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神授のアサシン ~ジョブが人生を決める世界で、誰も知らないジョブを授かった~  作者: 茜 南峰


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第29話「アサシンVSソードマスター」

 王立学園の第一演習場には、朝から生徒たちの声が響いていた。今日は第一級と特級による合同模擬戦の日だ。演習場の中央には普段より広い戦闘区画が設けられ、木柵や柱が並び、地面の一部には石畳が敷かれている。


 アカメは訓練用の短剣を片手に、軽く身体を動かしていた。相手は幼い頃からの親友、ルカ・ハルデン。S級《ソードマスター》を授かった彼と正面から打ち合えば、まず勝ち目はない。それでも、対戦表を見た日から今日を楽しみにしていた。


「アカメ、おはようございます。右足の調子はいかがですか?」

「おはよう、リゼット。大丈夫だよ。昨日も最後はちゃんと踏み込めたし」

「最後の三回は、です。その前に一度、踏み込んだ足が流れかけていますから」

「……そこまで覚えてるの?」

「もちろんです。記録したのは私ですから」


 振り向いた先で、リゼットが記録帳を抱えて微笑んでいた。彼女が何も言わずに差し出した水筒を受け取り、アカメは一口飲んでから返す。訓練の合間に水分を取るよう、ここ数日で何度も注意されていたおかげで、もう説明されなくても分かるようになっていた。


 あの魔法の事故から一週間。ミレイアの指示を守り、アカメは魔力を放出する練習を控えていた。右手の傷は治ったが、黒い光の正体はまだ分からない。


 放課後は、ほとんど毎日リゼットと訓練していた。回避の際に生まれる身体の捻りを止めず、次の踏み込みと短剣の一撃へ繋げる。最初は足が流れたり、振り向きすぎて背中を見せたりしていた動きも、今では続けて成功することが増えていた。


 以前のように偶然一度だけできる技ではない。ただし、相手の攻撃を見て瞬時に角度を選ぶところには、まだ不安が残る。


 一方のリゼットも、障壁と事前に置いた拘束術式を組み合わせる練習を重ねていた。障壁で相手の進める方向を絞り、逃れようとした先で拘束術式を起動させる。


 昨日の訓練では、アカメが拘束術式を避けようとした瞬間、リゼットが別の位置へ障壁を展開した。逃げ道を塞がれたアカメは反射的に方向を変えたが、そこにはあらかじめ用意された術式が待ち構えていた。


  以前なら、予定外の方向へ逃げられた時点で作戦は失敗していた。しかし、今のリゼットは相手の反応を見て障壁の位置を調整し、再び自分の有利な状況へ持ち込めるようになっていた。


