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紫微綾の事件簿 case2 白き子羊の檻 (Vシネ風×百合×バイオレンス×探偵)』  作者:
2章 初登校

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4話 初登校~視線とため息

 名古屋市東区、白壁。

 歴史ある武家屋敷の黒塗りの塀が続くこの界隈は、栄の事務所の喧騒とは対照的なほど静まり返っている。

 塀の向こうから微かに聞こえる蝉の声が、夏の終わりを惜しむように響く。

 足音一つ立てないように歩いているのに、自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。


 その一角にある白壁女学院の校門を潜った。

 膝を打つスカートの感触に、私は言いようのない恥ずかしさを覚えていた。


 薄い夏服の生地が、歩くたびにふわりと揺れて、太ももの肌に直接空気が触れる。

 セーラー服の襟が首に軽く食い込み、赤いリボンが胸元で揺れた。


 鏡で見た自分の姿が、まだ頭に残っている。

 銀髪が肩まで流れ、赤い瞳が制服の白に映える。

 見た目は、高校生としてなんとか通用しそうだけど……。

 自分としては、イタイ大人が無理して高校生のコスプレをしている感じだった。


 今回、目には茶色のカラコンをつけて多少は目立たなくした。

 だけど、髪を痛ませるように染める気にはならなかった。


 潜入調査なら、せめて教育実習生が妥当だろう。

 だというのにこの学園の理事長が用意した椅子は、あまりに無慈悲な「高校二年生」という身分だった。

 そりゃ、教員免許持ってないから教師は無理だけど。

 そういえば、今思えば実習生でもよかったのでは。

 実習生には免許なんていらないじゃん。

 なんか、はめられた感じがするけど、過ぎ去ったことだから後の祭りね。


 私は校門をくぐり抜け、校舎に向かう石畳の道を歩きながら、心の中で毒づいた。

 スカートの裾が風に煽られて、太ももに張りつく感触が不快だ。

 

 9月に入ったとはいえ、名古屋の残暑は執拗だった。

 白壁女学院の敷地内に満ちる空気も、外よりわずかに和らいでいるものの、どこか肌にまとわりつくような熱を帯びている。


 制服の白い生地を透かすように照らしていて。

 汗が背中を伝うのを感じながら、私は深く息を吐いた。

 

