第11話 「神授祭」
リュネ村の教会が、これほど多くの人で埋まる日は一年のうちでもそう多くない。
普段は子供たちが読み書きや世界の成り立ちを学ぶ場所であり、週に一度、村人たちが祈りを捧げる場所でもある。けれど今日ばかりは、入口から祭壇まで白い花と淡い布で飾られ、朝から村中の人々が集まっていた。
十六歳を迎えた者が、神から己の《ジョブ》を授かる日。この世界では、その特別な一日を《神授祭》と呼んでいる。
祭壇の中央には、人の頭ほどの透明な水晶が置かれている。
何度も授業で目にしたことはあったが、実際に神授に使われるところを見るのは初めてだった。磨き上げられた表面は朝の光を受けて淡く輝き、その周囲には見慣れた神官たちが白い祭服姿で立っている。
「思ったより人いるね」
隣にいたヴァルが小声で言った。
「村中来てるんじゃない?」
「父さんなんか、店閉めたからね」
「今日くらい休んでもいいでしょ」
「昨日、『明日の分まで今日やるぞ』って倍働かされたけど」
「ガルドさんらしいな」
笑いながら後ろへ視線を向ける。
参列者の中には、父と母が並んでいた。その少し隣にはガルドとエルナもいる。
エルナはアカメたちと目が合うなり、大きく手を振った。周囲から視線を向けられても気にする様子はなく、それどころか隣のガルドに何か言われて笑っている。
母はいつもの穏やかな笑みを浮かべていた。
今朝の言葉が、ふと頭に蘇る。
『どんなジョブをもらって帰ってきても、母さんが迎えるのはジョブじゃないわ。アカメよ』
そのおかげなのか、家を出た時よりは緊張していなかった。
何を授かるのかは分からない。
それでも、自分自身まで別人になるわけではない。
「では、これより今年の神授を執り行います」
祭壇の前に立った神官の声が教会へ響き、先ほどまで続いていた小さな話し声が静まった。
「本日ここに集った皆さんは、十六年という歳月を無事に歩み、この日を迎えました。これより神より授けられる《ジョブ》は、皆さんが生涯を歩む上で大きな道標となるでしょう」
聞き慣れた説明だった。
ジョブにはS級からE級までの階級があり、それぞれ成長補正やスキル、適性が異なる。同じ剣を握っても、《剣士》と《裁縫師》では身につく速度も到達できる領域も大きく変わる。
この世界では、それを神が定めたものとして受け入れている。
今日までは知識として知っていただけだった。
だが祭壇の前に並ぶ同年代の顔を見ると、それがこれから自分たちの人生そのものへ関わってくるのだと改めて実感する。
「名前を呼ばれた者は前へ進み、右手で神授晶に触れてください。あとは力を抜いていれば大丈夫です」
神官が名簿を開いた。
アカメの少し前に並んでいた少年が、緊張したように肩を回している。
「俺、手汗すごいんだけど。途中で手が滑ったらどうなるかな」
「もう一回やるんじゃない?」
「神に怒られたりしない?」
「そこまで厳しくないでしょ」
祭壇から神官に見られたので、二人とも何事もなかったように前を向いた。
やがて最初の名前が呼ばれる。
「ミナ・セルク」
「は、はい!」
栗色の髪を結んだ少女が前へ出た。
アカメも何度か一緒に授業を受けたことがある。家は村の南側で畑を営んでおり、本人も普段から両親の仕事を手伝っていた。
ミナが神授晶へ右手を置く。
透明だった水晶が、内側から淡い白色に輝いた。
「わ……」
参列者から声が漏れる。
光は数秒ほど揺らめいたあと、水晶の上方へ文字を形作っていった。
E級《農耕師》。
初期スキルは《土壌理解》《栽培補助》。
神官が結果を確認し、穏やかに頷く。
「E級《農耕師》です。土地や作物について高い適性を持つジョブですね。ご神授、おめでとうございます」
「あ……ありがとうございます」
ミナが頭を下げると拍手が起こった。
もちろん誰も祝っていないわけではない。両親らしい男女は笑顔で何度も拍手をしている。
ただ、教会全体を包んだ空気に、アカメは僅かな違和感を覚えた。
拍手も、祝福の言葉もある。それでも、どこか静かだった。
「E級か……」
「まあ、家が畑ならちょうどいいんじゃない?」
「そうだな」
後ろから聞こえた声は、本人には届かなかったかもしれない。
ミナは少し俯きながら両親のもとへ戻った。母親がすぐに抱きしめると、ようやく表情が少し緩んだ。
続いて名前を呼ばれた少年には、D級《木工師》が授けられた。
今度の拍手は先ほどより少しだけ大きい。
