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神授のアサシン ~ジョブが人生を決める世界で、誰も知らないジョブを授かった~  作者: 茜 南峰


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第27話「自分だけの戦い方」

 王立学園の鐘が朝を告げるよりも早く、アカメは男子寮を出ていた。東の空はまだ薄暗く、校舎の窓にも明かりはほとんど見えない。ひんやりとした空気を吸い込み、足首を軽く回してから、ゆっくりと走り始めた。


 王都へ来てから続けている朝の走り込みだ。学園の外周を回り、演習場へ続く坂を上る。今朝は、いつもと少し違うことを試すつもりだった。


 昨日の合同実技では、自分の敏捷性が大きな強みだと分かった。リゼットの魔法も何度かかわすことができたが、最後のヴァルとの模擬戦では、短剣を届かせようとして足の置き場を乱し、反撃を受けてしまった。


「……速いだけじゃ、駄目なんだよな」


 曲がり角の手前で歩幅を狭め、角を抜けてからもう一度地面を蹴る。勢いに任せて身体を傾けるより、次の足をどこへ置くか意識した方が安定した。ところが、同じ場所を繰り返し走ってみると、今度は慎重になりすぎて速度が落ちてしまう。


 何度か試すうちに息が上がり、太腿の奥が重くなってきた。昨日の実技の疲れも残っているのだろう。アカメは無理に速度を上げず、最後の坂を軽く駆け上がって立ち止まった。


「はぁ……。簡単にはいかないな」


 息を整えながら、森で父ロンドに教わった足運びを思い出す。獲物を驚かせない歩き方や、枝を踏まないための身体の使い方は、今でも役に立っている。それを戦いの中でも活かせれば、もう少し違う動きができるかもしれない。


 寮へ戻ろうとした時、昨日交わした約束が頭に浮かんだ。今日の放課後は、リゼットと二人で訓練することになっている。自分では気づかなかった癖も、彼女なら見つけてくれそうだった。


 ―✧―◇―✧―


 授業を終えたアカメが第二演習場へ向かうと、入口の近くでリゼットが待っていた。長い藍色の髪は後ろで一つに束ねられ、腕には記録帳と筆記具を抱えている。アカメに気づくと、彼女は柔らかな笑顔で手を振った。


「リゼット、お待たせ!」

「こんにちは、アカメ。私も今来たところです。今日はよろしくお願いしますね」

「こちらこそ。……それ、昨日より記録帳が厚くなってない?」

「昨日の実技で調べたいことが少し増えまして。書き足していたら、こうなってしまいました」

「少し、なんだ」

「……たくさん、かもしれません」


 素直に言い直すリゼットがおかしくて、アカメは笑った。昨日は互いの戦い方に驚かされたが、今日は勝ち負けを決めるための時間ではない。得意なことを伸ばし、苦手なことを少しずつ減らすための訓練だ。


 第二演習場には少人数向けの区画が並び、その一角には衝撃を測る木製の標的と、魔力で小さな球体を動かす訓練装置が置かれていた。教師から使用許可を得た二人は、球体の速度と動く範囲を安全な設定に合わせる。リゼットは記録器の表示を確かめ、床に引かれた白線を示した。


「まずは昨日の模擬戦で気になった動きを見たいんです。私が球体を動かすので、普段どおりに避けてみてください」

「分かった。避けた後は?」

「余裕があれば、あちらの標的へ短剣を当ててください。ヴァルさんと戦った時も、回避から攻撃へ移る一歩が課題になっていましたから」

「うん。今日はそこを練習したいと思ってたんだ」


 アカメは刃先を丸くした訓練用の短剣を手に取った。普段使う短剣に重さは近いが、柄の形には少し違和感がある。昨日ヴァルと話した柄の改修を考えるうえでも、自分の動きをもっと知っておきたかった。


「では、最初はゆっくり動かしますね。危ないと思ったら、すぐに止めます」

「了解。いつでも大丈夫だよ!」


 リゼットが魔力を流すと、三つの球体がふわりと浮かび上がった。最初の一つが正面から近づき、アカメは半歩横へずれて避ける。続く球をかわし、空いた道を通って木製の標的へ短剣を伸ばした。


