11 - それを仮面という
11 - それを仮面という
「ヴィー、ごめんって、そろそろこっちを向いておくれよ」
今、私の斜め前には爽やかな表情を困ったようにしつつも、声は楽しげな様子で謝る王子。そして隣には顔を背けて私の腕にしがみつき、謝罪を聞き流すお姫様がいる。
あの後、突然現れた“でんでん”こと殿下にエスコートされながら、なんとか馬車に乗り込んだレティ。
そして二人の後に続こうとした私は、騎士様にエスコートされた。
手を差し出されたことに驚き、顔を上げた際に絡んだ視線は一瞬で外されてしまったけれど、綺麗な瞳をしていた。
そしてなんだかんだありつつも、全員が馬車に乗り公爵家を出てからはずっとあの通りだ。
殿下はレティのことを“ヴィー”という愛称で呼んでいるらしく、なんだかその特別感と呼ぶ時の甘さに、本来ならば快適なはずの馬車で失礼ながら少々悪酔いしそうだった。
ちなみにレティは別に怒っている訳ではなく、心の準備が出来ていないまま殿下に会ってしまい、あたふたしたことの恥ずかしさからそっぽを向いている。
昨日あれだけ最初のあいさつを練習していたのだ、それも無理はないだろう。
まぁ、殿下はそれを分かっていてやっておられる様でもあったが。
「早く逢いたかった」「待っていられなかった」等と甘い言葉を投げかけられ、レティの腕に力が入る。少し痛い。
元々特に怒っていないレティは殿下の言葉についに首まで赤くさせて、もう陥落間近だ。私の腕の限界も近そう。
そしてついに顔を両手で覆い、もう分かったから止めて欲しいと懇願するレティを、殿下がそれはそれは楽しそうな笑みを浮かべて見ていた。
そそくさと一人御者席へと逃げたフィリップへ、軽い呪詛を飛ばしながら正面を見る。
この様なことには慣れているのか、隣のことなど気にせず窓の外を眺めている騎士様。
そしてその視線の先を追うように、私も外の景色を見た。
王城の近くは、やはりほとんどが貴族様方の家や彼ら御用達の高級店などが立ち並び、私には無縁の場所だった。
公爵家に来てからも覚えなくてはいけないことだらけで、特に外に出る用事もなかったのでこの辺りの景色は初めて見る。
そして下町ではたまに見かけるくらいだったが、ここでは一定の間隔で並ぶ街路樹は青々としていて綺麗だった。
このマーニエと言う木は、とても不思議な木だと聞いた。なんでも、常に青々とした葉を茂らせており、その葉が枯れるのは寿命が来た時のみだという。
その話が真実かどうかは知らないが、今は花の咲く時期なのか、大きな葉の隙間から点々と見える白色の小花が可愛らしいと思った。
「……マーニエの木は知っていますか?」
そうやって眺めていると、正面から声がかけられた。
騎士様の方を見るも彼の顔は相変わらず外を向いており、それでも私が一応頷いたのが視界の端に見えたのか、また話始めた。
「あの木の葉が枯れないのは神獣様がこの木を好むためと言われていて、城にもたくさん植えられています」
初めて聞く話に関心しつつも、突然の脈絡のない話に頷きながら少し首をかしげる。
「……城に慣れるのは大変だと思いますが、見慣れたものが少しでもあれば気も紛れるでしょう」
レティの輿入れについて行く予定の私を気遣ってくれたようなその言葉に、少し驚いた。
ただの侍女相手にとても親切で丁寧な人だと思った。
その横顔を何とは無しに見ていたら、こちらを見た騎士様と視線が絡むが、再び直ぐに逸らされた。
少し見過ぎたかと思い、私も窓の外へと再び顔を向けると何故か視線を感じた。
「あなたは、髪も瞳も緑色なんですね。……あ、いや、申し訳ない、珍しいと思っただけだ。特に深い意味は無い。ただ、その髪も瞳も綺麗な色をしていると思って……あ」
私の持つ色に対しての話に、無意識に煩わしさが顔に出てしまったのか、少し焦ったように謝られた。
そして不意にポロッと出てしまったらしい賛辞に口を押さえている。
