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紫微綾の事件簿 case2 白き子羊の檻 (Vシネ風×百合×バイオレンス×探偵)』  作者:
5章

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23話 デートの待ち合わせ場所へ

「綾さん。準備しなくていいんですか?」


 私が学生寮の部屋の鏡の前で、首筋に日焼け止めクリームを指先で塗り伸ばしていると、背後からいかにも呆れ返ったような声が降ってきた。

 振り返ると、艶のある木製ベッドの縁に腰掛けた舞が、こちらをじっと見つめている。その視線には、何か言いたげな様子がアリアリと浮かんでいた。


「今日美智子様とデートだよね」

「デートじゃなくて、遊びに行くだけでしょ。何でデートなの?」

「外で待ち合わせをして、二人で遊びに行くなんてデートじゃん。今は寮で暮らしてるんだから一緒に行けばいいのに」

「いわれてみればそうか。なら一緒に」

「だめに決まってるでしょ。何でそういう風になるんですか?」


 助手のくせに本当に生意気な。

 私の適当な思いつきの提案を、舞はぴしゃりと一蹴して細い眉をひそめる。

 そんな彼女の容赦のない正論の突っ込みに、私は思わず苦笑いを浮かべるしかなかった。


 この全寮制女子高の寮で二人きりの共同生活を始めてからというもの、彼女の私に対する物言いは日増しに遠慮がなくなっている気がする。

 数か月前、私の事務所に転がり込んできたときは、借りてきた猫みたいに大人しくて、もっと可愛げがあったというのに。

 今ではすっかり、こんな風に生意気な反抗期を迎えてしまっていた。


「その格好で行くつもりですか?」


 舞の視線が、鏡の前に立つ私の全身の服装を上から下まで、品定めするようにジロジロと這った。また何か細かいことに文句でもつけたいのか、その顔はいかにも不満げだ。


「いつも通りだけど」


 私が鏡に映る自分の服装のままで振り返ると、舞はベッドの上から私の全身をじっと見つめてきた。その視線は私の足元から襟元までを一度往復し、不満げに細められる。


「あなたは、怜奈さんや凜さん、千景さんとデートするときもその格好なの?」


「そうだね。遊びに行くことないし。飲みに行くかホテルだし。大概会うのも仕事終わりだしね」


 日焼け止めクリームのボトルを机に戻しながら平然と答えると、舞はベッドの縁からぐっと身を乗り出してきた。心なしか、その声も少し大きくなっている。


「いつも通りだけど」


 私がそう言うと、舞はベッドの上で姿勢を固くし、私の全身を上から下までジロジロと眺め回した。

 値踏みするような視線が私の襟元で止まり、彼女の口元が不満げになっていく。

 そうして一拍おいてから、呆れたように次の言葉を口にしてきた。


「あなたは、怜奈さんや凜さん、千景さんとデートするときもその格好なの?」

「そうだね。遊びに行くことないし。飲みに行くかホテルだし。大概会うのも仕事終わりだしね」


 日焼け止めクリームのボトルをパチンと音を立てて閉め、平然と言い放つ私を、舞は信じられないといった様子で見つめた。

 それからベッドの縁からぐっと身を乗り出すようにして、遮るように声を大きくする。


「ホテル前提なんですか?」

「セフレだし、基本そうだね。玲奈の家にはご飯食べさせてもらうために行くときはあるけど」


 悪びれもせず事実を並べる私に対して、舞は首を横に振りながら、部屋の空気を全て吐き出すような深い不満のため息をついた。

 そうして私の行動に釘を刺すように、強い口調で言葉を投げつけてくる。


「今日はそういうの無しですよ。全く色情魔なんですから」

「私が色情魔ならもう舞は餌食になってるよ」

 私は彼女の顔を見ながらにっと笑って見せた。


 「あのですね」


 舞は呆れたように大きなため息をつき、大げさに肩をすくめてみせる。

 そんな彼女の反応を目の前で見ながら、私は少しだけ口元を緩めた。

 この窮屈な潜入生活において、こうして舞を軽くからかってやる時間は、ちょっとした息抜きのようなものだった。


