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紫微綾の事件簿 case2 白き子羊の檻 (Vシネ風×百合×バイオレンス×探偵)』  作者:
2章 初登校

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9/21

6話 寮生活はストレスの温床だ

「ここが私たちが暮らす、サファイア寮です」


 案内した舞の言葉に、私は足を止めて見上げた。

 目の前に現れたのは、学校の校舎とはまた違う、重厚な石造りの洋館だった。

 夕暮れ時の光を浴びて、深い紺色の屋根瓦が鈍く光っている。

 石の壁が夕陽に照らされ、影が深く刻まれ、建物全体が静かに息を潜めているように見える。

 白壁の街並みには、黒塗りの塀や歴史ある建築が多いが、この寮の放つ威圧感は別物だ。

 

「……二十四にもなって、門限のある生活に逆戻りとはね」


 私は大きくため息をつくと、観念して重い木製の扉に手をかけた。

 指先から伝わってくるのは、ひんやりとした木の冷たさだった。

 声は低く、疲れが染み出ていた。

 

 私の声は低く、疲れが染み出ていた。

 セーラー服の襟が首に軽く食い込み、息が少し浅くなる。


「その代わり、私と一緒ですよ。嬉しいでしょ?」


 舞の声は明るく、目を輝かせて私を見上げる。

 彼女の制服の袖が夕陽に透けて、白く光る。


「お酒も飲めないなんて、もはや拷問。人道に反してるよ」


 私は大きくため息をつくと、観念して重い木製の扉に手をかけた。

 指先から伝わってくるのは、ひんやりとした木の冷たさだった。

 表面の細かな木目が、手の平にざらりと触れる。

 重い扉がわずかに軋む音が、静かな夕暮れに響く。

 扉の隙間からは、洗いたてのシーツのような、それでいてどこか鼻にツンとくる消毒液に似た潔癖すぎる空気が漏れ出している。

 深呼吸しただけで肺の奥まで白く塗りつぶされそうな、そんな完璧にお行儀のいい空気感だった。

 いつもいる事務所の埃っぽい空気、タバコの残り香、路地のネオン臭、それらとは正反対だった。

 ここは、すべてが管理され、浄化され、息を潜めている。

 私がいつもいる場所とは雲泥の場所だ。


 これが規律ある空気感というものかもしれないが、なじめそうもないよなぁ。

 自由な夜の街から、完璧に管理された箱庭へ。

 マリア様のお膝元っていうのは、呼吸するのにも許可がいるんじゃないかってくらい、息苦しい場所みたいだ。


「綾さん、行きますよ。ここにずっといても意味ないですし」


 中から漏れ出る白い空気が、顔に触れる。

 冷たく、きれいすぎて、少しだけ吐き気がするような感覚を覚えた。


 知らされた通り。目的地は最上階の五階らしい。

 歴史ある建物だけに、エレベーターなんて便利なものは存在しない。

 階段の段数が、すでに足に重く感じる。


 一階は誰もが顔を合わせる共同施設。

 二階は身体の不自由な生徒のためのフロアで、そこまでだけは緩やかなスロープが伸びている。

 三階は三年生、

 四階は二年生、

 そして私たちの目的地である五階が一年生。


 なぜ二年の私たちが、五階なのかっていうのは簡単だった。

 理事長の娘権限で、移動したくないというわがままが許されたからだった。

 本当に権力の公私混同はやめてくれって言いたい。

 

