第26話「得意なこと」
王立学園の第一演習場には、朝から多くの生徒が集まっていた。今日は第一級と特級による合同実技の日だ。昨日はヴァルの《戦闘鍛治師》を研究したが、今日はそれぞれの力を実際に試すことになる。
「……思ってたより、ずっと大がかりだな」
「アカメー! おはよー!」
振り返ると、アリアが人混みを縫うように駆けてきた。後ろにはエアシルとノアもいる。演習場の外側に設けられた広い区画では、ノアの相棒である《灰嵐狼》のグラウが身体を伏せ、行き交う生徒たちを静かに眺めていた。
「おはよう、アリア。朝から元気だね」
「だって特級生と一緒なんだよ? どんな技が見られるか、楽しみじゃん!」
「俺はちょっと緊張してるけどね。あっちにはルカもヴァルもいるし」
「えー、アカメも緊張するんだ!」
「そりゃするよ。二人が強いの、知ってるからさ」
隣で演習場を見つめるエアシルに、アカメは声を掛けた。
「エアシル、大丈夫?」
「はい。ただ、私、戦うのはあまり得意ではなくて……皆さんの邪魔にならないか、少し心配なんです」
「今日は得意なことを見つける授業なんでしょ? なら、無理に誰かと同じことをしなくてもいいと思うよ」
「……そうですね。ありがとうございます、アカメさん」
その時、演習場の中央から号令が響いた。生徒たちは話を切り上げ、白線の内側へ移動していく。
「今日やるのは、誰が一番強いかを決める試合じゃない!」
指導役のダリオ教官が、生徒たちを見渡して声を張った。
「ジョブには、それぞれ得意なことがある。自分の力を過信するな。相手のやり方を見て、何ができて何ができないのかを考えろ!」
魔法戦闘を担当するセレナ先生も、隣から声を掛けた。
「実技では防護術式を使いますが、怪我をしない保証ではありません。危険だと判断した時点で、私たちが中断します。指示があれば、すぐに手を止めてくださいね」
昨日まで研究室で話していたジョブの力を、今日は実際に動きながら確かめる。そう思うと、アカメの胸には緊張と同じくらい期待が膨らんでいた。
―✧―◇―✧―
最初に行われたのは、筋力や敏捷性、魔力の扱い方を調べる基礎測定だった。
筋力測定で生徒たちを驚かせたのは、特級のガレスだった。拳で打つための大きな測定器を前にすると、彼は一度だけ肩を回し、ゆっくり腰を落とした。
次の瞬間、魔力で補強された標的が大きく沈んだ。鈍い音とともに記録用の魔石が強く光り、周囲からどよめきが上がる。
「うおっ、すっげえ! ガレス、どんだけ力あるんだよ!」
「……まだ、余裕はある」
「今ので!? 俺、あれ食らったら吹っ飛ぶぞ!」
一方、敏捷性の区画で呼ばれたのはアカメだった。白線の内側には高さの違う柱が並び、合図に合わせて点灯する標的へ順に触れる仕組みになっている。速く走るだけではなく、急に向きを変えたり、身体を低くしたりする必要があるらしい。
「次、アカメ。準備はいいか?」
「はい!」
「標的の順番は決まっていない。光ったものを見てから動け。始め!」
合図と同時に、アカメは地面を蹴った。最初の柱に触れた直後、背後の低い位置に別の光が灯る。足を踏み替えて身体を沈め、そのまま隣の柱へ手を伸ばした。
今度は斜め前、続いて右奥。走り抜けるたびに足の置き場を変え、狭い間を抜けていく。父ロンドと森を歩いた頃から、足元を見る癖はついていた。だが、今の身体は以前よりずっと軽く、曲がりたい方へ自然に向けられる。
最後の標的に触れて戻ると、測定器が高い音を鳴らした。息を整えるアカメに、ダリオが記録板を見せる。
「……ほう。今回の参加者の中では、今のところ一番いい記録だな。特に切り返しが速い」
「えっ、そんなにですか?」
「ああ。ただし、速さだけの測定ではないぞ。姿勢を崩さず向きを変えられるのが、お前の強みらしい」
「アカメ、すげえじゃん!」
