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神授のアサシン ~ジョブが人生を決める世界で、誰も知らないジョブを授かった~  作者: 茜 南峰


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第15話 「学園入学試験」

 翌朝、受験者用宿舎を出たアカメは、昨日渡された受験票を片手に王立学園の敷地を歩いていた。


 朝早い時間だというのに、校内にはすでに多くの受験者がいる。皆、昨日よりも口数が少なく、手にした受験票や案内図を何度も確認しながら、それぞれ指定された試験会場へ向かっていた。


 やがて大きな石造りの建物が見えてきた。入口には《第一試験会場》と書かれた札が立っている。


「よし、間違ってなかった!」


 小さく息を吐いて中へ入ると、廊下にいた何人かの受験者が話しているのが耳に入ってきた。


「なあ、知ってるか? あの《アサシン》が今日の試験を受けるらしいぞ」

「神授晶が黒くなったっていう?」

「そうそう。昨日の受付で名前を聞いた奴がいるんだって」


 聞こえてきた話に、アカメは思わず足を緩めた。どうやら、自分の噂は思っていた以上に広まっているらしい。


 教会から王都へ報告が送られている以上、学園の教師たちが知っていることは分かる。昨日も受付でジョブ名を読み上げられたし、特別招待者として名前が登録されているのだから、ある程度注目されることは覚悟していた。


 けれど、神授祭で起きた出来事まで受験者たちに知られているとは思わなかった。


「ベルクから来た奴に聞いたんだけどさ、神授晶が壊れたって本当なのかな」

「俺も聞いた。教会が大騒ぎになったらしいぞ」


 どうやら、神授祭に居合わせた者や、その話を聞いた受験者たちを通じて噂が広まっているらしい。王都へ向かう道中には各地から多くの人が集まるため、珍しい出来事ほど話題になりやすいのだろう。


 アカメは自分の手を見つめた。


 神授を受けた時のことは、今でもよく覚えている。黒く変色した神授晶、騒然とする教会、そして自分に与えられた《アサシン》という聞き慣れないジョブ。


 何もしていないのに周囲から距離を置かれるのは、正直あまり気分のいいものではなかった。


「まあ、仕方ないか……」


 自分だって、あの時は何が起きたのか分からなかったのだ。知らない人間が警戒するのも無理はないと思い直し、アカメは受付へ向かった。


「アカメ・オルディンさんですね」

「はい!」


 その名前を聞いた近くの受験者が、ちらりとアカメへ視線を向けた。


「第三教室です。試験開始まで中でお待ちください」

「ありがとうございます!」


 受験票を受け取り、アカメは指定された教室へ向かった。


 扉を開けると、中にはすでに三十人ほどの少年少女が集まっていた。友人同士で話している者もいれば、一人で参考書を開いている者もいる。


 アカメが入った瞬間、そのうちの何人かがこちらへ視線を向けた。


「あ……」

「例の……」


 聞こえてきた声に、アカメは苦笑する。どうやら、ここでも自分の噂は広まっているらしい。


 空いている席を探して前の方へ進むと、隣に座っていた少年が慌てた様子で鞄を空席へ置いた。偶然かもしれないと思って別の席を見るが、今度は近くの少女が目を合わせないように顔を背ける。


 結局、教室の一番後ろに空いていた席を見つけ、そこへ腰を下ろした。


 リュネ村を出れば、こういうこともなくなるのかもしれないと思っていた。けれど、場所が変わったからといって、《アサシン》というジョブまで変わるわけではない。


 そもそも、自分自身がその力についてほとんど理解できていないのだ。


「……とりあえず、試験に集中しよう」


 アカメは気持ちを切り替え、机の上に受験票を置いた。


 しばらくすると教室の扉が開き、数人の職員が入ってきた。職員たちは問題冊子と答案用紙を各列へ配り、全員に行き渡ったことを確認すると、教壇に立った女性教師が口を開いた。


