06 - オルブライト公爵家
今私は立派な馬車に乗り、レティの家であるオルブライト公爵家へ向かっている。
さすがに乗り合い馬車などとは違い、座り心地はとても良く揺れも気にならない。それどころかむしろ眠気を誘うほど。
馬車に乗り込むなり聞かされている話に、私は少し現実逃避をしていた。
◇◆◇
ラドフォード王国の国軍には、魔獣と契約し共に戦うことのできる者、魔獣遣いの所属する部隊がある。
主に騎獣で構成された部隊は壮観であり、また選ばれた者しかなれないため、かなり人気の花形職業だ。
オルブライト公爵家は代々優秀な魔獣遣いを多く輩出しており、部隊長となる者が多かったという。
そして現公爵様も勿論優秀な魔獣遣いであったが、公爵位を継いだ際に実務職から管理職へと移り、今は契約関連の取り纏めをする立場らしい。
軍では国に代々伝わる契約魔法陣を用いて魔獣と契約するため、誰がいつ、どの様な魔獣と契約したのか事細かく記録として残っている。
基本的には国で管理している魔獣舎で育てられた魔獣と契約するが、稀に外で偶然相性のいい相手を見つけ契約する者もいた。しかしその場合も勿論報告し、同じく契約魔法陣を使用して記録もされる。
契約をするとはいえ魔獣。扱いを間違えば十分脅威になるため、契約主に危険な思想はないか、裏に怪しい人物などとの繋がりがないか、確りと調査した上で契約、管理することが必要なのだとか。
そう、しっかりと管理されている。
以上が私の知っていることと、今聞かされた話をまとめたものである。そして私がなぜこんな話を聞かされているかというと、どうやら勝手に魔獣と契約したと思われているらしい。
この国では禁止されているが契約魔法というものがあり、それを使った契約を疑われている模様。
契約魔法は魔獣に使えば強制支配に近く、契約の失敗や契約者の死、何かしらの要因で契約が切れた場合に高確率で魔獣の暴走が起こる。
そういった事故を防ぐためにも不正な契約は厳罰に処されることがあり、私は今から取り調べの様なものを受けるのだろう。
ここへきて漸く、先程の母の顔色の悪さに納得した。
身に覚えの無い話ではあるが、この先のことを思い何度目か分からないため息が溢れた。
そして、それとは別に二日前の話も聞いた。
なんでも、話をしていたら突然気を失って倒れたらしく、その後私の足元の影から黒いものが現れたと思ったら、獣の形をとり私を連れて走り去ったという。
聞いた感じと私が森で目覚めた時の状況からして恐らくアイビーだと思うが、私の影から出てきたという点のみが謎だった。
そしてレティたちはその後直ぐに私を探してくれたらしいが、付近には見当たらず手掛かりなども何も無かったため、次の日に孤児院へと行ったがそこでも何もわからない。
その時に仕事の話を聞いたので見に行ったがそこにも居らず、もし私が仕事に来たら不思議に思ってくれるよう、おじさんとおばさんにあの話をしておいたらしい。
丸一日経っても見つからないため、凄く心配したと泣かれて少し焦ったが、レティの私を思う気持ちは嬉しかった。
「取り乱してごめんなさい。それに急に色々と説明されても困るわよね? でも、出来ればこれからも普通に接して欲しいの。貴族の娘ではなくて、その、友達として」
だからその言葉に迷いなく頷いたが、これからの事と次第によっては難しいかもしれない。それを思うと……、再び出そうになるため息は飲み込んだ。
そんなことを思いつつも、頭の片隅ではこれから会うことになるかもしれない公爵様について考えていた。
作法は少しは母に教わったものの、高位貴族を相手にすることなど想定していない。
(もしかして、二日湯浴みしていない……?)
