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07 - 契約をしましょう

 

 

 

「カミール、あなた、声が……?」

 

 静まり返った部屋の中、最初に口を開いたのはレティだった。

 驚いた様子で尋ねてきた。

 

〈……騙したみたいでごめんなさい。でも喋れないのは本当です。ただ、気味の悪い力ですから、普段はあまり使わないのです〉

「どうなってるの……?」

「私も少し興味がある、聞かせてくれ」

〈はい。ですが、詳しいことは私自身もあまり良く分からないのです。なので曖昧な説明になってしまいますが……〉

「構わない」

〈分かりました。そうですね……簡単に説明しますと、相手に伝えたいと思うと何故かその言葉が届くのです〉

「届く? ふむ、確かに耳ではなく頭に直接声が入ってくる感じではある」

 

 これは相手の都合を無視して、無理やり話を聞かせるようなものだ。人によっては当然気に障るだろう。

 

「普段から使わないのには何か理由が?」

〈はい、やはり慣れないものは気味悪がられますから。それにある程度魔力を使うことに慣れた相手でないと、上手く伝わらないようなのです〉

「ということは、聞いたことがないがそれは魔法の一種なんだろうか?」

〈そう、なのでしょうか? 私は普通の魔法を使ったことがないのでその辺りは何とも……〉

 

 魔法はまず詠唱をしなければ発動しない。

 慣れてくると体が覚えるため、詠唱を短くしたり、そもそも必要なくなる人もいるが、最初は必要なのだ。しかも声に出すことが肝心なようで、私は魔法が使えたことがない。

 

 しかしこれは詠唱をせず、なんとなくで出来ている。

 私は魔力がかなり多いので、少し減ったくらいでは気づかないため、魔力を使っているのかも分からない。

 

 それに昔はこの力が上手く使えず、相手に頭痛や耳鳴りが起こることも良くあった。

 母の協力もあり今はだいぶ安定して使えるようになったが、あまり他の人に対して使ったことはない。

 

〈孤児院でも母相手にたまに使うくらいでした〉

「成程。だいたいの話は分かった。まだ気になることはあるが……、今回は止めておこう。次は本題であった契約獣について聞いても?」

〈はい。ですがそのことについても私はよく分からないのです。私には魔獣と契約した覚えはなく……〉

「私が聞いた話では、君の影から魔獣と思われるものがでてきて君を連れて行ったとか。それについても知らないと?」

〈いえ、魔獣については心当たりは少しあります。森で目覚めた時も側にいましたので。ですが、影からでてくるのは見たことがありません〉

「森で目覚めた? 君は森に連れて行かれたのか?」

〈はい。北の森です〉

「北の森、影を操る黒い魔獣……まさか……。今またその魔獣を呼び出すことは可能か?」

〈やって…みます……〉

 

 とは言ったもののどうやればいいのか全く分からない。前回は気を失っていたため覚えていないのだ。そもそも出そうと思って出した訳でもない。

  呼べばいいのだろうか? しかし本当にアイビーかどうかも分からない。などと考えていると足元の影が揺らいだ。

 

「「!?」」

「きゃっ」

 

 私の足元から真っ黒な獣、というよりアイビーの姿形をした小さめの影が現れ、揺らめいていた。

 

「やはりセロットか……。まさかこんな大物を持っていたとはな」

〈セロットというのはこの影のようなもののことですか?〉

「いや、この影はセロットの分身のようなものだ。本体は別で、君もよく知る姿だろう。彼らは闇魔法が得意なのだが、高位の魔獣になると固有能力を持つ場合がある。影を操るのは恐らくそれだろう。そもそもセロット自体が珍しく、北の森で見たという話はあったが、私も実際にこの目で見るのは初めてだ」

 

 さすが魔獣使いの名家だけあり、とても詳しい。

 

 しかし疑問は残る。これがアイビーの分身だとして、何故私の影から出てくるのか。

 影でも触れることは出来るらしく、擦りよってくる小さなアイビーの影を腕に抱え、撫でながら考える。

 聞こえないが、なんとなく喉を鳴らしている気がする。

 