「うん、俺もちょっとびっくりしてる。《体術》が助けてくれたのかな」
別の区画では、マーレンが魔力を長時間安定して流し込み、リゼットが複雑な術式を正確に組み立てていた。魔力量の大きさと制御の細かさは必ずしも同じではないらしく、二人は違う項目で高い評価を受けている。
器用さの測定では、ヴァルが細かな金属部品を正確に組み合わせ、アリアが指先から伸ばした魔糸で複数の輪を一度に動かしてみせた。素早く並んだ輪が音もなく重なるのを見て、アカメは思わず拍手する。
「すごいね、アリア! 糸って、あんなに細かく動かせるんだ」
「ふふん、もっとできるようになる予定だからね!」
「予定なんだ」
「そこは突っ込まなくていいの!」
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基礎測定が終わると、次は訓練用の武器を使った模擬戦に移った。まずはダリオが相性の異なる生徒を組ませ、途中で動きを止めながら説明するという。
最初に呼ばれたのは、ガレスとレオンだった。ガレスは刃を潰した大斧を持ち、レオンは剣と盾を構える。二人の間に薄い防護の光が走り、ダリオの合図で試合が始まった。
ガレスの斧が振り下ろされる。レオンは正面から受け止めず、盾を斜めにして力を逃がした。衝撃に足元の土が跳ねたが、姿勢は崩れていない。
「……重いな」
「……まだ、いける」
「レオン、全然下がらないね」
「ただ受けてるんじゃない。衝撃を逃がしてるんだ」
隣のヴァルが答えた直後、ガレスが大きく振りかぶった。レオンは半歩踏み込み、盾で斧の軌道を逸らすと、空いた胸元へ剣先を向ける。
「そこまで!」
ダリオが二人を止めた。レオンが攻撃を当てたと判断されたが、ガレスの力そのものが劣っていたわけではないという。
「ガレス、力は申し分ない。だが、強く振るほど次の動きが大きくなる。相手が待っている場所へ斧を振るな。レオンは守りが堅いな。ただ、受けてから反撃する形に頼りすぎると、相手が増えた時に苦しくなるぞ」
「……はい」
「分かりました。次は自分から動けるようにします」
続いて呼ばれたのは、ルカとアリアだった。ルカは訓練剣を握り、アリアは手袋をはめた指先を軽く動かしている。剣と魔糸。戦い方がまるで違う二人が向かい合うと、見守っていた生徒たちも興味深そうに身を乗り出した。
「アリアが相手か! 遠慮しないからな!」
「こっちの台詞! 近づく前に止めちゃうんだから!」
ダリオの合図と同時に、ルカが駆け出した。ところが、二歩目を踏み込んだところで、足元を細い光が横切る。アリアの指から伸びた魔糸が進路に張られ、もう一本が剣を持つ腕へ向かっていた。
「うおっ、危ねえ!」
「へへっ! 剣が上手くても、届かなきゃ意味ないでしょ!」
ルカは急停止して糸をかわし、横へ回り込む。アリアも指を動かし、今度は二本の糸で両側から挟もうとした。細い糸は陽光を受けてようやく見えるほどで、アカメは目で追うだけでも苦労した。
「アリア、あんなに上手く操れるんだね」
「距離を取って相手の動きを制限するなら、かなり強いな。……ただ、糸の数が増えてきた」
隣で見守っていたヴァルが言った直後、ルカがわざと大きく右へ踏み込んだ。アリアの糸がその進路を塞いだ瞬間、ルカは反対側へ足を運ぶ。さらにアリアが糸を回そうとしたが、指の動きが一瞬もつれた。
「……あっ、ちょっと待って!」
ルカはその隙を逃さなかった。足元の糸を飛び越えると一気に距離を詰め、訓練剣の先をアリアの防護術式へそっと当てる。短い光が弾け、ダリオが試合を止めた。
「ルカの一本だ! アリア、拘束の狙いは悪くなかった。だが、糸を増やすほど一つずつの制御が乱れるな。今の精度なら、二本を確実に動かす方が厄介だぞ」
「うーっ、あと少しだったのに!」
「俺も、最初はどう近づけばいいか分かんなかったぜ。あれ、結構怖いな!」
「褒めても負けたのは変わんないからね!」