「これより、アルセリア王立学園の入学試験を開始します。第一試験は筆記試験です。制限時間は二刻。それでは、始めてください」


 一斉に紙をめくる音が響いた。


 アカメも問題冊子を開き、順番に解き始める。計算や読み書きは思っていたほど難しくなく、王国史では少し迷う問題もあったが、おおむね順調に進んでいった。


 特に魔物学は、森で父から教わったことがそのまま問題になっているものも多く、自然と鉛筆が進んだ。神授に関する問題も、これまで調べてきた知識である程度は答えられた。


 しかし、最後の魔術式に関する問題だけは手が止まった。


「……これは分かんないな」


 術式の空欄へ適切な記号を書き込む問題だったが、そもそもアカメは魔術式を実際に扱ったことがない。しばらく考えたものの、結局、分かる部分だけを書き込むことにした。


 やがて、試験終了を告げる声が響いた。


「そこまで。筆記用具を置いてください」


 アカメは鉛筆を置き、大きく息を吐いた。教室のあちこちからも安堵したような声が聞こえ、難しかった問題について話し始める者もいる。


 満点ではないだろうが、ほとんどの欄は埋められた。少なくとも、心配していたほど悪い結果にはならない気がする。


「……思ったよりできたかも!」


 アカメは少しだけ安心したが、すぐに次の試験のことを思い出した。


 ――実技試験。


 筆記試験と違い、こちらは今まで学んできた知識だけではどうにもならない。


 自分の《アサシン》がどこまで通用するのか。そればかりは、実際に戦ってみなければ分からなかった。


 ―✧―◇―✧―


 昼休憩を挟み、受験者たちは学園の訓練場へ移動した。


 石造りの壁に囲まれた円形の訓練場には、広い砂地が設けられていた。壁際には剣や槍、短剣、弓などの訓練用武器が並び、その中央には一人の男が立っている。


 年齢は四十代ほど。短く刈られた茶色の髪に、がっしりとした体格。派手な鎧は身につけていないが、腰に下げた木剣へ手を添える姿には、どこか威圧感があった。


「実技試験を担当するグレイグだ。ジョブはA級《剣騎士》。これから一人ずつ、俺と模擬戦をしてもらう」


 受験者たちがざわついた。アカメも驚いて男を見つめる。A級の神授者というだけでも珍しいのに、その相手が王立学園の教官なのだ。


「先に言っておく。俺に勝つ必要はない。見るのはスキルの使い方と状況判断、戦闘時の動きだ。制限時間は三分。十分だと判断した場合は、その時点で終了する」


 グレイグ教官は受験者たちを見回し、続けた。


「武器は訓練用のものを使え。殺傷性の高い魔術は禁止だ。それ以外は、自分のジョブでできることを見せろ」


 最初に呼ばれたのは、剣を持った少年だった。


 少年は開始の合図と同時に勢いよく踏み込んだが、グレイグ教官が一歩動いた瞬間、剣を弾き飛ばされてしまった。


「終了」

「……え?」

「自分の攻撃ばかり考えるな。相手をよく見ろ。次」


 その後も次々と受験者が挑んでいく。槍を使う者や盾を構える者、魔術で距離を取ろうとする者もいたが、グレイグ教官はいずれも難なく対処していた。


 相手の力量に合わせて動いているようにも見えるが、それでも受験者たちにはついていくのが精一杯だった。


「……やっぱり強いなあ」


 アカメが感心していると、次の名前が呼ばれた。


「ノア・ベルン」

「はい!」


 柔らかそうな茶色の髪をした小柄な少年が立ち上がる。アカメよりかなり背が低く、年齢も少し下に見えた。


「A級《魔獣使い》」

「魔獣使い……?」


 アカメが興味を引かれていると、ノアは訓練場の中央へ進み、片手を前へ突き出した。


「グラウ、お願い!」


 砂地に大きな魔法陣が浮かび上がり、淡い光の中から巨大な狼が姿を現した。


 灰色の毛並みに鋭い牙。体長は三メートルを優に超えていそうで、立っているだけでも相当な迫力がある。


「うわっ、でかっ!」


 アカメが驚いている間にも、狼はノアへ顔を寄せ、大きな鼻先で肩を押していた。


「もう、グラウ! 今は試験中だよ。あとでね!」


 グラウと呼ばれた狼は不満そうに鼻を鳴らしたが、開始の合図が響くと、勢いよくグレイグ教官へ飛びかかった。


 巨体からは想像できない速度で迫るグラウを、教官が横へかわす。その隙にノアが反対側へ回り込み、二人で挟み込むように攻撃を仕掛けた。


「すごい……ちゃんと連携してる!」


 アカメは思わず身を乗り出した。グラウが正面から注意を引きつけ、ノアがその動きに合わせて位置を変えている。単に魔獣へ命令しているのではなく、互いの考えを理解しているようだった。