険しい表情だが目元を微かに赤く染める彼に、お世辞ではないということが分かり嬉しく思うと同時に、その仕草がなんだか微笑ましかった。
眉間のしわが増えるのに対して、何故か少し可愛らしいと思った。
その考えがまた表情に出てしまったのか、さらに深く刻まれるのが面白い。
隣でのやり取りは気にならなくなった。
◇◆◇
王城に着くとフィリップの予想通り、色とりどりの花が咲き誇る庭園に案内された。
公爵家もなかなか広く綺麗だったけれど、さすが王城、比べてはいけない。
そこはすでにセットが整っており、テーブルの上のケーキスタンドには、軽食として数種類のサンドイッチ、スコーンにケーキが綺麗に盛り付けられている。
お茶が注がれると、騎士様を残して他の従者やメイドは下がる。見えるところに控えてはいるのだが、声の聞こえないところにいるようだ。
今テーブルの近くには殿下と騎士様、レティとフィリップに私のみ。
それを確認すると席に着いても尚、こっそりと私の服を摘まんで離さないレティを見る。
〈大丈夫、不安なら側にいるから。そんなことしなくても逃げないわ〉
手に手を重ね彼女に言葉を送ると、安心した様に笑い手が離れていく。
「ヴィーは、随分とそちらの侍女殿に気を許しているようだね」
「え? はい、カミールは私の大切な友人ですので」
「友人ねぇ? ふぅん……」
碧い瞳に冷たく一視された気がした。
一瞬だったので気のせいかもしれないが、嫉妬か警戒か、見た目通りの優しげなだけの王子様では無さそうだった。
「紹介しますね。私付きの侍女になったカミールです。彼女は声は出せないですが、不思議な力で会話することが可能です」
予め話が行っていたのか、特に二人が驚くことはない。
レティの紹介に合わせて腰を折った所で、次は彼方の番だった。
「ヴィーの婚約者のユリウス・ラドフォードだ。そしてこっちは私の護衛騎士兼、側役を務めるアルヴィン・マスグレイヴだ。これからも何度か会うだろうから、気になること分からないことがあればいつでも聞くといい」
この国の王子としてではなく、レティの婚約者というところを主張した簡単な自己紹介に内心苦笑いが浮かぶ。
そして次に紹介されたのは、漆黒の髪に金色の瞳を持つ騎士様だ。
彼は背も高く、なんだか少し近寄り難い風貌だが、鋭い瞳には優しさが滲んでいるようにも見える。
それは馬車での出来事で、彼が優しい人物だと分かったからだろうか。
そしてこの色合いには馴染み深い所為か、ついつい視線が向く。
「侍女殿は随分うちの護衛騎士を見つめている様だが、どうかしたのかい?」
どうやら見過ぎたらしい。
身分の高い方を不躾に見つめるのはよくないと、エドラさんに教わっていたのを忘れていた。
〈……申し訳ございません〉
頭を下げ、そのままこの場所も下がろうかと思ったが、レティとの約束があったので一歩下がる程度に収めた。
「あぁ、別に責めた訳じゃないんだ。ただ聞いただけで。喋らない会話の仕方というものに少し興味があったのもあるけれど……なるほど。こういった感じなのか」
「そうそう、あんまり気にしなくていいぞー。殿下はこういうお人だ」
「……堅苦しいのは疲れるから嫌いなんだ。しかし、お前はもう少し私を敬うべきではないか? フィリップ」
「殿下が止めろと仰ったんですよ。しかし、気に触るようでしたら以後気をつけましょう」
「あー、そうだな、そうだった。お前に丁寧にされるのは鳥肌が立つのを忘れていたよ」
随分と砕けたやり取りに驚く。
他の二人も特に気にした様子はないので、これが普通のようだ。
殿下は堅苦しいのを嫌うようで、人目の無いところではこの様な感じらしい。
そのため従者やメイド、他の護衛などは声が聞こえない場所へと下げるのだとか。
「そういった訳だから、何なら私のことはユリウスと呼んでも構わない。私もカミールと呼ばせて貰う。同じことをフィリップにも言っているから、気にすることはない。それで?先程のは何か理由でもあるのか?」