色々と複雑な私の胸中などお構いなしに、馬車は静かに止まった。
◇◆◇
公爵家のお屋敷はとても大きかった。
これとは別に領地にもお屋敷があるのだから、不思議だ。
お屋敷に着いたものの、公爵様はまだ公務で王城にいるらしく、連絡は済んでいるため戻られるまでは客間で待つことになった。レティの計らいか、お客さん扱いをしてくれるらしい。
そこでは、席に着く前には椅子を引いてくれ、座れば目の前に紅茶やお茶菓子が出される。正に至れり尽くせりな、普通なら経験出来ない状況に、感動しつつ勧められるままにお菓子を摘む。高いのだろう、とても美味しい。
「公爵家に来たっていうのに随分と余裕そうだな。あんたの立場なら普通は、もう少し緊張とか遠慮とかあるんじゃないのか?」
再びお菓子に手を伸ばした所で、斜め前からかかる声。
あの男の言葉はいつも何処か棘を感じるのは何故なんだろうか。口元は笑みを作っているが、目は笑っていないのでハッキリ言って気持ち悪い。
そもそも目の前に美味しそうなものがあれば、手を伸ばすことが普通だと思う。文句があるなら出さなければいい。それに護衛が同じ席に着いていることこそ、普通ではないだろう。
心中で軽く毒付きながら、あえて見せつけるように、目を合わせゆっくりとお菓子を口元へと運んだ。
この後会うことになる公爵様には、私に出来る範囲でしっかり対応させて貰うつもりだが、考えるだけで頭が痛くなりそうなので、今はそのことは置いておいて紅茶を飲む。やはり凄く美味しい。きっと高い。
「はぁー、やりにくい。いつもなら無視すんなよって言うところだが……」
「ちょっとフィリップ! あなたさっきから——」
「はいはい、分かってますよ。失礼しました。……なんだか少し外が騒がしいですね。様子を見てきまーす、っと」
そう言うと立ち上がり、男は部屋を出て行った。
「ちょっと、もうっ。……この間からフィリップがごめんなさい。普段から掴めないところがあるけれど、悪い人ではないのよ。信じられないかもしれないけれど……。あ、そうだわこれ。遠慮なく使ってね」
紅茶と一緒に用意されていた紙と羽ペンとインクは、やっぱり私のためだったらしい。
彼女の気遣いにお礼を伝えようとした時——
なにかが部屋に飛び込んできた。
庭に面した大きなガラス戸は開いており、ガラスが飛び散ることは無かったが、逆に侵入者はカーテンを揺らすのみで何の障害もなく入ることが出来たようだ。
部屋の中で大きな翼を羽ばたかせながらぐるぐると回る茶色の鳥。それは何だかとても興奮しているようだった。
突然のことにレティや部屋の隅に控えていた使用人たちも、悲鳴を上げながら頭を抱えしゃがみ込んでいる。
そこへ今度は大きくて真っ白な狼のようなものまで現れ、動物好きの私は別の悲鳴をあげたくなった。
しかしとりあえず今は、興奮している鳥を落ち着かせるのが先だろう。ついでに自分も。
軽く息を吐いて冷静になると、注意を引くため指笛を一度大きく吹く。
反応してこちらを見た鳥と目を合わせると、一定のリズムで口笛を吹き続ける。少しすると羽ばたきの数が減り、最後には私の座っていた椅子の背に止まった。
近くで見ると思ったよりも大きく、鋭い鉤爪や嘴はとても迫力があるが、濃い紫色の目には知性を感じさせる美人さんだ。お腹にある斑紋が少し可愛い。
そして狼に似た方は全体的に白いが足元だけ少し水色がかっていてとても綺麗だった。
部屋に入るなりずっとレティを守るように寄り添っているのは、そう躾られているからなのか。
手を差し出すとこちらも近寄ってきたので、頭などを撫でて褒めてやる。
二匹とも初めて見る上にとても可愛いく、これを見られただけで公爵邸に来た甲斐はあったかもしれない。
