09 - 男 × 女 ≠ 恋
私が公爵家に来てからしばらく経った。
あれから孤児院へ行き母に色々と報告をしたのだが、怒られることはなかった。
困ったような表情はしていたが、私の意志を尊重してくれ、その上で公爵家ならば信頼出来るだろうと、頑張りなさいと言ってくれた。
そして最後には、無理だと思ったらいつでもここへ戻ってくればいいと、笑顔で抱きしめてくれた。
フィリップがいたのでどこか気恥ずかしく、私は頷くことしか出来なかったが、凄く嬉しかったし、力を貰った。
その後、仕事場の方へも挨拶へ行った。
突然のことで申し訳ないと謝る私に、おじさんもおばさんも驚きはしても責めることはせず、やはりこれからの仕事を応援してくれた。
いつ公爵家へ呼ばれるか分からなかったので、仕事はその日で辞めて、それからは家と森でのんびり過ごしていた。
そして二日後、思っていたよりも早く迎えは訪れた。
迎えに来たのはフィリップで、これから住み込みになる私の、公爵家への持ち物の少なさに驚いていた。
ちなみに、以前送り届けてくれた時は家の場所と見た目に驚いていた。
値段の安さで借りるのを決めた家だったため、母は防犯面などを心配していたが、盗まれて困るような物はとくに無かった。
そもそも信用の薄い私がこれ以上いいものを借りるのは難しかっただろう。それに仮にもし何かあったとしてもアイビーがいるからと特に気にしていなかった私は、それなりにこの家を気に入っていた。
しかし、そんな家とも今日でお別れだ。
気持ちとは裏腹に、あまり思い出はなかった。
退去の手続きなどは公爵家でやってくれるらしいので、遠慮なくお願いした。
公爵家に着くと、侍女長であるエドラさんを紹介された。
今まで普通に生活してきた私にいきなり侍女が勤まる訳もないので、まずはレティに付いているエドラさんの補佐をしながら仕事を覚えることになった。
エドラさんは仕事が丁寧かつ素早く、そして慣れているのか教え方もとても上手だった。忙しい彼女の迷惑にならない様、私は必死に仕事を覚えた。
公爵様、いや旦那様も仰っていたように、ある程度の基礎があるため、後は細かいところを覚えれば大丈夫だろうと言われた。孤児院での母の教育に感謝した。
初めてのことだらけでとても大変だったけれど、会えば心配や励ましの言葉をくれるレティやイリス君には助けられた。アイビーとライリー、なんか癪だけれど、フィリップも。
あと、イリス君とも筆談ではなく言葉を交わすようになった。
この屋敷、というか貴族には魔法が使えない人の方が少なく、生活の中で魔道具などが多く使われるため使用人も魔力の扱いに慣れた者が多い。
その為エドラさんとも普通に言葉を交わしながら教わっていた所を、イリス君が目撃したらしい。
離れて見るとエドラさんが一方的にずっと話しているように見えるのに、会話が成立している様で不思議に思ったそうだ。
特に隠していた訳ではないので、聞かれるまま紙に書いて答えたところ、自分だけ除け者扱いは嫌だと言われてしまった。
そして後日、お抱えの医師の付き添いを条件に会話を試みることに。
子供相手は初めてだった上に、何かあったら大変どころではないので、いつも以上に神経を使ったが無事に成功した。
それからはまだ多少ぎこちなくあるものの、イリス君とも言葉を交わすようになった。
そんなふうに、今までとは違い賑やかでとても濃くも充実した日々を過ごしていた。
◇◆◇
そして今は裏庭で他の使用人たちのシーツやタオル、シャツなどの洗濯をしているところだ。
私はレティ付きの侍女になるため、普通の使用人の人たちよりも立場が少し上になってしまった。しかし年齢や経歴などでは全然下っ端なので、こういった雑用を出来るときにしている。
これはエドラさんの計らいなのだが、そのお陰か他の人たちとも割と仲良くやれていると思う。
