20話 送り迎えと懐かしい無茶ぶり
愛知県警の自動ドアが静かに開き、夜の冷たい風が頬を撫でた。
私が外へ一歩踏み出した瞬間、視界の真ん中に、幻想的な美しさが立ちはだかっていた。
深紅の着物に金色の牡丹が艶やかに浮かぶ姿。
腰元を黒と藍の帯がきりりと締め、黄金の帯留めが灯りにきらめいている。
長い青髪は夜風にさらりと流れ、頭の上ではふわふわとした青い猫耳が小さく動き、背後では同じく鮮やかな青のしっぽが優雅に弧を描いていた。
黄金色の瞳が、柔らかく細められて私を見つめている。
「綾、お疲れ様」
低く甘く、まるで蜜を溶かしたような声。
私は思わず息を飲んだ。
「鈴藍師匠……どうしてここに?」
「照井さんから連絡をもらってね。迎えに来たのよ」
申し訳なさが胸に広がる。
師匠にまで面倒をかけるとは……。
鈴藍師匠はすっと私の横に寄り、細く白い指で私の頭を優しく撫でてきた。
猫耳がピクッと反応し、しっぽが嬉しそうに左右にゆったり揺れる。
「師匠……私はもう子供じゃないんですよ」
「ふふ、十年以上面倒見てきたんだから、いつまでも私の子猫でいいの」
師匠は微笑みながら、私の髪に指を絡めて優しく梳いた。
その仕草は優しく、けれどどこか妖艶で、同性である私でさえ胸がざわつく。
四十代とは思えない、完璧に引き締まった体躯。
着物の上からでも分かる美しい胸元とくびれ、死ぬほど鍛えられた体幹が、歩くたびに紅の裾を優雅に翻す。
猫耳と青いしっぽを付けているのに、その所作は本物の着物美人そのもの。
街灯の下で青髪が輝き、黄金の瞳が細められ、しっぽが感情を素直に語る。
その全てが、鈴藍師匠を唯一無二の存在にしていた。
相変わらず……本当に、圧倒されるほど綺麗だった。
愛知県警の玄関を出て、夜の街路を並んで歩き始めた。
師匠の青い猫耳が朝日の光を受けてふわふわと動き、長い青髪が風にさらりと揺れる。
深紅の着物が優雅に翻り、青いしっぽが私の手首のあたりを時折くすぐるように揺れていた。
「そういえば……大先生、怒ってないんですか?」
私はおずおずと師匠の横顔を窺いながら聞いてみた。
「健兄さん? 電話口で多分だけど、頭を抱えてため息ついてたと思うよ」
鈴藍師匠はそう言いながら、くすくすと喉の奥で笑った。
その笑い声は鈴を転がしたように可愛らしくて、四十代とは思えない童顔がさらに幼く見える。
身長は私より少し低めで、着物の上からでも強調される豊満な胸元と、すっと細い腰のコントラストが強烈だった。
合法ロリ巨乳、という言葉が脳裏をよぎる。
こんなに愛らしくて、しかも圧倒的な色気をまとっているなんて反則だ。
私は恐る恐る師匠の手を求めた。
すると師匠は迷わず、柔らかくて冷たい指を絡めてきてくれた。
「……優しいじゃん」
「ふふ、綾に何かあったら、大先生たちに何て言われるかわからないもの」
師匠は私の数十倍以上強い。
病弱というハンデを抱えながらも、力は、ゴリラ並み、身軽さは猫、素早さはチーター並みという壊れたスペックだった。
ただし――全力で動けるのは、わずか一分程度。
光の戦士よりも活動時間が短いという、致命的な欠点がある。
私が使える技術固定で、一分での戦闘では全敗更新中だった。
それでも今は、ただ静かに私の手を握って歩いている。
しっぽが嬉しそうに左右にゆったりと動き、猫耳が時折ピクピク反応する。
最初の時は疑問に表ったけどこの尻尾と耳、もう突っ込むのはいつの間にかやめていた。
これはこういうものだと思っている。
「でも、懐かしいよね。こうして二人で歩くの」
「中学校の頃、よく迎えに来てくれたよね」
「綾、最初はすごーく嫌がってたよね」
「そりゃそうですよ! 普通の中学生がお迎えに来られたら恥ずかしいに決まってるじゃないですか」
「そういうもの? 私は本家にいた頃は、いつも誰かにお出迎えされてたけど」
「知ってますよ、鈴藍さん」
櫻華流古武術の本家の長女で病弱
そりゃ車通勤でしょうね。
私は小さく息を吐き、ポケットからハンカチを取り出した。
丁寧に畳んだ白い布を、師匠の手に乗せる。
「これ……調べてもらえませんか?」
師匠の黄金色の瞳が、わずかに細められた。
「その中に、今回使われた毒の針が入ってます。警察の検査だと時間がかかりすぎるので」
「……まだ照井さんにバレたら、雷が落ちるわよ?」
「ですよね……」
師匠はハンカチを受け取りながらも、困ったように微笑んだ。
その笑顔の裏に、ほんの少しの緊張と、でも確かな信頼が浮かんでいるのがわかった。
