第14話 「王都セレスティアへ」
リュネ村を発ってから、六日目の朝。
乗合馬車の窓から外を眺めていたアカメは、遠くに見え始めた白い影に気づき、少しだけ身を乗り出した。
最初は山かと思った。
朝靄の向こう、街道の遥か先に白いものが横一線に伸びている。そのさらに奥には何本もの細い塔が空へ突き出し、中央には、それらすべてを見下ろすような巨大な城が建っていた。
「ねえ、ヴァル。ちょっと起きてよ」
「……何だよ。まだ朝だろ」
「あれ、王都じゃない?」
隣で腕を組んで眠っていたヴァルが、重そうに瞼を開けた。何度か瞬きをしてから窓の外へ顔を向け、そのまま数秒、黙り込んでしまう。
「……でかいな」
「だよね! 俺、最初は山かと思ったよ」
二人の会話を聞いていた御者が、前方から小さく笑った。
「あれが王都セレスティアだ。初めて見る奴は、みんな似たような顔をする」
「まだ結構遠いですよね?」
「ああ。ここからでも一刻くらいはかかるぞ。近づけばもっと驚くと思うがな」
「ええっ、あれでまだそんなに遠いんですか?」
アカメは改めて窓の外へ顔を向けた。
リュネ村で一番高い建物といえば教会の鐘楼だった。幼い頃には、それですら見上げるほど大きなものに思えたが、今見えている王都には、その何倍もありそうな建物がいくつも並んでいる。
近づくにつれて街道を行き交う人の数も増え、荷物を積んだ商人の馬車や鎧を身につけた兵士、武器を背負った冒険者らしい者たちの姿が目立つようになった。
中には、アカメがこれまで実際に目にしたことのない種族もいた。
「あっ、ヴァル。あの人、耳がすごく長くない?」
「エルフだろ。隣は獣人じゃないか?」
「やっぱり! 本では見たことあったけど、本物は初めてだなあ」
「分かったから、あんまりじろじろ見るなよ」
「あっ、ごめん」
アカメは慌てて視線を戻した。
しばらくすると、街道脇の給水所に立つ若い騎士が目に入った。ヴァルはその男を見てから、アカメへ視線を移した。
「お前、あの騎士と同じくらいの背だな」
「えっ、そう?」
「ああ。少し前まで俺よりずっと小さかったのにな」
「いや、今もヴァルよりは小さいでしょ」
「昔の話だよ。十歳くらいの頃は、そんなに変わらなかっただろ」
「ああ、確かに。あの頃は俺の方が高い時もあったよね」
「……一時期だけな」
アカメは笑いながら、隣に座る幼なじみを見た。
ヴァルはこの数年で随分と大きくなった。肩幅は広く、腕も太い。幼い頃からガルドの鍛冶場を手伝ってきたせいか、同じ十六歳とは思えないほど厚みのある身体をしている。
アカメ自身も十四歳を過ぎた頃から背が伸び、今では百七十八センチほどになった。それでも、百八十六センチほどあるヴァルと並ぶと、まだ少し見上げることになる。
「ヴァルってさ、鍛冶場で働いてるだけでそんなに筋肉ついたの?」
「だけって何だよ。毎日鉄を打ってみろ。結構きついぞ」
「いやあ、俺には無理かな。じっとしてるより森を走ってる方が好きだし」
「だろうな。お前、昔から落ち着きなかったし」
「ヴァルも一緒に走り回ってたじゃん!」
「俺はお前についていってただけだ」
あっさりと言い切られ、アカメは思わず吹き出した。
父と一緒に森を歩き、弓を引き、獲物を運んできた自分の身体も、昔とは随分変わった。子供の頃と比べれば、二人とも大人に近づいたのだろう。
それでも、初めて見る王都を前にしていると、何だか十歳の頃と変わっていないような気がした。
知らないものを見れば気になるし、気になれば近くで確かめたくなる。たぶん、そういうところは昔から変わらないのだ。
―✧―◇―✧―
昼前になり、馬車はようやく王都の城門へたどり着いた。
近くで見る城壁は、遠くから眺めていた時より遥かに大きかった。白い石を幾重にも積み上げた壁が空を遮るようにそびえ、正面には巨大な門が開かれている。
その前には、長い列ができていた。
「……これ、全部王都に入る人?」
「そうみたいだな。結構待ちそうだ」