 軽い音とともに刃先が標的へ触れた。だが、短剣を引いた直後、先ほど避けた球体が再び動き出し、残る一つと別々の方向から迫ってくる。アカメは手前の一つを避けたものの、そのために身体を捻った先へもう一つが近づいていることに気づくのが遅れた。


 不意に胸の奥がざわつく。《危険感知》の反応だった。しかし、何がどこから来るかまでは教えてくれない。視界の端に入った球の光を頼りに身を沈め、どうにか頭上を通り過ぎるのをやり過ごした。


「……危なかった!」

「一度止めますね。アカメ、今は何か感じましたか?」

「うん。《危険感知》が反応したよ。でも、二つ目を避けた後で周りを見られてなくてさ。気づいた時には、もう近くまで来てた」

「反応があっても、避ける方向を決めるには別の情報が必要なんですね」


 リゼットは記録帳へ書き込み、球体が通った道筋を指でなぞった。最初の二つには視線を向けてから反応していたが、次へ移る時は身体の向きを戻すより先に足を動かそうとしていたらしい。


「アカメは、見えている攻撃への反応がとても速いんです。ただ、避け終わる前に次の動きを選ぼうとして、姿勢が乱れることがあります。それに、右足で踏み込む回数が多いですね」

「えっ、そこまで分かるの?」

「はい。朝も走ってきたんですよね? 少し疲れが残っているように見えます」

「うん。でも今日は、いつもより短めにしたよ」

「それならよかったです。無理を重ねて怪我をしたら大変ですから」


 指摘されて初めて、右の太腿が左より張っていることに気づく。朝は意識していたのに、球体を避けることに集中すると、すぐに元の癖に戻ってしまうらしい。


「リゼットって、本当によく見てるね」

「ふふっ。観察するのは好きですから。でも、私に分かるのは外から見える動きだけです。アカメがどう感じていたかも、教えてもらえると助かります」

「そっか。じゃあ次は、避けた後に足をどこへ置いたか、俺も気をつけてみる」


 二人は球体を一つに減らし、速度も落として繰り返した。アカメは避けた勢いを無理に止めず、次の一歩を置く場所を確かめてから標的へ向かう。最初より遅かったが、短剣を伸ばす時には身体が安定していた。


 ―✧―◇―✧―


 ひと息つくと、リゼットは木製の標的を区画の中央へ移した。次は攻撃の威力を確かめるという。アカメはいつもどおり踏み込んで短剣を突き出したが、命中した位置は安定しているものの、測定器が示す衝撃はそれほど大きくなかった。


「……やっぱり、強い一撃って難しいな。自分では結構力を入れてるつもりなんだけど」

「狙いは正確ですよ。ただ、踏み込んだ勢いを途中で逃がしているように見えます。……アカメ、もう一度同じ動きを見せてもらえますか?」

「うん。いいけど」


 アカメが短剣を構え、標的へ突きを放つ。リゼットは今度、刃先ではなく足と腰の動きを見ていた。突き終わったところで少し考え込み、先ほど記録した回避の軌道と見比べ始める。


「……やっぱり。先ほどの回避訓練でも気になったんですが、アカメは攻撃へ移る時に、一度身体の向きを戻していますね」

「身体の向き?」

「はい。球体を避ける時には、とても速く身体を捻っています。でも、短剣を突き出す時には、その動きを一度止めているんです」


 リゼットは記録帳に二つの矢印を描いた。一つは回避する時の身体の向き、もう一つは短剣を突き出す方向だ。矢印の間には、動きが途切れる場所があった。


「この二つを、繋げられないでしょうか。避ける時の回転を途中で止めず、その力を短剣へ伝えるんです」

「……あっ、そっか! 避けてから攻撃するんじゃなくて、避ける動きの途中で攻撃するってこと?」

「そうです。私も武器の扱いには詳しくありませんけど、アカメなら試せるかもしれません」


 言われてみれば、父ロンドから狩りの道具を扱う時に足と腰を使えと教わったことがある。ただ、相手の攻撃を避けた動きまで利用しようと考えたことはなかった。アカメは記録帳の矢印を見つめ、それから顔を上げた。


