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紫微綾の事件簿 case2 白き子羊の檻 (Vシネ風×百合×バイオレンス×探偵)』  作者:
3章 点が線にならないもどかしさ

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11話 こういう幸せもたまにはあってもいいでしょ

「ただいま」


 今でも、この敷居を跨ぐと無意識にその言葉が溢れる。

 この場所だけはどうしても子供に戻されてしまうのだ。


「おかえり」


 廊下の先から、聞き慣れた柔らかな声が返ってきた。


「……後ろから返事があるのは変だと思うよ、玲奈。不用心すぎない?」


「ふふっ。ここをいまだに実家だと思って、『ただいま』って入ってきてくれることは、私にとっては何よりもうれしいわよ」


 十年前、あの惨劇の中で救い出されてから二十歳まで、私はこの家で保護されていた。

 人生で最も多感な時期をこの屋根の下で過ごしたからこそ、つい「お邪魔します」なんて他人行儀な言葉は喉に詰まって出てこない。


「それにそう言わないと、親父さんが怒るんだから仕方ないよ。背中を叩かれそうだし」


 私はリビングの隅に鎮座する仏壇へ歩み寄り、おふくろさんと親父さんの位牌の前に膝をついた。

 線香の香りが薄く漂う中、静かに手を合わせる。

 親父さんが殉職してから、もう三年になるんだ。


 もし、あの時私がそばにいたら……

 消えない後悔が胸を刺す。

 けれど、それを以前口にしたら、照井さんにめちゃくちゃに怒られたものだ。


『貴様みたいな小娘が一人いたぐらいで、何が変わるかぁ!』


 脳裏に響く、鼓膜を震わせるような怒鳴り声。

 同時に、その大きな手で落とされたげんこつの重たい痛みを思い出し、思わず頭を撫でた。

 全く、年頃の女性にげんこつなんて、今の時代なら一発でパワハラ認定の案件だぞ。


「どうしたの? そんな顔して」


「……親父さんが亡くなったって聞いた時のことを、思い出してたんだ。あの拳の痛さをね」


「ちょうどあの頃、綾は日本に居なかったから。……ある意味、私は安心したけれど」


「間違いなく、無理にでも首を突っ込んでいたと思うけどね」


「そうね。そういう、放っておけない危うい所は今も治ってないみたいだけど」


 当時、櫻華の師匠から『せっかくだから、アメリカの格闘大会があるから行ってきなよ』と背中を押され、武者修行の一環として行かされていた。


 凄く濃厚で血生臭い大会だったけれど、今思えばあれは絶対に表の世界の催しじゃなかった。


 すべてが終わり、意気揚々と帰国した直後だった。

 そこで知らされたのが、親父さんの訃報だった。

 胸の奥が粉々に砕けて、そのまま荒れ狂うみたいに、感情がぐちゃぐちゃに暴れ出した。

 ちょうど一人暮らしを始めた時期で、あの人もいなくなって、親父さんまでいなくなって。

 私の好きな人は、どうしてこうも、次々といなくなっていくんだよって思ってたっけ。


「お父さんとお母さんには、なんて報告したの?」


放蕩娘(ほうとうむすめ)が帰ってきたよ、って言っておいた。……心配かけてごめんね、とも」


「ふふ、お母さんも喜ぶと思うわ。綾のこと、本当の娘みたいにすごくかわいがっていたもの。……私は、当時そんな二人に焼いてたくらいだもの」


「そうなの? あああ、思い出した。最初のころ、玲奈は私に対してすごく冷たかったよね」


「そんなことないわよ。ただ、急にできた妹との距離感がわからなくて、戸惑っていただけだし」


 玲奈はどこか照れくさそうに笑うと、一度奥の部屋へ消えた。

 戻ってきた彼女は、髪を軽く結び直し、キッチンに立っていた。

 どうやら、私のために食事の準備をしてくれるみたいだ。


 淡い色のエプロンを、その豊かな肢体にキュッと締め上げた玲奈。

 刑事としての鋭さを完全にオフにした、

 その家庭的なしぐさを、私はリビングの入り口からじっと眺めていた。


「ねえ、お姉ちゃん」


「……また懐かしい呼び名だね、綾ちゃん」


「そっちもじゃん。……ほら、今は私、潜入捜査中の女子高生って設定だからさ」


「はいはい。それで、どうしたの?」


「よく男の人がさ、台所で彼女が夕飯を作ってる背中を見て幸せだって感じるって話、あれ……今ならなんとなく、実感を伴ってわかる気がするよ」


「もう、今日はどうしたの? 甘えん坊さんね」


 トントントン、と軽快に鶏肉を叩くリズムが、静かな部屋に心地よく響く。

 エプロンの紐でこれ以上ないほど強調された、玲奈のしなやかで細いウエスト。

 その真下で、彼女が動くたびに、驚くほど大きな尻がゆったりと左右に揺れていた。

 柔道で鍛え上げられた、芯のある重厚な腰つき。

 それなのに、肉の一層一層が波打つような、暴力的なまでの柔らかさが薄い布越しに克明に伝わってくる。

 そのあまりにも無防備な曲線は、見ているこちらの理性を削り取るほどいやらしかった。


 私は少し我慢できなくなり、呼吸を止めて気配を消し、背後からその豊潤な身体を羽交い締めに吸い寄せた。


「ひゃあ……っ!?」


 不意を突かれた彼女は、指先から力を失い、包丁をガランとキッチンに落としてしまった。

 私はそれを気にする余裕もなく、彼女の背中の温もりを感じながら、その柔らかそうな暴力的なふくらみを、わしわしと力任せにもみほぐした。


「あぁんっ、綾……っ、ちょっと、何を……っ!」


「なんかいやらしい動きしてたから。つい、身体が動いちゃった」


 ――バチンッ!


 甘い声とは裏腹に、おっぱいをもんでいた私の両手を、玲奈は無慈悲な速度ではたき落とした。


「綾。強制わいせつ罪の現行犯で、今すぐこの場で捕まえてもいいんだけど? せっかく綾が好きな鶏のから揚げを作ろうと思ったのに……そんなに豚箱で夕飯を食べたいのかしら」