 しかし、グレイグ教官はグラウの突進を受け流すと、一瞬でノアとの距離を詰めた。


「あっ!」


 ノアが反応するより早く、木剣がその喉元へ突きつけられる。


「そこまで。連携は悪くないが、お前自身の守りが甘い。魔獣が強くても、使い手が倒されれば終わりだ」

「……はい。気をつけます」


 ノアが肩を落とすと、グラウは心配そうに顔を覗き込んだ。


「大丈夫だよ、グラウ。ありがとう。一回戻ってくれる?」


 ノアが送還しようとすると、グラウは嫌がるように後ろへ下がり、大きく首を振った。


「ええっ、また? でも、ここにいたら邪魔になっちゃうよ」


 結局、試験官の許可を得て、グラウは訓練場の外で待機することになった。巨大な狼が小柄な少年のあとを嬉しそうについていく姿に、アカメは思わず笑ってしまう。


「……あんなに大きいのに、ノアのことが大好きなんだな」


 その後も試験は続いた。


「セドリック・ローヴェン」

「……はい」


 気怠そうな雰囲気の少年が立ち上がった。


「A級《魔剣士》」


 セドリックは訓練用の剣を取ると、刀身へ薄く魔力をまとわせた。開始の合図と同時にグレイグ教官と剣を打ち合わせ、これまでの受験者よりも長く持ちこたえてみせる。


 しかし、最後は剣を弾かれ、胸元へ木剣を突きつけられた。


「終了」

「……分かりました」


 セドリックは表情を変えることなく剣を戻したが、どこか悔しそうにも見えた。


「今の人も強かったなあ……」


 アカメが感心していると、続いて明るい声が響いた。


「アリア・フェルネット」

「はいっ!」

「A級《魔糸操士》」


 元気よく立ち上がった少女は、訓練場の中央へ進むと、楽しそうに笑った。


「よろしくお願いしまーす!」


 開始の合図と同時にアリアが指先を動かすと、訓練場へ細い糸が広がっていった。


 光の加減で時折輝くものの、目を凝らさなければほとんど見えない。グレイグ教官の足元には、すでに何本もの糸が張り巡らされていた。


「そこ踏んだら動けなくなりますよ!」


 アリアは楽しそうに糸を増やしていくが、教官はその隙間を見極めながら前進していく。


「えっ、ちょっと! そこ通れるんですか!?」


 驚いたアリアが慌てて指を動かした瞬間、教官が一気に距離を詰めた。

 木剣が少女の額の前で止まる。


「終了」

「うわぁ……もうちょっと褒めてくれてもよくないですか?」

「試験中だ」

「はい……」


 頬を膨らませながら戻っていくアリアの姿に、周囲から小さな笑いが起きた。


 アカメもつられて笑いながら、王立学園には本当に様々なジョブを持つ者が集まっているのだと実感していた。


 魔獣と連携する《魔獣使い》、剣に魔力をまとわせる《魔剣士》、見えない糸を操る《魔糸操士》。どれも自分の知らない戦い方ばかりだった。


 自分の《アサシン》も、あんなふうに使いこなせるようになるのだろうか。

 そんなことを考えていた時だった。


「アカメ・オルディン」

「……あっ、はい!」


 名前を呼ばれて立ち上がると、先ほどまでの和やかな空気が少し変わった。


「階級判定不能。《アサシン》」


 試験官がジョブ名を読み上げた途端、周囲から小さなどよめきが広がる。


「やっぱり、あいつか」

「《アサシン》って、何ができるんだ?」

「本当に暗殺するためのジョブなのかな……」


 アカメは聞こえてくる声に苦笑しながら、武器置き場へ向かった。


「そんなに見なくてもいいのに……」


 並んでいる武器の中から短剣を一本選び、握り具合を確かめる。父からもらったものより少し軽いが、扱うこと自体には問題なさそうだった。


 短剣を持ち直し、グレイグ教官と向かい合う。


「《アサシン》か」

「はい。よろしくお願いします!」

「実戦経験は?」

「父さんと森で狩りはしてました。でも、人と本気で戦ったことはほとんどないです」

「使えるスキルは?」


 アカメは少し考えてから答えた。


「七つあります。でも、今の模擬戦で使えそうなのは、《気配感知》《危険感知》《急所看破》《体術》の四つだと思います」

「……《急所看破》?」


 グレイグ教官が僅かに眉を動かした。


「それぞれ、どの程度使える?」

「正直、まだよく分からないです。神授を受けてから、ちゃんと戦って試したこともないので」

「なるほどな。なら、今日確かめればいい」


 グレイグ教官が木剣を構える。


 アカメも短剣を握り直した。父と訓練した経験はあるものの、A級《剣騎士》を相手にしたことなど当然ない。


 勝てるとは思わなかったが、自分の力がどこまで通用するのか、確かめてみたかった。


「始め!」


 合図が響いた瞬間、ぞくりと背中が粟立った。


「っ!」


 何かを考えるより先に、身体が横へ動いた。直後、さっきまでアカメの肩があった場所を木剣が通り抜ける。


「……え?」


 剣の動きが見えたわけでも、攻撃される場所を予測していたわけでもない。ただ、危ないという感覚が頭に浮かび、反射的に身体が動いたのだ。


「これが……《危険感知》?」

「止まるな」

「あっ、はい!」


 グレイグ教官が再び前へ出ると、胸の奥が強くざわついた。


 危険が迫っていることは分かる。しかし、それが右から来るのか、左から来るのかまでは教えてくれない。


 剣が視界へ入った瞬間、アカメは慌てて身体を沈めた。頭上を木剣が通り過ぎ、何とか直撃を避ける。


「危ないのは分かるけど、どこから来るかは分からないのか……!」


 距離を取ろうとした、その時だった。

 グレイグ教官が一気に踏み込み、アカメの視界から姿を消した。


「えっ!?」


 慌てて周囲を見回した瞬間、左後方に誰かがいるような感覚が生まれる。目で見たわけでも、足音が聞こえたわけでもない。それでも、そこに人がいることだけは、なぜか分かった。