アカメたちの馬車も、列の最後尾へ並んだ。
商人の荷馬車や旅人、徒歩で入都を待つ者たち。その一人一人を、城門の前に立つ兵士たちが確認しているらしい。
何となく周囲を眺めていたアカメは、少し離れた場所にもう一本の道があることに気づいた。そこには装飾の施された豪華な馬車が並び、こちらの列とは違って、ほとんど止まることなく門を通っていた。
「あの、御者さん。あっちの道は何ですか?」
「ああ、貴族用の通路だよ」
「貴族用? 道が別なんですか?」
「そうだ。高位の貴族を一般の旅人と同じ列に並ばせるわけにはいかんからな」
「……へえ」
アカメは通り過ぎていく馬車を目で追った。
豪華な車体の前後には揃いの鎧を着た護衛がつき、窓には美しい布の飾りが掛けられている。こちらでは荷物を開けられている商人もいるのに、向こうの馬車は紋章を確認されるだけで通されていた。
「結構、違うんだね」
「ああ。まあ、王都だからな」
リュネ村にも裕福な家とそうでない家はあったが、普段は同じ道を歩き、同じ井戸を使い、祭りになれば同じ広場へ集まっていた。
貴族という存在は知っていても、その違いを実際に目にする機会はほとんどなかったのだ。
順番が近づいたところで、二人は御者に礼を言い、荷物を持って馬車を降りた。六日間世話になった馬車を振り返ると、御者は「学園でも頑張れよ」と笑って手を振ってくれた。
「身分証を見せてくれ」
兵士に言われ、二人は教会から発行された通行証を差し出した。
兵士はまずアカメのものを確認し、続いてヴァルの通行証へ目を落とす。そこで、僅かに手が止まった。
「……S級《戦闘鍛治師》?」
「はい」
「王立学園の推薦者か?」
「そうです。推薦状もあります」
ヴァルが鞄から封書を取り出すと、兵士は赤い蝋印を確かめ、書かれた内容へ目を通した。
「確認した。正式な推薦者だな。君の荷物は確認しなくていい。通って構わないぞ」
一方、アカメが封書を渡すと、兵士は記載された情報を順番に確認し、ある一か所で視線を止めた。
「……階級判定不能。《アサシン》か」
僅かに声の調子が変わった。
「悪いが、荷物を確認させてもらうぞ」
「えっ、はい。どうぞ!」
アカメが鞄を降ろそうとすると、ヴァルが隣から口を開いた。
「俺のは見ないのに、アカメのは見るんですか?」
「S級推薦者は、教会と王立学園によって入学資格と身元の確認が済んでいる。一方、特別招待者はこれから正式な確認を受ける立場だ。だから通常の検査が必要になる」
「でも、学園の招待状はありますよね」
「それと荷物の確認は別だ。決まりだから協力してほしい」
「いいよ、ヴァル。見られて困るものもないしさ」
アカメは笑って鞄を開いた。
中から出てきたのは着替えの服に薬草、傷薬、保存食。そして、さらに何枚もの服だった。
兵士は確認を進めながら、少しだけ眉を上げる。
「……服が多いな」
「母さんが入れたんです。俺はこんなにいらないって言ったんですけど」
「そうか。心配だったんだろうな」
「多分、全部着ることはないと思うんですよね」
「まあ、備えがあるのは悪いことじゃない」
兵士が小さく笑った。
アカメもつられて笑う。出発前、母アレシャは何度も荷物を確かめ、足りないものがないか心配していた。あの時は少し大袈裟だと思っていたが、こうして離れてみると懐かしかった。
兵士は残りの荷物を確認し、最後にアカメの腰へ視線を向けた。
「その短剣も確認していいか?」
「はい。父さんからもらったものです」
アカメが鞘ごと差し出すと、兵士は刃を確かめ、すぐに元へ戻した。
「王都では武器の携帯は禁止されていないが、入都時には登録が必要だ。知っているか?」
「えっ、そうなんですか?」
「初めて王都へ来たのか?」
「はい。すみません、知りませんでした」
「なら次からは覚えておいてくれ」
簡単な登録を済ませると、短剣は返してもらえた。
「よし。これで問題ない。二人とも通っていいぞ」
「ありがとうございます!」