さらに三人目。
「C級《槍士》!」
神官が告げた瞬間、教会がざわめいた。
「C級だ!」
「すごいじゃないか!」
「兵士にもなれるぞ!」
少年の父親が大きな声で笑い、周囲から次々と声を掛けられる。
アカメはその光景を見ながら、少し前のミナへ視線を向けた。
彼女は両親の間に座っていた。
同じように今日まで十六年間生きてきて、同じように神授晶へ手を触れただけなのに、現れた文字によって周囲の熱がこれほど違う。
前に広場で聞いた言葉を思い出す。
『でもE級だったら最悪だよな』
あの時は何となく嫌な言葉だと思った。
今は、それがどういう意味なのか少しだけ見えた気がした。
「……やっぱ違うな」
アカメが呟くと、ヴァルがこちらを見る。
「何が?」
「同じ神授なのにさ」
それだけで、ヴァルも察したらしい。
「うん」
短く答えたあと、前を向いた。
その後も、D級《狩人》、E級《家畜飼育師》、C級《薬師》と結果が続いたが、B級以上はまだ一人も出ていなかった。
それでもC級が出るたびに教会は盛り上がり、D級では安堵したような反応があり、E級では拍手こそされるものの、どこか残念そうな空気が残る。
誰も「価値が低い」と口にはしないけれど、態度には確かに違いがあった。
そんな中、聞き慣れた名前が呼ばれた。
「ヴァル・グランツ」
「はい」
隣にいたヴァルが立ち上がった。
「行ってらっしゃい」
「急に他人事みたいに言わないでよ」
「緊張してる?」
「ちょっとだけ」
「途中で手、離さないようにね」
「分かってるって」
小さく笑ってから、ヴァルは祭壇へ向かった。
後ろを見ると、ガルドは腕を組んで息子の背中を見ている。エルナはもう結果が出たかのような勢いで身を乗り出していた。
ヴァルが神授晶の前に立つ。
「右手を」
「はい」
神官に促され、水晶に手を触れた、その瞬間だった。
これまでとは明らかに違う強さの光が、神授晶の内部から溢れ出した。
「うわっ」
ヴァル自身が驚いて手を離しかける。
「そのままで!」
神官が声を上げる。
白い光が教会の壁を照らし、参列者たちのざわめきが大きくなった。これまでの神授では淡く灯る程度だった水晶が、今は小さな太陽のように輝いている。
「これ……まさか」
別の神官が呟く。
やがて光が収まり、その上へ文字が浮かんだ。
S級《戦闘鍛治師》。
一瞬、教会から音が消えた。
「……S級?」
誰かの声が落ちる。
次の瞬間、爆発したような歓声が教会を満たした。
「S級だ!」
「リュネ村からS級が出たぞ!」
「戦闘鍛治師!? 聞いたことないジョブだ!」
「ガルド! お前の息子、S級だぞ!」
「見りゃ分かる!」
ガルドの声まで聞こえてきた。
エルナは隣で「ヴァルー!」と誰よりも大声を上げている。
当の本人だけが、水晶の前でぽかんとしていた。
「え……S級?」
「手を離さないでください。まだスキルの表示が終わっていません」
「あ、はい」
神官に言われ、ヴァルが慌てて水晶へ向き直る。
ジョブの下に、さらに文字が現れ始めた。
初期スキル――《鑑定》《素材理解》《鍛造》《付与》《戦場加工》《修復》。
パッシブ・適性――鍛造・器用適性、自作品使用時の高い戦闘適応。
神官が一つずつ確認していくうちに、その表情がさらに驚きへ変わっていった。
「六つ……初期スキルが六つあります」
「多いんですか?」
「多いどころではありません。上位ジョブほど複数のスキルを持つ例はありますが、神授直後から六つというのはS級の中でも非常に珍しい。加えて、《付与》まで初期スキルとして備えているとは……」
神官が水晶とヴァルを何度も見比べる。
「《戦闘鍛治師》。私も記録で名称を見たことがある程度ですが、武具の製作だけでなく、戦場での加工や修復にも高い適性を持つジョブなのでしょう。王都から声が掛かる可能性も十分にあります」
「王都……」
ヴァルの目が少しだけ大きくなる。
だが次の瞬間には、何かを思い出したようにガルドの方を向いた。
「父さん!」
「何だ!」
「《付与》ってどうやって使うの!?」
「俺が知るか! 俺はD級《鍛治師》だ!」
教会に笑いが起こる。
神官まで少し笑い、先ほどまでの厳かな空気が一気に和らいだ。
ヴァルが戻ってくると、アカメは拳を差し出した。
「すごいじゃん、S級」
「何か全然実感ない」
「六個もスキルあるんだって?」
「使い方、一個も分かんないけどね」
