第19話 「薬草採集」
翌朝の第一級クラスは、昨日より少し賑やかだった。席の近い生徒同士で笑い合う声がする一方、アカメが通路を歩くと会話を止める者もいて、何もかも変わったわけではなさそうだ。
「おはよ、アカメ!」
席へ向かう途中、前方からアリアが大きく手を振った。
「おはよう」
「今日はちゃんと時計見てないね」
「昨日一回注意されただけだろ」
「一回で覚えたんだ。えらい!」
「……子供扱いされてる?」
笑いながら席に着くと、隣のエアシルが控えめに頭を下げた。
「おはようございます、アカメさん」
「おはよう、エアシル」
昨日の中庭で、マーレンに拒絶されたことを思い出す。隣にいたエアシルもその場を見ていたが、幼馴染の二人が何を話したのか尋ねるつもりはなかった。
「……アカメさん?」
「ん?」
「少し、ぼんやりされていたので。大丈夫ですか?」
「大丈夫。今日から授業だなって考えてただけ」
時間割の午前の欄には《特殊クラス合同・野外基礎実習》とある。完全な嘘ではなかった。
「野外実習って、何するんだろうな」
「昨日の説明では、学園の演習林を使うそうです」
「森? それなら楽しみだな」
「アカメさんは森に慣れているんですね。私は少し不安で……」
エアシルが小さく笑ったところで、前の席からアリアが勢いよく振り返った。
「森なら私も平気!」
「アリア、森に詳しいの?」
「全然!」
「じゃあ、何が平気なんだよ」
「みんなで行くんでしょ? だったら何とかなるって!」
根拠のない自信に、エアシルまで笑い出した。
アカメが時間割を確認していると、前の席のアリアがふと思い出したようにエアシルへ顔を寄せ、声を潜めた。
「ねえ、エアシル。前から思ってたんだけどさ」
「はい? 何でしょう?」
「アカメって、結構イケメンだよね」
「……えっ?」
突然の話題に、エアシルが目を瞬く。
「ほら、顔立ちも整ってるし、目元もきりっとしてるじゃん? 笑うと雰囲気が柔らかくなるし。普通に格好いいと思うんだよね」
「そ、それは……」
エアシルはちらりと隣のアカメを見た。
どうやら時間割に夢中らしく、こちらの話は聞いていないようだった。
「……私も、そう思います」
「おっ!」
「で、でも! 別に変な意味じゃなくて、その……!」
「まだ何も言ってないよ?」
アリアがにやりと笑うと、エアシルは慌てて俯いた。
「もう……アリアさん」
「ふふっ。エアシルって分かりやすいね」
「何が?」
突然割り込んできた声に、二人の肩が跳ねた。
顔を上げると、いつの間にか時間割から目を離したアカメが、こちらを不思議そうに見ていた。
「何か俺の名前が聞こえたけど」
「ああ、アカメって顔がいいよねって話!」
「……は?」
あまりにも堂々と言われ、アカメは思わず間の抜けた声を出した。
「いや、何の話だよ」
「だから、アカメって結構イケメンだよねって」
「本人の前で言うことか、それ?」
「褒めてるんだからいいじゃん!」
アリアは悪びれもせず笑っている。
アカメはどう返せばいいのか分からず、隣のエアシルへ助けを求めるように目を向けた。
「エアシルも何とか言ってくれよ」
「えっ、わ、私ですか!?」
なぜかエアシルは顔を赤くしている。
「……?」
アカメが首を傾げると、アリアが堪えきれなくなったように吹き出した。
「アカメって、そういうとこ鈍そうだよね!」
「何が!?」
結局、何がおかしいのか分からないまま、アカメは二人の笑い声を聞くことになった。
ほどなくして担任のハロルドが現れ、訓練着に着替えて正門前へ集合するよう告げた。
―✧―◇―✧―
正門前では特級クラスの生徒たちも集まっており、ルカが大きく手を振った。