「ふふ、綾さん……じゃなくて、綾ちゃん! すっごく似合ってるよ。その制服!同じクラスになるといいよね」


 隣で跳ねるように歩く舞を、私は鋭く一瞥した。

 彼女の声は明るく、制服のスカートが軽く揺れるたびに、楽しげなステップが弾んでいる。

 一緒に登校しましょうと言われ了解したけど、必要なかったよね。


「……黙って。そのちゃん付けやめて。それから、その含み笑いもやめて欲しい」


 声は低く抑えたつもりだったが、苛立ちが端に残ってしまう。

 舞は「えへへ」と小さく笑って、肩を寄せてくる。

 子供じゃあるまいし。あの時のノリで押し切られてしまった。

 ノリといえば、なぜか師匠から電話があったのをふと思い出した。


「綾。師匠命令だよ」


「いやです」


「まだ言ってないでしょ」


「制服着て道場に来いですよね」


「大正解。来なければ……クス」


 私はごまかして切ったけど、生き恥をさらしたくない。

 絶対に遊ばれる。

 いまだに、電話の後、師匠のクスという笑い声が耳に残っている。

 師匠は、病弱で本気の戦闘は、5分しか持たないけど、いまだに一本も取ったことが無かった。

 そして楽しむことには全力な彼女だった。


 その後も、色々な場所からメール来たけど、私のプライベートはどこに行った。

 昨日の夜の事を思い出して歩いてると、すれ違う生徒たちの、あのお嬢様特有の純粋で、それでいて容赦のない好奇の視線を感じる。


 白い夏服の袖が風に揺れ、銀髪が肩に落ちるたびに視線が集まる。

 彼女たちは丁寧に微笑みながらも、目だけがじっと私を観察していた。

 そして私は、物語の中だけだと思っていた光景を、本当に目の当たりにする。


「ごきげんよう」


 ごきげんようって今時使う人がいるなんて思わなかった。

 すれ違う上級生らしき少女が、優雅に頭を下げて通り過ぎる。

 私は反射的に軽く頭を下げて返した。


 スカートの裾が膝に触れる感触が、改めて現実を突きつけてくる。

 この学校の空気は静かで上品だ。

 けれど、挨拶一つでこれだ。

 これから大変になる予感だけは、はっきりと伝わってきた。


「綾さん、職員室わかる?」


 隣でニヤニヤと私を覗き込む舞に、私は精一杯の虚勢を張って言い返した。


「バカにしてる? そんなの、わかるに決まってるでしょ」


 声は低く抑えたつもりだったが、端に苛立ちが残ってしまう。

 舞は「えへへ」と小さく笑って、肩をすくめた。

 その笑顔が余計に腹立たしい。

 それだけ言い残し、私は舞を置いて一人で職員室へと向かう。


 こういう格式高いお嬢様学校なら、外来者用の入り口があって、受付があるのが相場だ。

 校舎の廊下は静かで、足音が響くたびに自分の存在が強調される気がする。

 けれど、歩を進めるごとに背中に突き刺さる視線が、私の冷静さをじわじわと削っていく。

 ……なんなの、この舐めまわすような視線は。


 すれ違う生徒たちは丁寧に微笑みながらも、目だけがじっと私を追っていた。

 私が歩くたび、好奇の視線が集まる。

 10年前のあの時の感覚がよみがえってくる。


 とらえられた時の、周囲の大人たちの目。

 私が凌辱されている時の、あのねっとりとした視線。

 その視線を逃げるように速足で受付の方に向かった。


 受付の女性は穏やかに微笑み、転校生の書類を確認してくれた。


「紫微綾さんですね。職員室はこちらの廊下をまっすぐです」


 丁寧な声に、私は軽く頭を下げて通り過ぎる。

 受付のカウンターを過ぎた瞬間、背中の視線がまた増えた気がした。

 受付を済ませ、目的地である職員室を目指す。

 廊下を歩く間も、窓ガラスに映る自分のセーラー服姿を見て、また落ち込みたくなる。

 白い生地が体にぴったり張りつき、スカートの裾が膝に触れる感触が、歩くたびに現実を突きつけてくる。


 まず落ち着こう。

 これは仕事で必要な事。

 これ以上の犯行が起きないようにしなければ。

 そのために来たのだから。

 自分にそう言い聞かせ、ようやく辿り着いた職員室の重厚なドアの前で、私は一度、深く深呼吸した。

 胸が少しだけ落ち着く。

 スカートの裾を軽く直し、襟元を指で触って整える。

 コンコン、と控えめながらも芯のある音でノックする。

 私は職員室の入り口で、もう一度自分の姿を確認した。


「失礼します。今日から二年に編入することになった、紫微です」


 意を決して足を踏み入れた瞬間、職員室の空気がすっと冷えた気がした。

 事務机から顔を上げた教師たちの視線が、一斉にこちらへ向く。

 ペンの音も、紙をめくる音も、ぴたりと止まった。

 静まり返った部屋の中で、視線だけが重く突き刺さる。


 窓から差し込む九月の強い陽光が、私の銀髪を白く照らしていた。

 アルビノを思わせる白い肌だから、私は直射日光はあまり得意じゃない。

 それでも、光を受けた髪がやけに目立っているのは自分でもわかった。


 教師たちの視線が、じっとこちらを観察している。

 誰かが小さく咳払いをした。


「あ、ああ……君が、理事長から聞いていた紫微綾さんだね。担任の松本だ」