「面白そう! やってみようよ!」

「はい。でも最初は、球体を止めて練習しましょう。転んでしまったら大変ですから」


 アカメは標的の横から踏み込み、身体を大きく回して短剣を振った。しかし、回転する勢いばかりが強くなり、刃先は標的の外を通り過ぎる。慌てて足を踏み替えると、今度は背中が標的へ向いてしまった。


「うわっ、これ難しい!」

「ふふっ。少し回りすぎですね。今のだと、相手に背中を見せてしまいます」

「威力を上げるつもりが、当たりもしなかったよ」

「一度、小さな動きから確かめましょう。回ることが目的ではなく、回った勢いを刃先へ繋げることが目的ですから」


 リゼットは足を置く位置を白線で示し、アカメはその上を何度も踏み直した。半身になるところまでは普段の回避と変わらない。そこから腰の向きを戻す時、腕を別々に動かさず、短剣が身体の動きについてくるようにする。


 何度か試すと、標的から重い音が返ってきた。記録器の数値は、最初の突きよりわずかに高い。


「……上がった!」

「本当ですね! 今の足の位置、覚えていますか?」

「えっと……右足がここで、左が……あれ、どっちだっけ?」

「ふふっ。それを一緒に確かめましょう」


 もう一度やると、今度は短剣を引くのが遅れた。次は衝撃が小さくなり、その次はそもそも標的に届かなかった。アカメは何度も記録帳と自分の足元を見比べ、リゼットも成功した時と失敗した時の違いを書き加えていった。


「……強く当たる時はあるけど、まだ安定しないね」

「はい。それに、回転を大きくすると次の動きが遅れます。アカメの速さを失ってしまっては意味がありません」

「じゃあ、もう一回だけ。今度は、球を一つ避けてから当ててみたい」

「分かりました。速度は最初より落としますね」


 リゼットが球体を一つ浮かべ、アカメの左側からゆっくり近づけた。アカメは足を踏み替えて身体を半身にし、球体をかわす。いつもならそのまま正面へ向き直るところを、今日はあえて途中で止めなかった。回った腰に合わせて短剣を送り出すと、刃先がすぐ横の標的へ届く。


 乾いた音が演習場に響き、記録器が先ほどより高い数値を示した。何より、アカメは短剣を当てた後も足を踏み直さず、そのまま次の一歩を出せていた。


「……できた!」

「アカメ、今のです! 避けてから攻撃するまで、動きが途切れていませんでした!」

「本当!? 俺も、今のはすごく動きやすかった!」

「もう一度、同じようにできますか?」

「……それが、ちょっと自信ない!」


 二人は顔を見合わせ、思わず笑った。実際、次に試すと同じようにはいかず、数値も元へ戻ってしまった。それでも、ほんの一度だけ、回避と攻撃が一つの動きに繋がった。リゼットは成功した時の足の位置に印をつけ、アカメは忘れないように何度もその場で動きをなぞった。


 新しいスキルを手に入れたわけではない。今ある身体の動かし方を、二人で一つずつ組み合わせただけだ。それなのにアカメには、今まで見えていなかった道を見つけたように思えた。


 ―✧―◇―✧―


 水を飲んで休憩していると、今度はアカメの方からリゼットに聞きたいことができた。昨日の合同実技で、彼女は光の帯と障壁を組み合わせ、ルカの接近を止めていた。自分も何度も進路を塞がれたが、急に方向を変えた時は術式が外れることもあった。


「ねえ、リゼット。昨日、足元から光の帯が出てたでしょ。あれって、先に仕掛けておくことはできないの?」

「先に、ですか?」

「うん。相手が来る場所を予想して、そこに待たせておくんだよ。動くたびに追いかけて魔法を出すより、楽にならないかなって」


 リゼットは記録帳を開きかけた手を止めた。少し考えてから、白線の引かれた床に目を向ける。


「発動前の術式を、その場に留めておくということですね。……できないわけではありません。ただ、維持する間は魔力を使いますし、相手が近づくまで発動しないように調整する必要があります」

「そっか。置いておけば終わりってわけじゃないんだね」

「はい。でも、どうしてそう考えたんですか?」


 アカメは床の上に指で曲がり道を描いた。森で父ロンドに教わった、獲物を追う時の考え方だ。真正面から走れば獲物は逃げる。だから、足跡や獣道を見て、どこへ向かうのかを考える。