「そういえば、昨日の最後の一回は本当に見事でしたよ。私、障壁を出す場所を迷ってしまいました」

「いや、あれはリゼットが先に逃げ道を作ってたからでしょ? 気づいた時には右へ行くしかなくてさ」

「ふふっ。それに気づいて、途中で足を止めたではありませんか。あの判断は参考になりました」

「参考になったならよかった。でも、次は引っかからないからね」

「では、次はもう少し分かりにくく設置してみます」

「……それ、絶対また引っかかるやつだ」


 二人が顔を見合わせて笑うと、背後から明るい声が割り込んだ。


「はいはい、ごちそうさま!」


 アリアが両手を腰に当て、いかにも面白そうな顔で立っていた。その隣にはエアシルもいる。


「アリア、おはよう。ごちそうさまって、何が?」

「何がって、朝から二人だけで楽しそうに話してるからよ。最近、授業が終わるといつも一緒でしょ?」

「一緒に訓練してるからね。リゼットのおかげで、短剣の動きもかなり良くなったんだ」

「へえー。じゃあ、リゼットがいないと寂しい?」

「そりゃ寂しいよ。練習相手がいなくなっちゃうし、記録を取ってくれる人もいないから」

「……もう、そういうことじゃないんだけど!」


 アリアが肩を落とす一方で、リゼットは記録帳を抱き直し、困ったように視線を泳がせていた。


「ア、アリア? 私たちは、戦い方の研究をしているだけですから……」

「うんうん。分かってるって。研究、ね?」

「その言い方は、あまり分かっていないように聞こえます……」


 エアシルが小さく笑いながら、アリアの袖を引いた。


「アリアさん、そのくらいにしてあげましょう。リゼットさん、顔が赤くなっていますから」

「エアシルまで……!」


 アカメは三人を見比べたが、何をそんなに面白がっているのか分からなかった。ただ、リゼットがいつもより困っているのは確かだったので、話を変えることにした。


「そうだ、リゼット。試合が終わったら、さっきの動きを一緒に確認してくれる?」

「……はい。もちろんです。ですから、まずは怪我をしないで戻ってきてくださいね」

「分かってる。勝つつもりで行くよ」


「おーい、アカメ! 準備できたか!」

「ルカ! うん、もう大丈夫!」

「今日こそ、お前の速さを捕まえてやるからな!」

「そんな簡単には捕まらないよ!」


 ルカは訓練用の片手剣を肩に担ぎ、嬉しそうに笑っていた。勝負事となると誰よりも熱くなるところは、子どもの頃から変わらない。アカメが拳を突き出すと、ルカは迷わず自分の拳を軽く合わせた。


「負けた方、あとで相手の訓練に付き合うってのはどうだ?」

「それ、どっちが勝っても結局一緒に練習するんじゃない?」

「……あ、そうか。じゃあ、どっちが勝っても付き合うってことで!」

「……はいはい」


 アカメが呆れたように笑うと、隣で二人の会話を聞いていたヴァルが口を開いた。


「お前ら、まず目の前の試合に集中しろよ」

「ヴァルも見ててよ。練習してきた動き、今日こそ見せるから」

「ああ。特に、お前の短剣の握り方は気になってる」


 ヴァルはアカメの訓練用短剣へ目を向けた。以前から相談しているのは、父ロンドにもらった狩猟用短剣の柄を、アカメの手と戦い方に合わせて作り直すことだ。


 大切な刃には手を加えず、握りやすさや重心を調整する方法を考えてくれている。まだ実際の加工には至っていなかったが、それもまた楽しみの一つになっていた。


 ―✧―◇―✧―


「全員、集合!」


 ダリオの声が演習場に響くと、生徒たちは戦闘区画の周囲へ集まった。隣にはセレナが立ち、模擬戦の規則を説明する。


「今回の勝敗は、有効打一本で決定します。使用する武器は訓練用のものに限り、防護結界が有効部位への十分な接触を検知した時点で試合を止めます。危険な追撃や過度な威力の攻撃は禁止です」

「地形を使うのも自由だ。ただし、区画の外へ出たら一度仕切り直す。相手の得意なことを見極め、自分の長所をどう生かすか考えろ!」


 戦闘区画には腰ほどの木柵と、数本の柱が設置されていた。土の地面の間を石畳が横切り、場所によって足元の感触が変わるようになっている。実際の戦闘に近づけるためだろうが、走ることの多いアカメには厄介な地形だった。


 何組かの模擬戦が終わると、ダリオが次の名前を読み上げた。


「アカメ・オルディン、ルカ・ハルデン! 前へ!」


 周囲の生徒たちが一斉に顔を上げた。アリアは勢いよく手を振り、エアシルも両手を胸の前で握っている。少し離れた場所には、ノアやレオン、ガレス、マーレンの姿もあった。


「アカメー! 頑張って! ルカも負けるなよー!」

「アリア、それじゃどっちの応援か分からないよ!」

「だって、どっちも知ってるんだもん!」


 アリアの声に周囲から笑いが起こり、アカメも思わず頬を緩めた。向かい合ったルカも楽しそうに笑っていたが、訓練用の剣を握り直すと、その表情には少しずつ真剣さが戻っていく。


 アカメも短剣を構え、ゆっくりと腰を落とした。いつもなら隣に並んでいる親友が、今日は自分の正面に立っている。それが何だか不思議で、同時に胸が高鳴った。


「手加減するなよ、アカメ」

「もちろん。ルカこそ、後で言い訳しないでね」

「言うかよ! 絶対勝つ!」


 ダリオが二人の間から退き、片手を掲げた。


「――始め!」


 合図と同時に、ルカが踏み込んだ。アカメの予想を上回る速さで間合いが詰まり、正面から剣が振り下ろされる。危険を知らせる感覚が胸の内側をかすめ、アカメは反射的に横へ身を逃がした。


 剣は先ほどまで立っていた場所を通り過ぎたが、ルカはすぐに次の構えへ移る。無理に振り切らず、剣先を戻すまでが一つの動作になっていた。


「今のを避けるのかよ!」

「そっちこそ、思ったより速いんだけど!」


 アカメは右へ動くふりをして左へ切り返し、空いた脇へ短剣を伸ばした。しかしルカは剣を斜めに引き戻し、短剣の進路を塞ぐ。刃同士が軽く触れた瞬間に押し返され、アカメはそれ以上踏み込まずに後退した。