アリアは悔しそうに頬を膨らませたものの、すぐに自分の指先へ目を落とした。ルカも楽しそうに笑っていたが、戻ってきた時にはアカメへ小声で打ち明ける。
「……糸に気を取られすぎた。あれ、アリアがもう一本動かせてたら俺の負けだったな」
「うん。二人とも、得意なことが全然違うんだね」
剣を振る速さではルカが勝る。しかし、間合いを作られてしまえば、その剣も簡単には届かない。アカメは二人の攻防を見て、足の速さだけで相手に近づけるわけではないのだと感じた。
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魔法を使う課題では、セレナが生徒の得意なことに合わせて実技を組んでいた。セドリックは眠そうにしながらも、訓練剣へ紫色の雷を纏わせ、離れた標的を正確に撃ち抜く。ところが、魔法で動く訓練人形が急に距離を詰めると、放電を維持することに意識が向き、剣を引くのが遅れた。
「……近いと、面倒だな」
「遠距離の精度は素晴らしいですよ。でも、近くで戦う時の足運びも練習しましょうね」
「……はい」
アリアは先ほどの模擬戦を思い出しながら、魔糸で人形を拘束してみせた。二本なら相手が動いても狙いどおりに締められる。だが、三本目を加えて別の標的を動かそうとしたところで指の動きが乱れ、拘束が緩んでしまった。
「……あー、やっぱり! 試合でもここで失敗したんだよね」
「自分で気づけたのは大切なことですよ。まずは二本を確実に扱うところから始めましょう」
「はーい。今度こそちゃんと止めてみせる!」
エアシルは風の魔法で動く標的を狙ったが、こちらは上手く当たらなかった。肩を落とした彼女に、セレナは小さな人形を置き、向かってくる柔らかな球から守る課題を与える。
「エアシルさんの《風癒術師》は、攻撃だけが役割ではありませんよ。風の強さより、向きを意識してみてください」
「……はい。やってみます」
エアシルがそっと風を送ると、球は人形に触れる前に横へ逸れた。先ほどほど強い風ではなかったが、動きはずっと安定している。
「……できました!」
「ええ。仲間を守る力も、戦闘では大切なんです」
別の区画では、マーレンとノアが向かい合っていた。隣には《灰嵐狼》のグラウもいる。ノアの合図でグラウが素早く回り込み、マーレンは正確な火球で進路を塞ぐ。巨体を持つ相手でも足を止められるほどの炎の制御に、アカメは感心した。
だが、グラウの動きに気を取られたノアへ、マーレンが小さな火球を放った。足元の防護術式が光り、模擬戦は終了する。
「……ごめんね、グラウ。僕の方が先に狙われちゃった」
ノアが首元を撫でると、グラウは低く鼻を鳴らした。セレナは連携を褒めながら、ノア自身の守りも必要だと伝える。マーレンにも、味方がいる場所では広い炎を安易に使わないよう助言していた。
「……そうね。相手が速いと、つい範囲を広げたくなるの。次はもっと細かく狙ってみるわ」
真剣に答えるマーレンを見て、アカメは彼女の魔法の巧みさを改めて感じた。ふと視線が重なりそうになると、マーレンは目を逸らした。以前の出来事を思い出したアカメも、それ以上は見つめず、演習場へ視線を戻した。
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午後、ルカとリゼットが模擬戦の相手に選ばれた。ルカは訓練剣を握って勢いよく踏み込むが、リゼットはその足元へ光の帯を伸ばし、進路に薄い障壁を作って近づかせない。
「うおっ、こっちもか!」
ルカが横へ跳ぶと、そこにも次の術式が待っていた。相手の踏み込み方や足の向きを見て、リゼットは先に魔法を置いているらしい。強引に障壁を破ったルカが前へ出た瞬間、足首に光の帯が巻きつき、セレナが試合を止めた。
