12 - シーラ・グラジオラス
少し照れつつも隣を歩く彼の腕に手を添え、共に綺麗な花を見ながらゆっくりと歩く。
時折耳元で囁かれる言葉には、頬を染めつつも微笑み返す。
甘い蜜の香りに誘われたのか、蝶々が一匹飛んで——
「ふわぁあーあ」
〈……〉
庭園での散歩を楽しむ仲睦まじい二人を、少し離れた所に立ち見守っていたのだが、同じく私の隣に立っていたフィリップの大きなあくびに台無しにされた。
〈ちょっと、聞こえないところでやってよ。いい気分が台無しだわ〉
「あー? 何、お前もああいう雰囲気好きなの? 羨ましい〜って?」
〈は? それは誰のマネよ。私はそんなのじゃなくて、レティのあの幸せそうな可愛い顔を見て楽しんでるのよ〉
「……それもどうかと思うぞ?」
〈いいじゃない、別に。私にあっち側は似合わないわ〉
フィリップに答えながら、また何か言われたのか頬どころか首まで赤く染めてあたふたするレティを見て思った。あんな可愛い反応、出来る気がしない。
「まあ、確かに? カミールは普通の女の子たちとはどこか違うからな」
「……フィリップ、その言い方は彼女に失礼だろう」
そこで、今まで黙っていたアルヴィン様が不意に口をはさんだ。
〈大丈夫です、よく言われるので。それにフィリップのこういう所、割と好きですから〉
「好き……?」
「ね? 普通じゃないでしょ?」
「二人は特別な関係なのか?」
〈「は?」〉
「いや、随分親しげなようだから、恋仲なのかと……」
思わず真顔でフィリップと声を合わせてしまい、その様子に若干たじろぐアルヴィン様に少しの悪戯を思いつく。
フィリップをチラリと見てから、照れたように視線を下に向ける。
〈……そう、見えますか?〉
「……!」
「おいおい、紛らわしいことするな! 兄貴も勘違いしないで下さいよ、カミールとはそんなんじゃありませんから!」
「え?」
〈ふふっ、ごめんなさい。フィリップとは同僚であり、友人です〉
「? しかし、さっき……??」
「カミールは普段から真顔で冗談を言ったりするやつなんです。ホント女の子ってより、たまに男の連れと話してる気分になりますよ」
「お前はまたレディに対して……」
アルヴィン様は意外と素直な方らしい。
失礼だと思いながらもその反応見たさについ揶揄いたくなってしまう。
その表情はやはり眉間にしわが寄っているが、眉がわずかに下がっているので困惑しているといった感じだろうか。
その少ししか変わらない表情をいつか思い切り崩してみたい。いや、その前に怒られるだろうか?
ふと重なった瞳を見つめて、そんなくだらないことを考えた。
先程五人で話していた時、私は金色の瞳には慣れているので、気を使わなくて大丈夫だという事を伝えた。
最初は躊躇う様子を見せたアルヴィン様も、実際に視線を合わせた私が余裕のある笑みを浮かべた事で納得してくれた。その際、少し嬉しそうに見えたのは私の気のせいか、願望か。
何はともあれ、私は彼ときちんと視線を合わせての会話が出来るようになった。身分の高い相手に失礼かもしれないが、実際に声を出して話すことのない私としては今更だし、何よりアイビーと同じ瞳が見られるのは少し嬉しかった。
そして彼からは、自分が余計な気遣いを止めたのだから、私にも騎士様という堅い呼び方を止めるように言われた。
もちろん最初は遠慮した私だったが、お城には彼の父も兄も働いているらしく、名前呼びの方が慣れているらしい。
ならばと私も名前で呼ばせて貰うことになった。
フィリップについての話もあった。
彼はレティの護衛騎士になる前、公爵家の先輩騎士に付いて色々と雑用をしながら技術などを学んだらしい。
たまに遣いで王城にいる公爵様の元に来ることがあり、その時に偶然見かけた騎士団の訓練でアルヴィン様の剣技に惚れたと嬉しそうに話してきた。そして勝手に彼を兄貴と呼んで慕っているとか。
その後頼み込んで、今ではたまに騎士団の練習に混ぜて貰うこともあるそうだ。
凄く生き生きとして話すフィリップを、呆れながらもどこか優しく見るアルヴィン様は、面倒見もいいみたいだった。
ちなみに、アルヴィン様はフィリップの二つ上の二十三歳。殿下は少し前に二十歳になったそうだけれど、とても見えない。
老けているとかではなく、威厳というのだろうか、もう少し上に見えた。
きっと殿下よりも年上のはずのフィリップが、落ち着きが無いせいだろう。今も何か言ったのか、アルヴィン様に軽く絞められている。
男二人が戯れ出したのを横目に、一人そんな事を考えた。
「お前たちは何をしているんだ」
呆れたような声が聞こえ、意識を戻すと私たちの主人らが戻って来たようだった。
男たちは放って置いてレティに言葉をかける。
〈レティ、疲れてない? お茶は飲む? ……? 何だか嬉しそうね〉
「んー? ふふっ、そうね、お茶は頂くわ」
◇◆◇
今、私の前には城に務めるメイドが数人並んでいる。今日テーブルのセットなどをしてくれた人たちだ。
旦那様に与えられた仕事を熟すために、ここからはレティとは別行動になる。
彼女は王妃様に呼ばれているらしく、今から殿下と共にそちらに向かうとのこと。
そして当然お城の中のことなど全く分からない私には、ここで働くメイドの案内がいる。
「……と言う訳で彼女、カミールさんと誰か魔獣舎に行って頂戴。あと、彼女は声が出ないそうだから」