アカメは短剣を腰へ戻し、鞄を背負い直した。
ヴァルも荷物を持ち上げ、二人で巨大な城門へ向かう。石造りの門の下は思った以上に涼しく、外の喧騒が一瞬だけ遠ざかった。
「……何か、ちょっと緊張するね」
「今さらかよ」
「いや、だってさ。とうとう王都なんだよ?」
「分かってるって」
ヴァルはそう言いながらも、少しだけ口元を緩めていた。
そして、二人は城門を抜けた。
―✧―◇―✧―
その瞬間、アカメは思わず足を止めた。
「……うわあ、すごっ!」
目の前には、今まで見たこともない街並みが広がっていた。
広い石畳の大通りが真っ直ぐに伸び、その両側には三階、四階建ての建物が隙間なく並んでいる。一階部分には無数の店が軒を連ね、建物の上には色とりどりの旗や看板が掲げられていた。
焼きたてのパンの香りに、肉を焼く匂い、知らない香辛料の香り。商人たちの呼び声や馬の鳴き声が重なり、遠くからは大きな鐘の音まで聞こえてくる。
そして、何より人が多い。
「ヴァル、ちょっと人多すぎない?」
「王都だからな」
「いや、それは分かってるけど! ベルクより何倍も多いんじゃない?」
「そりゃそうだろ。ほら、止まってると邪魔になるぞ」
「あっ、ごめん!」
ヴァルに促され、アカメは慌てて道の端へ寄った。
目の前を大きな荷馬車が通り過ぎ、その後ろから色鮮やかな衣服を着た商人たちが歩いてくる。さらに反対側では、剣を背負った冒険者らしい一団が楽しそうに話しながら酒場へ入っていった。
「ねえ、あれ魔道具屋だよね? うわ、すごいな。あっちには武器屋もある!」
「そんなにあちこち見てると、誰かにぶつかるぞ」
「分かってるって。……あっ、あの看板、文字が光ってない?」
アカメが指差した先には、青白い光で店名を浮かび上がらせた看板があった。文字は金属の板から少し浮いているように見え、昼間にもかかわらず柔らかな光を放っている。
「……魔道具だろうな」
「へえ! どういう仕組みなんだろ。ちょっと見てみたいなあ」
「今は学園が先だろ。あとで時間があったら見ればいい」
「そうだね。……あっ」
アカメは隣を歩くヴァルの足が僅かに遅くなったことに気づいた。視線の先には大きな武具店がある。店先には立派な剣や槍が並び、奥では職人が鉄を打つ音が響いていた。
「……ヴァル、あそこ行きたい?」
「別に、今すぐじゃなくてもいい」
「でも、めっちゃ見てるじゃん」
「王都の武具店だぞ。気になるだろ」
「やっぱり! じゃあ、帰りに寄ろうよ!」
「時間があればな」
そう答えながらも、ヴァルはもう一度店先を振り返っていた。
アカメは笑いながら、再び大通りへ視線を向けた。
店へ入る客の服装も実に様々だった。
質素な服を着た職人らしい男の隣を、上質な布の服を身につけた女性が歩いている。立派な馬に乗った騎士が通り過ぎたかと思えば、道端では子供たちが焼き菓子を分け合っていた。
人が多いだけではない。今まで自分の周りにはいなかったような人たちが、同じ街の中で暮らしているのだ。
やがて、後方から馬の蹄が石畳を打つ音が聞こえてきた。
振り返ると、装飾の施された大きな馬車が近づいてくる。周囲の人々が自然と道の端へ寄ったため、アカメたちもそれに倣った。
馬車の前後には護衛の騎士がつき、車体には見覚えのない紋章が刻まれている。通り過ぎる一瞬、窓の向こうに同じくらいの年頃の少女の姿が見えた。
その馬車へ向かって、近くにいた老人が深く頭を下げる。
アカメは何となく、その背中を目で追った。
「……何か、不思議な感じだね」
「何が?」
「村だったら、ガルドさんが通るからって、みんな道を空けたりしないでしょ?」
「親父がそんなことさせたら笑うな」
「だよね。絶対、自分で荷車押して歩いてると思う」
「まあ、いつもそうだったしな」
二人は小さく笑った。
城門でも見たように、王都では身分によって扱いが変わるらしい。それは少し不思議で、まだ慣れない感覚だった。
「まあ、俺たちは俺たちで頑張るしかないか」