「リゼットさんの一本です。動きを見て術式を選ぶのが上手でしたね。ただ、予想と違う方向へ動かれた場合の対応は、まだ試してみたいところです」
「ありがとうございます。私もそこは課題だと思っています」
「くそーっ! また前に出すぎたか!」
ルカが悔しそうに頭を掻くのを見ながら、アカメはリゼットの魔法の組み立て方に驚いていた。研究室で見た時とは違う、相手の動きに合わせる速さがある。
その時、ダリオの視線がアカメに向いた。
「アカメ。次はお前がやってみろ」
「……俺ですか?」
「ああ。今朝の切り返しは面白かった。リゼットがどう対応するか、見ておきたい」
呼ばれたアカメは訓練用の短剣を受け取り、リゼットと向かい合った。いつも研究室で隣に座っている相手が、今は少し離れた場所で静かにこちらを見ている。
「よろしくね、リゼット」
「はい、アカメ。お互い、無理のないようにしましょう」
合図が響くと同時に、アカメは右へ踏み出した。リゼットの手元に魔力が集まるのを見て、身体を沈めて左へ切り返す。光の帯が先ほどまでいた場所を横切り、アカメはその外側を抜けた。
距離を詰めたところで、リゼットが咄嗟に薄い障壁を張った。短剣が光を弾く。
「……惜しい!」
アカメは刃を引き、距離を取った。リゼットの魔法は速い。しかも、こちらが速く動くほど進む方向を絞ってくる。
「アカメ、今の動きは……すごいですね。思っていた方向と全然違いました」
「俺も、あそこで壁を出されるとは思わなかったよ」
再開した模擬戦では、いくつもの光の帯が進路を塞いだ。《危険感知》が警告したが、どこから来るかは分からない。光の動きを頼りに避けたものの、続く術式をかわすために無理な方向転換をしてしまった。
その反動で姿勢が崩れる。立て直そうとしたところへ、前方から別の光が走った。アカメは地面を蹴って狭い隙間へ飛び込み、何とか拘束を逃れる。
「そこまで!」
セレナの声に、二人は同時に動きを止めた。アカメは肩で息をしながら短剣を下ろす。リゼットも手を下げ、少し驚いたように微笑んだ。
「……こんなに動きを読めないとは思いませんでした。でも、最後は少し危なかったですね」
「うん。警告みたいなのは分かったんだけど、どこから来るかは分からなくて。結構ぎりぎりだったよ」
制限時間いっぱいまで決定打はなく、判定は引き分けだった。ダリオはアカメの回避と方向転換を評価したが、逃げる動きが続き、攻撃へ繋げられていない点を指摘した。セレナも、リゼットの予測は優秀だが、外れた瞬間に術式の組み直しが必要になると話した。
「アカメは速い。だが、速く動くだけでは相手を倒せないぞ。お前の短剣がどこへ届くのか、そこまで考えて動け」
「……はい!」
「私も、予想が外れた時の選び方を考え直してみます」
リゼットと目が合い、二人は小さく笑った。研究室では知ることのできなかった相手の強さが、今日はよく分かった気がした。
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「最後に、アカメとヴァルだ!」
ダリオの声を聞き、アカメは思わず隣を見た。ヴァルも少し驚いた顔をしたが、すぐに自分の訓練剣を持ち直した。昨日は工房で《戦闘鍛治師》のスキルを調べたばかりだ。今度はその力を、幼馴染の自分が相手になって確かめることになるらしい。
「ヴァルと戦うの、久しぶりだね」
「ああ。お前の今の速さは、さっき見た。簡単には追いつけそうにないな」
「そんなこと言って、《鑑定》があるじゃん。俺にも使っていいよ」
「……助かる。でも、分かっただけで勝てるわけじゃないからな」
二人は訓練用の短剣と剣を手に、向かい合った。ダリオは防護術式を確認すると、無理な攻撃は避け、危険を感じたらすぐに動きを止めるよう注意を促した。
「始め!」
先に動いたのはアカメだった。地面を蹴って一気に間合いを詰め、正面から入ると見せかけて右へ切り返す。敏捷性の測定では誰よりも速く動けた。相手がヴァルでも、足の速さだけなら負けないはずだ。