 続く攻防でも、ルカの対応は速かった。回り込もうとすれば剣先が追い、懐へ飛び込もうとすれば半歩下がられる。逆にルカが攻める時は、一度避けても次の剣筋が続いた。アカメはそのたびに足を動かし、どうにか有効打を与えずに済ませていた。


「……やっぱり、強いな」

「お前もな! これだけ攻めても捕まらないなんて、悔しくなってくるぜ!」


 ―✧―◇―✧―


 観戦していたレオンが、腕を組んだまま感心したように頷いた。


「剣の扱いはルカが上だな。それでも、アカメは間合いを崩される前に逃げ道を見つけている」

「でも、ずっとあんなに走ってたら疲れちゃわない?」


 隣で試合を見つめていたアリアが首を傾げると、ヴァルが頷いた。


「あいつも分かってるだろ。今はルカの剣が戻る速さを見てるんじゃないか」


 回避の勢いをそのまま攻撃へ繋げる動きは、今では訓練中ならほとんど形になっていた。真正面から強引に回るのではなく、相手の一撃をかわすための小さな捻りを、腰と足の向きを揃えながら刃先へ伝える。踏み直す時間を減らせることが最大の強みで、必要以上に身体を回さないことも大切だった。


 だが、それをルカ相手に使うには条件がある。長い剣の間合いを外し、すぐに剣が戻ってこない一瞬を作らなければならない。


「……アカメ、焦らないでくださいね」


 思わず漏れた声に、アリアがこちらを見た。


「おっ、リゼット。今日は記録より応援が先なんだ?」

「ち、違います! もちろん応援もしていますけど、今のは……」

「今のは?」

「……安全に戦ってほしいだけです」


 言い終えてから、リゼットは記録帳で口元を隠した。アリアは楽しそうに笑ったが、今度はそれ以上追及しなかった。


 その間、アカメは柱の陰へ走り、《隠密》で気配を薄くした。足音は消せないが、視線を遮れば一瞬は惑わせられる。


 アカメは柱の右側でわざと強く地面を踏み、そのまま足音を抑えて左へ移動した。ルカは音のした方へ顔を向ける。しかしすぐに何かに気づいたのか、振り返りながら剣を横に払った。


「そこか!」

「……っ!」


 アカメは身を沈めてその剣をかわし、膝を狙うように訓練用短剣を伸ばした。ルカは足を引いて間合いを外し、そのまま剣先をアカメへ向け直す。仕掛けは通じかけたものの、決定打にはならなかった。


「今のは危なかったぞ! 足音が急に変わったから、何かあると思った!」

「やっぱり、気づくよね」

「一回見せたら、次はもっと早く気づくからな!」


 ―✧―◇―✧―


 ルカの剣が戻る方が速く、回転を利用した反撃もまだ深く踏み込めていなかった。アカメは一度距離を取り、短剣を握り直す。何度も練習してきた動きなのに、ルカを相手にすると、思うように攻撃へ繋げられない。


 少しずつ息が上がってきていた。対するルカも呼吸は乱れているが、剣を構える姿勢にはまだ余裕がある。これ以上同じ攻め方を繰り返しても、先に疲れ切ってしまうのは自分の方だろう。


 どうすれば、あの剣をかわせるだろうか。そう考えながら周囲を見渡した時、ふと観戦しているリゼットの姿が目に入った。


 彼女はいつもの記録帳を胸に抱え、真剣な表情でこちらを見つめていた。アカメが顔を向けると、ちょうど彼女もこちらを見ていたらしく、二人の視線が重なる。


 ほんの一瞬だった。


 リゼットは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。その表情を見て、アカメも自然と笑みを返す。


 リゼットの胸が、小さく跳ねた。


 この一週間、二人で何度も訓練を繰り返してきた。上手くいかずに悩んだこともあったが、そのたびに考え直し、少しずつ動きを修正してきた。


 今、アカメが戦っているのは、自分たちが一緒に考えた戦い方だった。


 だからこそ、その成果を見届けたい。そして何より、彼に勝ってほしかった。


「……アカメ、頑張れ」


 誰にも聞こえないほど小さな声で、リゼットは呟いた。


 その声は、アカメには届かなかった。けれど、彼がこちらを見て笑ってくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。


