21話 進展がない
寮のベッドの上で膝を抱えて座りながら、私は、舞に向かってぼやいていた。
「綾さん、どうしたの?」
隣のベッドから、舞が心配そうに紫色の瞳を向けてくる。
黒髪のが、ふわりと揺れた。
「全然、捜査が進まない……みんなの情報もないみたいだしね」
ため息が自然と漏れた。
警察に厄介になってから、もう一週間が経つ。
あの日以来、事件はまるで止まった時計のように動かなかった。
毎日、学校と寮を往復するだけの退屈な日々が続いていた。
話を聞きたい相手は、警察が厳重にガードしてる病院だし……無理に近づけばすぐバレるし。
校内を探っても、いじめは何件か見つけたけど、それ以外は何も出てこない。
「綾さん、そういえば聞きましたよ。そのいじめっ子たちを、睨みつけて止めてるって」
舞の声は穏やかで、少しだけ楽しげに聞こえた。
「だって、周りの生徒たちも見て見ぬふりしてるじゃない。ほんと、むかつく」
私は唇を尖らせ、窓の外の暗い校庭を睨みつけた。
あれ以来、浮浪者の自殺はぴたりと止み、
行方不明だった女学生は「覚えていない」の一点張り。
記憶喪失の診断は本当かもしれないけど、一定期間の記憶だけが抜け落ちるケースは実際にあるらしい。
本人がわからないと言い張る以上、警察も強く追及できないみたいだ。
「結局、『天使』ってのもはっきりしないし……美智子からは、聞いた話以上は知らないみたいだしね」
「そうそう、澤先輩へのいじめも、表向きはなくなったみたいだけど」
舞が小さく微笑む。
「いじめなんてしても虚しいだけなのに……なんでやるんだろうね」
「私もしたことないからわからないけど……」
舞の言葉が少しだけ途切れた。
「けど……って、何?」
私は身を乗り出して、舞の顔を覗き込んだ。
舞は少し困ったように頰を掻きながら、声を落とした。
「うん……白金の騎士様らしいよ」
「……誰が?」
「綾さんが、です。悪口も別でありますけど」
陰口を言うなら、面と向かって言えばいいのに——私は心の中で舌打ちした。
「なんて言ってるの?」
「在り来たりなやつが多いです。『いい格好しい』とか、『転入生のくせに生意気』とか」
「ふーん。よくあるわね」
「それと……身長がそのまま胸に言ってるバカ女、とか」
「は?」
確かに私は、身長は160あるからそこまで低くはないはずだ。
胸とお知りに栄養が言ってるのは本当だけど。
私はジト目で舞を睨みつけた。
「私が、言ってるわけじゃないですから!」
「わかってるわよ……どうせチビだもんね」
私は自嘲気味に肩をすくめ、舞の顔をまっすぐ見た。
「舞は何か知らない? 事件のことで、なんでもいいから」
「事件の事なら、知った時点で全部綾さんに伝えてますよ。私は助手ですから」
舞は胸に手を当てて、少し得意げに言った。
「うん、なんでもいいんだけど……何か状況が変わらないかな」
「例えば、綾さんが襲われるとか?」
「それも一つの手よね。あの暗号が解けるだけでもいいけど」
「マンとホール……だっけ?」
舞が首を傾げると、私は小さく吹き出した。
「そうそう。マンって言ったってお金かもしれないし、男性かもしれない。ホールもそうだよね。どこかの会場かもしれないし、場所かもしれない」
私はベッドの上で膝を抱えたまま、ため息混じりに言葉を続けた。
「別々に言われた言葉なんだよね。マンは公園で殺されたおじさんで、ホールは死体の足元に書かれていたもの。全く分かんない……」
頭の中で何度もその暗号を反芻するけど、まるで霧の中を手探りしているみたいだ。
すると、舞がぱっと顔を明るくして言った。
「綾さん、いい案がありますよ!」
「何?」
なんでもいいから、少しでもきっかけが欲しい私は、思わず身を乗り出して舞に聞いた。
「探偵と言えば、気づくアイテムがあるのでは?」