「君はその影の本体を知っているようだが、本当に契約をしていないのか?」

〈はい。アイビーとは友達ですが契約などはしていません。そもそも契約の方法を私は知りませんので……〉

「そうか、友達か」

 

 公爵様の雰囲気が少し和らいだ気がした。

 

「しかし君の影から出てくると言うことは、君の魔力と繋がっているということだ。魔力過多の症状が和らいだというのも納得出来る。……しかし、分身が出てきたのは本体は影を通しての移動が出来ないということか……?」

〈……?〉

「君たちの様子を見るに、契約魔法は使われていないようだ。しかし、こうして君の影を通して力を使えるとなると、管理する者としては困る。この際しっかりとした契約をした方がいいだろう。そのためにも明日、君の友達を連れて来てもらいたい」

〈多分、大丈夫だと思います〉

「ならば今日は泊まって行きなさい。明朝、森へ向かう馬車を用意しよう」

「まあ! それは素敵ですわ! カミール、是非私のお部屋に泊まっていって。あ! 私は気味が悪いなんて思わないから、この部屋を出た後も今みたいにお話してね」

〈……ありがとう。お世話になります〉

 

 レティの明るい言葉に部屋の空気が緩み、無意識に緊張していた気持ちも楽になる。そんな彼女に感謝するように微笑み、公爵様には頭を下げた。

 

 

 

 厳しい取り調べが待つかと身構えたものの、そんなことは全くなく少し拍子抜けだった。

 気を使ってくれたのか本当に仕事があるのか、公爵様とは別にレティやイリス君と少し賑やかな夕食をすませた。

 夕食はやはりとても豪華で美味しかったけれど、それよりも広くて綺麗な浴室に凄く感動した。用意されていた着替えの服もシンプルながら生地が良いので高そうだった。

 何となく、もう一度体を流してから袖を通した。

 

 

 そして今はレティと一緒にベッドにいる。

 一応客室は用意されているのだが、彼女が一緒に寝ると言って譲らなかった。

 ちなみにアイビーの小さな分身は、気づいたら居なくなっていた。

 

〈……捕まるのかと思った〉

「え? あぁ、それはないから大丈夫よ」

〈どうして? 厳しい罰があると聞いたわ〉

「契約していればね。お父様も言っていたでしょう? カミールは契約していないって」

〈でも魔力が……〉

「そうね、そこがちょっとよく分からないから困るの。だから正しい契約をして貰うんだけど……その後暫くはここにいて貰うことになるかしら。私は信じているけれど、やっぱり規則だからカミールの為人(ひととなり)を調べないといけないの。ごめんなさい」

〈規則だもの、気にしないわ。それにその方が私も安心する。特別とか例外はいい事ばかりじゃないから〉

「ありがとう。でも実のところ、契約者本人はあまり厳しい罰を受けないのよ。軽々しくされると困るからそういう話は広がっているけれど、私たちが本来捕らえたいのは契約魔法を使う術者の方だから。契約者は情報と引き換えに減刑されることが多いわ。最近契約魔法での違法契約が増えているみたいだから、カミールも最初は警戒されていた感じね」

 

 契約魔法での契約は支配に近いので、魔獣と良好な関係を築くことは出来ない。

 そのため、私がその契約をしていないことは公爵様もすぐに分かったらしい。

 レティの言葉に納得すると同時に安心した。

 どのくらいの期間か分からないけれど、少し我慢すればいいだけで、無事家には帰れそうなので良かった。

 

〈そういえば、正しい契約はどうやるの? 確か魔法陣を使うのよね?〉

「そうよ。体の何処かに特殊なインクで魔法陣を描いて、契約したい魔獣に魔力を流して貰うだけ。簡単でしょ? ……まあ、そんな簡単なことでも私には出来ないのだけれど」

 

 苦笑いを浮かべる彼女にどういうことか詳しく聞くと、彼女は今まで何度か契約を行ったことがあるが、全て上手くいかなかったようだ。

 特に問題は見当たらないのに出来ず、最近は失敗するのを見たくなくて試していないらしい。

 

