10 - “でんでん”現る
今日からレティ付きの侍女になる。
昨夜は今日のことで緊張して眠れないかと思ったが普通に眠れた。私はそんな繊細じゃなかった。
レティの所へ向かう前に敷地内に建つ魔獣舎へと向かう。
ここは天井が高くなかなかの広さもあり、まるで小さな森のよう。公爵家に保護された魔獣たちはここで自由に過ごしている。
中に入るなり目の前に現れたレバンに苦笑いし、また扉を開け一緒に外に出た。これは最近増えた私のもう一つの仕事。
私は昔から動物に好かれやすく、それは魔獣も例外ではなかった。
しかしその好意にも種類があり、レバンやアイビー、ライリーのように普通に懐いてくれるものならいいが、食べ物として好まれると襲われることもあり、それなりに大変な思いもした。
アイビーがいなければ、私はとっくの昔に北の森で美味しく頂かれていただろう。
ここではどうなるかと緊張していたが、なんとかなるもので、今ではほとんどが懐いてくれていると思う。
ここで保護されているものの中には、人が好きではない魔獣も勿論いる。
それなのに人間の多い場所で過ごすのは、たとえ森に似た環境だとしてもストレスが溜まるようで、以前のレバンのように何かの拍子に暴走することがある。
今までは数人で取り押さえたり、鎮静効果のある薬を打ち込んだりしていたらしいが、その場しのぎに過ぎないため、あまりいい解決方法では無かった。
そこで、私に白羽の矢が立った。
私は何故かアイビーに対してそうであった様に、他の魔獣ともなんとなく意思疎通ができた。
その為気が立っているものを宥めたり、ストレス発散に付き合ったり、気難しいものは高位魔獣であるアイビーに任せたりしつつ、数日に一度顔を出しては魔獣と戯れるという、なかなか楽しいお仕事をしていた。
ちなみに、ここで人に慣れることが出来たなら軍の方の魔獣舎に移り、然るべき手順や相性などを見て、希望者と契約をすることが可能になる。
戦いに向かない珍しい魔獣は城の魔獣舎に移ることになる。公爵家で世話はしていても、契約前の魔獣の所有者は基本的には国だからだ。
どうしても無理な場合のみ公爵家の領地の方に移し、もっと広い場所で面倒を見ているようだった。
ここの家は代々そうして魔獣と付き合ってきている。
三日ぶりの今日は、思いきり飛びたいらしいレバンに付き合うことになった。
(人間の都合で振り回されて、いい迷惑よね。彼らが飛べる空は本来はとても広いのに)
大きな翼を広げ飛び回るレバンを見て、やりきれない気持ちになる。
最初に伝えてある通り、公爵家の敷地外に出ない賢いあの鳥は、自由な筈なのに見えない鎖で縛られているように見えた。
◇◆◇
自室に戻り身だしなみを整えると、レティの部屋へと向かう。
扉の前にたち、ノックはゆっくり四回。
ここで返事は返ってこないが、扉を開けて室内に入りお辞儀を一つ。
窓の側に置かれた存在感のある大きなベッドに近づき、 規則正しく布団が上下しているのを横目にカーテンと窓を開ける。
窓枠に外から来たレバンが止まった時、後ろからくぐもった声が聞こえた。
〈おはようございます。お嬢様〉
「……おはよう、カミール」
レティは寝起きが良い。そして寝起きでも可愛い。
「今日からは、あなた一人なのだし、レティでいいのに。口調も、そんなに丁寧でなくても……フィリップを見ているでしょう?」
寝起きだからか、普段よりもゆったりとしたレティの言葉に思わず苦笑いが浮かぶ。
最近はずっとお嬢様と呼んでいたので、彼女も慣れたかと思ったが違ったらしい。
〈分かったわ。なるべく普通に接する約束だものね〉
レティは距離を感じるといって嫌がるが、私は結構気に入っていたりもする。別に距離を取りたいとかではなくて、教えて貰ったことをしっかりやりたいのと、侍女という仕事はなんだか少し、自分に自信を持たせてくれたから。
仕事が完璧で優しいエドラさんは、今では母に次ぐ私の憧れの人だ。
ベッドから起き上がり挨拶するレティに、レバンは少し慣れたのか一鳴きして答えると、また屋敷上空へ飛び立つ。
軽く支度を整えるレティを手伝うと、共に下に降りる。
ダイニングテーブルには今日は旦那様もおり、イリス君も少し遅れてからきた。
旦那様は普段は仕事が忙しいらしく食事は別になる事が殆どなので、二人とも嬉しそうだ。
楽しそうな家族の団欒にほのぼのとしていると、食後のお茶の際に声がかかった。
「カミール、今日から正式にレティ付きの侍女になったらしいね? うちの娘を頼んだよ」
〈はい、精一杯勤めさせて頂きます〉
「それにしても……レバンは以前に比べて大分人に慣れてきたようだね」
旦那様の目線を追うと、開いている窓枠に止まり羽繕いしているレバン。
確かに他の使用人たちもいて人が多いにも関わらず、随分リラックス出来ているのは進歩かもしれない。
