作る者。
売る者。
そして――運ぶ者。
その中で、一番安定して強いのは物流だ。
「アルノルト」
今度は次男クロードが口を開いた。
「どうやって稼いだ?」
興味津々だった。
魔法研究者らしい目をしている。
未知を見つけた時の顔だ。
「共同輸送だよ」
「それは聞いた。仕組みを聞いている」
「複数商人の輸送をまとめた」
「それだけで?」
「あと契約」
「契約?」
やはりそこに引っかかるか。
この世界には“責任を明文化する”文化が弱い。
だから信用が育たない。
結果として、大規模取引が成立しづらい。
「荷主、護衛、管理役。それぞれの責任を明確化したんだ」
「……なるほど」
クロードが腕を組む。
「責任の所在を固定したのか」
「そう」
「面白い発想だ」
父と長男は完全に置いていかれていた。
だがクロードだけは理解し始めている。
(兄様、頭いいな)
たぶんこの人、“論理で理解できるもの”なら柔軟なのだ。
「だが危険だ」
レオルドが低い声で言った。
「灰狼商会と組むなど、侯爵家の名に傷がつく」
「でも儲かるよ?」
「金の問題じゃない!」
珍しく感情的だった。
騎士としての誇り。
貴族としての矜持。
そういうものがあるのだろう。
アルノルトも理解はできる。
ただ。
(その価値観、たぶん時代遅れになる)
前世では、金を持つ企業が国家へ影響を与えていた。
経済は武力に匹敵する。
いや、時には超える。
「父上」
アルノルトは視線を向けた。
「共同輸送、侯爵領でもやってみる?」
部屋が静まり返る。
「……何?」
「侯爵領の物流改善」
「お前、自分が何を言っているか分かっているのか?」
「分かってるよ」
むしろ分かっているから言っている。
侯爵領。
広大な土地。
大量の農産物。
だが物流が弱い。
つまり。
(改善余地の塊)
「輸送効率を改善すれば、税収も上がる」
「税収だと……?」
「損失が減るからね」
父の表情が変わった。
初めて“貴族の話”として聞き始めた。
(やっぱりそこか)
商売では響かない。
だが税収なら別。
貴族はそこに敏感だ。
「……続けろ」
アルノルトは少し笑った。
(釣れた)
結局、人は自分の利益で動く。
それは前世でも、異世界でも変わらない。
「今の輸送は非効率すぎる」
「荷馬車が空のまま戻ることも多い」
「道ごとに管理もバラバラ」
「だからコストが高い」
父も長男も黙って聞いていた。
「もし侯爵家主導で物流を管理できれば?」
「……領内商人を掌握できるな」
クロードが呟く。
「その通り」
アルノルトは頷いた。
「そして物流を握れば、経済を握れる」
その瞬間だった。
父の目が初めて変わる。
落ちこぼれ三男を見る目ではない。
何か得体の知れないものを見る目だった。
【ユニークスキル《企業経営》が発動】
【侯爵家への提案が成功】
【影響力が上昇】
【ヴァルツェン侯爵の関心が高まっています】
(お、攻略対象みたいになってきた)
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