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08 - 秘密とフィリップ

 

 

 

「私の時と同じだわ……」

 

 レティはどこか茫然とした様子だったが、私と目が合うと焦ったように喋りだした。

 

「私ったら、魔法陣を描き間違えたのかも知れないわ! それとも、私が描いたのがいけなかったのかも。次はお父様に描いて頂いて……」

「ヴィオレット、落ち着きなさい。魔法陣はしっかり描けていたし、私が描いてもう一度やったとしても結果は同じだろう。彼女は契約に失敗したんだよ」

「そんな……っ」

 

 なんとなく失敗したんだろうとは思っていたけれど、薄ピンクの瞳が潤んでくるのを見て罪悪感が湧き起こる。

 失敗した私がレティを慰めるのも変だが、放って置けず声をかけた。

 

〈レティ、なんかごめんなさい。でも私は特に気にしてないわ。公爵様には良くない結果になってしまって申し訳ないけれど、アイビーと私はこれまで通り友達。それに二人して同じ失敗の仕方なんて面白いと思わない? あ、ほら、女の子はお揃いが好きなんでしょう?〉

 

 でも慣れていないせいで微妙な言い回しになってしまい、誤魔化すように苦笑いで首を傾げると、レティが抱きついてきた。

 泣き止ませるつもりが、どうやら更に泣いてしまったようだ。

 

「もう! 何それ、泣いてる私が馬鹿みたいっ。でも、少しだけ、自分だけではないと安心もしたの。ごめんなさい」

〈もう、レティは本当に可愛いわね〉

 

 泣いたり、怒ったり、最後にこちらを窺うように聞いてくるレティの可愛いさに、思わず抱きしめ返していたら、忘れていた。

 

「いいね、気に入ったよ。カミールと言ったかな? うちで働く気はないかい?」

 

 公爵様がいたことを。

 

〈……え? 今、なんと?〉

「うちで働く気はないかと聞いたんだ」

 

 そう言う公爵様はとても素晴らしい笑顔だった。

 

「レティは昔からなかなかの人見知りでね。幼い頃から付いていた侍女がやめてしまってから、次がまだ決まっていないんだ。今は侍女長のエドラが色々してくれているみたいなんだが、レティが婚約したことでこれからきっと手が回らなくなる。それに婚約者が出来たのだから、いくら護衛とはいえ常にフィリップと二人で行動するのもあまり良くない。だが、エドラは忙しいからレティにずっと付くのは難しい」

〈つまり……彼女と気が合う、常に共に行動できる侍女を探していると〉

「レティは随分君に心を許しているようだし、言葉遣いや所作も基礎は出来ているようだから、少し学べば問題ないだろう。勿論、働くのだから給金もしっかり支払う」

 

 いきなりの展開にかなり驚く。

 ただ、期待の篭った視線を向けてくるレティには悪いが、こればかりは簡単に頷けない。

 

〈……お話は大変ありがたいのですが、私は孤児です。公爵家で働けるような身分ではありません〉

「あぁ、そこは大丈夫だ。しっかり仕事をするならばうちはそういったことは気にしない」

〈私は普通の会話が出来ませんし……〉

「無駄口をたたくより、静かに仕事をこなしてくれるのはむしろいい。それにレティや私たち相手ならば、今のようにやりとりも出来る。そこも問題はない」

〈……えっと、私は容姿もご覧の通りですし……〉

「なるほど……」

「あー、森人(もりびと)か」

「? フィリップ、どういうこと? カミールの容姿が何かあるの?」

「この国の故事ですよ。国の危機を神獣様が救ったっていう有名なのがあるでしょう? 最近では子供にも分かりやすい物語や絵本になったりしてて、そこに出てくる森人というのが……あー、緑の髪と瞳をしてるんですが……」

 

 そう。私は彼ら、魔獣と共にこの国の民を襲った悪者と同じ色合いをしている。

 

 そのことを昔は色々と言われ傷ついたりもしたけれど、今はもう全く気にしていない。

 そもそも、故事では森人の容姿について書かれていないのだ。しかし森人とという文字のイメージからか、絵で見る彼らは必ず緑の色を持っている。

 

〈森に近い郊外の方では、よく親が子供に"悪いことをすると森人に攫われる"と言い聞かせていますね〉

「……まあ、そんな感じで、大っぴらではないものの緑はあまりいい色とされていないんだ。彼女の場合は髪は黄緑色で瞳も翠色だから、それなりに大変だっただろう」

「そんな……、ただ髪や瞳の色が緑なだけで? カミールは森人ではないし、悪いことは何もしていないのに……?」

「……そうだね。第一、森人の正確な容姿は伝わっていないのに、ただの勝手な想像で差別をするなど馬鹿らしい。それに先程も言った通り、私は能力を重視する。君の髪や瞳が何色だろうと関係ない。勿論、私の家族や我が家で働く者たちも同じ考えだろう」