「父さんが言ってたんだ。獲物を追いかけるだけじゃ駄目だって。どこへ逃げるかを考えて、先に待つ方がいいこともあるってさ」

「……なるほど。私は今まで、相手が動いた先へ魔法を出すことばかり考えていました」

「でもさ、逃げ道が決まってたら、そこを狙えばいいでしょ?」


 リゼットはその言葉を聞いて、はっとしたように顔を上げた。


「……動きを当てるのではなく、動く場所を決めるんですね」

「えっ?」

「アカメ、私がいつもしているのは、相手が次にどこへ行くかを予測することです。でも、障壁で進める方向を狭くすれば……相手の方から、私が決めた場所へ来てもらえるかもしれません」

「そうそう! 逃げられる道を一つ残して、そこに罠を仕掛けるんだ!」


 互いの言葉が繋がった瞬間、リゼットの表情がぱっと明るくなった。彼女は記録帳を開いて障壁と拘束術式の位置を描き始め、アカメも隣へしゃがみ込んで、逃げる側ならどちらを選ぶか線を引き足していく。


「まずは、術式だけで試してみましょう。床に残す数は二つまでにしますね」

「分かった。俺が近づいてみるよ」


 リゼットは許可された区画の床へ小さな拘束術式を置いた。淡い光は次第に薄れ、アカメが近づくと足元から帯が伸びる。仕掛けの位置を知っていたので避けられたが、発動を待ち構えていても思ったより反応が速かった。


 二つ目を離れた場所へ置き、アカメが最初の術式から逃げると、今度は着地した先で帯が伸びた。足に光が絡み、次の一歩が出しにくくなる。


「……なるほど! 俺が右に避けると思って、こっちに置いたんだね!」

「はい。ただ、左へ逃げられていたら外れていました。どちらへ行くかは、まだアカメ次第なんです」

「だったら、左に壁を出してみたら?」

「……障壁で右へ向かわせるんですね。やってみましょう!」


 リゼットは二つの術式を消してから、配置を変えた。まず足元の拘束術式で正面からの接近を妨げ、その脇へ薄い障壁を出す。反対側には、次の拘束術式を目立たないように置いておく。


「今度は、私が合図したら近づいてください。危険のない速さでお願いしますね」

「うん。どこに置いたかは、見ないようにしてたよ」


 アカメが踏み込むと、正面の床から光の帯が伸びた。反射的に横へ避けようとするが、左側には薄い障壁がある。ならば右だ。そう判断して着地した瞬間、足元の光が弾けた。


「……えっ!?」


 細い帯が足首へ絡みつき、アカメの次の一歩を止めた。咄嗟に来た道へ戻ろうとしたが、先ほど避けた拘束術式がその進路を塞いでいる。別の方向へ逃れようにも、横には障壁があった。どこへ進めばいいのか迷った瞬間、アカメはあることに気づいた。


 自分は、リゼットの魔法を避けたつもりだった。けれど、最初から彼女が用意した道を進んでいただけだった。


「……捕まっちゃった。俺、避けたつもりだったのに!」

「……できました」


 リゼットは小さく呟き、それから嬉しそうにアカメを見た。自分が発動させた魔法を、相手がどう避けるか。ただそれを待っていたのではない。障壁で行き先を一つ塞ぎ、残した道に相手を進ませたのだ。


「アカメ、今のは……私が追いかけて当てたわけじゃありませんでした。あなたが動く場所を、こちらで決められたんです」

「うん! 俺、空いてる方へ逃げるしかないと思ったもん。リゼット、すごいよ!」

「ふふっ。アカメが森の話をしてくださらなかったら、思いつかなかったと思います」

「でも、罠を作って、壁まで出したのはリゼットでしょ。二人で考えたからできたんだよ」


 その言葉にリゼットは一瞬目を丸くし、それから嬉しそうに頷いた。


 ただし、もう一度同じ方法を試そうとすると、すぐに課題が見つかった。地面に術式を留めておくだけでも魔力を使い、障壁を維持する時間が長くなるほど負担が増える。急いで準備すれば術式の光が目立ち、アカメも今度は足元を警戒して近づかなかった。