「何だよ、急に」
「いや、何かすごい人がいっぱいいるなって思ってさ。でも、俺たちも学園へ行くために来たんだしね」
「……そうだな。とりあえず試験だろ、お前は」
「あっ、そうだった!」
「忘れるなよ」
「忘れてないって! ちょっとだけ王都に夢中になってたんだよ」
アカメが笑うと、ヴァルは呆れたように息を吐いた。
―✧―◇―✧―
それからしばらく歩いた頃、通りの先に大きな門が見えてきた。
城門とは違い、こちらは美しい装飾の施された鉄製の門だった。その奥には広大な敷地が広がり、白い校舎や高い尖塔、いくつもの訓練場が見えている。
門の上には、剣と杖と本、そして王冠を組み合わせた紋章が掲げられていた。
アカメはその下に刻まれた文字を見上げた。
――アルセリア王立学園。
「……ここか」
「ああ。着いたな」
ヴァルが隣で足を止めた。
アカメはしばらく門の向こうを眺めていた。王都の城壁を初めて見た時も驚いたが、王立学園の敷地も想像していた以上に広い。
「俺たち、これからここで勉強するんだよね」
「まず試験だけどな」
「分かってるって!」
アカメは笑いながら、門の前へ集まる人々へ視線を向けた。
そこには自分たちと同じくらいの年頃の少年少女が大勢いた。上質な服を着た者もいれば、旅装束のまま大きな荷物を背負っている者もいる。
全員が、自分たちと同じように《神授》を受け、ここまで来たのだろう。
「……何か、強そうな人ばっかりだね」
「今さら怖くなったか?」
「うん。ちょっとだけ。でも、楽しみでもあるんだよね」
「……それもお前らしいな」
ヴァルは少しだけ笑った。
二人は案内板に従い、受付へ向かう人の流れに続いた。
正門の内側にはいくつもの受付が設けられている。一般受験者、推薦受験者、貴族推薦者と列が分かれており、さらに一番端には、S級推薦者専用の受付があった。
「あっ、ヴァル。あそこじゃない?」
「見えてる。お前は……こっちか」
ヴァルが指差した先には、特別招待者用の受付があった。
前には十人以上が並んでいる。一方、S級推薦者の受付には一人しかいなかった。
「……すごい差だなあ」
「俺に言うなよ」
「いや、別にヴァルが悪いって言ってるわけじゃないけどさ」
「分かってる」
二人はそこで一度別れ、それぞれの列へ並んだ。
アカメの列がゆっくりと進む一方、ヴァルはほどなくして受付へ案内された。
「お名前をお願いします」
「ヴァル・グランツです」
「推薦状を確認させていただきます」
ヴァルが封書を差し出すと、受付の女性は内容を確認し、すぐに顔を上げた。
「S級《戦闘鍛治師》、ヴァル・グランツ様ですね。確認いたしました。アルセリア王立学園へようこそ」
「……どうも」
「入学資格はすでに認められておりますので、このまま学生寮へご案内いたします」
「……え?」
予想していなかった説明に、ヴァルが動きを止めた。
「試験は?」
「S級推薦者には、入学試験はございません。神授記録と正式な推薦状をもって、入学資格が認められております」
「……そうなんですか」
ヴァルは少し戸惑った様子で頷いた。
試験を受けるつもりで王都まで来たのに、受付を済ませただけで入学が決まってしまったらしい。
女性が手続きを進める間、周囲からは小さなどよめきが起こっていた。S級という言葉に反応したのか、近くにいた受験者たちが次々とヴァルへ視線を向けている。
しかし、本人はそんなことを気にする様子もなく、少し離れた列に並ぶアカメの方を見ていた。
「あの、連れがまだ列に並んでるんですけど、手続きが終わるまで待っててもいいですか?」
「はい。寮の案内係が参りますので、それまではこちらでお待ちいただけますよ」
「分かりました。ありがとうございます」
ヴァルは手続きを終えると、受付の邪魔にならない場所へ移動した。
アカメが列の中から手を振ると、ヴァルも片手を軽く上げて応える。その様子を確認したアカメは、再び自分の順番を待つことにした。