青いしっぽが私の太ももに軽く巻きつくように寄り添いながら、街を二人でゆっくりと歩いていった。
師匠の着物の袖が、私の腕に触れるたび、温かな懐かしさと、わずかな不安が混じり合う。
路地を曲がった瞬間、朝日の光の下に、艶やかな黒塗りの高級車が静かに停まっていた。
車体は漆黒で、窓ガラスは深くスモークがかかり、中の様子は一切窺えない。
鈴藍師匠が先に後部座席に滑り込むように乗り込んだので、私も続いてその隣に身を沈めた。
シートは柔らかく、体を優しく包み込む。
師匠の深紅の着物が私の太ももに軽く触れ、青いしっぽが座席の上でゆったりとカーブを描いている。
「事務所でいい?」
運転席から聞こえてきた声に、師匠が優しく答えた。
「送ってくれるのは嬉しいですけど……私のバイクが」
「もう、凜ちゃんが貴女の事務所まで運んでくれたらしいわよ」
凜……ありがたい。
心の中で小さく感謝した。
車が静かに発進する。
街が窓の外を流れていく中、師匠がこちらに黄金色の瞳を向けた。
猫耳がふわっと動き、青い長い髪が肩から零れ落ちる。
「綾はこれからどのように動くの?」
「……『まん』と『ほーる』が何なのか、まだ全然分かりませんし……帰ってきた女学生にも話を聞きたいんですけど」
「後半は望み薄だね」
「ですよね……」
事件で失踪した女学生が帰ってきたということは、警察が管理する病院のベッドの上だろう。
面会すら厳しいに違いない。
私はシートに深く凭れ、ため息を吐いた。
「女学生失踪、ホームレスの自殺、天使様関連……全部繋がってると思うんですけど、鈴藍さんはどう思います?」
師匠はくすりと笑い、細い指で私の髪を優しくかき上げてくれた。
着物の袖から覗く白い手首が、病弱とは思えないほど綺麗だ。
「私がわかるわけないでしょ。でも長年探偵やってきてるんだから、その勘は信じていいんじゃない?」
「私まだ二年ぐらいですよ……」
「あの方の弟子として頑張ってきた期間も含めれば、もっと長いでしょう?」
「師匠にも無茶ぶりさせられてましたけどね……」
師匠は悪戯っぽく目を細め、青いしっぽで私の腰を軽く包むように巻きつけてきた。
車内は師匠の甘い香りと、着物の生地が擦れる微かな音だけが響いている。
黄金の瞳が私をじっと見つめ、猫耳が小さくピクピク動く――その姿は、四十代の域を超えた、妖しくも愛らしい師匠そのものだった。
車が夜の道路を滑るように走る中、私はふと思い出して口を開いた。
「そういえば……師匠たちからよく無茶ぶりされましたよね。『アメリカで非合法の格闘大会があるから、行ってこい』とか、『盗まれた品物のありかがわかったから、潜入して盗んで来い』とか」
鈴藍師匠は隣で小さく肩を震わせて笑った。青い猫耳がピクッと動き、黄金色の瞳が懐かしそうに細められる。
「覚えてるわよ。あの頃は、随分文句言ってたよね」
「だって、普通、格闘技学んで3年で地下大会に出るとは思いませんよ? 私がそう言ったら、『世の中には一年で参加する子もいるから大丈夫』って……後で調べたら、完全に格闘ゲームのキャラ設定そのまんまだったんですけど」
師匠はくすくすと喉を鳴らしながら、私の肩に軽く頭を寄せてきた。
深紅の着物から漂う甘い香りと、青い長い髪が私の頬をくすぐる。
童顔の横顔が、街灯の光に照らされて妖しく輝いていた。
「フィクションと一緒にしないでって、散々言いましたよね」
「ふふ、でも結果的に3位だったじゃない。あの地獄のような大会でよく頑張ったわ」
「まったく、なんかおかしいなと思ったら、ギャングとかマフィアとかが経営してる大会だったんですよ」
師匠の声は優しいのに、どこか悪戯っぽい。
青いしっぽが私の腰にそっと巻きつき、まるで「よくやったね」と褒めているようだった。
あの時の記憶が蘇る。
血と汗と叫び声が渦巻く地下アリーナ。
銃を突きつけられ、ナイフが閃き、相手の拳が風を切る音。
師匠たちに放り込まれた無茶な任務の数々……。
今思えば、あの経験のおかげで、銃口を向けられても心臓が飛び出るほど驚かなくなった。
恐怖は薄れ、代わりに冷たい冷静さが身についた。
「でも、あのおかげで今があるんですよね……。師匠の無茶ぶり、全部無駄じゃなかった」
私は小さく笑いながら、師匠の手を握り返した。
師匠の指は細く冷たいのに、優しく握ってくれた。
彼女は、満足そうに目を細め、猫耳をふわふわ動かしながら囁いた。
「綾は私の自慢の子供だもの。大丈夫だと安心してたし」
車内の柔らかな照明の下、私はその時の記憶を鮮明に思い出した。