「……今のままでは、何度も使える戦い方ではありませんね。維持する魔力も、設置する時間も必要です」

「それに、同じ場所に仕掛けたら覚えられちゃうね。俺も二回目は気づいたし」

「はい。どこへ置くか、どうやって気づかれずに準備するか。考えることはたくさんあります」

「じゃあ、その次も一緒に考えようよ」


 リゼットは楽しそうに笑った。研究室で書物を読み、一人で術式を組み立てている時にも発見はある。けれど、今日は別の経験を持つアカメがいたからこそ、自分だけでは辿りつけなかった考え方に出会えた。


 ―✧―◇―✧―


 気づけば、演習場の外へ傾いた日差しが差し込んでいた。二人は最後にもう一度だけ、アカメの回避から攻撃へ繋げる動きを試した。成功した時の足元に印を置き、ゆっくりした球体を避けて短剣を伸ばす。さっきと同じ威力は出なかったが、途中で足を止めずに標的へ触れることはできた。


「……うん。今日はここまでにしようかな」

「そうですね。十分練習できましたし、疲れた状態で続けても危ないですから」


 リゼットが術式を消し、記録器の動作を止める。アカメも短剣を返そうとしたが、リゼットが床に置いた記録帳へ手を伸ばしたところで、足元の小石が転がるのが見えた。


「……あっ」


 彼女が体勢を崩したのは、ほんの一瞬だった。後ろへ倒れそうになるのを見て、アカメは咄嗟に手を伸ばした。片手で腕を取り、もう片方で背中を支えると、リゼットの身体が胸元の近くで止まる。


「リゼット、大丈夫?」


 問いかけてもすぐには返事がなかった。リゼットは驚いたように目を見開き、アカメの顔を見つめている。普段は落ち着いて話す彼女が珍しく固まっているので、どこか痛めたのではないかと心配になった。


「……どこかぶつけた?」

「い、いえっ! 大丈夫です……!」


 リゼットが慌てて姿勢を戻すと、アカメもすぐに手を離した。彼女は胸元で指を握り合わせ、少しだけ顔を伏せる。頬は夕日のせいだけではなさそうなほど赤くなっていた。


 転びそうになったところを助けてもらっただけ。それなのに、近くで聞いた声と背中を支えられた感触が離れない。いつも隣で研究の話をしているアカメを、今まで以上に一人の男の子として意識してしまった。


「……リゼット? 顔、赤いよ。本当に平気?」

「へ、平気です! 少し驚いただけですから……。助けてくださって、ありがとうございます」

「そっか。怪我がなくてよかった」


 安心したように笑うアカメを見て、リゼットはますます視線の置き場に困った。何も気づいていないらしい彼に腹を立てる理由なんてない。それでも、ほんの少しだけ不公平な気持ちになる。


「……アカメは、心配しすぎです」

「えっ、そうかな? 転んだら危ないと思って」

「……それは、そうなんですけど」


 リゼットは記録帳を拾い上げた。アカメはそれ以上尋ねず、床の小石を端へ寄せる。そんな何気ない気遣いにまで目が向いてしまい、彼女は困ったように微笑んだ。


 ―✧―◇―✧―


 夕方の鐘が響く頃、二人は区画の片づけを終えた。リゼットは最後に記録帳を開き、今日書き込んだ内容を確かめている。アカメが隣から覗くと、そこには球体を避ける時の足運びと、術式を配置した簡単な図が並んでいた。


「……こうして見ると、色々やったね」

「はい。でも、まだ分からないこともたくさんあります。回転を攻撃へ繋げる動きは、一度上手くいっても再現できませんでしたし、拘束術式も準備が必要ですから」

「どっちも、完成したわけじゃないんだね」

「そうですね。でも……今日は、とても大切なことが分かった気がします」


 リゼットは二つの図を並べたページを開いたまま、そっと指でなぞった。アカメが自分の速さを攻撃へ繋げようとしている時は、彼女がその動きを観察していた。一方、魔法の使い方に行き詰まっていた彼女へ、森での経験を持つアカメが別の見方を教えてくれた。