「アカメ! 聞いたか? 今日は薬草採集だって!」
「今聞いたところ。最初の授業から剣でも振ると思ってた?」
「普通そうだろ! せっかく《ソードマスター》なんだぞ?」
「お前は何しに学園へ来たんだよ」
「剣を振りに」
「……否定しづらいな」
ヴァルが呆れたように息を吐いた。
「薬草くらい覚えとけ。怪我した時に困る」
「その時は治癒魔法を使える人に頼むって」
「一人だったら?」
「気合いで何とかする」
「死ぬぞ」
アカメが笑っていると、少し離れた場所に赤い髪が見えた。
マーレンだった。
目が合うなり彼女の笑みが消え、マーレンはエアシルの向こう側へ移動した。言葉はなくても、近づいてほしくない意思は伝わってきた。
アカメも声を掛けず、視線を戻した。彼女が嫌がる間は無理に近づかないと、昨日、自分で決めたのだ。
「……アカメ、行くぞ」
「ああ」
ヴァルに促されたところで、正門の前に立った女性教師が生徒たちへ声を掛けた。
「皆さん、揃いましたね。おはようございます」
淡い栗色の髪をまとめた女性は、治癒担当のミレイア・ローデンと名乗った。胸には《高位治癒師》の徽章がある。
「今日から本格的な授業が始まります。最初は第一級と特級の合同で、薬草採集を行います」
露骨に肩を落とすルカを見て、ミレイアが微笑んだ。
「戦闘訓練を期待していた人もいるでしょう。でも、森やダンジョンで生き残るには、剣や魔法だけでは足りません。治療に使える植物を知らなければ、助かる怪我でも命を落とすことがありますし、見た目が似ているからと毒草を口にすれば、それだけで冒険が終わるかもしれません」
配られた資料には《月白草》《銀露草》《青蜜草》《黄鈴草》など十種類の薬草が描かれ、生育場所や注意点が添えられていた。
リュネの森では父ロンドから薬草を教わり、毒草は教会の本でも調べた。半分以上は見覚えがある。
「学園北側の演習林に、この十種類が生えています。制限時間は二時間。班は指定しませんので、一人で探しても、協力しても構いません。ただし、似た姿の毒草もあります。判断できない植物には触れず、迷った時は必ず教師に確認してください。採った部分や植物の状態も評価しますから、数だけ揃えようとしないこと」
ミレイアが演習林の方へ手を向けると、生徒たちは籠を受け取り、思い思いの方向へ歩き始めた。
「ヴァル、一緒に探そうぜ」
「一人でやれ」
「冷たくない?」
「薬草の見分けはつくのか?」
「分からないから誘ってるんだろ」
「なおさら嫌だ」
アカメが笑って先へ進もうとすると、案の定ルカから声が掛かる。
「アカメ、お前は一緒に――」
「嫌だよ」
「まだ最後まで言ってないだろ!」
「どうせ一緒に探そうって話だろ?」
「友達だろ?」
「そういう時だけ持ち出すなって」
不満そうな声を背中に聞きながら、アカメは演習林へ足を踏み入れた。
小道から外れると湿った土の匂いが漂い、故郷の森を思い出す。アカメは低木の根元で細長い葉を見つけ、葉脈が三本あることと、茎の付け根が薄紫色なのを確かめた。
「《月白草》だな」
根を残して必要な葉だけを摘み、傷まないよう籠へ収める。次の株を探そうとしたところで、後ろから柔らかな声がした。
「アカメさん、もう見つけたんですか?」
振り返るとエアシルとアリアが立っており、少し離れた場所にはマーレンの姿もあった。マーレンはアカメと目が合うと足を止め、そのまま黙って二人の後ろへ下がる。
「うん。村の森にも生えてたから。ここ、見てみて」
「葉っぱの形ですか?」
「それもだけど、葉脈と茎の色が分かりやすいかな。似た草は葉脈が二本なんだ」
「なるほど……。ちゃんと確かめれば違うんですね」