 オルブライト公爵家は魔獣遣いの名家であったため、みんなそれは素晴らしい魔獣と代々契約してきたそう。

 その中で契約獣をいまだ持っていない彼女は、やはり良くない噂の的になってしまう。

 

 契約は魔獣に魔力を流して貰うことで体に魔法陣が定着し、成功となる。しかし、魔獣に拒否されると魔力の流れなかった魔法陣は消えて失敗してしまう。

 なので契約前に、ある程度魔獣と親密になっていた方が成功率は高い。

 ちなみに国軍で管理されている魔獣は、子供の頃から人の手によって育てられるため、誰が契約をしようとも問題なく出来るようになっているらしい。

 レティは拒否はされないものの、何故か魔法陣が定着せずいつも失敗してしまうようだった。

 

「お父様が言うには、二重契約の時の拒否反応に似ているそうなの」

〈二重契約?〉

「基本的に契約は一人につき一体になっていて、ニ体目と契約しようとすると、上手くいかずに魔法陣は消えてしまう仕組みなの。でも私は他に契約している訳ではないし……。やっぱり才能がないのかしらね」

〈レティ……〉

 

 詳しいことを知らない私には、何も言ってあげられないのがもどかしい。

 

「ごめんなさい、せっかくのお泊りがこれでは楽しくなくなっちゃうわね! そうだわ! 明日契約するカミールのお友達はどんな子なの?」

 

 その後はアイビーの話をしたり、レティの好きな人の話を聞いたりしているうちにいつの間にか寝てしまった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 早朝、支度をしてアイビーを呼びに行くためにレティと共に外へと出ると、屋敷の陰からライリーがこちらへ歩いて来た。

 どうしたのかと思っていると、なんとその後ろからアイビーまで現れた。

 

 驚きつつも二匹に近づく。レティも付いてきたが、少し怖いのか私の後ろから覗いていた。

 

「ずいぶん大きな猫ちゃんね。お父様が新しく保護してきたのかしら?」

〈違うわレティ、この子はアイビーよ。私のお友達〉

 

 私でも少し見上げるくらいの大きさは彼女にはさらに大きく感じるだろう。笑いながら言った私の言葉に驚いていた。

 

「えっ!? カミールいつの間に連れてきたの?」

〈私は何もしてないわ。昨日の話を聞いて、きっと夜のうちに自分で来たのね。アイビーは頭がいいから〉

 

 話しながら手を差し出すと、擦り寄ってくる。

 

「それは凄いな。君には昨日から驚かされてばかりだよ。それにしても本当に大きいな」

 

 見送りに来てくれる予定だったのか、いつの間にか後ろには公爵様がいた。

 

〈公爵様、おはようございます。アイビーは体は大きいですが、気性は穏やかで滅多に人を襲うことはありません〉

「滅多に?」

〈森を荒らすような人が居ますと、少し……〉

「成る程、森の番人か」

 

 これも初めて知ったが、どうやら一部の者には森の番人などと言われ恐れられていたらしい。でもそれは森を荒らす人が悪いのであって、アイビーに責はないだろう。

 

 

 その後、アイビーも来たことなので場所を移し、すぐに契約に取り掛かることになった。

 魔法陣はレティが丁寧に描いてくれた。

 

「契約は何回もやっているから、描くのは得意なのよ」

 

 手の甲に出来上がった、不思議な紋様と文字で描かれた魔法陣をアイビーに向けると、分かっているのか近づいて額を当てて魔力を流してくれた。

 

 すると淡い発光とともに魔法陣が手から少し浮き上がり、端から一列になるように手首に上がってくると、そのままぐるりと巻きついた。

 そして光が落ち着いてくるとそのまま定着する。

 

 ……はずだったのだが、ガラスの割れるような音と共に紋様と文字が弾けて消えた。

 

 

「私の時と同じだわ……」

 

 周りが驚き静まり返る中で、レティの囁くような声が聞こえた。

 

 

 

  


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