 アカメは振り向きながら短剣を構えた。


「くっ……!」


 木剣と短剣がぶつかり、腕へ重い衝撃が走る。力が違うと判断したアカメは、押し切られる前に身体を引いた。


「今の……《気配感知》か」


 アカメは教官から目を離さないまま、意識を周囲へ広げてみた。


 すると、身体の奥から僅かに魔力が抜けていくような感覚とともに、周囲にいる人間の存在が少しだけ鮮明になる。


 目の前に一人。右側の長椅子に十人以上、左側にも大勢の受験者がいる。

 誰なのかまでは分からないが、大まかな人数と位置を感じ取ることができた。


「すご……」

「試験中だぞ」

「あっ、やば!」


 グレイグ教官の声に我に返ると、再び危険を知らせる感覚が走った。

 横から迫る木剣を避けようと後ろへ下がったが、一歩目で足が滑りかける。


「うわっ!」


 体勢を崩した瞬間、アカメは咄嗟に右手を地面へつき、身体を横へ倒した。そのまま脚を振り上げて剣を避け、回転する勢いを利用して両足で着地する。


 自分でも驚くほど、滑らかな動きだった。


「……今の、俺?」


 頭の中では転ばないように身体を支えようと思っただけだったのに、実際には思い描いていた以上に自然に動けていた。


 ――《体術》。


 どうやら、自分がやろうとした動きを補助し、身体を思い描いた動作へ近づけてくれるスキルらしい。


「……なるほど。こういう感じなんだ!」

「感心している暇があるなら、攻撃してこい」

「あっ、そうですよね!」


 アカメは慌てて短剣を構え直した。


 防ぐだけでは試験にならない。そう考えて教官の動きを観察した時、不意に妙な感覚が生まれた。


 右手首、左膝、脇腹、首元。


 身体が光って見えるわけでも、特別な印が浮かんでいるわけでもない。それなのに、相手のどこが弱いのか、直感的に分かってしまう。


「……これって」


 アカメの視線が、自然と教官の首元へ向かった。


 あそこは危険だ。


 訓練用の短剣とはいえ、狙いを誤れば大きな怪我につながるかもしれない。そう理解しているのに、頭の中には相手の弱点として、はっきりとその場所が浮かんでいた。


「《急所看破》……」


 思っていたより、嫌なスキルだった。


 森で獲物を狩る時にも、どこを狙えば仕留められるのかを考えたことはある。けれど、人間を相手にすると、その感覚はまるで違っていた。


 しかも、分かるのは弱点だけだ。


 そこへどう攻撃を当てるのか、相手の動きへどう対処するのかまでは教えてくれない。スキルが勝手に戦ってくれるわけではないのだ。


「何か分かったか?」


 グレイグ教官が尋ねる。


「はい。何となく、相手の弱いところが分かるみたいです」

「どこだ?」

「右手首と、左膝……あと脇腹です」


 アカメはそこまで答え、首元へ向いていた視線を戻した。

 教官はその様子に気づいたようだったが、何も言わずに木剣を構え直す。


「分かっただけでは意味がない。使ってみろ」

「……はい!」


 次の瞬間、教官の踏み込みが変わった。


 先ほどまでよりも鋭い動きに、《危険感知》が強く反応する。視界から姿を見失ったが、今度は《気配感知》によって右側にいることが分かった。


 アカメが振り向くと、すでに木剣が迫っている。

 避けるだけでは間に合わない。


 それなら――。


 アカメは教官の右手首へ視線を向けた。


 《急所看破》が捉えた、剣を握る手の弱点。そこへ短剣を当てれば、攻撃を逸らせるかもしれない。そう判断したアカメは、逃げるのではなく一歩前へ踏み込んだ。