 一方、アカメはルカへ視線を戻し、ゆっくりと息を吐いた。


 リゼットと目が合っただけなのに、不思議と肩の力が抜けた。何度も失敗して、そのたびに一緒に考えてきたことを思い出す。


 焦る必要はない。無理に回ろうとするから、足が流れるのだ。相手の攻撃を避けるために身体を捻り、その動きを止めずに短剣へ繋げる。それが、二人で見つけた戦い方だった。


 アカメは戦闘区画の端へ目を向けた。低い木柵の向こうには柱があり、その手前で土の地面が石畳に変わっている。自分にとって滑りやすい場所だが、それはルカにとっても同じだった。


「……よし」


 息を整えると、アカメはあえて木柵のそばへ回り込んだ。ルカも追ってくる。剣の届く距離から外れないよう、アカメは逃げる速さを少しだけ落とし、右側を空けたまま走った。


 ルカの目がその隙を捉える。次の瞬間、彼はアカメの進路を塞ぐように斜め前へ踏み込んだ。


「逃がさないぞ!」


 アカメはその一撃を大きく後ろへ避けず、右足を石畳の手前へ置いて身体を横へ開いた。剣先が肩の外側を通り、ルカの重心が前へ移る。そこへすぐ踏み込めば攻撃できそうだったが、アカメは動かなかった。


 ルカは一度剣を引き戻し、今度は逃げ道を塞ごうと低い位置から斜めに切り上げてきた。アカメは半歩だけ下がるふりをして、その動きを誘う。刃が通る方向を見届けた瞬間、頭の中で何度も繰り返した足運びが繋がった。


 大きく回り込む必要はない。相手の剣を外すために捻った身体を、そのまま使えばいい。


 アカメは左足を軸に腰をずらし、刃の軌道から身を逃がした。肩と腰の向きを揃え、止まりかけた勢いを右足の踏み込みへ繋ぐ。余計な一歩を挟まずに短剣を前へ出すと、ルカの脇腹がすぐそこにあった。


「……っ!」


 ルカも反応した。剣を戻そうと肘を引くが、先ほどの踏み込みが深く、刃が戻るまでにはほんのわずかな時間が必要だった。アカメはその隙へ訓練用短剣の先を送り込んだ。


 鈍い刃先が防護結界に触れ、甲高い音とともに光が弾けた。


「――そこまで!」


 ダリオの声で、二人が動きを止める。アカメは短剣を引き、ルカは剣を下ろした。セレナが結界の反応を確かめ、ダリオへ頷く。


「脇腹への有効打を確認した。勝者、アカメ・オルディン!」


 一瞬の静けさのあと、演習場に歓声が広がった。アカメは自分の短剣を見つめたまま、ようやく何が起きたのか理解する。


「……勝った? 俺、ルカに勝ったの?」

「くっそー! 最後、完全に入られた!」


 ルカが悔しそうに声を上げた。だが、アカメが顔を上げると、その表情には笑みも浮かんでいる。


「すごかったぞ、アカメ! 避けてから攻撃するまで、ほとんど間がなかった!」

「ありがとう! でも、ルカの剣が戻ってきてたら届かなかったよ」

「次は戻してやるからな。今度は絶対負けねえ!」

「うん! 俺も次はもっと上手くやるよ!」


 二人は笑い合い、軽く拳を合わせた。胸に残る興奮は勝敗だけのものではなかった。昔から一緒に育ってきた相手と、今は違う得意分野を持って向かい合い、それでも互いに全力を出せたことが嬉しかった。


「ルカ、剣技は見事だった。だが、最後は相手を追い詰めたと思って踏み込みすぎたな。相手の動きを読む力があっても、読みが外れた時に戻れる余裕は残しておけ」

「はい! 次は気をつけます!」

「アカメ、お前もよく考えて戦った。今の反撃は、回避と攻撃の間に無駄が少ない。ただし、相手の剣を見切ったつもりで踏み込めば、同じ動きが命取りにもなる。今日の一勝で完成だと思うなよ」

「はい! まだまだ練習します!」


 アカメが答えると、ダリオは満足そうに頷いた。勝ちはしたものの、ルカが最後まで剣を戻せていたら結果は違っただろう。練習で形になってきた技が、ようやく本気の相手にも通じた。けれど、その成功一つで何にでも勝てるようになったわけではない。