それからしばらくして、ようやくアカメの番が回ってきた。
「次の方、どうぞ」
「はい!」
アカメは受付へ進み、鞄から封書を取り出した。
「アカメ・オルディンです。よろしくお願いします!」
「アカメ・オルディンさんですね。書類を確認いたします」
女性は封書を受け取り、名簿と照らし合わせながら内容を確認していった。
「《アサシン》、階級判定不能。暫定A級相当……間違いありませんね?」
「はい」
「確認いたしました。アカメさんには、明日の入学試験を受験していただきます」
「やっぱり試験あるんですね」
「はい。特別招待者の方にも、入学試験を受けていただく決まりになっております」
アカメは頷いたものの、先ほどのヴァルの様子が気になっていた。
「あの、俺は一応A級相当って言われたんですけど、それでも試験は必要なんですか?」
「はい。正式なA級の方でも、原則として入学試験を受けていただいております。試験免除となるのはS級推薦者のみです」
「……なるほど。そういう決まりなんですね」
アカメは納得して頷いた。
ヴァルがS級だと分かった時も驚いたが、どうやら王立学園では、自分が思っていた以上に特別な扱いを受けるらしい。
「こちらが受験票になります。明朝、記載されている第一試験会場へ集合してください。それまでは受験者用宿舎をご利用いただけます」
「分かりました。ありがとうございます!」
アカメは受験票を受け取り、受付を離れた。
そこには、先に手続きを終えたヴァルが待っていた。
「お疲れ。結構かかったな」
「うん。思ってたより人が多くてさ。ヴァルはもう終わったの?」
「ああ。何か、そのまま入学できるらしい」
「えっ、本当!? じゃあ試験ないんだ!」
「そうみたいだな。俺も今知ったけど」
「すごいじゃん! やっぱりS級って特別なんだね!」
「……まあ、そうらしいな」
ヴァルは少し居心地が悪そうに答えた。
アカメはそんな幼なじみを見て、嬉しそうに笑った。同じ村で育ち、昔から一緒に遊んできた友人が、王立学園から特別な存在として迎えられている。
何だか、自分のことのように嬉しかった。
「で、お前はどうだった?」
「俺は明日試験だって。A級相当でも、試験は受けなきゃいけないみたい」
「……そっか」
ヴァルは少し考えてから、学生寮の方へ視線を向けた。
「で、試験会場の場所は分かるのか?」
「うん。受験票に書いてあるから大丈夫だよ」
「ならいいけどな。明日の朝、迷って遅刻するなよ」
「もう、ヴァル。俺だってそれくらい大丈夫だって!」
「……お前ならやりかねないだろ」
アカメが笑うと、ヴァルは呆れたように肩を竦めた。
「そんなことないって! それに、明日受かればまた一緒になるんだからさ」
「……落ちたら?」
「何でそこで落ちる方を考えるんだよ!」
「一応な」
「受かるって!」
「根拠は?」
「……ない!」
「ないのかよ」
ヴァルが呆れたように言い、アカメは思わず笑ってしまった。
「でも、受かるつもりで来たからね」
そう言って、アカメは周囲へ視線を向けた。
王国中から様々な神授者が集まっている。見渡せば、自分より強そうな者はいくらでもいるし、幼い頃から特別な訓練を受けてきた者もいるかもしれない。
正直、少し怖い。それでも、ここまで来た以上は挑戦してみたかった。
「せっかく王都まで来たんだからさ。何もしないで帰るのは嫌だしね」
「……そうだな」
「それに、俺だって色々頑張ってきたんだ! 何とかなるって!」
「何とかなる、で済めばいいけどな」
「もう、ヴァルってば心配性だなあ」
「お前が楽観的すぎるんだよ」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
―✧―◇―✧―
しばらくすると、学生寮の案内係らしい職員がやってきた。
「ヴァル・グランツさん。準備が整いましたので、寮へご案内いたします」
「はい」
ヴァルは荷物を持ち上げ、案内係の方へ向かった。