その後少し話をして、私に一つ仕事を与えると旦那様は王城に向かった。
部屋に戻ると少し休憩してレティの支度だ。
湯浴みをして、肌のお手入れ。着替えて、お化粧に髪も整えて、女の子は時間がかかる。
彼女の場合は素の場合でも可愛らしい上に、派手なのを好まないので楽な方らしい。
今日着るドレスも昨日のうちに決めてある。
淡い黄色のドレスで白の小花柄の刺繍が可愛い。
少しシンプル目にしたのは、色鮮やかな花が咲き誇る王城の庭園に行くだろうと、フィリップが言っていたからだ。
このぐらいの方が庭園では逆に映えるだろうし、あまり裾の広がったドレスは邪魔になって殿下と近づきにくいだろう。
そうレティに伝えると頬を赤く染めながら頷いていた。実に可愛らしい。
先輩メイドたちと共にレティの化粧や髪を整え、完成した所で支度の為部屋の外で待機していたフィリップを呼んだ。
「今日は城に行って殿下に会う訳だけど、相変わらず緊張とかしないのか?」
〈え? あぁ、そうね……〉
突然話しかけられ、考えごとをしていたせいもあり少し反応が遅れたが、一晩寝て思ったことを伝える。
〈極端な話、挨拶したら終わりでしょう? そんな一瞬のことにいちいち緊張しても仕方ないと思ったの〉
もちろん殿下には失礼の無いように接するし、殿下は侍女など見慣れたものだろうし特に気にしないだろう。
そもそも変に気負う必要などなかったのだ。
まあ、レティの大切な人なので出来れば好印象を残すのが望ましいのだが。
その様な事を伝えるとフィリップから、わざとらしい溜息が聞こえた。
「はあ〜……流石というか何というか。図太いよな、お前」
自分でも思った事なので、褒め言葉として受け取ろうと思う。
レティは楽しそうに笑っていた。
その後はフィリップがレティをからかい、彼女がそれに対して怒る。
よく見るやり取りを聞いていると、立派な馬車が門を抜け屋敷に近づいてくるのが窓から見えた。
近づくにつれ見える、大きな翼を広げた鳥と百合の花の入った紋章は王家のものだ。
「お嬢さん、お迎えが来たみたいだぞ」
「っ!」
同じく気づいたらしいフィリップの言葉にレティが笑顔のまま固まった。
フィリップのおかげでいつも通りになったと思ったが、振り出しに戻ってしまったようだ。
「迎えが来ただけで、あの人はまだいないだろう」
「……そうよね」
迎えが来たことを知らせに来たメイドと話しながら、上手いことレティを下に促すフィリップは、出来る男だ。
下に降りると、エドラさんが迎えの馬車に乗って来たと思われる青年と話をしていた。
「え、アルヴィン様!?」
彼を見るなり驚き、駆け寄っていくレティを不思議に思い見ていたが、頼りになる男フィリップの耳打ちによれば、彼はあまり側に人を置かない殿下の側近とのこと。
一応近衛に所属しているが、主に殿下の護衛騎士をしており、騎士団長であるマスグレイヴ侯爵の次男でアルヴィン・マスグレイヴ様らしい。
レティが殿下と会う時には彼も居たため顔見知りであり、必然親しくなったようだ。
白の立ち襟シャツの上に黒色のロングコートのような服にズボン、ブーツ、腰のベルトに提げられた剣。色は異なるがパレードで見たことのある王国騎士の服装だ。
普通のコートだと動きにくそうだが、どうも胴体部は体に沿うようになっているのに対し、腰から下は若干裾が広がっており行動を阻害しないようになっている様だった。
そして所属や階級などが服の色や裾の長さ、そこにある刺繍などで分かるらしい。まだまだ覚えることは沢山あるようだ。
彼の場合は裾は膝の少し下くらいまであり、両袖に鮮やかな銀刺繍があった。
「あの人が迎えに居るってことは……あちゃー、お嬢さん大丈夫かね」
説明を聞きながら彼の服を眺めていると、フィリップが何やらぶつぶつ言っているのに気づく。
どうかしたのか聞こうとしたものの、二人が外へ向かい移動したのでそれに続く。
すると馬車のドアがひとりでに開き、中からやたらとキラキラしい青年が一人降りてきた。
「? ……! で、でんっ!? な、ななん、でんっ!?」
「やっぱりかー」
“でんでん”言っているレティと少し呆れた感じのフィリップ。彼は一言呟くとまるで逃げるように御者席に向かい、御者の隣に座った。
「殿下、降りてこない約束だったじゃありませんか」
騎士様の言葉になんとなく分かってはいたが、彼が誰かはっきりとした。
「私の婚約者殿だ。エスコートするのは当然だろう?」
そう言いながら挙動不審なレティに近づくと彼女の手をとり、そこへ軽い口づけをひとつ。
真っ赤に頬を染め少しふらつく彼女の正面には、陽光に輝くプラチナブロンドの髪と澄んだ碧色の瞳。
とても見目麗しい方の浮かべる、したり顔があった。