「流石にしないって、女子高生と遊んで警察につかまりたく無いし、何より面倒くさい。だから恋人も作ってないじゃん」


 私がクローゼットへ足を向けながらそう告げると、舞は呆れ果てたように首を小さく横に振った。

 それから視線を机の上の荷物へと移し、口調を元に戻して素っ気なく返してくる。


「綾さんの性事情はどうでもいいですけど」

「わかってるって、その年でそんな心配ばかりしてたらハゲちゃうよ」


 私がハンガーに手をかけながら軽口を叩くと、舞は荷物を整理していた手を一度ピタリと止め、こちらをキッと振り返った。


「ハゲませんって、時間はいいんですか?」

「そろそろ行ってくるよ。そっちもお願いね」


 私が部屋の鍵をポケットに放り込み、ドアノブに手をかけると、舞は再び学習机の方を向き直した。


「事務所に向かって、留守番とみんなには情報交換はしておきます」


 舞はそう言って、重厚な木目の学習机の上に広げていた、

 潜入捜査のための細々とした荷物や資料をバサバサと音を立てて手際よくまとめ始める。

 私に代わって留守番を引き受ける彼女の手つきは、生意気な口を利くわりにはテキパキとしていて有能だった。

 本来なら、今日の昼は私が自分の事務所に戻って、雑用や情報交換をこなす予定だったのだ。

 しかし、思わぬ先客のせいで私の今日の予定は完全にひっくり返ってしまっていた。


「本当は私が事務所に行く予定だったんだけどね」

「あんな風に勇気を出して、遊ぶ約束を取り付けにこられたら断れませんってば。きっと勇気も必要だと思いますしね」


 舞の言葉に、私は心の中で小さく同意する。

 お嬢様が、顔を真っ赤に染めながら必死の思いで誘ってきた姿を思い出せば、無下に断れるはずもなかった。


「あとよろしく」


 私を送り出す舞に見送られながら、クローゼットの奥から着古したいつもの黒い革ジャンを引き抜き、勢いよく腕を通した。

 ずっしりとした硬い本革の重みと、わずかに染み付いたガソリンの匂いが身体を包み込む。

 寮を出て、まずは愛車を預けてある玲奈の家へと向かった。

 ガレージから使い慣れたバイクを引き出し、そのシートに腰を下ろす。

 セルを回すと、腹に響く重低音の排気音がガレージ内に木霊した。

 私はヘルメットのシールドを下げ、待ち合わせ場所である名古屋駅の金時計へ向けて、一気にアクセルを回した。


 名古屋駅の桜通口を入ってすぐ、開けた広場に堂々とそびえ立つ「金時計」の周囲は、週末ということもあって恐ろしいほどの人混みだった。

 人波を縫うようにしてその金の時計柱へと足を進めると、遠目からでも、その金の時計の前にぽつんと立ち尽くしている美智子の姿がすぐに分かった。


 白のブラウスに黒のシックなビスチェワンピースを纏った彼女は、いつも学園で見せられている制服姿が嘘のような、洗練されたお洒落な私服姿をしていた。

 黒髪のサイドには青い花の髪飾りが揺れ、スタンドカラーの襟元には結晶のようなブローチが鈍く光っている。

 今日という日を心待ちにして、全力で着飾ってきた女の子の佇まいそのものだった。

 だが、その可憐な姿が、名駅にうろつくタチの悪い男どもを惹きつけないはずがなかった。


 美智子の背後から、いかにも軽薄そうな二人組のチンピラがぴったりと距離を詰め、彼女の行く手を塞ぐようにして前に回り込んでいくのが見えた。


「ねえねえ、これから遊びに行こうよ! いいところ知ってるからさ」


 男たちの背中越しに、しつこく美智子の顔を覗き込もうとする下品な声が聞こえてくる。

 美智子は小さなバッグのストラップを両手で引きちぎらんばかりに握りしめ、俯いたまま必死に拒絶の言葉を返していた。


「いえ、結構ですから……! 私、待ち合わせ、してるので……!」


 恐怖に小刻みに震えながらも、声を振り絞って男たちの隙間をすり抜けようとする美智子の姿が、人混みの向こうから私の目に飛び込んでくる。

 だが、男の一人があからさまに苛立ったように肩をいからせ、さらに強引に距離を詰めた。


「そんなのいいからさ、行こうって!」

 そう言って、男が美智子の細い腕を強引に掴み、無理やりその体を引っ張ろうとする動きが私の目に入った。