しかし、ヴァルは追いかけてこなかった。剣先を低く構えたまま、半歩だけ向きを変える。短剣の届く位置を塞がれ、アカメはそのまま通り過ぎるしかなかった。
「……あれ? 今の、見えてた?」
「足の向きだ。お前、右へ切り返す前に左足へ体重を乗せるだろ」
「そんなところまで分かるの?」
「《鑑定》で向いてる動きは見える。でも、どう使うかは俺が考えなきゃならない」
ヴァルは剣を握り直した。アカメはもう一度踏み込み、今度は刃を低く構えて相手の脇へ回ろうとした。だが、ヴァルが剣を横へ差し出しただけで、進む先が狭くなる。長い剣の間合いを避けようとすれば短剣が届かず、無理に近づけば攻撃を受ける。
「……ヴァル、結構上手いじゃん!」
「昨日、戦い方も少し分かったからな。剣の扱いはまだルカに及ばないけど」
アカメは一度距離を取り、息を整えた。速く動けるからといって、相手を好きな場所へ動かせるわけではない。先ほどリゼットにも進路を制限されたばかりだ。それでも、ヴァルの攻撃は見てから避けられる。ならば、相手の剣が動いた隙に短剣を差し込めばいい。
次の一歩では、あえて正面から近づいた。ヴァルの剣が動いた瞬間、アカメは身体を沈めて刃の下へ滑り込む。《急所看破》によって見えていた腕の内側の弱点が、その瞬間だけ無防備になった。
「……そこ!」
短剣を伸ばしたものの、ほんの少し届かない。もう一歩踏み込めば触れられる。そう思った瞬間、ヴァルが剣を引いて横へ回した。
《危険感知》が鋭く反応する。アカメは咄嗟に身体を捻り、剣を紙一重で避けた。けれど、無理な姿勢のまま着地したため、次の一歩が遅れてしまう。ヴァルはその様子を見て踏み込み、訓練剣の先をアカメの防護術式へ触れさせた。
小さな光が弾ける。
「そこまで。ヴァルの一本だ!」
「……負けたあ!」
アカメが息を吐くと、ヴァルも剣を下ろして肩を回した。余裕そうに見えたが、額には汗が滲んでいる。
「危なかったぞ。最後、もう少し踏み込まれてたら防げなかった」
「でも届かなかった。速く動けても、間合いを考えないと駄目なんだね」
「俺も、剣の届く範囲を守るだけで精一杯だった。走って追いかけてたら負けてたと思う」
ダリオが歩み寄り、二人の足元へ目を向けた。
「ヴァル、戦闘に向いた補正があるとしても、守り方までスキルが教えてくれるわけじゃない。相手の特徴を見て、間合いを選んだのはお前自身の判断だ。それは良かったぞ。ただ、最後の踏み込みは少し大きいな」
「……はい。気をつけます」
「アカメ、敏捷性も回避も申し分ない。だが、避けた勢いのまま攻撃へ移ろうとして、足の置き場が乱れていたな。《急所看破》で狙いが分かっても、そこへ刃が届かなければ意味がないぞ」
「……はい」
「相手の攻撃を避けることと、攻撃を当てることは別だ。どこへ動けば次に踏み込めるのか、そこまで考えろ」
アカメは訓練用の短剣へ目を落とした。ルカの連撃も、アリアの魔糸も、リゼットの魔法も、ただ速いだけでは対応できない場面があった。そして今、自分の動きをよく知るヴァルに、進む場所を塞がれてしまった。
森で父ロンドから教わった足運びは、音を立てず獲物へ近づくためのものだった。今度はそれを、狙いを悟らせず相手の懐へ入り、次の攻撃に繋げるためにも使いたい。
得意なことを知ったからこそ、足りないものも前よりはっきりした。
―✧―◇―✧―
実技が終わる頃には、演習場の端へ夕日が差し込んでいた。生徒たちは武器を返しながら、それぞれの結果について話している。ルカはアリアに魔糸の張り方を尋ね、ガレスは斧を振る時の姿勢についてダリオへ質問していた。レオンは次の実技に備えて盾の扱いを確かめている。
