44 - エピローグ
あれから、早いもので一年の月日が経った。
神獣様が飛び立った後、暴走状態だった魔獣は元に戻ったが、元々人里近くまで来てしまっていたのでその後も討伐は続いた。
そして少なくない被害を出したものの、今回は自分たちの手でしっかりと国を守ったのだ。
それからは目まぐるしく過ぎる日々のせいで、本当にあっという間だった。
大きな出来事としては、三つほどだろうか。
まず国に混乱を招いたとして、神殿長とカースティ公爵は極刑。半年ほど前に執行されている。
カースティ家は伯爵家となり、子息は身分剥奪の上国外追放、領地も多くは接収された。そしてその領地の一部は協力者として貢献したルーカスへと割譲され、同じく協力者としての貢献が認められたリナリアが補佐としてついている。
二つ目は、神獣様が目覚めたことによるこの国への加護の影響だった。
優しい光を振り撒きながら飛ぶ綺麗な鳥の噂は瞬く間に広がっていき、それが神獣様であると誰もが疑わなかった。
最初こそ特に変わりはなかったが、半年もすれば国のあちこちから作物の実りがよく収穫も増えたとの報告があがるようになる。
恵が増えれば新しい命も増える。
この国はこれからどんどん成長していくのだろう。
そして三つ目。それは——
「あー! 姉様ここにいたんですね! もう、探しましたよ〜。あ、もうファンデルメール子爵夫人って呼ばなきゃでしたねっ」
そう笑顔で話しかけてくるシーラに苦笑いを浮かべる。
「今まで通りでいいって、いつも言ってるでしょう?」
彼女は事あるごとにこうしてからかってくる。
それも、私がこの状況に慣れず戸惑っている姿を見るのが楽しいのだろう。少しニヤニヤとしている表情がそれを物語っていた。
私は半年ほど前に結婚した。
突然の結婚の報告に母は驚いていたけれど、自分のことの様に喜び祝福してくれた。
他の人も大体同様で、ブラーム様だけはせっかくカッセル家の子になったのにと少し残念そうだったけれど、それもまた嬉しかった。
「シーラ、探していたってことは、もう始まるのね?」
「ハッ、そうでした! 皆さん入場されてます、私たちも早く行かないと!」
その言葉に頷き、もう一度王城の庭園を見回す。
不自然なほどに全ての花が満開で、今日という慶事にはぴったりだった。
◇◆◇
コンコンコン。
少し緊張しながら控室のドアをノックする。
開けられた扉から中へ入ると、奥の窓際から入る日に照らされた姿。
純白のウェディングドレスに身を包んだレティがいた。
三つ目の大きな出来事、それは建国記念日でもある今日行われる、レティと殿下の結婚式だ。
「レティ、凄く綺麗。本当におめでとう」
「カミール、ありがとう。……ふふっ、あなたの口から直接お祝いを言って貰えるなんて、本当に嬉しい」
「頑張って、練習した甲斐があるわね」
神獣様のカケラが抜けた後、私の足にあったユリの痣は消えた。どうやらカケラの影響だったらしい。
しかし同時に、言葉を伝える事も出来なくなった私は、会話が出来なくなった。
それでも、声が出なかったのは副作用みたいなものだった様で、時間はかかったが必死に練習をして、ゆっくりではあるが自分の口で喋る事が出来るようになった。
レティへのお祝いの言葉はしっかり伝えたくて、今日に間に合わせるため本当に努力した。
私の練習も兼ねて、結婚式の日にちが決まってから今日までに毎日沢山の話をしてきたが、やはりお互いに込み上げるものがある。
「シーラたちと外で待ってるわね。……じゃあ、また後で」
「うん、また後で」
今日は他国からも大勢の招待客が来ており、私たちは式の後のパーティからの参加になる。
それでもこうして控室に行き少しでも会うことが出来たのは、殿下や公爵家の人々の配慮のおかげだ。
神獣様が目覚めた今、そのことを大々的に広めるためにもレティの結婚式は神殿で行われる。
シーラとフィリップと合流し、神殿の外で待っていると名前を呼ばれた。
振り向くと黒髪に金色の瞳を持つ人。
「アル。あなたがここに来たってことは、式はもう始まったのね」
彼は最前線での戦いにより、身体はボロボロになり瞳にも怪我を負ってしまったが、それでも帰って来た。
そしてその際の功績が認められ、爵位を賜りアルヴィン・ファンデルメール子爵となった。
王都を立つ前に渡したクツァールの羽に求婚の意味があったことを忘れていた私は、そのままその祝いの場で彼から羽を返す形で求婚をされた。
私の側へと戻ってきた彼は、私たち二人の関係に夫婦という名前を付けた。
私はカミール・ファンデルメールとなったのだ。
少しまえの事を懐かしく想いながら、彼の一つに減ってしまった瞳を見つめる。
彼は今はもう照れて視線を逸らす事もなく、しっかりと見つめ返してくれる。
そして優しく微笑むとそのまま私の額に軽く唇が触れた。
「きゃーーっ」
「人前でよくやるぜ……」
シーラの小さい歓声とフィリップの呆れた声が聞こえる。
口下手な彼は言葉よりもこうして態度で色々と伝えてくれるため、嬉しくもあり、少し気恥ずかしい。
そんな彼に先程聞いた話をしようと耳元に唇を寄せたところで、わあっ!という大きな歓声が上がった。
どうやらレティと殿下が神殿から並んで出て来たらしい。
いつの間にか側に来ていたアイビーを見ると、改めて周りを見渡す。
少し奥ではレティと殿下が幸せそうな笑顔で手を振っている姿が見える。
旦那様や奥様、イリス君も近くでその姿を嬉しそうに見守っていて、視線をずらすとカッセル伯爵家の人々もいる。隣には母とカザルムさんもいて、みんな明るい笑顔で笑っていた。
また違う所を見れば神官服を脱いだルーカスとリナリアが並び、ルーカスは喜ばしそうに、リナリアは羨ましそうに見ていた。
近くから聞こえる鼻をすする音に目を向ければシーラが号泣しており、それを見たフィリップが呆れたように、でも優しくその涙を拭ってあげていた。
そして最後に、先程の声は聞こえたかと隣を見上げると、彼は瞳を大きく見開いて固まっていた。
しかし視線が絡むと、滅多に見られない八重歯が覗くほど、笑ってくれた。
自身の境遇を悲観したことはなかったけれど、面倒事を避けるために、なるべく人と関わらずに生きていこうと考えていた。
それが今では私の周りは沢山の優しい人たちで溢れている。
今も私の両隣には大切な宝物が側にいる。
これからもその宝物は増えていくのだろう。
今でも正直、恋や愛というものはよく分からないけれど、私は確かに感じる“幸せ”を噛み締めた。
自身のお腹にそっと手を添えるその手首には、くるりと巻き付く証しが一つ。
その日は素晴らしく澄んだ青空が広がっていた。
庭師も驚く程に、城の花は全てが満開だ。
この日、今まで伝わっていた物語はその中身を少し変え、新たに発覚した史実として発表された。
新たな時代の始まりを告げるような鐘の音と祝福の声、その上空を羽ばたく神獣を追うように大きな虹が架かる。
人々は明日への希望を持ち、国中の至る所で笑顔が溢れ、幸せが満ちていた。
主役の二人が人々の前に姿を現した時、空から青い薔薇の花びらが舞い落ちる。
その日一番の歓声が広がった。
彼らの物語はこれからも続くだろう
それぞれの物語
その主役である愛しい子らに
私からの祝福を
end