その後ろ姿を見ていると、アカメはふと、リュネ村で過ごした日々を思い出した。
十歳の頃、ヴァルと二人で村を駆け回り、森へ入っては何度も大人たちに怒られた。木の枝を剣に見立てて遊んだり、川辺で見つけた変わった石をガルドの鍛冶場へ持ち込んだりしたこともあった。
そして、いつか奏馬を見つけようと話したのも、あの頃だった。
あれから六年。隣にいた少年は自分よりずっと大きくなり、今ではS級《戦闘鍛治師》として王立学園へ迎えられようとしている。
アカメも父から狩りを教わり、神授を受け、村を出た。それぞれ成長したつもりではいるが、まだ分からないことは山ほどある。
「アカメ」
歩き出しかけたヴァルが振り返った。
「明日、試験が終わったら奏馬のことも調べるぞ」
「うん。そうだね」
「王都なら、ほかの神授者の記録もあるだろうし。学園で見られるか聞いてみる」
「見せてもらえるといいね。俺たちだけじゃ、どこにいるのか分かんないしさ」
「ああ。手掛かりくらいは欲しいところだな」
奏馬が今どこで暮らしているのかは分からない。自分たちと同じように十六歳になり、神授を受けているはずだが、それだけでは探しようがなかった。
王都なら、何か分かるかもしれない。
「あと、鍛冶屋も見たいんだよな」
ヴァルが付け加えた。
アカメは思わず笑った。
「やっぱり! さっきから気になってたんでしょ?」
「そりゃそうだろ。王都の工房なんて、村じゃ見られないものがいくらでもあるだろうし」
「魔導炉とか?」
「ああ。あれは一度、実物を見てみたい」
「……もしかして、奏馬を探すより楽しみだったりする?」
「それは違う」
「今、ちょっと考えなかった?」
「考えてない」
ヴァルは即座に答えた。
アカメが笑うと、ヴァルも小さく口元を緩めた。
「まあ、とにかく明日だな。試験が終わったら会おう」
「うん!」
「……ちゃんと受かれよ」
「もちろん! 任せて!」
アカメが笑って親指を立てると、ヴァルは呆れたように息を吐いた。
「お前のその自信、どっから来るんだろうな」
「だから、根拠はないって!」
「堂々と言うなよ」
二人はもう一度笑い合った。
そして、ヴァルは案内係と一緒に学園の奥へ歩いていった。
その大きな背中が校舎の向こうへ消えるまで見送ってから、アカメは手の中にある受験票へ目を落とした。
――アルセリア王立学園入学試験。
明日、自分の力を試される。
《アサシン》がどんなジョブなのか、アカメ自身にもまだ分からない。階級は判定不能で、正式な評価も決まっていなかった。
王都へ来れば少しは分かると思っていたが、実際に来てみると、分からないことは減るどころか、むしろ増えたような気さえする。
それでも、アカメはこの場所へ来られたことが嬉しかった。
まだ知らないものが、こんなにもたくさんあるのだ。
「……よし!」
アカメは受験票を折らないように鞄へしまい、案内板に書かれた受験者用宿舎の場所を確かめた。
目の前には巨大な王立学園の校舎がそびえ、振り返れば、初めて見る王都セレスティアの街並みがどこまでも続いている。
見たいものも、知りたいことも山ほどあった。けれど、まずは明日の試験だ。
「……絶対、受かってやる!」
アカメは小さく拳を握った。
正直に言えば、今でも少しだけ怖い。王国中から集まった受験者たちの中で、自分がどこまで通用するのかは分からない。
それでも、ここまで来たのだ。
今さら村へ引き返すつもりはないし、何より、これから始まる学園生活が楽しみで仕方なかった。
アカメは鞄を背負い直し、宿舎へ向かって歩き始めた。
明日、アルセリア王立学園の入学試験が始まる。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ついに王都セレスティアへ到着しました。
次回はいよいよ王立学園の入学試験です。アカメが《アサシン》の力でどこまで通用するのか、ここから少しずつ見せていきたいと思います。
次話もよろしくお願いします。




