05 - 公爵令嬢
“今日は何して遊ぶ?”
“………”
“うっ……。別に大丈夫だって、少しくらい”
“……”
“だって毎日毎日同じことばっかりで、流石に飽きるよ”
“……”
“外の世界はどんな感じなのかな?”
“…………”
“分かってる、勝手に出て行ったりはしないよ”
”……”
”わっ、何、急に。ふふっ、くすぐったい〜”
“……”
”———だーい好き。これからもずっと一緒にいようね”
——————
————
——
目が醒めると森の中だった。
戸惑いながらも身体を起こし周りを見ると、傍に良く知る大きな黒い塊があることに気づく。
そこから伝わる温もりと、ゆっくり上下する動きに安堵し、身体から力を抜いてもたれかかり今の状況の整理をすることにした。
まだ薄暗い感じからして、丁度夜が明けてきた頃だろうか。
そして、恐らくここは北の森だろう。こんなに開けた場所は知らないが、雰囲気からしてそう感じる。
周りに咲き誇る花々は、まだ時期には早い気もするが、ここが暖かい所為だろうか。
暫く状況も忘れて見入っていたが、差し込む朝日に目を細めたところで、最近見た夕陽を思い出してハッとした。
最後の記憶は最近知り合った少女、友人になったばかりのレティと一緒にいたところまでだ。
(別れた覚えがない。どういうこと……?)
血の気の引いた頭を抱えていると、視界の端から黒い二本の長い紐が伸びてきて頬をくすぐる。
強張った身体から力が抜けて、見上げた先には優しく細まった金色の瞳。なんとなく慰めてくれている気がした。
この子はこの森に棲む魔獣だ。
猫の様な見た目をしているが、体は馬並みに大きいと思う。
体を撫でてあげると顔を擦り寄せてきたので、次は喉元をくすぐると気持ちよさそうに喉が鳴り、その様子に口元が緩む。
まだ幼い頃、初めてこの森に入り迷った私の前に突然現れたのがこの子だった。
その後も森へ行くと必ず何処からか現れるこの子に愛着が湧き、今では"アイビー"と名前をつけ、時間があれば森で一緒に遊んだり昼寝をしたりしていた。
今も、私の体には薄い毛布が掛けられており、もしかしたら覚えていないだけで、レティと別れた後自分でここまで来たのかもしれないと考え、この毛布はこの前森に忘れてきたものだと思い出して首を振る。
少し落ち着いたものの、記憶がないのは気持ち悪い。
ぐるぐると同じようなことを考えるが、全く思い出せそうにない。
今日の仕事が終わったら、可能性は低いが何か知っていないか母を訪ねようかと考え——
(そうだわ、仕事!)
それからは急いで森をでて家に戻ると、お湯を沸かす時間なんて無いため、水で濡らしたタオルで体をしっかりと拭く。
恐らく今までで一番短い時間で支度を終えて、家を飛び出した。
風でずれるフードを押さえながら道を走る。自分の足の遅さをこれほど呪ったことはない。
孤児院を出てからの私は、声が出ないことから接客業などは難しく、またこの容姿は悪目立ちすることもあり、人目の少ない農場で働くことにした。
早起きも得意で、まだ若いのである程度の力仕事も出来る。なにより昔から動物などにはよく好かれてきたので、家畜の世話をする仕事はなかなか楽しかった。
それに雇い主である夫婦はとても親切で優しく、私にも普通に接してくれる。
その為、そこでの仕事はとても気に入っていた。
だから遅刻なんて以ての外なのだが……
走ってきたことで間に合ったのか、いつものように大量の餌の準備をしているおじさんとおばさんがいた。
そのまま早足で近づくと、私に気づいたのか驚いたように声をかけてきた。
「おう、カミールおはようさん。もう体調はいいのか?」
「おはようカミール。まだ顔色があまり良くないようだけど、無理してないかい?」
取り敢えず挨拶は返したが、よく意味が分からない言葉に首を傾げることになった。
◇◆◇
何故か私は病み上りになっていた。
比較的力仕事の少ない鶏舎の卵拾いと掃除をしながら、おばさんの話を思い返す。
どうやら私はあの森で二度の夜を過ごしていたらしい。
遅刻どころか無断欠勤だった。最悪だ。
二人も休むどころか仕事に遅れたことのない私が来ないことを、不思議に思っていたらしい。
お昼前になっても現れない私に心配していたところ、綺麗な馬車に乗った可愛らしいお嬢さんが現れて、カミールは風邪を引いて院で寝込んでおり、しばらく仕事には来られそうにないと言ったらしい。
更に自分はカミールの友人であり、忙しいミモザさんに代わってここに伝えにきた、とも言っていたらしい。
間違いなく可愛らしいお嬢さんとはレティのことだろう。
凄く嫌な予感がするけれど、仕事が終わったらやはり母の所に行くべきだろう。
仕事量が少ない分丁寧にやろうと普段あまりやらない所まで掃除していると、お昼の時間になったのかおばさんが呼びに来た。
隅々まで綺麗になった鶏舎を見て驚いていたが、病み上りでやり過ぎだと少し怒られた。