 琥珀色の瞳に、一瞬だけ刑事の冷徹な光が宿る。

 私はその迫力に押され、しぶしぶと彼女の柔らかな胸から手を放すと、すごすごと指定の場所であるソファへと撤退した。


「……はい、大人しくしてまーす」


 私はしぶしぶ手を放し、リビングの指定席(ソファ)へと撤退した。


 キッチンからはパチパチという最高のBGMが響き、食欲をそそる香りがリビングいっぱいに広がっていく。

 ……ちっ、大好物の唐揚げを人質に取られては、何もできない。


「はい、お待たせ。今日は奮発して、いいウイスキーも開けちゃうから」


 テーブルに並んだのは、黄金色に輝く唐揚げの山。

 玲奈はエプロンを外すと、戸棚から重厚なクリスタルグラスを取り出し、琥珀色の液体を注いだ。


 箸を伸ばし、揚げたてを一口に放り込む。

 カリッ、じゅわっ。……ふ、震えるほど旨い。

 よく師匠から自分を律しなさいとは言われるけど、この味の前では無理。


「ふふ、いい食べっぷり。やっぱり、綾はこの味が一番落ち着くみたいね」


 玲奈はどこか満足そうに目を細め、グラスに琥珀色の液体を注いだ。

 ウイスキーの香りが、唐揚げの香ばしい匂いと混じり合う。


「……そりゃそうだよ。私にとっては……家の味だか……ら」


 私は口いっぱいに唐揚げを頬張ったまま、ぶっきらぼうに答えた。

 先ほどのしかしかよ。


「さあ、ゆっくり食べて。お酒も、今日は綾の分まで用意してあるから、それとも高校生だからダメだったかしら」


「いじわるっしないで、一週間もお酒飲んでないんだからいいでしょ」


「はいはい……ねえ、さっきの話だけど」


 玲奈は自分のグラスを傾け、氷をカラリと鳴らした。


「最初のころ、私が冷たかったのは……本当に、お母さんが綾のことばかり構うから、少しだけ悔しかったのよ。本当の妹みたいで、可愛かったから余計にね」


「……へえ。今の玲奈からは想像もつかないね。あんなにツンケンしてたのに」


「もう、昔の話でしょ? 今はこうして、ちゃんと可愛がってあげてるじゃない」


 玲奈は琥珀色の瞳を少しだけ潤ませ、私を見つめた。

 ウイスキーの香りと、揚げ物の温かい匂い。


 黄金色に輝く唐揚げを次々と口に運び、それを琥珀色のウイスキーで追いかける。。

 数杯目のグラスが空く頃には、アルコールの熱がしっとりと身体に回り始めていた。

 リビングの照明を少し落とし、私たちはソファに並んで座る。


 玲奈の身体から漂う、微かな石鹸の香りと、熟成された洋酒の匂い。

 それが混ざり合って、私の判断力を少しずつ奪っていく。


「ねえ、玲奈……」


 私は、自分でも驚くほど甘えた声で彼女の名前を呼んだ。

 先ほどお仕置きされたばかりの手を、今度はそっと、彼女のしなやかな膝の上に滑らせる。

 ストッキング越しに伝わる、柔道で鍛えられた太ももの、驚くほど熱くて柔らかい弾力。


「……もう。お酒のせいにするつもり?」


 玲奈は困ったように笑いながらも、私の手を払おうとはしなかった。

 それどころか、空いた方の手で私の銀髪を優しく掬い上げ、指先で弄ぶ。


「……そうだよ。全部お酒のせい。だから、少しくらいいいでしょ」


 私は彼女の肩に頭を預け、その豊満な胸の鼓動を感じる距離まで顔を近づけた。

 琥珀色の瞳が、熱を帯びて私を見つめ返してくる。

 外の世界では「刑事」と「探偵」として接している私たちが、代官町の静寂の中で、一気に深い泥の中に沈んでいくような感覚。


「本当に、甘えん坊さんなんだから。……今日は、帰さないわよ?」


 耳元で囁かれた玲奈の声に、一瞬だけ背筋が震えた。

 琥珀色の瞳に見つめられ、アルコールで火照った身体がさらに熱を帯びる。


「……そのつもりだけど。でも、その前に」


 私は彼女の肩に預けていた頭を上げ、少しだけ名残惜しくその肢体から離れた。

  