そんなことを考えていたが、なんだか周りがやけに静かなことに気付く。
視線を周りに向けるとレティや使用人の人たちが揃って目を瞠っていたり、口がだらしなく開いていたりと、取り敢えず驚いている様子だった。
そこにまた、新たな仲間が加わった。
「大丈夫か!?」
「姉上ごめんなさーい!」
あの男と一緒に、緩く巻かれた短い金髪の男の子が急いだ様子で入ってきたが、部屋の様子をみて同様に驚いた。
よく分からないので放置していると、戸惑いがちな声が聞こえてきた。
「あー、これはどういう状況だ? あんた今度はいったい何した?」
「……そうだ! 姉上、大丈夫でしたかっ?」
弟だろう子の問いかけに漸く動き出したレティは、大丈夫だと伝えると椅子に座り直し先程のことを説明していた。
使用人たちも動き出し、少し散らかった部屋が片付けられていく。
「すごいです! あんなに興奮していたレバンをそんな簡単に落ち着かせてしまうなんて! それに、ライリーが僕たち家族以外に触らせているところなんて初めて見ました! お姉さんは凄い魔獣遣いの方なんですか?」
どうやらあの美人さんはレバンという鳥型の魔獣のようだ。白い狼に似た魔獣はライリーという名前で、公爵様の契約獣でグレートレーンズという種類らしい。
そして尊敬した眼差しで見つめられても困る。私は、凄いもなにもそもそも魔獣使いですらないため居た堪れない。色んな視線が痛い。
しかもレティに話を聞いて指笛の練習を始めたが、それは声の出ない私がこちらに注意をむけさせるためだけにやったことなので、覚えても意味はないと思う。可愛いけれど。
「あ、名乗りもせずに失礼致しました。僕はイリス・オルブライトです。十歳になりました! そろそろ契約獣を決められる年齢になったので、家の魔獣舎を覗いたら近くにいたレバンに驚いてしまい、それにレバンも反応して、わたわたしているうちに……開いていたドアの隙間から、逃げられてしまいまして……」
「イリス、魔獣舎には一人で近づいてはいけないと言われていたでしょう? 取り敢えず、レバンが飛んできた理由は分かりました」
「俺も外に行って驚きましたよ。なんか凄い勢いで鳥が飛び回ってて」
「うぅっ。ごめんなさい……」
今回の事はレティの弟、イリス君が原因のようだ。十歳くらいの男の子の好奇心・冒険心は、貴族も平民も変わらないのだろう。
その後も私が紙に名前を書いて挨拶をすると不思議がり、声が出ないことを伝えると驚き、魔獣遣いでないことも伝えるともっと驚き、少し落ち込んだ。どうやら教えを請うつもりだったらしい。なんだか悪いことをした気分になった。
仕種や話し方はやはり貴族の子という感じだが、気が緩むと出る子供らしい言葉や反応には、やはり普通の子とそう変わらない無邪気な可愛いらしさがある。というか、見た目がふわふわのキラキラで、普通に可愛い。
彼はレティと色々な話を聞かせてくれた。
魔獣は基本的に自分が主と認めた者以外の指示は聞かず、触れられることもあまり良しとしないらしい。
だから私が普通に触れていたことにみんな驚いていたようだ。
他にも、魔獣は一般的に鳥型が契約しやすいと言われていること、見目の良い小型の魔獣や低位の魔獣は愛玩魔獣として契約する者もおり、そちらは契約魔法陣の簡易版の魔道具でいいらしく、届出をすれば手に入る物であまり厳しく取り締まってはいないこと。正し、何かあれば勿論主人の責任となる。
「最近は軽々しく契約しようとする人が多いんですっ。高位の魔獣は強いし、カッコいいのも多いから。でも、だからこそきちんとした信頼関係が大切なのに……」
「……」
悲しそうな顔で話すイリス君の頭を、同じく眉を下げたレティが優しく撫でる。