「お父様……!」

 

 遠回しに断ろうと思っていたのだが、公爵家の寛大さになかなか上手くいかない。

 なんだか自分がただの我儘な人間に思えてくる。

 

「ふむ。しかしどうやら君が断る理由は他にもありそうだね。この提案は迷惑だったのかな」

「え……」

 

 しかし公爵様のその言葉に落ち込むレティを見て、気持ちが揺らぐ。

 どうも私は、彼女に弱い。

 

〈……公爵様を信じて、お話したいことがございます。私に少し、お時間をいただけますでしょうか〉

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 昨日訪れた公爵様の執務室へと再び案内された。

 そして同じように席に着いた公爵様へと向かい合って立つ。

 隣で私の服の袖を遠慮がちに摘んでいたレティが、反対の手で頭を押さえたのを横目で見て、自分が緊張していることに気づいた。

 

〈すみません。少し緊張して、力の制御が甘くなったみたいです……〉

「今から話すことは、それだけ重要なことだということかな?」

 

 公爵様の問いには答えることなく、自分のスカートを握りしめた。

 この話をすれば、もう後戻りは出来ない。

 でも話すと決めた。決めたのは自分。

 後悔は、きっとしない。

 

 隣で心配そうに見つめてくるレティに微笑みかけると、覚悟を決めた。

 一つ息を吐くと、そのまま右側のスカートを捲り上げる。

 

〈実は——〉

「ちょ、ちょっとカミール! な、な、何してるの!?」

「「……。」」

 

 だが、レティの慌てた声と男性陣の唖然とした表情に、出鼻をくじかれ、やり方を間違えたことに気づいた。

 

 

 その後、素早く動いたレティにスカートを持っていた手を離され、淑女のなんたるかを、短くもしっかりとお説教されるはめになった。

 しかしレティには悪いが、この後の話をするに当たって、私は彼らに足を見せなければいけない。正確には足にあるもの(・・・・)を。

 覚悟を決めた今の私に羞恥心はないのだ。

 

「そういうことなら仕方がない。レティ、彼女と少し隣の部屋へ行ってまずはお前が見てきなさい。そしてそれを私たちに話してくれ。場合によっては私たちも直接見させて貰うかもしれないが、一先ずはそれでいこう」

「……分かりました」

 

 私の奇行の説明を聞いた公爵様のその言葉に、続き部屋であろう場所へレティと二人移動した。

 そして再びスカートをまくって足を出すと、彼女は照れたように少し赤い顔をしてこちらを見る。

 しかしその視線がある一点を捉えると、たちまちその表情は凍りついた。

 

「え……ぁ……うそ、」

 

 

 部屋へと戻ってきたレティの顔を見た公爵様は、少し硬い声音でレティに問いかけた。

 

「どうした? 何があったんだ?」

「……それが、彼女の足には——」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 私たちは今馬車に揺られている。

 レティは公爵様と話があるらしく、とても残念そうに屋敷に残った。そのため馬車内は二人だけ。

 

 そう、あの男と二人きりだ。

 

 

 

 あの後レティから話を聞いた他の人たちも表情が強張り、なんとも言えない空気が部屋へと広がった。

 ものがものなだけに、結局彼等にも見せることになったが、当然だろう。

 

 公爵様と話した結果、私は公爵家でレティ付きの侍女として働くことになった。

 ただ私の事情が事情なだけに直ぐ雇用契約という訳にもいかず、また追って連絡するとのことだった。

 

 そういった訳で今は家に送られている。

 連絡がいつくるのか分からないが、その前に荷造りや、今の仕事を辞めることになるので農場の夫婦への挨拶と謝罪。そして今までの感謝を。

 後は孤児院にも行き、母にも事情を話さなければいけない。貴族には近寄らないようにと言っていた母に、その貴族に雇われることになったと話すのは気が引けるが、報告しない訳にはいかない。

 それと今までの様に森に行けなくなるため、カザルムさんへの謝罪も。彼は忙しいので、こちらは母に言伝を頼むことになるだろう。

 

 

 正面の男から気をそらすため、色々なことをぼんやり考えていた。

 

「なぁ、……あー、その、悪かったよ」

〈は?〉

 

 だから突然の謝罪に思わず、気の抜けたような言葉が出た。

 

「は?って。……ふっ! いやー、だからごめんってことだよ。やべー、もう嫌われてるし! ははっ!」

 