「なっ……!」


 周囲から驚いた声が上がる。


 木剣が肩へ迫る。アカメは身体を捻り、《体術》の補助を受けながら剣の内側へ潜り込んだ。


 同時に短剣を振る。

 狙うのは右手首。


 しかし、グレイグ教官はすぐに反応した。

 剣の軌道を変えて短剣を弾き、半歩後ろへ下がる。さらに返す剣で反撃され、アカメは慌てて横へ跳んだ。


「くっ……!」


 木剣が服を掠めたが、何とか直撃は避けられた。


 アカメはそのまま教官の背後へ回り込もうとした。森で獲物の死角へ入る時のように、相手の視線と足の向きを確かめながら動く。


 教官の左膝が見える。


 あそこへ攻撃を入れれば、動きを止められるかもしれない。

 そう考えて踏み込もうとした瞬間、胸の奥が強く反応した。


「……え?」


 危険を感じた時には、すでに遅かった。


 グレイグ教官は背後を取られたように見せかけ、アカメが攻撃してくるのを待っていたのだ。


 教官が僅かに足を動かし、アカメの進路を塞ぐ。逃げようとした瞬間には短剣を持つ右手首を掴まれ、身体を引き寄せられてしまった。


「うわっ!」


 《体術》で何とか踏みとどまろうとしたが、相手の力と技術が違いすぎた。


 気づいた時には片膝を砂につき、右腕を押さえ込まれていた。そして首元には、グレイグ教官の木剣が突きつけられている。


「そこまで!」


 試験官の声が響き、訓練場が静まり返った。


「……負けた」


 アカメが呟くと、グレイグ教官は掴んでいた手首を離した。


「ああ。最後は完全に誘い込まれたな」

「はい……全然気づきませんでした」

「お前は相手の弱点を見つけた。だが、弱点があることと、そこへ攻撃を当てられることは別だ」


 アカメは教官を見上げ、先ほどの動きを思い返した。


 右手首や左膝が弱いと分かってからは、どうにかしてそこへ攻撃を当てようとしていた。けれど、教官はその狙いを見抜き、逆にアカメを誘い込んだのだ。


「……確かに。狙えると思ったんですけど」

「相手も動く。弱点ばかり追えば、今のように動きを読まれるぞ」

「なるほど……やっぱり強いですね」

「当たり前だ。何年剣を握ってると思ってる」

「あはは……ですよね」


 グレイグ教官は呆れたように息を吐いたが、すぐに真剣な表情へ戻った。


「だが、最後の踏み込みは悪くなかった。俺の間合いへ入る判断は評価する」

「本当ですか!?」

「ああ。ただし、今のままでは無謀だ。相手の実力を見誤れば、簡単に命を落とすぞ」

「……はい。気をつけます!」


 アカメが立ち上がると、教官は手元の短剣へ視線を向けた。


「それと、もう一つ。お前、途中で攻撃をためらっただろう」

「……分かるんですか?」

「俺の首を見た時、一瞬動きが止まった。あそこを狙うのが嫌だったんだろう」


 アカメは少し迷ってから、正直に答えた。


「……はい。試験ですし、怪我をさせたいわけじゃないので」


 グレイグ教官は、しばらく黙ってアカメを見つめていた。


「それ自体は悪くない。相手を殺さずに制圧する判断も必要だ。だが、ためらって動きが止まれば、お前が倒される」

「……はい」

「狙いたくない場所があるなら、別の手段を考えろ。判断を止めるな」


 アカメはその言葉を噛み締めるように頷いた。


 《急所看破》が教えてくれるのは、相手の弱点だけ。どこを狙うのか、どう戦うのかを決めるのは、自分自身なのだ。


