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紫微綾の事件簿 case2 白き子羊の檻 (Vシネ風×百合×バイオレンス×探偵)』  作者:
5章

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26話 酔っ払いと少年二人

 夜の毒気が抜けて、不気味なほどガランと静まり返っている昼間の池田公園のベンチで、私は玲奈から渡された美智子の遺品の紙袋をぼんやりと見つめながら、缶ビールを喉に流し込んでいた。


 結局、あの後に千景の店に転がり込んで情報を得ようとしたけれど、得られた手がかりは全く無かった。

 千景が裏のルートをハッキングして白壁周辺の街中にある監視カメラのデータを片っ端から洗ってくれたそうだが、美智子が連れ去られたような怪しい瞬間はどこにも映っていなかったらしい。


 分かっているのは、美智子が発見されたのが高級住宅街として知られる東区の『白壁三丁目』付近だったということだけだ。

 そこは、学園で行方不明になっていた別の女子高生が見つかった場所のすぐ近くだった。


 やはりあそこの付近に、すべての元凶である何かが潜んでいるのではないだろうか?

 私自身も潜入調査の合間に数回あそこを歩いて調査したけれど、不審な場所なんて一つも見つけられなかった。


 結局、探偵としてのツテや裏社会の伝手を総動員して動いたけれど、これ以上の情報は手に入らなかった。

 マンという不思議な言葉の謎を解かない限り、これ以上は前に進めないってことなのだろうか。


 美智子のことを考えているうちに、胸の奥からどんどん黒い後悔が溢れてきて、私はたまらなくなって池田公園の前にあるコンビニで沢山のビールを買い込んだ。


 缶ビールをこれで何本目かと、次の缶を取ろうとした、まさにその時だった。

 私の右腕が、横から不意に強い力でガシッと掴まれた。

 私は反射的に息を呑み、掴んできた相手の方を鋭く睨みつける。

 そこには、深くフードを被っている一人の少年が立っていた。

 少年の顔の半分は影に隠れて見えないが、フードの奥から覗く一対の瞳だけが、強い意志を宿してじっと私のことを見つめていた。


「なにかよお? 木崎君」

「昼間っから何してるんすか?」


 木崎君はフードの奥から、心底呆れ返ったような視線をぶつけてくる。


「別に犯罪な事はしてないよ。いつから昼間はお酒を飲んだらイケナイほうりるでもできらの?」

「はぁ そんなに呂律回ってないのに、周囲に迷惑ですよ」

「なに? 私をらきたいの?」


 今の私は、完全に自暴自棄だった。

 お酒だろうが、SEXだろうが、少しでいいこの悲しみが無くなるのなら、正直言って今の私にはどうでもよかった。

 目の前の男が誰であろうと、美智子への後悔から一瞬でも逃れられるのなら、何だって構わなかった。


「そんな綾さんはこちらから願い避けっすよ」

「らに? 私に魅力が無いっていうわけ?」

「そうっすね。そんな酒におぼれる綾さんを抱くぐらいなら、そこらの女性と交渉した方がましっすよ」


 木崎君の吐き捨てるような言葉に苛立ち、言い返そうとしてベンチから勢いよく立ち上がろうとした、その時だった。

 アルコールで完全に麻痺した私の片足が地面をまともに捉えられず、身体が大きくふらついてしまう。

 視界がぐにゃりと歪み、そのまま地面に倒れ込むかと思ったまさにその瞬間、私の身体がふわっと持ち上がった気がした。

 何者かに横からがっしりと脇を支えられ、強引に立ち上がらされている。

 そちらを向くと、そこにいたのはまた別の、よく知る男の顔だった。


「ちばくぅんじゃん」

「状況は聴いてるけど、ひどいもんっすね」


 千葉君は私を支えたまま、顔をしかめて私の手元にある美智子の遺品の紙袋と、散らばる空き缶に目を向けた。


「あ?ラニが」

「しかも何を言いたいのかがわかるから質が悪い」


 千葉君がため息混じりにそう言うと、隣の木崎君もそれに深く納得をしたかのように、何度も小さくうなづいていた。 

 池公界隈のキッズ立ちなのに、説教はたくさんだよ!