アリアは明日から糸の本数を減らして練習すると言い、エアシルは風で味方を守る課題をもう一度試したいと話している。ノアはグラウに今日の頑張りを伝えていた。セドリックだけは、少し離れた日陰でいつもどおり眠そうにしている。
アカメは訓練用の短剣を返し、手のひらを開いた。敏捷性ではいい結果が出た。けれど、リゼットの魔法に何度も行く手を阻まれ、ヴァルの剣の間合いを崩すこともできなかった。
「アカメ、お疲れさまでした」
顔を上げると、リゼットが記録用紙を抱えて立っていた。模擬戦が終わったあとにも何かを書き込んでいたらしく、紙には細かな文字が並んでいる。
「リゼットもお疲れさま。……もう記録まとめてるんだ?」
「ふふっ。今日のことは、忘れないうちに残しておきたくて。それに、アカメの動きは本当に興味深かったです」
「……研究者の顔になってるよ」
「そうかもしれませんね。でも、研究だけじゃなくて、私自身の訓練にもなりました」
リゼットは少し照れくさそうに笑ってから、記録用紙を胸元へ寄せた。
「もしよかったら、今度また一緒に訓練しませんか? 《危険感知》や《気配感知》が実際の動きとどう関わるのか、無理のない範囲で確かめてみたいんです」
「いいね。俺もちょうど、短剣と足運びをちゃんと練習したいと思ってたんだ。リゼットが見てくれたら、どこが駄目なのか分かりそうだし」
「では、私も予測が外れた時の練習をさせてください。お互いの苦手なことを補えたら嬉しいです」
「うん。一緒に頑張ろう」
「アカメー! 何してんだー!」
ルカの声がして、二人が振り返る。ルカはヴァルと並んで歩いてきたところだった。
「今日の動き、すげえな! 今度は俺とも走ってくれよ!」
「ルカ、それって結局、俺と勝負したいだけでしょ」
「ばれたか! でも、剣の方もまたやろうぜ!」
ヴァルはそんな二人のやり取りを聞きながら、アカメの腰へ視線を向けた。そこには父ロンドからもらった短剣が下がっている。
「……さっき実際に相手をしてみて、少し分かった。お前、避けてから短剣を構え直すまでが速いんだな」
「そうなの?」
「ああ。でも、持ち替える時に柄が少し邪魔になってる気もする。まだ訓練用の短剣でしか確かめてないから、決めつけられないけどな」
「じゃあ、俺が訓練してるところ、また見てくれる?」
「そのつもりだ。お前の動きに合う柄を考えるなら、今の癖も知っておきたいからな」
アカメは短剣の鞘にそっと触れた。父から受け取った刃を残しながら、自分に合った武器にできるかもしれない。昨日、工房で聞いたヴァルの言葉が少しだけ現実味を帯びた気がした。
「……ありがとう、ヴァル。頼りにしてるよ」
「まだ何も作ってないだろ。礼はそれからでいい」
「じゃあ、今は楽しみにしておくね」
「……ああ。それならいい」
「……明日は、足運びからやってみようかな」
「いいじゃん! だったら俺も付き合うぜ!」
「ルカは剣を振りたいだけじゃないの?」
「それもある!」
あっさり認めるルカに、アカメは吹き出した。隣ではリゼットが楽しそうに笑い、ヴァルも呆れたように肩をすくめている。
夕暮れの学園に、四人の声が重なった。自分が授かった《アサシン》の正体はまだ分からない。それでも、得意なことを活かすには、何を身につけなければならないのか。今日のアカメには、その答えが少しだけ見えていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
今回は第一級と特級の合同実技のお話でした!
それぞれが自分の得意なことを発揮する一方で、新たな課題も見つかった一日となりました。
アカメも高い敏捷性を見せましたが、速いだけでは勝てないことを実感しましたね。
ジョブによって得意なことは違っても、その力をどう活かすかは本人次第。これからの訓練を通して、アカメたちがどんな成長を見せてくれるのか、楽しみにしていただけたら嬉しいです!
次回もよろしくお願いします!