 玄関ホールは、外観の石造りとは対照的に、磨き抜かれた大理石の白が目に痛いほどだ。

 床が鏡のように光を反射し、歩くたびに自分の姿が足元に映る。

 正面の壁には、サファイア色の衣を纏った小ぶりなマリア像が鎮座し、慈愛に満ちた、けれどすべてを見透かすような瞳でこちらを見下ろしている。


 像の周りに差し込む夕陽が、サファイアの衣を淡く輝かせ、

 その瞳がぶつかるように感じる。


「……マリア様、ね」


 舞は、その像の近くへ歩み寄ると、静かに手を合わせ、目を閉じた。

 お祈りというやつだろうか。

 彼女の背中が、夕陽に照らされて柔らかく光る。


 銅像なんか祈ったところでどうもならないのに、熱心だよね。

 私は、その瞳を真っ向から受け止めながら、革靴の踵を鳴らした。

 コツン、と乾いた音がホールに反響する。

 大理石の床が、音を冷たく跳ね返す。


「綾さん、何をボーッとしてるんですか。マリア様には、出かけるときと帰宅の時にお祈りをするんですよ」


 舞にそう教えられ、言われたことをさっさとやり、備え付けの木製の下駄箱へと向かう。

 使い込まれた深い飴色の下駄箱には、生徒たちの靴がミリ単位の狂いもなく整然と並んでいた。

 黒いローファー、白いスニーカー、すべてが揃った向きで収まっている。

 私は、セーラー服のスカートを軽く押さえながら、靴を脱いだ。

 素足が冷たい大理石に触れ、ひんやりとした感触が足の裏に広がる。


 一歩踏み出す。

 床の冷たさが、足の指先から体全体に染み込んでくるようだった。

 そこから先は、使い込まれた板張りの廊下だった。

 普通に歩くだけで、必ずギシリと足音が響く。

 古い木の軋みが、静寂を切り裂くように耳に刺さる。


 この静寂の中では、その音さえも規律を乱す不協和音のように聞こえて、ここに来たのを、今日何度目かの後悔をした。


 足音が反響するたび、背中がぞわっとする。

 壁の白が冷たく、夕陽の残光が廊下の端を淡く照らすだけ。

 息をする音まで大きく感じて、肺が縮こまる。


 無事五階まで行き、部屋の中に入った瞬間、私はあぜんとした。

 あまりの何もなさに、ぎこちない動作で舞を振り返る。

 部屋は予想以上に殺風景で、壁は真っ白。

 床は硬そうなベッドが二つ、机が二つ、クローゼットが二つ。

 窓は小さく、カーテンは薄い白。

 何一つ余計なものがなく、まるでここでは、必要最低限だけ生きろと言われているみたいだ。


「ここまで来たら自由ですよ。どうしたんですか?」


 舞の声が明るい。

 私は言葉に詰まって、部屋を見回す。


「トイレと風呂は?」


「そんなの共同に決まってるじゃないですか」


「何この部屋、机とベッドとクローゼットしかないんだけど」


「うん」


「なぁ、舞」


「なんですか、綾さん」


「私、この仕事降りる」


「一回受けたらやり切るんじゃないんですか?」


「こんな抑圧された生活は無理。ストレスの発散手段がない。死ぬ」


 私は、吐き捨てるように言って、自分のベッドにダイブした。

 パリッと張りすぎたシーツが、思ったより硬い。

 ベッドはホテルの見本みたいにきっちり整えられていて、ちっともくつろげる感じがしない。

 寝具にまでお行儀よくしなさいと言われてるみたいで、顔を埋めたまま私は小さく舌打ちした。


「……こんな抑圧された生活、ほんと無理」


「そうですか?」


「ストレスの発散の手段もない。死ぬ」


舞が首をかしげる。


「例えば?」


「例えば……夜の酒とか」


 舞がじっとこちらを見る。

 私はベッドに顔を埋めたまま、ぼそっと付け足す。


「あと、まあ……大人の楽しみとか」


「綾さん」


「なに」


「ここ、女子寮ですよ」


「知ってるよ」


「そういえば、言い忘れてました」


「なに……?」


「まだあるの。勘弁して。一応聞くけどさぁ」


 顔を上げずに聞き返すと、舞の口から監獄の規約みたいなスケジュールが次々と飛び出してきた。


「朝六時三十分、朝のお祈り」


 早いし、私は、まだその時間まだ寝てる。

 いつも十時に事務所開ければ十分だから。

 枕に顔を押しつけたまま、脳内で毒づく。

 六時半に起きるなんて、拷問レベルだ。


「朝食は七時から八時三十分」


 その時間もまだ夢の中。

 ベッドの硬さが背中に食い込み、シーツの匂いが鼻を突く。

 この匂いだけで、すでにストレスが溜まり始める。


「夕食は十九時から二十一時」


 好きなときに食べさせろ。

 事務所なら、夜中にコンビニ弁当でもいいのに。


「外出の門限は二十一時です」


 アウト。

 夜の街を歩けないなんて、息が詰まる。

 ネオンと路地の匂いが恋しい。


「お風呂は一年生が十八時から十九時、二年生が十九時から二十時、三年生が二十時から二十一時の入れ替え制」


 刑務所か。

 共同浴場で時間指定。

 想像しただけで吐き気がする。


「さらに、二十一時から二十二時までは強制の勉強会」


 拷問だな。

 勉強会って何だよ。

 勉強は自主性でやるものでしょ。

 強制されてどうするの?