エアシルが資料へ書き込んでいると、アリアがすぐ隣の草を指さした。
「じゃあ、こっちも《月白草》?」
「それは違う」
「早っ! まだちゃんと見てないじゃん!」
「葉の形が全然違うだろ」
「……私には同じに見えるんだけど」
「アリア、細かい違いを探すの苦手だろ」
「まだ一種類目なのに決めつけないでよ!」
頬を膨らませるアリアに、エアシルが口元を押さえて笑う。アカメも笑いながら二つの葉を並べて見せたが、その間、マーレンが会話へ加わることはなかった。やがて彼女がエアシルへ小さく声を掛け、三人は別の方向へ歩いていった。
アカメは少し胸が痛んだが、追いかけなかった。
さらに奥へ進んだ岩陰で、《月白草》によく似た葉を見つけた。裏側に散った黒い斑点と、茎から漂うほのかな甘い匂いには覚えがある。
「《黒眠草》か。こっちは毒草だな」
表面にも微量の毒があり、人によっては触れるだけで痺れが出る。父から不用意に摘むなと教えられた草だった。
アカメは比較のため、斑点のある葉を一枚摘んだ。以前にも素手で触れて異常は出なかった。神授で《毒適性》を得てからは、なおさら問題ないだろうと思っていた。
「……それを素手で触るんですか?」
「うわっ!」
すぐ横にいたのは濃紺の髪に金色の瞳をした少女。特級クラスのS級《賢者》、リゼット・クロイツだった。
「急に話しかけないでよ。びっくりした」
「申し訳ありません。それより、手は大丈夫ですか? それは《黒眠草》ですよね」
「うん。知ってるよ」
「……知っていて触れたんですか?」
リゼットは驚いたように目を見開き、アカメの指先を注意深く見つめた。
「今まで何度か触っても平気だったからさ」
「過去にも素手で? その時に痺れや発疹は?」
「なかったよ」
「他の毒草でも同じですか?」
「弱い毒なら平気なこともあるけど、全部じゃないと思う」
答えるたびに質問が増え、アカメが苦笑すると、リゼットはようやく顔を上げた。
「あなたは《アサシン》のアカメ・オルディンさんですね」
「そうだけど、よく覚えてるね」
「珍しいジョブですから。初期スキルに、毒へ作用するものがあるのでしょうか?」
「《毒適性》っていうのはあるよ。ただ、どんな効果なのかは俺も分かってないんだ」
「《毒適性》……。皮膚から吸収する毒にも作用するのでしょうか。体内に入った場合は? 毒の種類で違いがある可能性も――」
「ちょっと待って。だから、俺にも分からないって」
リゼットは小さく頭を下げた。
「すみません。興味が先に立ってしまいました」
「質問攻めだったもんな」
「ええ。でも、分からないことをそのままにしておくのは気になるんです」
「……それは、ちょっと分かるかも」
アカメが言うと、リゼットは意外そうに瞬きをした。
「俺も自分のジョブが分からないから学園へ来たんだ。調べられるなら、ちゃんと知りたいよ」
「では、《毒適性》についても調べるつもりですか?」
「もちろん。危なくない方法があればだけど」
「そうですか。興味深いですね」
「毒が?」
「アカメが、です」
「それ、褒めてる?」
「いいえ。興味があると言っています」
あまりにも真っ直ぐに言われ、アカメは返事に困ってしまった。
「リゼット」
離れた場所からマーレンが呼んだ。彼女はアカメと目を合わせない。
「そろそろ行くわよ。授業中でしょう?」
「まだ確認したいことがあるのですが」
「薬草を集めに来たのよ。続きはあとになさい」
リゼットは名残惜しそうにアカメの手元を見たものの、ようやく頷いた。
「アカメ、あとで改めてお話を聞いてもいいですか?」
「いいけど、答えられないことの方が多いと思うよ」
「それでも構いません。ありがとうございます」