 ―✧―◇―✧―


 戦闘区画を出ると、アリアが真っ先に駆け寄ってきた。


「アカメ、すごかった! 最後のあれ、どうやったの!?」

「避けた時の勢いを使って、そのまま短剣を出したんだ。リゼットと一緒に考えた動きでさ」

「へえー、やっぱりリゼットなんだ?」

「うん。リゼットがいなかったら、まだ足がずれてたと思う」

「……そういうこと、本人にも言ってあげなよ」

「えっ、言ってるよ。昨日もありがとうって」

「ふふん! もう、アカメってば!」


 アリアは楽しそうに笑った。そのやり取りを聞いていたヴァルが、アカメの訓練用短剣へ目を向ける。


「最後の踏み込み、柄を握り直さなかったよな」

「うん。握り直すと、一瞬遅れちゃうから」

「やっぱりそうか。ロンドさんからもらった短剣も、刃はそのままで柄をお前の手に合わせれば、もっと扱いやすくなるかもしれないな」

「本当? それ、楽しみだな!」

「まだ考えてるだけだ。勝手に期待を膨らませるなよ」


 そう言いながらも、ヴァルは楽しそうだった。アカメも彼の言葉に頷き、訓練用の短剣を鞘へ収めた。


 少し離れた場所で、リゼットが記録帳を抱えて立っていることに気づいた。アカメは彼女へ向かって大きく手を振る。


「リゼット! 見てた!?」


 彼女は目を丸くし、それから嬉しそうに頷いた。


「はい! 最後の足運び、とても綺麗でした。石畳の手前で踏み替えたのも、ちゃんと見ていましたよ!」

「やっぱり、あそこ気づいた? あの一歩、リゼットに言われてずっと練習してたんだ!」

「ふふっ。ですから、分かります。……本当に、おめでとうございます」

「ありがとう。あの動きが間に合ったの、リゼットのおかげだよ」

「私だけの力ではありません。アカメが、毎日諦めずに練習したからです」

「でも、一人だったら思いつかなかったよ。だからさ……」


 アカメは笑いながら右手を上げ、指を二本立てた。大きなピースサインに、リゼットは一瞬戸惑ったあと、記録帳を片腕に抱え直す。少し恥ずかしそうに、同じように指を二本立てて返してくれた。


「これで、一勝ですね」

「うん。二人で見つけたやり方の、一勝だ!」


「はいはい! 二人だけの勝利、おめでとー!」


 いつの間にか戻ってきたアリアが、わざと大きな拍手を送った。リゼットは慌てて手を下ろし、アカメは笑ってアリアの方を向く。


「アリアも応援ありがとう!」

「そこは照れるところでしょ、普通!」

「えっ、なんで?」

「……リゼット、苦労するねえ」

「ア、アリア……!」


 リゼットは赤くなった頬を記録帳で隠したが、しばらくすると、その端から小さな笑みを覗かせた。アカメにはアリアの言う意味が最後まで分からなかったものの、みんなが楽しそうなのは悪くないと思った。


 その後、ルカが再戦の約束を念押ししに来ると、アカメはすぐに頷いた。次はもっと強い剣が来るだろうし、同じ誘い方は通じないかもしれない。それでも、今日の勝利で進む方向ははっきりした。


 避けるために動き、攻撃するために動き直すのではない。一つの動作を、次の動作へ繋げていく。その戦い方を磨けば、短剣の短さも自分なりに補えるかもしれない。


 リゼットの戦い方も同じだろう。彼女は速さや腕力ではなく、知識と器用さで相手の進路を変え、少しずつ主導権を握れるようになってきている。お互いにまだ課題はあるが、これからも一緒に試していける。


「……リゼット、明日の放課後も訓練できる?」

「はい。もちろんです。ただ、今日の試合で疲れているでしょうから、明日は記録の整理からにしませんか?」

「それもいいね。ルカの剣、速すぎて覚えきれてないところもあるし」

「では、私が見ていた動きもお伝えしますね」

「助かる! よろしくお願いします、先生!」

「もう……またそれですか?」


 二人が笑い合うと、近くでルカが「俺も混ぜろよ!」と声を上げた。アリアがまた何か言いかけるのを、エアシルが笑いながら止めている。


 アカメは夕方の光が差し始めた演習場を見回した。今日の勝利は、自分の速さだけで手にしたものではない。全力で向かってきてくれたルカがいて、武器のことを考えてくれるヴァルがいて、そして何度でも一緒に練習してくれたリゼットがいる。


 勝った喜びを誰かと分け合えることが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。アカメはもう一度短剣の柄に触れ、明日からの訓練を思い浮かべながら笑った。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


今回は、アカメとルカの模擬戦でした!


リゼットと二人で練習してきた戦い方が、ついに勝利へと繋がりましたね!


そして、共に訓練を重ねる中で、二人の距離も少しずつ近づいているようです。


これからの彼らの成長も、温かく見守っていただけたら嬉しいです!


次回もよろしくお願いします!

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