代表で殿下の指示を聞いた彼女の言葉に、全員が戸惑うのが分かった。
喋れない人の相手など、確かに厄介だろう。
しかも王太子殿下の婚約者付きの侍女で、さらに平民の孤児だ。そしてトドメはこの見た目。あまり関わりたく無いというのが雰囲気からよく分かる。
最近忘れていたが、私の見た目に対する反応なんてこちらが普通だ。いや、教養がある分あからさまな態度でないだけ、彼女たちの方がマシだろう。
やはり公爵家の人々は優しい人が多いのだと実感した。
まぁ、理由は他にもありそうにも見えるけれど。
ちなみに私の力については曖昧なことが多い為、あまり口外しないことになっている。
そんな中、一人の少女が前に出た。
「私でよろしければそのお役目、お受けします」
少女の案内で二人並んでお城の魔獣舎へと歩く。
彼女と向かい合った時に見えた、目の上と肩の長さに切り揃えられた水色の髪から覗いた薄紫色の瞳には、好奇心が浮かんでいた。少し吊り上がった猫目は気の強さを思わせる。
歳は十五、六くらいだろうか。
「あのっ、私シーラ・グラジオラスといいます。シーラでいいです! 父は男爵ですが、僻地ですし領地も小さいのでよく田舎の貧乏貴族と言われます。確かに兄妹が多くて生活は楽ではないですけどね! なので私は兄妹の中で一番魔力はあるのですが学校には入らず、こちらに働きに来ました。最初は侍女の予定だったんですけど、いつの間にか下働きのメイドになってて。まあ、怖いお姉様たちもいないし楽でいいんですけどね! あ、見た目でよく間違われるんですけど、こう見えて十八歳で成人してます!」
暫く歩いたところで凄い勢いで話かけられて驚いた。とてもよく喋る子だった。それに歳もレティより一つ上のようだ。
学校は貴族や裕福な家の子、能力のある平民の子が援助を受けて通ったりする。魔法学校と騎士学校があり、基礎を学ぶため十五歳になる年の子がだいたい通う。
二年で卒業となり、希望するのならそれぞれに見合った職場に見習いとして働きに出ることになる。そこで本格的に扱かれるらしい。
一応強制ではないので、彼女の様に学校には行かずそのまま伝手を頼りに働きに出る者もいる。
ただ、いくら魔力があり魔法が使えたとしても、学校を出ていないとその手の職には就くことが出来ない。卒業時に貰える証明書がないといけないらしい。
レティも私と会う前に学校は卒業していた。
エドラさんから教わったことをつらつら考えていたが、彼女の話はまだ続くようだった。
「カミールさんには少し興味があったんです。今日初めて殿下やマスグレイヴ様とお会いしたと伺っていたのですが、もうお二人と打ち解けていたようでしたし、何より殿下、マスグレイヴ様、フィリップさん、こんな素敵な男性方を前に平然としていられる度胸! 一体あの方々とどんな素敵な話をされていたのか……!」
打ち解けたとは言わない気がするし、そこまでたいした話はしていないのが申し訳ない。それよりも……
〈フィリップ?〉
「はい! フィリップさんも人気あるんですよ〜! 甘いお顔立ちの、優しい彼が時折見せる妖しげな微笑み。かと思えば他の騎士の方達といる時の少し幼い笑顔! さらに主人を常に気遣う忠誠心! 私たちにも気さくに話しかけて下さるので人気は凄いです! 私も勿論、その中の一人です!」
なんと、ただのへらへらが妖しげな微笑みとは。
怪しいの間違いじゃなかろうか。
それに、主人に常に文句言ってる人が忠誠心。
確かにレティを大切に思ってるのは確かだし、忠誠心もあるのだろうが少々美化され過ぎではないだろうか。
喋っている内に興奮してきたのか、少し息の上がった彼女を胡乱げに見る。
「それにですね! ……あれ? ? い、い、今! カミールさん喋りましたよね!?」
気付いていたらしい。
確かに思わず驚いて言葉にしてしまったが、何も反応が無かったので気付いていないと思いそのままにしていた。
〈色々と制限はあるのだけれど、一応会話はできるの〉
「えぇー! すごーい!」
驚いて立ち止まってしまった彼女を促し、歩きながら軽く説明をする。
公爵家にて毎日誰かと会話をしていた為、大分この力の使い方にも慣れて来た。
数人集まっている中で一人にだけ聞こえるようにすることも可能で、色々と使い勝手が良いことも分かった。
力のことは詳しくは話さなかったが、あまり他の人には口外しないで欲しいと伝える。
「どうしてですか? 会話が出来た方がやっぱり楽じゃないですか?」
〈そうかしら。私は面倒だわ〉
毎回説明するとなると凄く面倒だし、この力を不気味に思い嫌がる人もいるだろう。
それに会話が出来ないというのは、時に便利な場合もある。そう考えるのは私くらいかもしれないが。
「成る程〜。でもその面倒な説明をしてまで私に教えてくれたなんて感激です! 私、絶対に誰にも言いません!」
〈ふふっ、ありがとう〉
瞳をキラキラさせながら、また立ち止まって両手を握りしめながら言う彼女の頭を撫でる。
最初は事故のようなもので、仕方なく教えたに過ぎなかったが、この反応を見るにこの子は悪い子じゃない。むしろいい子だろうし、知られたのがこの子で良かったと思う。
何より溌剌とした笑顔で私に話し掛けてくる様は、孤児院の子供たちを思い出す。
可愛がりたくなるのも仕方ないだろう。