そもそもここの人たちは皆総じていい人ばかりだ。
最後の一枚を干そうとしたところで強めの風が吹き、タオルを攫っていく。
「おっと、ナイス俺」
〈! フィリップ。よしよし、よくやったわ〉
「犬じゃねーぞ……」
〈ふふ、ありがとう〉
フィリップとはあれから何度か話すうちに割と気が合うことが分かり、今では軽口も叩けるくらいの仲になった。人生、解らないものだ。
〈こっちに来るなんてめずらしいわね。休憩に来たの?〉
「いや、おつかい。お嬢さんがカミールに話があるって。今テラスで休憩してるから、洗濯終わったなら行けるか?」
〈大丈夫だけれど、レティが?〉
彼女は最近色々と学ぶことが増えたらしく、私も忙しくしていたため話す機会は減っていた。
そんな彼女がわざわざ呼び出してまで話す内容とは何か考えるが、特に思いつかない。
フィリップを見る限りでは大変なことでは無さそうだが。
二人でテラスに向かい歩いていると、花壇や庭に咲いた色とりどりの花たちが目に入る。広い敷地内には様々な種類の花が庭師の手によって整えられ実に綺麗だ。
裏庭の花壇の花は多少は自由にしても大丈夫なので、いくつか切って持っていくことにする。
「ん? あー、お嬢さんのとこに持って行くのか。 随分侍女らしいことするようになったな」
〈もともと花は好きなのよ。私の名前もカモミールの花が由来って母から聞いてるの〉
この花はとても強い花で、人に踏まれてしまっても、踏まれれば踏まれるほど丈夫に育つらしい。
声の出ない私に、この容姿に、心ないことを言う人がいるかもしれない。それでも負けずに強く生きて欲しいと母がつけてくれた名前だ。
上手く人付き合いが出来ず落ち込み、嫌な気持ちになったこともあるが、この話を聞いてからは自分の名前に母の願いと愛情を感じ、自分なりにそれに応えられるよう強く生きたいと思った。
その結果は、強くというより少し捻くれてしまった気もするけれど、まあいいとする。
〈だから私は自分の名前がとても好きだし、名前の由来である花も好きになったの〉
「ふーん」
適当な返事に聞いているのかと横を見遣ると、想像していたのとは違う珍しく優しい表情をしており、少し熱く語ってしまった自分に恥ずかしくなった。こういう時顔が整っている人は得をしていると思う。
〈……フィリップは、王家の方をお見かけしたことある?〉
「そりゃ、見たことってか会ったことあるけど、いきなりどうした?」
〈お会いしたこともあるのね。私はしっかりとお見かけしたことがないのだけれど、とても美麗だと聞くから。ほら、とくに王太子殿下が〉
「あー、確かに外面は凄くいいからな。まあ、会えば分かる」
決まりの悪さを誤魔化すためにした話題だったが、なんだかとても不敬で不穏な言葉が聞こえた。
公爵令嬢であるレティに付くということは、王族の方と会う機会もあるのかもしれない。
まだ先の話だとは思うが、私にもその様な時がきたら粗相のないよう気をつけなければと、気持ちを引き締めた。
そんなことを考えつつ歩いているとテラスに着いた。途中で花瓶も忘れず取ってきた。
「カミール! 急に呼び出してしまってごめんなさい。フィリップもありがとう。……あら? お花?」
〈とても見事に咲いていたので、お茶のお席にどうかと思いまして〉
「ラナンキュラス。今日みたいに天気のいい日にはこの色合いは映えるわね。ありがとう、とても可愛いわ」
気に入って貰えたようでよかった。エドラさんも笑顔で頷いている。
「それでね、話なのだけれど、あ、カミールも座ってちょうだい! ゆっくり聞いてもらいたいから」
話というのは、彼女の想い人であり婚約者であるユリウス様からお茶に誘われたとのこと。
なんでも先程、彼の遣いのものがレティ宛ての手紙を持ってきたらしい。その内容が明日二人でのお茶のお誘いだった。勿論断る理由もないので、その場で了承の返事を書き預けたようだ。