すれ違う直前、マーレンは《黒眠草》を持つアカメの手を見て顔を強張らせたが、何も言わずに離れていった。
アカメは葉を紙で包み、籠の端へ分けて入れた。後で先生に確認しよう。
「それ、何の草だ?」
低い声に振り向くと、体格の立派な少年が書き込みだらけの資料を手に立っていた。
「《黒眠草》って毒草。触らない方がいいよ」
「分かった。俺も草を探しているが、見分けが難しい」
少年が指さした先には、小さな黄色い花が二種類並んでいた。遠目にはそっくりだが、花びらの数が違う。
「五枚の方が《黄鈴草》。六枚ある方は《痺れ草》だよ」
「……五枚と、六枚」
少年はしゃがみ、花びらを一枚ずつ数えて資料と照らし合わせてから《黄鈴草》を摘んだ。
「ずいぶん慎重なんだな」
「間違えるよりいい。昨日、資料は読んできたが……実物を見ると迷うな」
「ちゃんと予習してきたのか。偉いな」
「今日使うって、書いてあった」
その体格から想像していたより、ずっと几帳面らしい。
「そういえば、名前を聞いてなかったな。俺はアカメ・オルディン。第一級の《アサシン》」
「ガレス・ヴァルガン。特級の《狂戦士》だ」
「ああ、入学式で聞いた覚えがある!」
近くを通った生徒たちが《狂戦士》と聞いて道を変えた。ガレスはちらりと見ただけだった。
「……避けられること、多いの?」
「よくある。《狂戦士》だから、怒ると暴れると思われるらしい。教室でも隣が空いていた」
「俺も昨日、席に鞄を置かれて座れなかったよ。《アサシン》だからって」
「それは面倒だな」
「ガレスは平気なのか?」
「気分は悪い。でも、説明しただけですぐ変わるとも思わない。今は薬草を覚える方が大事」
資料に花びらの数を書き込むガレスを見て、アカメは少し反省した。《狂戦士》という名から、こんな几帳面な姿は想像していなかったのだ。
「助かった、アカメ。また分からなければ聞いてもいいか?」
「もちろん。またな、ガレス」
ガレスと別れて歩いていると、今度は木々の向こうから大きな声が聞こえてきた。
「セドリック、お前も少しは探せ!」
「探してる」
「さっきから俺の後ろを歩いているだけだろう!」
「前はレオンが探してるから」
「それは俺が探しているんだ!」
「協力は禁止されてない」
「協力と便乗は違う!」
金髪のレオンの後ろを、銀灰色の髪のセドリックがのんびり歩いていた。《聖騎士》と《魔剣士》のやり取りとは思えず、アカメが吹き出すとセドリックがこちらを見る。
「ほら、アカメも笑ってる」
「なぜアカメを巻き込む!」
「証人」
「何の証人だ!」
レオンの声に鳥が飛び立つが、セドリックは平然と後ろをついていく。
「……本当に探してるのかな、あいつ」
アカメは笑いを堪えながら、別の場所へ向かった。
少し開けた場所では、同じクラスのノアが兎に似た三匹の魔獣へ話しかけていた。
「白い花で、葉っぱが丸いやつだよ。見つけたら教えてね。あ、根っこは抜かないでほしいな」
ノアが頼むと、魔獣たちは耳をぴくりと動かして別々の方向へ駆け出した。
「ノア、それってありなの?」
「あ、アカメ。先生が協力してもいいって言ってたから、大丈夫かなと思って」
「魔獣も協力者に入るのか?」
「僕は友達だと思ってるし……たぶん」
「最後、急に自信なくなったな」
離れたミレイアも止める気配はなく、それを聞いたノアは胸を撫で下ろした。
同じ課題でも、使える力によって探し方は随分違う。
さらに進んだ木の根元では、ルカとヴァルが一枚の葉を挟んで難しい顔をしていた。
「……薬効あり。乾燥して保存できるが、熱に弱い。葉には微量の魔力成分がある」
「で、名前は?」
「分からん」
「そこ一番知りたいんだけど!」