「それにあの『盗まれた品物のありかがわかったから、潜入して盗んで来い』って任務……今でも忘れられません」
鈴藍師匠が隣でくすりと笑い、黄金色の瞳を細めた。
青い猫耳が興味深そうにピクッと動き、長い青髪が肩から滑り落ちる。
「ふふ、あれは結構無茶だったわね。覚えてる?」
……覚えてるも何も、地獄だった。
あの時、私はまだ師匠について5年目。
アメリカのとある大都市、表向きは高級ホテルの最上階パーティー会場だった。
実際は裏社会の人間たちが集う、盗品の闇オークションの場。
ターゲットは「翡翠の龍」――江戸時代から続く、ある古美術品。師匠の知り合いが所有していたものが、国際的な盗品シンジケートに持ち去られたという。
「品物のありかがわかったから、潜入して盗んで来い」
師匠は電話口で、まるで買い物でも頼むような軽い口調でそう言った。
準備期間はわずか三日。
私は無理やり着せられたタイトなイブニングドレスに、隠しホルスターと特殊工具を仕込み、偽装IDで会場に潜り込んだ。
会場はシャンパンの泡と宝石のきらめきで満ち、笑顔の裏に殺気が渦巻いていた。
師匠は現地には来なかった。
ただ事前に送られてきた小型通信機から、甘い声で指示を飛ばしてくるだけ。
後から知ったけど、情報をまとめたのが千景だったみたい
「綾、右の第三展示ケース。龍の目が本物よ。警備は三人……一分以内に動いて」
病弱なくせに、頭脳と勘は異常。
私は汗だくになりながら、ドレスのスリットから工具を抜き、ガラスケースを解除。
翡翠の龍を素早くバッグに押し込み、逃走ルートへ。
しかし――出口で待ち構えていたのは、銃を構えたシンジケートの男たち。
「動くな、小娘」
その瞬間、師匠の声が耳元で響いた。
「今よ、綾。全力でいきなさい」
師匠の声が耳元で響いた瞬間、私はこれまで叩き込まれた櫻華流の技術を限界まで振り絞った。
隠し持っていた飛針を素早く投げて男の銃を弾き飛ばし、間合いを詰めて肘打ちを喉元に叩き込む。
もう一人が反応する前に体を低く沈め、掌底で顎を打ち上げて体勢を崩した。
即座に足元へ煙玉を叩きつけ、白い煙が一瞬で廊下を埋め尽くす。
視界を奪われた隙に、私は全力で廊下を駆け抜けた。
非常階段を息を切らしながら駆け下り、着地するたびに足に響く痛みを堪えて外へ飛び出した。
ホテル裏の路地に転がり出た瞬間、待機していた黒塗りの高級車が目の前に停まっていた。
後部座席のドアが開き、私は息も絶え絶えに車内に滑り込んだ。
助手席から鈴藍師匠が振り返り、黄金色の瞳を優しく細めた。
青い猫耳が小さく動き、深紅の着物姿で私を迎え入れる。
深紅の着物に青い猫耳と青いしっぽ、黄金の瞳で優しく微笑んでいた。
「おかえり、綾。よくやったわ」
私は息も絶え絶えに龍を差し出し、シートに倒れ込んだ。
「……鈴藍さん、次からはもっと情報をくれませんか?」
「ふふ、ご褒美に頭撫でてあげる。潜入の方も一応合格かな」
師匠は私の頭を優しく撫で、青いしっぽで私の肩を抱くように巻きつけてきた。
あの時の安堵と、怒りと、愛おしさが今でも胸に残っている。
そんな懐かしい過去の思い出を語り合っているうちに、高級車は栄6丁目に入る道で静かに停まった。
「鈴藍さん、ここまで送ってくれてありがとうございます」
「私の子供だからね」
「……子供じゃありませんって。16歳で子供産んだことになりますよ」
「綾は私の弟子だから、子供なの。それも初めてのね」
師匠は悪戯っぽく微笑みながら、私の頭を優しく撫でた。
青い猫耳がふわっと動き、黄金色の瞳が街灯の光に優しく輝いている。
「この技術を授けてくれたこと……本当にありがとうございます」
「うん。お願い事はちゃんとやっておくから。舐めたことをしてくれた借りを、しっかり返してきなさい」
「うん……」
私は師匠に深く頭を下げ、車を降りた。
風が頬を冷ます中、振り返ると助手席の窓から師匠がこちらを見ていた。
深紅の着物に包まれた柔らかなシルエットと青い長い髪、青いしっぽが小さく揺れている。
私は軽く手を振り返し、自分の城でもある探偵事務所の方に歩き出した。
背後で車が静かに発進する音が、街に溶けていく。
まだ事件は終わっていない。
でも、今は少しだけ、師匠達の温かい愛情を感じながら、事務所がある雑居ビルに入った。
「紫微綾の事件簿 case2 白き子羊の檻」をお楽しみいただけましたか?
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