流石に名前で呼ぶのは気が引けるので遠慮させて貰うが、気楽にしても大丈夫というのは精神的に楽になる。
〈……私の大切な友人とよく似ていたので、思わず見すぎてしまいました〉
「似ている? 私にですか?」
〈はい。彼女も黒毛に瞳は綺麗な金色をしています〉
「! 女性でこの色を?」
「それは凄いな。金色の瞳は珍しくて、私もアル以外には見たことがない」
「……カミール、もしかしなくとも、それはアイビーのことよね?」
〈? そうです〉
溜息を吐いたレティの説明を聞いた騎士様は少し眉が下がり困ったような表情を、殿下は……震えていた。
「ふっ、くくっ、まさか魔獣のこととは、はははっ」
あんなに笑っているのに、品の良さを感じるのが不思議だ。さすが王族。
同じく笑っているフィリップは、あんなにだらしないのに。
「はーっ、笑った。いや、もっと色気のある話かと期待したのだが。オルブライト公に聞いていた通り、確かに少し変わっているようだな。ところで、今日はその友達は連れて来ていないのか?」
〈私とアイビーは契約している訳ではないので、堂々と連れ歩くのはよくないと思いまして。ただ、影なら呼べば出てきます〉
「それもそうか。ちなみに、そのアイビーの影はいつも居るのか?」
契約のことを詳しく聞いてこないのは、興味がないからか、それともこちらも予め聞かされているからか。
〈私もまだ詳しくは把握していないのですが、居るというよりも私の影とアイビーの影が繋がっているんだと思います。ただ、影が重要なようなので、薄かったり小さかったり混ざっていたりするとその分繋がりも弱まるみたいです〉
公爵家に来てから何度か旦那様の監督のもと色々試した結果、おそらくこんな感じだろうという結果が出た。まだまだ分からないことは多いが、共に過ごしていればその内分かるだろうとのことだった。
「やはり影なりの欠点はあるということか。それにしても、不用心じゃないか? 弱点になりそうなことを簡単に教えて」
〈もちろん誰彼と話すようなことはしません。でも、そうですね……もしお二人に日陰などに呼び出された場合は用心することにします〉
そう言って肩をすくめた私の言葉に、今度は騎士様も少し笑った様に見えた。
「確かに変わった人だ」
聞こえた言葉は、個性的という褒め言葉として受け取ることにしました。
その後はレティと、空気になりつつあったフィリップも加わり、私はたまに給仕をしながら五人で色々な話をした。
その中で分かったのは、騎士様は見た目でかなり損をしている様だということ。
彼は横幅はそこまでないものの上背があり、整った顔立ちはあまり表情が変わることが無い上に、金色の瞳は珍しいためか視線が合うと萎縮してしまう者が多いらしい。
今日何度か合った視線が直ぐに逸されたのは、私を気遣っての事のようだ。
更に何かあると直ぐに眉間に皺が寄ってしまい、ただ考えているだけにも関わらず怒っていると勘違いされ、無駄に謝られることが多いらしい。
確かに分かりやすく表情は変わらないが、よくよく見れば目元や口元などに感情は出ているのに。まあでも、怒っていると思う相手の顔を、そこまで観察するのは難しいのかもしれない。
馬車内でのやりとりから、彼が私のような使用人相手にも気を使ってくれる優しい人だというのはよく分かる。ただ、少し不器用なのだろう。
対照的にフィリップは、常に愛想笑いを浮かべているタイプだ。面倒事を避けるためと本人は言っているが、たまに瞳が笑っておらず気持ち悪いとは殿下の談だ。
一応へらへらにも理由があったらしい。
そしてその辺私は、二人の間なのだろうなと思った。
力のこともあり、面倒事を避けるためにもあまり感情を表に出さないようにしているが、必要なら愛想笑いも(やりたくないが)するし、親しい相手には自然と(微)笑うことも出来る。
殿下は、胡散臭い爽やかな笑顔が標準装備である、とのみ言っておく。