「《素材理解》は名前まで教えてくれるわけじゃないらしい」
ヴァルが《素材理解》を使っているらしい。アカメが葉を覗き込む。
「それ、《青蜜草》だよ」
「ほら、アカメの方が便利じゃん」
「張り倒すぞ」
「俺は覚えてるだけだからな。スキルより便利ってことはないだろ」
「だから余計に腹が立つ」
ヴァルは資料へ名前と性質を書き込む。ルカは難しい字の読み方を何度も尋ねていた。学ぶ機会のなかった十六年は簡単には埋まらないが、投げ出す様子はない。
「ところでアカメ、何種類集まった?」
「八種類かな」
「……は? 俺たちまだ四つだぞ!」
「じゃあ、もう少し頑張らないとな」
「よし、一緒に回ろう!」
「嫌だって」
「何でだよ!」
「俺の籠を見て同じのを採る気だろ?」
「そんなことするわけないだろ。なあヴァル!」
「するだろうな」
「お前はどっちの味方なんだよ!」
ルカの声が森へ響き渡り、近くの生徒まで振り返る。アカメは二人に手を振ると、残りの薬草を探しに歩き出した。
―✧―◇―✧―
二時間後、正門前に戻ると、籠の中身には大きな差が出ていた。ミレイアは種類だけでなく、採り方まで一人ずつ確かめていく。
レオンは堅実に揃え、セドリックも数は少ないが正解ばかり。ガレスも間違いはなかったが、確認に時間を使ったため数が少なかった。
「ガレスさん、慎重なのは良いことです。ただ、実地では確認に時間をかけすぎることが危険につながる場合もあります。知識を増やし、少しずつ判断を早めましょう」
「はい。復習します」
ガレスは早速、指摘を資料へ書き込んでいた。
一方、ノアの籠には他の生徒より多くの薬草が入っていたが、その中の一本を持ち上げたミレイアが首を傾げる。
「ノアさん、これは誰が採りましたか?」
「……たぶん、この子たちの誰かです」
魔獣たちが揃って首を傾げる。持ち上げた草には土のついた根が残っていた。
「薬草は、必要な部分だけ採りましょう。根まで抜いてしまうと次に育たないものもありますからね」
「すみません。次はちゃんと伝えます」
「ええ。お友達にもお願いしますね」
ノアが真剣に頷いたのを見て、周囲から小さな笑い声が上がった。
リゼットは十種類を見本のように揃え、マーレンもほとんど間違いがなかった。続いてエアシルが籠を差し出す。
「エアシルさん、全種類正解です。採り方もとても丁寧ですね」
「ほ、本当ですか?」
「ええ。《風癒術師》として治癒を扱うなら、薬草の知識は大切です。よく勉強していますね」
「ありがとうございます……!」
エアシルが嬉しそうに笑うと、隣にいたマーレンも自分のことのように頬を緩めた。
「だから言ったでしょう。もっと自信を持っていいのよ」
「はい。マーレンが一緒に勉強してくれたおかげです」
「あなたが頑張ったからよ。そこは間違えないで」
幼馴染に笑いかけるマーレンを見て、アカメは少し胸が痛んだ。自分へ向けられた恐怖の理由は、やはり分からない。
やがて順番が回ってきて、アカメも籠を差し出した。
「指定された十種類、全て揃っています。どれも状態が良いですね」
「ありがとうございます」
「……それと、こちらは指定外の植物ですね」
ミレイアが見つけたのは、紙で包んで端へ分けておいた《黒眠草》だった。
「《月白草》と似ていたので、比較用に持ってきました」
「《黒眠草》ですね。採る時に手袋は使いましたか?」
「いえ、素手で。今までも平気だったので……」
答えた途端、ミレイアの表情が少し厳しくなった。手を見せるよう促され、指先や掌を丁寧に確かめられたが、痺れや発疹は出ていない。
「今のところ異常はありませんね。ただし、無事だったからといって安全だったことにはなりません。あなたには《毒適性》があるそうですが、その作用が分かっていない以上、毒を素手で扱うのは危険です」