「分かりました。ありがとうございます!」


 グレイグ教官は短く頷き、近くの試験官へ記録を指示した。


「《危険感知》《気配感知》《体術》の発現を確認。《急所看破》についても、本人の申告と戦闘時の反応から、発現の可能性が高いと思われます」


 試験官が書類へ何かを書き込んでいく。その様子を見たアカメは、少し不安そうに顔を上げた。


「あの、俺の試験って大丈夫でしたか?」

「試験としては十分だ。ただし、実戦なら最後は死んでいた。そこは忘れるな」

「はい!」


 アカメが元気よく返事をすると、教官は僅かに口元を緩めた。


「それと、お前のジョブは厄介だな」

「……それ、褒めてます?」

「褒めてはいない」

「ですよね!」


 アカメは苦笑しながら短剣を武器置き場へ戻した。


 席へ戻る途中、何人かの受験者と目が合う。驚いたように見つめる者もいれば、興味深そうに話している者もいたが、試験前より警戒しているような者も少なくなかった。


「……前より怖がられてない?」


 アカメは内心で苦笑したが、今度はそれほど落ち込まなかった。

 今日の試験では、初めて自分の力を実感できたのだ。


 一つ一つのスキルは決して万能ではない。けれど、組み合わせることで、自分でも想像していなかった動きができた。


「……確かに、暗殺者っぽいな」


 アカメは自分の手を見つめた。


 相手を仕留めるために噛み合っているような能力。それが《アサシン》というジョブに与えられた力なのだろうか。


 少し気味が悪いと思う一方で、もっと使いこなせるようになりたいという気持ちもあった。


 今日の試験では、スキルの使い方を少し理解できただけだ。グレイグ教官にはまったく歯が立たなかったし、まだできないことも山ほどある。


 だからこそ、もっと練習してみたい。


「……よし。頑張ろう!」


 アカメは小さく拳を握り、再び訓練場へ視線を向けた。


 ―✧―◇―✧―

 すべての実技試験が終わった頃には、陽がかなり傾いていた。


 受験者たちは再び第一試験会場の教室へ集められ、教師から今後の予定について説明を受けた。


「合否は筆記試験と実技試験の結果を合わせて判定します。結果は明朝、王立学園正門前に掲示します。合格者はそのまま入学式へ参加してください」


 その言葉に、教室のあちこちから安堵と緊張の入り混じった声が上がった。


 アカメも少しだけ緊張していたが、今日の試験で自分の力を確かめられたことが嬉しかった。グレイグ教官には負けてしまったものの、《アサシン》のスキルについて少しは理解できた気がする。


 説明が終わると、受験者たちは次々と教室を出ていった。


 アカメも鞄を背負い直し、夕日に染まる校舎を眺めながら宿舎へ向かう。明日の結果は気になるが、今はできることをやり切ったと思いたかった。


「……絶対、受かってやる!」


 小さく拳を握り、アカメは歩き出した。


 明日は合格発表、そして入学式。

第15話をお読みいただき、ありがとうございます!


今回はアカメの入学試験でした。


初めて実戦で使う《アサシン》のスキル。その強さと難しさを、アカメ自身も少しずつ理解し始めたようです。


次回はいよいよ合格発表、そして入学式!


引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです!

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