 笑いながら謝ってくる男に、思わず胡乱な視線を向ける。

 

「コホンッ。あー、俺はあの家の人たちに恩がある。色々あってお嬢さんに助けられて、旦那様には雇って貰った。あんたも分かったと思うけど、あそこの家族は本当にいい人たちだよ。そのくせ旦那様以外は悪意に疎い。……だから仕事なのもあるが、変なのを近づける訳にはいかないし、いろいろ怪しかったあんたは少し警戒してたんだ」

 

 散々笑った後、今までとは違いさっぱりとした態度で話してくれる。

 

〈私、別に怪しくないと思うのだけど〉

「ごろつきに絡まれてんのに、取り乱しもせず無表情で突っ立ってるし、そうかと思えばヤバそうな気配はするし、最後には喋れないときた。怪しさ抜群だろうが。……まぁ、ヤバそうな気配はアイビー?だった訳だけど。公爵家に来ても落ち着いてるし、何かたくらんでるのかとも思ったな」

 

 成る程。そう聞くと確かに少し、怪しく感じるのかもしれない。でも、

 

〈私はそこまで無表情ではないでしょう? あなたがへらへらし過ぎなだけよ。それに落ち着いて見えるのはこの力のせいね。心が乱れると力も引っ張られるから、その辺は気をつけてるの。最近では大抵のことには動じなくなったわ。でも一応、恐怖や不快感を感じたりはするのよ?〉

「不快感……。ははっ、悪かったよ。事情はよく分かったし、昨日や今日の態度とか見ててもあんたは大丈夫だと思った。だからなんか嫌われてるみたいだし、仲直りといこうぜ。これからは同じ場所で一緒に働くんだし?」

 

 どうやら同僚として認められたらしい。

 そもそも仲直りも何も、直すような仲ではないのだが……。少し複雑な気分だが、レティの言う通り彼が悪い人ではないことは分かった。

 今なら少し、このへらへらした顔も可愛く思える……日が来る。ことはないかもしれない。

 

〈へらへらしたあなたと無表情の私、二人並んでいれば丁度いいかもしれないわね〉

「だから悪かったって。とにかく、これからよろしく、カミール」

 

 これから色々と大変なことがあるだろうけれど、それと同時に楽しいことも多そうな気がして、少し口元が緩んだ。

 

 苦笑いで差し出された手を私も握る。

 なんとなく、彼とは仲良くなれそうな気がした。

 

〈こちらこそよろしく、フィリップ〉

 

 

 

 

 

 

——————

 

 

「旦那様、よろしかったのですか?」

「あぁ、彼女が魔獣との契約に失敗した以上、近くに置いておく必要がある。それにセロットは上位の魔獣であり珍しい。しっかり観察——コホンッ、監視しなくてはな」

「……。しかし、何もお嬢様の侍女にしなくともよろしかったのではないですか?」

「彼女に言った理由も嘘ではないからな。レティがあんなに懐いているんだ、適任だろう。それにあの子以上に他人に心を開かないイリスやライリーまで彼女の側にいた。彼女自身は危険な子ではないのだろう」

 

 初めて会ったはずなのに、彼女の周りには自分の大切な家族が酷く心を許した様子で集まっていた。

 

「あれには私も驚きました。おかげで昨日から心臓が忙しいです」

「ははっ、確かに。彼女は知れば知るほど色々と出てくる。まるでびっくり箱だな。……だが、馬鹿ではない。きちんとその中身を見せる相手を選んでいる」

「育ての母にきつく言い聞かされてきたと言っておりました。ミモザ殿は元は伯爵令嬢。流石に教育が行き届いておりますね」

「そうだ。そこもまた信頼できるところだな。ミモザ殿ならば、こちら側の事情にもある程度詳しい。最低限の礼儀作法を身につけているのも納得だ」

「それにあの方は、奥様と今も続く旧友でございますからね」

「……そうだったな。さて、急ぎ知らせなくてはならないことが出来た。内容が内容だけに直接王城へ向かう。王に謁見できるかは分からんが、これは他には漏らせん。無理ならユリウス殿下だな。お前が遣いとして先に向かってくれ」

「畏まりました」

 

 部屋の扉が閉まるのを見ながら考えた。

 正直、厄介なものを抱えてしまったような気もする。

 しかし自分の直感は間違っていないとも思う。

 

「……黒いユリ、か。何事も起こらないといいのだがな……」

 

 

 そこへ控えめなノックの音がする。

 

「お父様、ヴィオレットです」

「あぁ、入りなさい。……今日のことだが——」

 

 

 

 

 

 

 こうして歯車のピースは増えていく

 巻き込まれたのは、誰か……

 

 

 


 

 

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