公爵様は魔獣の管理もしているが、特に訳ありのものなどを保護するのに力を入れており、この家にある魔獣舎もその子たちのための場所になっているらしい。
「ここ最近、契約に失敗した魔獣が保護されることが多いんです。契約に失敗したまま外に放すと、人に恨みを持って襲ってしまう場合があるので……。余程危険な魔獣でない限りは我が家で保護していたのですが、その数が年々増えていて……」
ため息をつくレティ。
「無理やり連れて来て契約して、それで失敗したから捨てるなんて酷すぎるわ。高位のものは頭のいいものが多いし、優しい子もいる。そんな子たちをただ自分の見栄のためや戦わせるためだけに……」
「姉上……」
「他国との争いが無くなり、私たちは戦争を知らない幸せな年代です。それを危機と捉えるのも分からなくはないですが、魔獣というまた別の脅威がある分弛むことはありませんし、これ以上の戦力は要らぬ争いを招きかねません」
レティの言葉を最後に部屋には静寂が訪れる。少々踏み込んだ話題でもあり、あまり下手なことも言えずどうしたものかと悩んでいると、今まで大人しく私の足元で寛いでいたライリーが頭を持ち上げ扉を見つめる。
色々な話をしていたら、あっという間に時間が過ぎていたらしい。気づけば外はもう夕暮れが近く、開いていたガラス戸は閉められていた。
そしてノックの音と扉の開けられる音に窓からそちらに視線を移すと、とても素敵な男性がいた。
金髪に茶色の瞳。整った顔立ちは間違いなく二人の元になった人物だろう。
でも纏う空気は少し冷たい気がする。
「仕事から戻ってきたのに誰も出迎えに来てくれないとは、寂しいじゃないか。……おや珍しい、イリスだけでなくライリーまでここにいたのかい?」
「「お父様!」」
「お帰りなさい。話に夢中になっていたみたいで、ごめんなさい」
「ごめんなさい……」
「ただいま。二人とも気にすることはない、ただ言ってみただけだからね。そちらのお嬢さんが例の子かな? 待たせてしまってすまないね、早速で悪いが私の執務室で話をしようか」
「カミール、心配せずとも私も一緒に行きますからね」
レティの言葉に安心した。流石にこの人相手に私一人では、緊張してまともに話が出来る自信はない。
イリス君も来たがったが、公爵様は少し驚いた様子を見せるも許可は出さず、少し拗ねていた。可愛い。
ちなみに、レバンは少し前に魔獣舎の管理をしている人が迎えに来た。本来は穏やかな性格らしく、大人しく連れて行かれていた。
執務室には公爵様とレティ、それとあの男に私、執事だと思われる人の五人で入った。
あの男は三人で話をしている時にいつの間にか居なくなっており、公爵様が帰ってくるとまたいつの間にかレティの側にいた。神出鬼没で少し気持ち悪い。
公爵様が椅子に腰掛け、私は執務机を挟んで向かいに立つ。隣にはレティがおり、私の手を握ってくれていた。
他の二人はそれぞれ扉の近くと公爵様の斜め後ろにに落ち着いた。
机の上で手を組んだ公爵様にひたと見据えられ、背筋が伸びた。
「さて、私の名はカーリー・オルブライト。ここオルブライト公爵家の現当主であり、魔獣遣いの管理トップでもある。早速だが君の契約獣について聞きたい。ああ、フィリップから話は聞いている、これを使いなさい」
執事の人が紙とペンを用意してくれるのが分かった。
しかし、スムーズに話を進めるためにはこちらの方がいいだろう。
〈お心遣い感謝致します、公爵様。カミールと申します。こうして、普通ではありませんが一応の会話は可能でございます。しかしながら礼節には疎くありますので、その辺りはご容赦頂きたく。では、どうぞなんなりとお聞き下さい〉
そう伝えると、頭を下げた。