「明日から急に伝説の剣とか作れたりして」
「それなら父さんの鍛冶場、狭すぎるよ」
「そこ?」
二人で笑っていると、神官が名簿へ目を落とし、次の名前を読み上げた。
「アカメ・オルディン」
名前を呼ばれた。
さっきまでヴァルをからかっていたのに、不思議なことに胸が一度だけ大きく鳴った。
「次、アカメだよ」
「分かってる」
「緊張してる?」
「ちょっとだけ」
祭壇までの距離は大したことがないはずなのに、歩いている間だけは妙に長く感じられた。途中で両親の方を見ると、母は穏やかに微笑み、父はいつもと変わらない顔で小さく頷いている。
何が出ても、最後はあの二人のところへ帰ればいい。そう思うと、張りつめていた肩から少しだけ力が抜けた。
「では、右手で神授晶に触れてください」
「はい」
アカメは言われた通り、水晶へ右手を置いた。掌へ伝わってきたのは、磨かれた石特有の冷たさだけだった。
ヴァルの時には触れた直後から強い光が溢れ出したが、今回は何も起こらない。透明な水晶は透明なままで、数秒が経っても内部に光が灯る気配すらなかった。
「……あれ?」
思わず声が漏れる。
参列者の間からも、小さなざわめきが起こり始めた。
「手を離さず、そのままでいてください」
神官はそう告げながら神授晶の側面を覗き込み、異常がないか確かめるように視線を動かした。近くにいた別の神官も祭壇へ寄ってくる。
「魔力反応が……ない?」
「神官さん、俺、何か間違ってます?」
「いえ。神授を受ける本人が何かを操作するものではありませんので、アカメ君のやり方に問題があるわけではないはずです」
そう答える神官自身の声にも、戸惑いが滲んでいた。
「こういうことってあるんですか?」
「私がこれまで執り行った神授ではありません。ただ、反応が遅れたという古い記録はいくつか残されています。念のため、一度手を離してください」
言われた通りに手を離す。水晶には光も文字も残っておらず、最初から何もなかったかのように静まり返っていた。
その時、後ろからヴァルの声が飛んできた。
「アカメ、壊した?」
「俺まだ触っただけだから!」
参列者の間から小さな笑いが起こり、アカメ自身もつられて笑った。張り詰めかけていた空気が少しだけ緩み、神官も息を整えるように一度頷く。
「では、もう一度お願いします」
「はい」
アカメは改めて右手で神授晶に触れた。
今度は、触れた瞬間から先ほどとは違っていた。
冷たさとは別の何かが掌の奥を通り抜け、その感覚が腕を伝って背中へ走る。理由も分からないまま肌が粟立ち、アカメは僅かに眉を寄せた。
「……?」
神授晶の中心に、小さな黒い点が浮かんでいる。
最初は水晶の表面についた埃かと思った。しかし目を凝らせば、それが表面ではなく、透明な水晶の内部、そのさらに奥深くから滲み出していることが分かる。
「神官さん、これ――」
アカメが呼びかけるより先に、神官の顔色が変わった。
「手を――」
最後まで言い終えるより早く、黒い点が滲んだ。
水へ墨を一滴落としたように、薄い黒の靄が水晶の内部へゆっくりと広がっていく。それを目にした途端、教会を満たしていたざわめきが途切れ、誰もが祭壇の上へ視線を向けた。
先ほどまで透き通っていた神授晶は、僅か数秒で半分以上を薄暗い影に覆われた。それでも完全な黒へ染まりきるわけではなく、黒い靄のさらに奥では、本来の白い光が押し込められたように弱々しく瞬いている。
「な、何だ……?」
「神授晶が黒くなってるぞ」
「こんなの、見たことない……」
参列者たちの声が、抑えきれない不安とともに漏れ始めた。
アカメ自身も、手を離した方がいいのではないかと思った。しかし目の前の神官から指示は出ない。祭壇に立つ二人の神官は、見たことのない現象を前にしてどう対応すべきか判断できないのか、水晶を見つめたまま固まっていた。
その時、黒い靄の中心で何かが光った。
鮮やかな赤とは違う。黒へ溶け込むような、赤黒い光だった。
瞬きほどの一瞬だったため、次に目を凝らした時にはもう消えている。それでもアカメは、その光を見た途端、胸の奥に説明のつかない違和感が走るのを感じた。
どこかで見たことがあるような気がする。
前世の記憶なのか、この世界へ生まれてから目にしたものなのかさえ分からない。それでも初めて見るものではないような感覚だけが残り、忘れていた何かが意識の奥から僅かに顔を覗かせた。
「……何だ、今の」