「放してください……っ、触らないで!」


 完全に逃げ道を塞がれ、掴まれた腕を必死に引き戻そうと拒む美智子の姿に、私は男たちの真後ろまで一気に距離を詰めて、低く冷え切った声を叩きつける。


「私の連れに何か用? どいてくれない」


 私の声に、美智子の腕を掴んでいた二人組が不機嫌そうに振り返えった。

 私のタイトなレザーパンツや、黒の革ジャンを見つめた男たちは、割り込んできた相手が女だと分かった瞬間。

 すぐに小馬鹿にしたような下卑た笑みを浮かべて、掴んだ腕をさらに強く引いてきた。


「あ? なんだお前、女のくせにイキってんじゃねえぞコラ。邪魔すんなって、お前も一緒に――」

 その言葉の途中で、私は男の死角から脛へつま先を蹴り込んだ。

「ぎゃっ、あ゛っ……!?」


 男が激痛に悶絶し、自分の脛を押さえてその場に崩れ落ちる。

 相方の突然の絶叫と失態に、美智子の腕を掴んでいたもう一人の男が驚いて思わず手を離した。

 私はその隙を見逃さず、美智子の細い手首を掴んで自分の後ろへと引き戻すと、すぐさま残った男の正面へ踏み込み、その胸ぐらを力任せに掴み寄せる。


「次その汚い口開いたら、この名駅のど真ん中で歯の根全部へし折るよ。失せなさい」


 胸ぐらを突き放すと、男は脛を押さえて悶絶する相方を引きずるようにして、脱兎のごとく人混みの向こうへと逃げ去っていった。

 周囲の野次馬を一睨みして散らしてから美智子の方に向き直ると、彼女は弾かれたように顔を上げ、恐怖と安堵の混ざった潤んだ瞳で私を見つめてきた。


「あ、綾さん……!」

「災難だったね。怖い思いをさせてごめん。もう少し早めに来るべきだったね」


 私が一歩歩み寄って声をかけると、美智子は小さく喉を鳴らし、胸元に手を当てて小さく頷いた。

 間近で繰り広げられた一瞬の緊迫感に怯えつつも、その瞳は私への熱を帯びている。


「はい……びっくりしました。また助けられました。ありがとうございます」

「人が多いからね、ここは。……それにしても、ずいぶんと綺麗にしてきたじゃない。一瞬、見違えちゃったよ」


 私が彼女の全身の服装をじっと見つめながら率直な感想を口にすると、美智子はおずおずと自分のスカートの裾を掴んだ。

 それから、耳の裏まで一気に真っ赤に染め上げて、視線をあちこちに泳がせ始める。


「そ、その……おかしく、ないでしょうか。普段は寮と学校の往復ばかりで、制服しか着ないので、少し張り切りすぎてしまって……」

「全然。めちゃくちゃ綺麗だよ。こんな格好で来ちゃって悪いなって思えて来たぐらい」


 私が歯を覗かせてにっと不敵に笑うと、美智子はさらに顔を赤くしながらも、嬉しそうに口元をごくわずかに綻ばせた。


 舞の予想通り、すごいお洒落をしてきてくれたけれど、私自身こんなお洒落な服は持っていないんだよね。

 少し場違いな自分の革ジャンを心の中で苦笑していると、美智子が遠慮がちに私の黒い革ジャンの袖口を細い指先でちょこんと摘んできた。


「そんなことありません。綾さん、とっても格好いいです。……あの、今日はどこに行きますか?」

「ごめん」

 私が急に謝りだしたので、美智子は驚きの顔で私を見てきた。

「こういう風に遊んだことないからどこに行けばいいかわからないので、教えてもらってもいいかな?」

 私の情けない告白を聞いた美智子は、少しだけきょとんとした後、嬉しそうに微笑んだ。

「私もそこまで詳しくはないですけど、喜んで」

「ならどこに行く?」

「ゲートタワーに行きますか?」

 美智子はそう言って、金時計のすぐ近くにある高層ビルの方へと視線を向ける。


「何があるの?」

「えっと……ディズニーショップやジブリショップなどありますけど……子供っぽいですか?」

 不安そうに私の顔色を窺ってくる美智子に、私は首を横に振る。

「ううん、行ったことないから行ってみようか?」

「はい」


 美智子は嬉しそうに声を弾ませると、私の隣にぴったりと寄り添うようにして歩き出した。

 私たちはコンコースの人混みを抜け、目的地であるゲートタワーへと向かった。

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