 私はベッドに顔を埋めたまま、枕に鼻を押しつけて息を殺す。

 シーツの硬い感触が頰に食い込み、消毒液の匂いが肺の奥まで染み込んでくる。

 頭の中で、事務所の埃っぽい空気とタバコの残り香が、ふとよみがえる。

 あそこなら、夜中にビール片手にぼんやりできるのに。


「そして二十四時には強制消灯」


 私は天井を見上げた。

 白い天井が、ぼんやりと広がっている。

 蛍光灯の冷たい光が、目を刺す。

 ここは、刑務所か何かか?。


 天井の白が、まるで監視カメラみたいに私を見下ろしている気がする。

 蛍光灯の光が、薄いシーツ越しに体を透かすように照らして、

 肌寒さが背中を這い上がる。

 枕に顔を押しつけたまま、息が浅くなる。


「学校も礼拝から始まります。九時から二十分間。そのあと授業で、十六時まで授業がありますよ」


 淡々とした説明が、頭の上から降ってくる。

 舞の声が、静かな部屋に響いて、耳に残る。

 私は、ベッドに顔を埋めたまま、枕に鼻を押しつけて息を殺す。

 シーツの硬さが頰に食い込み、消毒液の匂いが肺の奥まで染み込んでくる。

 一応、寮母さんは私の事情を知っているらしく、見回りはスルーしてくれるらしい。

 とはいえ、人目につく場所ではこの完璧な共同生活を演じなきゃいけない。


「ねえ舞」


「今度は何ですか?」


「朝六時三十分に戻ってくればいいの?」


「それでは遅いですよね。六時には部屋に戻ってこないとダメですよ」


「ええええ」


「え~じゃないですよ。朝の準備でみんな6時ぐらいに動くんですから、その時間に戻ってきたらアウトじゃないですか。本当はもう少し前には戻ってこないとダメなんですよ」


 舞の声は明るいけど、どこか容赦ない。

 私は枕に顔を押しつけたまま、息を吐く。

 シーツの匂いが鼻を突き、息が浅くなる。


「もう今日はストレスがマッハだから捜査報告を兼ねて玲奈の所に行こうかなって」


「そして抱かれるんですね。本当に普段の綾さんってたまってくるとだらしないよね」


 舞の言葉に、私は枕から顔を少しだけ上げて、彼女を睨んだ。

 茶色の瞳が、部屋の照明に映えて、疲れがにじむ。

 ベッドの硬さが背中に残り、首の筋が痛い。

 私は小さく舌打ちして、口答えをした。


「ちゃんと分別あるし、その証拠に舞には手を出してない」


 未成年に手を出すと私の社会的生命が死ぬ。

 私は枕に顔を押しつけたまま、心の中で繰り返した。

 事務所なら、こんな心配はいらないのに。

 事務所で思い出した。

 コーヒーが飲みたい

 舞は呆れた顔でため息をついた。


「威張るところですか、それ」


 彼女の声が、部屋の静けさに小さく響く。

 ベッドの端に座ったまま、膝を揃えて私を見下ろしている。

 

「そもそも、今日は潜入一日目ですよ」


「うん」


「初日から外泊する気ですか」


「外泊じゃないよ」


 私はベッドの上で寝返りを打つ。

 硬いマットレスが背骨に当たって、痛い。

 セーラー服のスカートが膝に張りつき、布地の薄さが肌に直接伝わってくる。


「六時前に戻ればいいんでしょ?」


「だから、それだと危ないって言ってるんです。それに楽しみもちゃんとあるんですよ」


「嘘じゃないよね」


 私は、舞の方を見つめる。

 ベッドに横たわったまま、枕から顔を少しだけ上げて彼女を見る。


 今日は転入初めで、本当に大変だった。

 異常に見つめられるし、昼の休憩には質問のマシンガンだったし。

 授業はついて懸想にないし、お祈りの時間はあるし。

 基本出来たのは英語だけじゃないのか全く。

 頭の中に、今日の視線と声がぐるぐる回る。


「そんなに膨れないでくださいよ。かわいいけど」


 舞の声が、ベッドの横から優しく響く。

 私は枕に顔を埋めたまま、ぼそっと返した。


「それで楽しみって何?」


「食事は、おいしいですよ。リクエストメニューとか、たまにあってエクレアとか出たりするんですよ」


 ケーキは好きだけど、食事だったら玲奈の食事の方がおいしいし。

 あの豊満な体で癒されたい。

 ヒノキのお風呂でまったりしたい。

 ここでは、そんな癒しは期待できない。


「そんなに、きついのですか?」


 舞の声が、少し心配げに近づく。

 ベッドの端が軽く沈む音がする。


「無自覚の質問を昼休憩中受けてみればわかるよ。しかも悪気が無いのもわかるから、怒ろうにも怒れやしない」


 私は枕に顔を押しつけたまま、ぼそぼそと答えた。

 昼休みの質問の嵐が、頭の中でぐるぐる回る。


「彼氏いるの?」

「髪の色天然?」


 みんな純粋な目で聞いてくるから、苛立つより疲れるだけだ。


「でも明日綾さんの得意な体育ありますよ」


「本気で、出来るわけないでしょ」


 こう愚痴ってはいるけど、今日は、この施設とか夜中も調査したいから抱きに行くのは今度かなぁ。

 ざんねんだけど、仕事を受けた以上はやらないとね。

 実際のところ、寮のご飯はおいしかった。

 ギリギリ10分前に行って食べきったけど。

 そうして一応スケジュールをこなした。

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