記憶を辿ろうとした直後、神授晶そのものが小さく震えた。
「っ!」
神官が反射的に一歩下がる。
広がっていた黒い靄は、今度は逆に水晶の中心へ吸い込まれるように収束していった。影が完全に消えると、入れ替わるように水晶の上方へ淡い文字が浮かび始める。
最初に表示されたのは階級だった。
しかし、そこに現れたものはS級でもA級でも、ましてE級でもなかった。
階級――判定不能。
「……判定、不能?」
神官が呆然と読み上げると、静まっていた教会が再びざわつき始めた。
「そんなのあるのか?」
「階級がないってことか?」
「いや、神授には必ず階級があるはずだろ」
アカメにも、その表示が何を意味しているのか分からない。少なくともこれまで授業で教わってきた神授の仕組みの中に、「判定不能」という結果は存在していなかった。
「神官さん、これって……」
「待ってください。まだジョブ名が表示されていません」
神官が水晶を凝視する。
間もなく、階級表示の下へ新たな文字が浮かび上がった。
その場にいた全員が、同じ名前を目にした。
《アサシン》。
「……アサシン?」
アカメは、浮かび上がった名前を確かめるように口にした。
この世界では聞いたことがない。だが、言葉そのものには前世で覚えがあった。
――暗殺者。
もちろん、この世界の《アサシン》が前世で知っていた言葉と同じものなのかは分からない。それでも、自分に授けられたジョブの名としては、どうにも穏やかではなかった。
「神官さん、知ってます?」
「い、いえ……。少なくとも、私はその名のジョブを見たことがありません」
神官が首を振ると、隣にいたもう一人が祭壇脇へ駆け寄り、分厚い記録簿を開いた。急いで頁をめくる乾いた音だけが、妙に大きく教会の中へ響いていく。
「ありません。《アサシン》という名称は、この教会に保存されている記録には……」
「じゃあ、新しいジョブってこと?」
「分かりません。そもそも階級が判定できないという結果自体、私たちには判断できる材料がありません」
神官が困惑を隠しきれないまま答える。
それでも、神授晶の表示はまだ終わっていなかった。
《アサシン》の文字の下へ、今度は初期スキルと適性が次々に浮かび上がっていく。
初期スキル――《隠密》《気配感知》《危険感知》《急所看破》《暗視》《体術》《毒適性》。
パッシブ・適性――高い敏捷・感知適性、奇襲・隠密・精密動作への高適性。
アカメは表示された文字を、一つずつ確かめるように目で追った。
《気配感知》や《危険感知》は、森を歩きながら父に叩き込まれてきたものとどこか似ている。《急所看破》についても、獲物を仕留め、何度も解体して身体の構造を学んできたことを考えれば、まったく縁のない能力には思えなかった。
《毒適性》という文字を見た瞬間、二年前の《痺毒蜥蜴》の一件が頭をよぎった。
「……あの時のことと、関係あるのか?」
思わず呟いたものの、神官から答えは返ってこなかった。
彼はアカメではなく、水晶に並ぶ文字を凝視している。その顔からは、先ほどまで残っていた驚き以上に、明らかな血の気が引いていた。
「七つ……」
「え?」
「初期スキルが、七つあります」
掠れた声で告げられ、アカメはヴァルの神授を思い出した。
「七つって、そんなに多いんですか? ヴァルが六つだったから、一個多いだけじゃ……」
「違います」
神官は今度だけは迷わず即答した。
すぐに記録簿へ手を伸ばし、別の頁を探し始める。
「S級には五つ、あるいは六つの初期スキルを授かった例が僅かに残されています。しかし、七つという記録はこの教会には一つもありません。それどころか、私がこれまで学んだ神授の記録でも、七つという例は聞いたことがありません」
「一度も?」
「……はい」
その言葉と神官の表情を見ているうちに、アカメにもようやく目の前で起きていることの異常さが伝わってきた。
階級は判定不能。ジョブの名前は誰も知らず、初期スキルは過去の記録にない七つ。そして何より、神授晶そのものがこれまでにない反応を示して黒く曇った。
ヴァルの神授も珍しいことばかりだったはずだ。S級《戦闘鍛治師》という希少なジョブに、六つもの初期スキルが表示された時には、神官さえ目を見開いて驚いていた。
けれど、あの時と今とでは空気がまるで違う。
ヴァルの時には驚きのあとに歓声が上がった。
今は、誰一人として笑っていなかった。