「何しに来たの?」


 私が威嚇するようにそう言った、まさにその瞬間だった。

 腕から力が抜け、さっきまでベンチで大事に抱えていた美智子の遺品の紙袋が、スルリと手元から滑り落ちて地面へ転がってしまった。


「もう……よっぽど(こた)えたんすね、綾さんは」


 木崎君が、私のそんなボロボロな姿を見かねたようにため息をつく。

 千葉君が「しょうがないっすね」と呟いて屈み込み、地面の紙袋を拾い上げて私に渡そうとした、その時だった。


「……綾さん?」

 差し出された紙袋を受け取ろうとして、私は呂律の回らない声で返す。

「ふくろ、ありらとう……」

「いや、ちょっと待ってください。綾さん、この袋の中身って何ですか?」

 千葉君の手が止まる。袋を掲げたまま、彼はひどく真剣な目付きで中身を怪訝そうに探っていた。

「だからぁ……美智子にあげたぬいぐるみ……らよ」

「ならおかしいですよ」


 千葉君の妙にきっぱりとした口調に、隣にいた木崎君も怪訝そうに顔を覗き込んできた。

「おい、千葉、どうしたんだよ?」

「木崎、このぬいぐるみおかしい。中身が変だ」

「だから、ぬいぐるみだってば……」

 私が鬱陶しそうに手を振ると、千葉君は袋の底を外側から指先で慎重に押し当てながら、確信に満ちた声を上げた。


「いや、今拾い上げるときに掴んだんすけど、明らかに硬いものに触れた。これ、綿わたの柔らかさじゃない。多分、金属っぽいものです」

「そんなわけ、ないれしょ……」


 私は焦る気持ちを抑えきれず、紙袋の中からトトロの小さいぬいぐるみを引っ張り出した。


「ほら、ぬいぐるみらよ……」

「千葉、どのあたりだ?」


 木崎君が怪訝そうな顔でトトロを覗き込み、千葉君に尋ねる。


「多分、トトロの腹のあたり」

 言われた木崎君が、トトロの白いお腹のあたりを親指でぐいっと押した。

「……あ、本当だ。なんか入ってるよ、このぬいぐるみ」

「綾さん、これ、開けてもいいっすか?」

 千葉君が、ぬいぐるみの持ち主である私に許可を得ようと真剣な目で聞いてきた。

 私は短く「うん」とだけ答えて、彼の手元を凝視する。 

 彼は、トトロのぬいぐるみの後ろ側にあるジッパーを開いた。

 そして、中に入っている白い綿の奥へと指先を潜らせ、何かをあさる。

 彼がぬいぐるみの体内から引き抜いた手を引っ込めた、まさにその瞬間だった。

 私の死にかけていた瞳の奥に、一気に鋭い光が戻ってきた。

 アルコールで濁っていた脳髄が一瞬で覚醒していく。


「スマホ……っ?」


 千葉君の手のひらに乗っていたのは、美智子のものと思われるスマートフォンだった。

 私はそれを凝視しながら、二人に視線を向けた。


「冷たいの……どちらでもいいから、お水買ってきて」

 私はそのまま、まだ少し呂律が回っていない指先でスマホを操作し、千景に電話をかける。


「りかげ……っ?」

『りかげではないけど、すごく酔っているね。そんな状態で相手はしないよ』

 受話器の向こうから、千景のいつもの冷ややかな声が聞こえてくる。

「じゃなくて……っ!」

 私が必死に押し問答をしていると、横から千葉君の手が伸びてきて私のスマホをスッと取り上げた。

 彼はそのまま自分の耳に当てると、何やら千景と手際よく話し始める。


「あ、千景さんですか? 千葉です。はい、今からタクシーでそちらに向かいます。俺らがしっかり綾さんをエスコートしますので。……ええ、今木崎にお水も買ってこさせてますんで、たぶんそちらに着くころには」


 千葉君がそこまで言ったところで、コンビニへ走っていた木崎君が息を切らせて戻ってきた。

 両手に持った袋を差し出される。さすが木崎君、よく分かっている。

 入っていたのは、500ミリリットルのペットボトルの水と、大きな1.5リットルのボトルの水だった。


 私はすぐさま500ミリリットルの水を一気に喉へと流し込み、間髪入れずに1.5リットルの方のキャップを抉じ開けて、自分の頭から冷たい水を勢いよくぶっかけた。


「……っ、ふぅー……っ!」


 激しい水飛沫と共に、全身の皮膚が一気に収縮する。

 冷徹な感覚の戻ってきた頭で、私は櫻華の呼吸法を意識した。

 深く吸い、細く長く吐き出す。アルコールで煮え返っていた体内の血の巡りを、自らの意思で少しずつコントロールし、冷静さを取り戻していく。


 私は、一体何を自暴自棄になっていたのだ。

 このスマホは、多分美智子の物だ。

 そして、千景なら、間違いなくこの中にあるデータをすべて抜きとれるはずだ。

 泣いて酒に溺れている暇なんて、1秒だってありはしない。

 完全に素面に戻り、木崎君と千葉君もどこか嬉しそうに笑ってくれていた。


「ありがと。助かったよ」


 私は二人に歩み寄ってその首を両腕で引き寄せると、木崎君と千葉君の頬に、それぞれ軽く感謝のキスを落とした。


「ぶふっ――!? な、なな、何するんすか綾さん!」


 突然の不意打ちに、木崎君は耳の裏まで一気に真っ赤に染め上げ、驚きのあまり大声を上げて飛び退いた。

 一方の千葉君も、普段の冷静な態度が嘘のように目を丸くして、照れくさそうに人差し指で頬をポリポリと掻きながら視線を泳がせている。


「あはは、少しは元気が出たみたいで何よりっす」

「ありがとう、二人とも」

「別に……なし崩し的なのが嫌だっただけですし」

 木崎君はまだ耳の裏を真っ赤にしたまま、そっぽを向いて口を尖らせる。

「ぶっちゃけ、綾さんとやるって言うのは男としてめちゃくちゃ魅力的ですけどね。でも、俺や木崎もそういうのじゃなくて、いつもの綾さんがいいんですよ」

 千葉君が苦笑いしながら、私の革ジャンの肩をぽんと叩いた。

「生意気」

 二人に向かって、今できる精一杯の笑顔を向けて感謝を示した。

 私達は、公園の前の大通りへと出ると、捕まえたタクシーへと乗り込み、千景の骨董品店へと向かった。

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