「……はい。すみません」
「毒の種類や量、体に入る経路によっても反応は変わります。それに、指定外の毒草を採る時は、必ず先に教師へ相談してください」
「分かりました。次から気をつけます」
慣れから判断してしまったことを反省し、アカメは頷いた。
「アカメ」
待っていたようにリゼットが声を掛けてきた。金色の瞳がまっすぐこちらを見ており、森での会話の続きをするつもりらしい。
「《毒適性》について、あとで少し時間をいただけませんか?」
「まだ聞くことあるの?」
「まだほとんど分かっていませんから」
「俺も分かってないって」
「でしたら、一緒に調べればいいのでは?」
迷いのない提案に、アカメは思わず瞬きをした。
「……一緒に?」
「はい。アカメは自分のスキルの作用を知りたい。私は未知のジョブについて調べたい。目的は少し違いますが、調べる内容は共通しています。もちろん、危険な実験をするつもりはありません」
《アサシン》を怖がるのではなく、一緒に調べようと言われたことが、アカメには嬉しかった。
「それなら、お願いしようかな」
「ありがとうございます。まずは図書館で、既存の記録を探すところから始めましょう」
「もう予定まで決まってるのか」
「調べたいことがあるのに、何もしない理由はありませんから」
リゼットが微笑む後ろを、マーレンとエアシルが通り過ぎた。マーレンはアカメを見ず、籠の持ち手を握り直す。
アカメは追わず、リゼットと図書館で会う約束をした。
「アカメ、クロイツと何話してたんだ?」
振り向くと、いつの間にかルカが顔を覗き込んでいた。ヴァルも隣に立っており、手には書き込みだらけの資料を持っている。
「《毒適性》を一緒に調べようって話」
「……何だ、そういう話か」
「何を期待してたんだよ」
「いや、女の子と楽しそうに話してたからさ」
「お前、そういう時だけ察しがいいな」
「大事なことだろ?」
「帰るぞ」
ヴァルが二人の間に割って入るように歩き出し、ルカが慌てて後を追う。
「待てって! まだアカメに聞きたいことが――」
「ない」
「ヴァルには聞いてない!」
また始まった言い合いに笑いながら、アカメも二人へ歩幅を合わせた。
学園へ来るまでは、自分のジョブを知るには本を調べるしかないと思っていた。けれど、薬草の花びらを慎重に数える《狂戦士》も、魔獣を友達と呼ぶ《魔獣使い》も、分からないから知りたいと近づいてくる《賢者》も、実際に話さなければ知りようがなかった。
自分が《アサシン》という名前だけで判断されるのを嫌うなら、相手もジョブだけで決めつけたくはない。
マーレンとは今日も目を合わせられなかった。それでも、彼女の恐怖を知らないまま決めつけることだけはしたくない。
初めての授業で覚えたのは、薬草の見分け方ばかりではない。知らない相手を知ろうとすることも、自分の知らなさを認めることも、きっと学ぶということの一つなのだ。
そんなことを考えながら、アカメは騒がしい二人の背中を追った。
第19話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、学園での初授業となる薬草採集のお話でした!
アリアやエアシルとの賑やかなやり取りに加え、リゼットやガレスなど、新しい仲間たちの意外な一面も見えてきました。
ジョブの名前だけでは、その人の本当の姿は分からない。
アカメ自身も、今回の授業を通して少しずつそれを学んでいるようです。
そして、リゼットと交わした《アサシン》について調べる約束。果たして何が分かるのでしょうか?
次回もよろしくお願いします!