「……なにそれ?」
「タバコとか、瞑想とか、逆立ちとか、シャワーを浴びるとか! そうしたら『きらりん』ってひらめきが起きるかもですよ?」
舞は目をキラキラさせて、まるで本気で提案しているような顔で言った。
私は一瞬、言葉を失った。
「……ねえよ、そんなの」
肩の力が一気に抜けた。
期待してしまった自分が馬鹿みたいだ。
舞が有益なことを言ってくれると、どこかで信じていた私は、とてもがっかりしてしまった。
「はあ……もういいわ。今日はゆっくり寝ることにする」
私はベッドに倒れ込み、布団を頭までかぶった。
枕に顔を埋めながら、ぼんやりと思う。
本当に、この暗号の意味がわかれば……何か動き出すのに
隣のベッドから、舞の小さな声が聞こえてきた。
「綾さん、おやすみなさい……明日も一緒に頑張りましょうね」
「……おやすみ」
部屋の明かりを落とすと、窓ガラスに雨のような細かな水滴が光を反射していた。
次の日の朝、学校の教室で一限目が始まる直前だった。
突然、校内放送が静かな教室に響き渡った。
「2年A組の紫微 綾さん。理事長室までお越しください」
クラスメイトたちの視線が一瞬、私に集まる。
私はため息を小さく吐き、席を立った。
どうせまた何かだ。
そんな予感がした。
理事長室の重厚な扉の前でノックをすると、中から落ち着いた声が返ってきた。
「どうぞ」
中に入ると、広い部屋の奥に座る理事長が、穏やかな笑みを浮かべて私を迎えた。
「ごきげんよう、紫微探偵」
「ごきげんよう、理事長先生。どうしましたか? 報告は随時していると思いますけど」
「あなたのおかげで、私の目が届かない場所まで教えてくださって大変助かっています」
「すみません。結局、本来の依頼の方が……」
「そのことでお話が」
何か、わかったのだろうか? それとも……。
私は理事長の顔をじっと見つめた。
彼女の表情は穏やかだが、底が読めない。
「行方不明の女学生も、無事に戻ってきました。これも紫微探偵のご助力があったからだと思います」
「私は何も……」
「あなたが学校を調べていただいたおかげで、警察も外部に集中することができたのだと思っていますよ。皆さんが一生懸命動いたおかげで、天の父も生徒を返してくれたと思ってます」
何が言いたいのだろうか?
私のこれからの処遇についてだとは思うけど……どこか、都合のいい結論を急いでいるように感じる。
「今回の依頼は、いったんここで終了しようと思います。学校の方は今月末までは在校してほしいのですが」
「もちろん。その分の報酬は頂いておりますので、それまでは治安維持を務めていけばいいですか?」
「本当に何事もなくてよかったです」
「理事長、最後にお聞きしたいのですが」
「どうしましたか?」
「前にもお聞きしましたが、『天使様』という慈善事業の組織をご存じありませんか?」
「神学上の天使様はもちろん存じ上げていますが、それ以上は知りません」
理事長の答えは、予想通り滑らかだった。
「では、授業に戻りますね」
「依頼は達成といたしますので、規定の料金をお支払いさせていただきます」
「依頼失敗では?」
「きちんと生徒は帰ってきましたので」
ここで「いらない」と突っぱねても仕方ないのだろう。
私は内心で舌打ちしつつ、とりあえず頂くことに決めた。
この事件が、私の中で納得いく形で決着がついたら、その時に、この成功報酬を使う。
それまでは、ただの「預かり金」だ。
理事長室を出るとき、背中に彼女の視線を感じた。
穏やかで、優しい視線。
廊下を歩きながら、私は小さく唇を噛んだ。
まだ、何も終わっていない……
この学校に残る今月末まで。
必ずこの事件を解いて見せる。
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