第十三話 落ちこぼれ三男の“懐事情”
侯爵家の屋敷へ戻った瞬間。
「アルノルト様、お帰りなさいませ」
使用人たちの空気が妙だった。
以前より妙に丁寧。
いや、正確には。
(様子を窺ってる?)
そんな感じだ。
アルノルトが市場へ出入りしていること。
灰狼商会と関わっていること。
共同輸送が成功したこと。
噂はすでに広がっているらしい。
「旦那様がお待ちです」
「うん」
アルノルトは軽く頷き、そのまま執務室へ向かった。
重厚な扉。
ノック。
「入れ」
低い声。
中へ入ると、父――ヴァルツェン侯爵が書類を眺めていた。
部屋には長男と次男もいる。
しかも全員、妙に真面目な顔をしていた。
(あ、これ絶対面倒なやつだ)
社会人経験が警鐘を鳴らす。
「アルノルト」
父がゆっくり顔を上げた。
「最近、妙なことをしているそうだな」
「妙なこと?」
「商人どもと組んでいると聞いた」
やはりその話か。
「共同輸送のことなら事実だよ」
「……共同輸送?」
父が眉をひそめる。
説明を受けているが、理解はしていない顔だった。
「複数商人の荷をまとめて運ぶ仕組みです」
「なぜそんなことをする必要がある」
「効率がいいから」
「効率……」
父は露骨に嫌そうな顔をした。
たぶん理解できていない。
というより。
(“商売”を下に見てるんだな)
貴族社会では珍しくない。
金を稼ぐのは商人。
貴族は支配する側。
そういう価値観だ。
「父上」
長男が口を開く。
「私は反対です」
金髪の美丈夫。
騎士として名高い長男、レオルド。
「侯爵家の者が商人と関わるなど、品位を疑われます」
「だよねぇ」
アルノルトは素直に頷いた。
実際、この世界ではそういう認識だ。
「しかも灰狼商会だぞ?」
今度は次男が口を開く。
魔法学院首席の秀才、クロード。
「裏社会とも繋がっている連中だ。危険すぎる」
「否定はできない」
「できないのかよ」
クロードが呆れた顔をした。
だがアルノルトは平然としている。
危険なのは事実だ。
でも。
(使えるなら使う)
前世でもそうだった。
理想だけで仕事は回らない。
「アルノルト」
父が低い声で言う。
「お前、金を稼いだそうだな」
部屋の空気が変わる。
(あー、そこか)
共同輸送の利益。
灰狼商会経由で、すでに噂になっているのだろう。
「少しだけ」
「いくらだ」
「銀貨三十二枚」
沈黙。
次の瞬間。
「は?」
長男が固まった。
次男も目を見開く。
父ですら、言葉を失っている。
(あれ?)
アルノルトは少し首を傾げた。
(そんな驚く?)
だが、すぐ理解した。
十三歳。
落ちこぼれ三男。
魔法なし。
剣も弱い。
そんな子供が、一回の取引で銀貨三十二枚。
この世界では異常だった。
「……馬鹿な」
父が呟く。
「たかが商売で……?」
その言葉に、アルノルトは少しだけ笑った。
(違うよ父上)
“たかが”じゃない。
前世では。
世界を動かしていたのは、金だった。
国家。
政治。
軍。
全部、経済の上に乗っている。
だから。
(この世界は、まだ気づいてないんだ)
金を握る者こそ強いと。
【ユニークスキル《企業経営》が発動】
【侯爵家への影響力が微増】
【長男の警戒度が上昇】
【次男の興味が上昇】
(クロード兄様だけ反応違うな)
• 銅貨1枚=100円
• 銀貨1枚=1万円
• 金貨1枚=100万円
ぐらいと考えてください。
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