そう、なんだかんだ彼女の婚約は無くなることなく今日まで続いている。
今日までの間に彼のことがどれだけ大好きか聞かされてきたため、それで良かったと思う。しかし彼女からしたら喜ばしい話の筈なのに、表情がやや硬いのが気になった。
「お会いするのはあのパーティ以来なの。だから、どう接したらいいのか。婚約者ってどんな顔すればいいのっ!?」
嬉しさのあまり空回って緊張して、混乱しているらしい。
「それに……」
彼女は言わないけれど、恐らく以前周りに言われたことを気にしているのだろう。
フィリップに少し聞いた話では、相手も彼女のことを好いているようなので、他人の事など気にしなくていいのにと思うのは、当事者ではないからか。
恋とは自由なものと聞くけれど、そうでもないのかもしれない。
「そういう訳だから明日、カミールはずっと私の傍に居てちょうだいね」
話の繋がり方がおかしいのもきっと、恋のせいに違いない。
〈お嬢様、それは一体どういうことでございましょう?〉
「大丈夫よ、エドラの許可はもう貰ってあるの。明日からカミールは正式に私付きの侍女よ!」
大変可愛いらしい満面の笑みを浮かべるレティから、エドラさんに視線を移す。彼女は苦笑いを浮かべながら頷いた。
どうやらエドラさんから合格が出たらしい。驚いたが、とても嬉しい。
なんでも、少々急ではあるが取り敢えずは大丈夫だろうとのこと。恐らくレティが結構粘ったと思われる。
その他の理由としては、レティが嫁ぐ際に私も付いて行くので、軽い顔合わせのようなものもあるらしい。
その為、私も急遽明日王城に行くことになったようだ。
(……ん?)
〈王城、ですか……?〉
「? そうよ、ユリウス様からのお誘いだもの」
〈……?〉
どことなく会話の噛み合わない私たちをみて、気づいたフィリップがこっそり教えてくれた。
「ユリウス・ラドフォード。この国の第一王子だよ。なんか怪しいと思ってたけど、やっぱり気付いてなかったか」
〈……誰も婚約者が王子だなんて言ってなかったわ〉
「名前を聞けば、普通は分かるからな」
〈……〉
「良かったじゃないか、早速近くで見られるぞ」
まさかレティの婚約者が王太子殿下だったとは。
確かに同じ名前なのだから普通は気づくだろう。私も普段ならきっと気づいていたと思う。
ただ最近は色々とあり、覚えることも多く必死だったから、と言い訳をさせて欲しい。
レティはユリウス様で、他の人たちはあのお方呼びだったのも気づかなかった原因だろう。
そしてこんなに早く、王族の方と会う機会が訪れるとは……。
「なぁに? 二人で内緒話して。……最近、本当に仲がいいわね」
二人でこそこそ喋っていたら、レティが少し楽しそうにこちらを見ていた。
最近、彼女は変な勘違いをしている。
〈お嬢様、何度も申しますが私とフィリップは同僚であり友人でございます。それに、私はこういった甘ったるい顔は好みではございません〉
「甘ったるいってなんだよ。割と評判いいんだぜー?」
ふざけた男は放置して、納得いかないという顔のレティを見る。
同性の友人がいないと言っていたから、恋の話に飢えいるのだろう。
しかし、相手のいない私にはまだ聞くことだけで話すことがないため、こうして割と仲のいいフィリップと変な関係にしたがるのは困ったものだ。
〈それよりも、殿下との明日のことはいいのですか?〉
なので、今は話を逸らすしかない。
そこからは、再び焦った様子のレティにどうしようの呪文を何度か聞かされ、最終的には殿下がどれだけ素敵かを散々聞かされることになった。
上手く話は逸らせたが、成功だと思えないのは何故だろう。
同じく側で話を聞かされるフィリップからの、恨めしそうな視線が痛かった。




