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紫微綾の事件簿 case2 白き子羊の檻 (Vシネ風×百合×バイオレンス×探偵)』  作者:
4章 なんで私がここに入れられないといけないの?

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19話 警察署へ1泊

 ガシャン――。


 冷たい金属音が、独房の薄暗い空間に重く響いた。鉄格子の扉が閉まる瞬間、背筋にぞくりと冷たい震えが走る。

 私は今、牢屋の中にいる。

 数時間前までは、ただの事情聴取のはずだった。

 怜奈たちが警官として現れ、私を保護してくれると思っていたのに……なぜ、こんな場所に。


「どういうこと……?」


 声が自然と尖る。コンクリートの冷たい床に足を踏みしめながら、私は鉄格子越しに二人を見上げた。

 怜奈と、たしか田中と名乗った刑事。怜奈は申し訳なさそうに眉を寄せ、視線を少し逸らしている。

 その瞳には本物の罪悪感が浮かんでいた。でも、きっと彼女にもどうにもならない事情があるのだろう。

 田中刑事は無表情に近い顔で、淡々と答える。


「上の命令で、ここに入ってもらうことになりました」


「事情聴取で呼ばれたはずなのに、なんでこんな立派な待遇を受けないといけないの?」


 私は鉄格子を軽く握りしめた。

 冷たい鉄の感触が掌に染み込む。

 独房は予想以上に狭く、湿ったカビ臭さと、古いコンクリートの冷気が肌を刺す。

 田中刑事はわずかに肩をすくめただけだった。


「それも上からだ」

「田中さん、でしょ? それしか言えないの?」


 苛立ちが声に滲む。

 すると、後ろに控えていた怜奈が、そっと田中刑事の袖を引くようにして前に出た。

 彼女の声は柔らかく、でもどこか申し訳なさで震えていた。


「紫微さん……こちらは、そういう命令しか受けておりませんので、それしか言えないんです」

「はいはい、誤認逮捕もいいところよね。本当に、なんで牢屋なんて……」


 吐き捨てるように言った私の言葉に、怜奈が小さく息を飲むのが見えた。

 田中刑事は一瞬ためらった後、静かに口を開いた。


「……いえ、一言、伝言をいただいています」

「伝言?」


 私は眉をひそめた。私はそんなもの、聞いていない。

 怜奈も驚いたように田中刑事を振り返る。


「そうなんですね……私の所にはあったので、お伝えしてもよろしいでしょうか?」

「伝言なら、さっさと言った方が良いんじゃない?」


 田中刑事はため息を1つ吐き、葛城警部補の言葉をそのまま伝えた。


「『そこで一晩、頭を冷やして反省してろ』……と。一応名目上は、暴行罪・過失致死と殺人容疑の参考人として、ということです」

「それで、いつ出られるの?」

「それは調査次第らしいです」


 予想通り、照井のおやっさんだ。今回は本当に不可抗力だったのに……。

 玲奈に文句を言ったところで、どうにもならないとわかっていた私は、ため息を1つ吐いて独房のベンチに体を投げ出した。

  

 ふて寝した翌朝、私は取調室に連れてこられた。

 無機質な蛍光灯が灰色の壁を冷たく照らし、空気は張りつめていた。

 金属製のテーブルを挟んで、照井さんのおやっさんと怜奈が座っている。

 照井さんは、腕を組んだまま、眉間に深い皺を刻んでいる。

 目には怒りと、抑えきれない心配が混じっているように見えた。


「じゃじゃ馬娘。牢屋での一晩はどうだった?」

 私はわざと明るく肩をすくめてみせた。

「素敵な寝床をありがとうございました。最高にロマンチックでしたわ」

 照井さんのこめかみがピクッと動き、大きなため息が漏れた。


「この馬鹿者~」

照井さんの大声が、下手したら警察署ワンフロア全域に聞こえたかもしれない。

「今回は本当に不可抗力なんですってば」

「前回もそう言ってたよな」


 照井さんの視線が鋭く突き刺さる。私は少し目を逸らした。胸の奥がちくりと痛む。


「女学生失踪事件ってご存じですか?」

「それがどうした」

「その調査で向かったら……突然襲われまして」


 照井さんの表情が一瞬凍りついた。怜奈は隣で唇を強く結び、指先で自分の制服の袖をそっと握りしめている。彼女の肩が小さく固くなっているのがわかった。


「何で……学園内を調べるお前が、外で活動してるんだ!」

「ん~……成り行き上?」


 照井さんは、拳を軽く握り、テーブルの上で小さく震わせた。

 怜奈は息を潜めるように視線を落とし、まるで自分が責められているかのように体を縮こまらせていた。


「なぜ、外にヒントがあると思った時点で玲奈か俺に連絡を入れなかった」

「……まだ確信が無かったから。昨日亡くなった浮浪者のおじさんに見覚えがあって、暮らしてた場所に行ってみたら、突然襲われちゃったの」


 照井さんの声がわずかに震える。


「その時、玲奈がいただろうが……!」

 怜奈がハッと顔を上げ、私と照井さんの間に困った視線を往復させた。

「うん、でも警察って、浮浪者が一人いなくなったくらいじゃ動かないでしょ? だから確信が欲しくて……もちろん、何か見つけたらちゃんと伝えるつもりだったよ」

「それで?」

「櫻華の技を使って撃退したんだけど……お話聞こうとしたら、多分首筋のチョーカーが作動したんじゃないかな」


 照井さんは顔をしかめ、怜奈をチラリと見た。

 怜奈は小さく息を飲み、膝の上で両手をぎゅっと重ねて耐えるように体を固くしていた。


「葛城やあいつにしろ、なんでこいつに櫻華を紹介したんだ……」

「そう言わないでよ、照井さん。私も死ぬとは思わなかったし……」


 照井さんは深いため息を吐き、椅子に深くもたれかかった。

 そう言って照井さんは、隣に座る玲奈を一瞥した。

 鋭い視線が、まるで「こいつを甘やかすな」と無言で釘を刺しているようだった。

 それから再び、こちらに向き直る。

「どうせ、ちょろちょろと調べまくるんだろ。『何も覚えてない』の一点張りだ」


 ……意外と教えてくれたけど、覚えてない……か。

 私は心の中で小さく舌を出した。


「約束、覚えているんだろうな?」

「約束?」

「今度また無茶したら、お前の探偵許可証をシュレッダーにぶち込んでやるからな」


 照井さんの声は低く、重い。

 冗談めかしているようで、目は本気だった。

 机の上で組まれた腕の筋肉が、わずかに緊張しているのが見える。


「無茶は、してないですってば……肝に銘じてます。わかってるって、何かありそうなら、玲奈に直通で連絡するから」

「玲奈」

「はい」


 照井さんが、短く呼ぶと、玲奈は背筋をぴんと伸ばした。

「こいつを甘やかすな」

 玲奈は困ったように、でも柔らかく微笑みながら小さく首を傾げた。

「わかりました」

 その笑顔は優しいけれど、どこか「綾のことだから……」と内心で思っているのが透けて見えるようだった。


「葛城警部補。一時こいつを釈放してやってくれ」

「わかりました」


 取調室の重苦しい空気が、わずかに緩む。

 蛍光灯の白い光が、照井さんの厳しい顔立ちをより一層くっきりと浮かび上がらせていた。

 こうして、私の警察署での一日が終わった。

 鉄格子の冷たさと、独房のカビ臭い空気から解放され、外の風が頰を撫でる頃には、もう夕暮れが近づいていた。

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