 名乗った男は、一瞬だけ私の胸元に視線を走らせ、慌てて書類へ目を落とした。

 頬がわずかに赤い。喉がごくりと動くのが見える。

 仕方ないのかもしれない。


 人より女として発達した体つきは、どうしても目立つ。

 こういう視線には、もう慣れている。

 けれど、気分がいいものじゃない。


「先生。……案内してくださるのかしら?」


 少しだけ、お嬢様らしい言い方をしてみる。

 松本は弾かれたように我に返り、慌てて視線を逸らした。

 動揺を隠すように、脇に抱えていた厚みのある茶封筒を差し出してくる。


「あ、ああ、失礼。……これ、理事長から預かっている資料だ。後で目を通しておくように」


 受け取った封筒は、ずっしりと重かった。

 おそらく、この学園で起きた事件の資料だろう。


 私はそれを小脇に抱え、先生の後ろについていく。

 松本先生の歩き方は、どこかぎこちない。

 まるで貴婦人をエスコートしているみたいだった。


 廊下の突き当たりに、重厚な木目のドアが見えてくる。

 プレートには「二年A組」。

 朝の光を反射して、冷たく光っていた。


「ここだ。……少し、ここで待っていてくれ」


 松本先生はそう言い残して、教室の中へ入っていく。

 扉が閉まると同時に、向こう側のざわめきが一瞬で静まった。

 先生の声が、低く教室に響くのが聞こえる。


 私はその間に、茶封筒の紐を解いた。

 中の書類を取り出す。

 速読を使えば、この程度の量なら一瞬だ。

 大まかは、先日理事長が話した通りね。

 文字の羅列を頭の中に叩き込み、最後の一枚を封筒に、戻したそのとき。


「入ってください」


 松本先生の声が響いた。

 私は一度、深く息を吸う。

 扉に手をかけた。


 私はひとつ、深く呼吸をする。

 胸の奥が、少しだけ落ち着くのを感じてから、ドアに手をかけた。


 ガラリ、と乾いた音を立てて扉を開ける。

 その瞬間、教室中の視線が一斉に入口へ向いた。

 数十人分のお嬢様たちの目が、そこに立つ私へ突き刺さる。


 一拍の沈黙があってそして……。


「きゃっ……!」


 教室のあちこちから、小さな悲鳴が上がった。

 押し殺した声なのに、数が多いせいで妙に響く。

 ざわめきが広がる。


 高い天井。

 窓の外には白壁の緑が揺れている。

 そんな伝統ある学び舎の風景の中で、

 私の容姿だけが場違いな異物みたいに浮き上がっている気がした。


 数十人分の視線が、一斉に私へ向けられる。

 髪、顔、制服のライン。

 上から下まで、遠慮なく観察されているのがわかる。


「淑女たるもの大声を出したらダメだ」


 担任の声が静かに響いた。


 松本先生の声は低く抑えられていたが、それだけで教室の空気がぴたりと整う。

 悲鳴はすぐに収まり、代わりに小さなざわめきだけが残った。


「自己紹介を」


 先生の視線が私に向く。

 私は軽く息を吐き、教室の中央へ一歩踏み出した。

 床板が、コツ、と小さく鳴る。


「紫微 綾 よろしく」


 一応、軽く一礼する。

 それ以上は、何を言えばいいのかわからなかった。

 自己紹介なんて、名前以外に何を言えばいいの?


 お嬢様学校の空気に合わせて、少しだけ柔らかい声にしたつもりだった。

 けれど教室の視線はまだ熱く、私の姿をじっと観察しているのがわかる。

 沈黙が落ちた。


 どうやら、これ以上の自己紹介は期待できないと判断したらしい。

 担任が小さく咳払いをして口を挟む。


「雑賀さんの隣が空いているので、そこの席が紫微さんの席になります」


 松本先生がそう言った瞬間、教室の奥から明るい声が飛んできた。


「紫微さん。ここだよ」


 にこにこと笑う彼女が、軽く手を振っている。

 制服の袖がふわりと揺れ、その仕草は妙に人懐っこかった。

 隣の席がぽっかり空いている。


 私が席へ向かって歩き出すと、舞が手を挙げた。


「先生。紫微さんなんですが、私と同じルームメイトなので、色々教えてもいいですか?」


 にこにこ顔でそう言っていた。


「紫微さんが、よければお願いします」


 松本先生はあっさりとうなずいた。

 その瞬間だった。


「えっ……?」


「雑賀さんと同室?」


 教室のあちこちから小さな声が上がる。


「ずるい……」


「私もルームメイトになりたかったのに」


 押し殺した不満が、波みたいに広がっていく。

 もうめちゃくちゃ茶番みたいに思えた。

 ルームメイトは決まってたけど、まさか教室も同じだとは思わなかった。

 

 私はため息をつきながら席に腰を下ろした。


「雑賀さんよろしく」


 そう言うと、助手は、ぱっと笑顔を広げた。


「舞でいいよ。紫微さん」


 楽しそうに笑う。

 距離感がやけに近い。


「はぁ~、綾でいい」


 小さくため息が漏れた。

 もう帰りたい。

 たったこれだけなのに、もう疲れた。


「それじゃ綾さんで、よろしくね」


 これからが本番なのに。

 すでに消耗戦の気配しかしない。

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