「……なんだか、不思議だね」

「何がですか?」

「俺、一人だったら、もっと速く動く練習ばっかりしてたと思うんだ。でもリゼットが見てくれたから、避ける動きを攻撃に使えるかもしれないって分かった」


 アカメは記録帳のもう一つの図を指差した。


「リゼットの魔法だって、俺が森の話をしただけじゃ何も変わらなかったと思う。ちゃんと試して、壁と罠を組み合わせたのはリゼットだもん」

「……私も、一人では思いつかなかったと思います。相手が動く先を読むのではなく、自分でその道を作るなんて」


 リゼットは記録帳に残った二つの図を見つめた。それから、少し照れたように笑う。


「アカメと一緒だったから、見つけられたものですね」

「……うん! だったらさ、これからもっと練習して、二人で完成させようよ」

「……はい。約束です」


 リゼットは記録帳を大切そうに閉じた。そこに描かれた二つの図は、まだ完成にはほど遠い。それでも、二人で見つけた可能性が、いつか確かな力になる。アカメはそんな未来を思い描きながら、嬉しそうに笑った。


「じゃあ、明日も時間ある?」

「……明日も、ですか?」

「うん。今日の動き、忘れないうちに試したいんだ。リゼットの術式も、まだ考えることいっぱいあるでしょ?」

「ふふっ。そうですね。では、明日もよろしくお願いします」

「うん。こっちこそ!」


 二人は荷物を持って演習場を出た。空は淡い橙色に染まり、校舎の影が石畳の上へ長く伸びている。歩きながら、アカメは朝の走り込みと午後の訓練を思い返していた。


 自分の得意なことは速く動くことだ。相手の攻撃を避けるのも、弱い場所を見抜くのも、授かった力が助けてくれている。ただ、それだけで大切なものを守れるわけではない。《危険感知》は危険の方向まで教えてくれず、《急所看破》で弱点が見えても、そこへ刃を届かせるのは自分自身なのだ。


「……ねえ、リゼット」

「はい?」

「俺、もっと強くなりたいんだ」


 リゼットは足を緩め、アカメへ顔を向けた。アカメは前を見たまま、考えていたことを言葉にする。


「《アサシン》が何のためにあるジョブなのか、まだ分かんない。でも、授かった力をちゃんと使えるようにはなりたい。誰かが困ってる時に、俺にできることがあるなら、何もできずに終わりたくないんだ」

「……アカメらしいですね」

「そうかな?」

「はい。分からないことがあっても、そこで立ち止まらずに考え続けられるところが、素敵だと思います」


 そう言われると、アカメは少し照れくさくなった。自分にはまだできないことが多いし、昨日の模擬戦でも負けている。それでもリゼットは、今日できたことを一緒に喜び、できなかったことを責めずに考えてくれた。


「……ありがとう、リゼット。明日もよろしくね」

「はい。私も、次に試す術式を考えておきますね」

「無理して夜更かししないでよ?」

「……気をつけます」


 少し間を置いた返事にアカメは笑った。リゼットもつられたように笑い、二人は再び並んで歩き始める。


 強くなるために必要なのは、ただ速く走ることでも、強い一撃を出すことでもない。今ある力を知り、その使い方を考え、一つずつ身につけていくことだろう。そして、その過程を一緒に楽しんでくれる人がいる。


 まだ自分だけの戦い方は完成していない。それでも今日、二人で考えた動きと術式が、いつか自分たちを支えてくれるような気がした。アカメは隣を歩くリゼットを見て微笑み、明日の訓練を楽しみにしながら、夕暮れの学園を歩いていった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


今回はアカメとリゼット、二人きりの共同訓練のお話でした!


お互いの得意なことを活かしながら、新しい戦い方の可能性を見つけた二人。


回避の勢いを攻撃へ繋げる技と、障壁と罠を組み合わせて相手を誘導する戦術。どちらもまだ未完成ですが、これからの二人にとって大切なものになっていくと思います。


そして、戦い方だけでなく、二人の距離も少しずつ近づいているようですね!


今回生まれた二つの戦い方が、今後どのように成長していくのか、楽しみにしていただけたら嬉しいです!


次回もよろしくお願いします!

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