「お風呂、先に入っていい? 一日中、歩き回ってて……なんだか、自分が埃っぽい気がするんだ」


 ムードを破壊してしまったけど仕方ない。

 食欲の次はって言いたいけどやはりお風呂には入りたい。


「ふふ、そうね。私も署から直帰して、揚げ物までしちゃったもの。油の匂いが染み付いてるわ」


 玲奈は自分の服の襟元を少し引っ張り、クンクンと鼻を鳴らした。

 その仕草さえ、どこか官能的に見えてしまうのは、きっとウイスキーのせいだけじゃない。


「じゃあ、私が先に入るわね。綾は、その間に少し酔いを覚ましておきなさい?」


「えー、一緒に入ろうよ。……なんて、言ったらまた怒る?」


「バカね。……今日は、順番よ」


 玲奈は悪戯っぽく笑うと、バスタオルを手に取って脱衣所へと消えていった。

 しばらくして、奥からシャワーの音が聞こえ始める。

 日本家屋の静寂の中に響く水音がまた官能的に聞こえてくる。

 きっと私が悪いのではなくて人を狂わせる色気を持っている玲奈が悪い。


 私は一人リビングに残され、空になったグラスを見つめた。 

 これから玲奈が上がってきて、次に私が入る。

 湯気の中で温まり、石鹸の香りに包まれた私たちが、薄いパジャマやローブ姿で再びこのソファで向かい合う時。

 そこからが、私たちの夜の始まりだ。

 そう自分に言い聞かせているのに、奥から聞こえる水音が止まると、心臓の鼓動が一段と早くなるのが分かった。


「お待たせ、綾。……あら、まだ飲んでたの?」


 脱衣所の扉が開く音と共に、むせ返るような熱い湯気と、清潔な石鹸の香りがリビングに流れ込んできた。

 振り向くと、そこには髪をバスタオルで無造作に纏めた玲奈が立っていた。

 風呂上がりで火照った肌は、ほっこりとした桜色に染まっている。


 薄手のバスローブ一枚を羽織っただけのその姿は、絞られたウエストと、そこから溢れんばかりの肉感的なラインを、隠すどころかより鮮明に際立たせていた。


「……次、私の番だね」


 私は努めて冷静な声を出しながら、彼女の側を通り過ぎようとする。

 けれど、すれ違いざまに漂った彼女の熱に当てられ、思わず足が止まった。


「ふふ、そんなに急がなくても、夜はまだ長いわよ? 」


 濡れた指先が私の頬を掠める。

 その一瞬の接触だけで、先ほど飲んだウイスキーが再び沸騰するような錯覚に陥った。


 玲奈と入れ替わりで浴室に入ると、白く煙る湯気の中に彼女の熱が濃密に残っていた。

 石鹸の香りに混じって、熟成された洋酒のような、どこか鼻をくすぐる甘い香り。

 シャワーの温水を頭から被りながら、私は一人、加速する鼓動を(なだ)めるように目を閉じた。


 人を狂わせる色気を持っている、玲奈が悪いんだ。

 そう自分に言い訳をして、湿った肌をタオルで拭い、薄いシルクのローブだけを羽織ってリビングへ戻った。

 リビングの照明は極限まで落とされ、ソファには薄手のネグリジェを纏った玲奈が、琥珀色の瞳を潤ませて座っていた。

 風呂上がりの火照りが引かない桜色の肌が、影の中で艶かしく光っている。