「《隠密》に《急所看破》か……」
参列者の一人が呟く。
「《毒適性》まであるぞ」
「適性にも奇襲と隠密って……」
表示された文字を読み上げる声が、次第に教会のあちこちへ広がっていった。
その中で、少し離れた場所から低い声が聞こえた。
「アサシンって……暗殺者って意味じゃないのか?」
決して大声ではなかった。それでも静まり返った教会では、その一言だけが妙にはっきりと響いた。
アカメは声のした方へ振り返ったが、誰が口にしたのかまでは分からない。ただ、その言葉を境にして周囲の空気が明らかに変わったことだけは感じ取れた。
「暗殺者……?」
「人を殺すジョブなのか?」
「でも、そんなものを神が授けるのか?」
「分からないだろ。そもそも神授晶の反応からして普通じゃなかった」
「七つもスキルがあるっていうのも……」
不安を押し殺したような囁き声が、次々と耳に届いてくる。
アカメはすぐには、その言葉が自分へ向けられているのだと理解できなかった。
何となく右手へ視線を落とす。
神授晶へ触れる前と、何も変わっていない。
指は五本あり、腕も普通に動く。誰かを殺したいという衝動が突然湧き上がったわけでもなければ、身体から得体の知れない力が溢れ出しているわけでもない。
ほんの数分前までと、まったく同じ自分だった。
それでも参列者へ目を向けた時、アカメは初めて小さな違和感に気づいた。
最前列に立っていた母親が、隣にいる幼い子供の肩を自分の方へ引き寄せている。少し前までヴァルの神授を見て笑っていた男は、アカメと目が合った途端に視線を逸らした。同じ教室で授業を受け、広場でも何度も話したことのある少年の顔からも、先ほどまで浮かんでいた笑みが消えている。
そして誰が最初だったのかは分からないが、一人の村人がほんの半歩だけ後ろへ下がった。
それは逃げ出すほど大きな動きではなかった。けれど、その僅かな距離につられるように、近くにいた者たちも少しずつ位置を変えていく。
神授晶へ触れる前まで、アカメは確かに彼らと同じ場所に立っていた。
ほんの数分前まで、一緒にヴァルのS級を喜び、同じ神授祭へ参加していた。
変わったことがあるとすれば、水晶に《アサシン》という名前が一つ表示されたことだけだった。
それなのに、見られ方だけが変わっている。
アカメは思わず、ヴァルのいる方へ目を向けた。
ヴァルは先ほどと同じ場所に立っていた。その後ろにいるガルドもエルナも、父も母も動いていない。
誰一人として、アカメから距離を取ってはいなかった。
むしろ周囲の村人たちが下がったことで、五人の周りにだけ不自然な空間が生まれているように見えた。
「……え?」
ようやく漏れた声は、自分でも驚くほど小さかった。
本気で分からなかった。
なぜ、みんなが自分から離れているのか。なぜ、ついさっきまでと同じ顔で見てもらえないのか。
その時、目の前に立つ神官が小さく息を飲んだ。
アカメは顔を上げる。
何年も教会で授業を受けてきた相手だった。世界地図について教えてもらい、ジョブや魔法について何度も質問し、授業のない日に本を借りに来た時にも嫌な顔一つせず対応してくれた人だ。
だからこそ、アカメには分かってしまった。
その神官が今見ているのは、自分ではない。
水晶に浮かぶ《アサシン》という名前だった。
「アカメ君」
「はい」
「申し訳ありませんが……」
神官は一度そこで言葉を切った。何かを迷うように唇を結んだあと、先ほどまでより僅かに距離を取ったまま、慎重な声音で告げる。
「確認が済むまで、その場から動かないでください」
アカメは、すぐには返事ができなかった。
同じ教会にいて、同じ村の人たちに囲まれている。何年も通い続けた場所であることも、ほんの少し前まで皆と同じように神授を待っていたことも変わらない。
それなのに今は、自分一人だけが見えない境界の向こう側へ押し出されてしまったように感じられた。
読んでいただき、ありがとうございました!
今回はついに《神授祭》。
ヴァルにはS級《戦闘鍛治師》。
そしてアカメには、誰も知らない《アサシン》が授けられました。
階級は判定不能。
初期スキルは、神官さえ知らない七つ。
さらに神授晶まで異常な反応を見せます。
そして何より大きく変わったのは、アカメ自身ではなく、周囲の人たちの目でした。
次話では、この《アサシン》を巡る騒動の続きになります。
次話もよろしくお願いいたします!