すぐ近くにある二人のお家でいつものようにお昼をご馳走になったところで、今日はもう帰って大丈夫だと言われた。先程やり過ぎたのもあるのかもしれない。
申し訳ないと思いながらも、今はその言葉に甘えることにした。
今の状況について少し考えながら歩いていたら、前方に大きめの馬車が止まっているのが目に入る。
どうやら考え込んでいる間に孤児院に着いたらしい。
馬車の所では持ち主が来たのだろう、御者だと思われる人が扉を開けた。
それを横目に通り過ぎたところ、こちらに向かって歩いてくる彼女と目があった。
「……カミール? カミール! あなた、今まで何処にいたの!? 急にいなくなってしまって、どこにも見当たらないし、ずっと探していたのよ? 体はなんともないの? あの黒いのはなんなの? 何処へいったの?」
私だと分かった途端に駆け寄り、目の前に来るなり肩を捕まれ質問攻めにされた。
肩を揺する力に驚きは何処かへと飛び、本当に体調が悪くなってきた気がする。
「ちょっとちょっと、お嬢さん落ち着いて。取り敢えず見つかったんだし、詳しい話はまたここの中に戻って聞きましょ」
「それもそうね。カミール、来て早々に悪いのだけれど、話を聞かせて貰ってもいい? なんだか顔色が悪いけれど大丈夫? 中に入って早く座りましょう」
「いや、それはお嬢さんが原因かと……」
三人で院の中へ向かったのだが、先程出て行ったばかりのレティが戻ってきたことを不思議に思い顔を覗かせた母が、私を見つけるなり先程のレティの繰り返しとなった。……目眩がする。
何だかんだありつつも応接室へ行き、やっと落ち着くことができた。
「まずカミール、あなた体調は大丈夫なの? 急に気を失うから、あの時は本当に驚いたのよ?」
レティに改めて色々と質問され、それに身振り手振りやレティの持っていた紙に書いたりと、答えていく。
目を覚ましたのが今日の朝で、なぜか北の森にいたと言うと三人はとても驚いていた。
そして黒い影はよく分からなかったけれど、黒い獣ならば仲良くしている子がいるとも伝えた。
北の森へはここに居た頃から良く行っていたけれど、アイビーのことを母は知らない。
隠していた訳じゃないけれど、特に言うタイミングがなかったということも伝えた。
すると母は頭を抱えてしまい、レティは困った顔を、護衛の男は厳しい視線をこちらへと向けた。
その様子に困惑していると、母が突然頭を下げた。
「申し訳ありません。このことは私の責任です」
「いや、契約をしたのなら彼女自身の責任です。契約後は目立つ変化もありませんし、あなたが気づかないのも無理はないでしょう」
「……いいえ。なんとなく、おかしいとは感じていたのです。ただ、まさかという気持ちもあり確かめませんでした」
「どういうことですか?」
突然始まった母と男のよく分からない話に、戸惑いながらも耳を傾ける。
それは、私の体質についての話から始まった。
私は拾われた頃からよく熱を出して寝込むことが多く、そのくせ声が出ないため泣き声が聞こえず、目の離せないとても手のかかる赤子だったらしい。
しかし後に、その理由は魔力過多症が原因だということが分かった。
だがこれには確実な治療方はなく、体の成長に合わせて魔力が落ち着くか、魔法を使って魔力を消費するしかない。
だが私の場合、成長するにつれ同じように魔力も増えてしまい、最悪なことに声の出ない私には詠唱の必要な魔法は使えない。
幸い体は丈夫だったらしく、増えていく魔力にもなんとか耐えていたが、頭痛やイライラに悩まされたりとギリギリの精神状態だった。
そんな私に理由を知る院のみんなは優しかったが、近所の子達は違う。
ある日私のことを気に入らない子に騙され、北の森に連れて行かれ置き去りにされた。
私がいないことに気づき、その理由を知った母が驚き、焦り、心配する中、私は普通に帰ってきた。
そしてその顔は、今までとは違いとてもスッキリとしていたらしい。
「それからも何度か辛そうなことはありましたが、毎回森へ行って戻ってくると落ち着いていたのです。この子も、森へ行くと気分が落ち着くとしか言っていなかったので、その時は深く考えていませんでした。……ただ、少しすると森へ行かなくとも体調のいい日が続く様になって……」
そう言ったきり、口をつぐんでしまった母に、私は内心とても焦った。
話を聞いた所で全く分からないけれど、母が謝らなければならない様なことを、知らないうちにしてしまったのだろうか。
そして同じく話を聞いていた護衛の男がため息をつきながら言った言葉に、血の気が引いた。
「……成程。まあ、事情は分かりました。しかしそれはそれ、これはこれです。彼女からも話を聞くことになりますが、その話はここではなく公爵家で。どうなるかは分かりませんが、こちらも報告しなければいけませんので」
落ち込む母、そして心配そうなレティ見て、今こそ気を失いたいと思った。
(公爵家のお嬢様なんて聞いてない……)