「……遅かったわね、綾」


 その声は、昼間の硬さなど微塵も感じさせない、(とろ)けるように甘く耳に絡みついてくる。

 誘われるように彼女の隣へ沈み込み、その豊かな曲線を描く身体へ、吸い寄せられるように顔を埋めた。 

 彼女の腕の中に収まった瞬間、普段の私ではなく彼女のものになっていく自覚をする。


「待たせたね、お姉ちゃん……」


 確信犯的にそう呼ぶと、玲奈の細い指が私の銀髪を強引に引き寄せ、唇を塞いできた。

 ウイスキーの苦味と、熱い吐息が混ざり合う。


 玲奈の長い脚が私の腰に絡みつき、柔道で鍛えられたしなやかな肉の弾力が、容赦なく私を圧迫した。

 ネグリジェの薄い布越しに、彼女の豊満な胸の重みが、私の肌に直接的な熱として伝わってくる。


「……今日は、逃がさないって言ったでしょ」


 その低く、(とろ)けるような声に、私の心臓が跳ねた。

 私はわざと皮肉めいた笑みを浮かべ、今日こそは主導権を取るべく、彼女を挑発するように言葉を返す。


「現役警察官が、女子高生に手を出すんだ?」

 そう言った瞬間だった。玲奈の手が、迷いなく私のローブの合わせ目に滑り込んでくる。

 外気で冷えたはずの彼女の指先が、火照りきった私の肢体をなぞる。

 そのひんやりとした刺激が肌を走るたび、背筋に電流のような激しい震えが突き抜けた。


「……法を説くのは、明日になってからにしなさい」


 玲奈の吐息が耳元で弾ける。私はもう、言葉を返すことさえ忘れていた。

 抗うように、けれど吸い寄せられるように、彼女の豊かな腰回りを力一杯引き寄せ、その暴力的なまでに柔らかいふくらみに深く指を沈ませる。


 柔道で鍛えられたしなやかな筋肉の上に、女としての豊潤な肉が重なり、指先から脳までを麻痺させるような熱が伝わってきた。

 

 自分の荒い呼吸の音と、重なり合う玲奈の体温だけを今は、味わっていればいい。

 絡み合う指、弾む肢体、そして夜の静寂を乱す甘い声。

 私たちは夜が明けるまで、どちらかが壊れてしまうのではないかというほど、深く、深く、互いの熱を貪り合った。


 ふと、窓の外から雀の鳴き声が聞こえてきた。

 カーテンの隙間から、代官町の空を白く染め始めた朝の光が差し込む。

 腕の中に、心地よい重みと、まだ微かな汗の匂いを感じる。

 隣で規則正しい寝息を立てている玲奈の、柔らかな肩に顔を寄せた。


「……ん……あや……」


 薄目を開けた玲奈が、寝ぼけ眼で私を探し、その長い腕で私の身体を再び強く抱き寄せた。


「おはよ、玲奈。もう朝だよ」


「……もう少し。あと五分だけ……」


 刑事としての鋭さを完全に失くし、私の胸に顔を埋めてくる彼女の甘えてくる。

 こういう幸せもいいものだと思う。

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綾の長編シリーズ!
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