43 - 過去と現在を繋ぐ
全員が黙り込んだまま何も出来ずにいた。
当然だろう。とんでも無いことが起きているのは理解したが、その解決策が祈ることだと言われたのだから。
上手く出来なければ何の罪もない人々が傷つくことになる。
出来る保証もないのに、責任だけはハッキリとしている。
この状況にレティは耐えられなくなったのか、ついに泣き出してしまった。
それでもやらないよりはましだと思ったのか、膝をつき手を組むと祈るように目を閉じた。
リナリアもそれを見て戸惑いつつも同じく祈り始めた。
二人の前には女神像がある。
元々あったのか、このためにこの部屋へと運んだのかは分からないけれど、静かにそこに佇んでいた。
今頃外はどうなっているのか。
彼は無事だろうか。
そんなことばかり考えてしまうのは今いる場所のせいかもしれない。
だからか、したこともないのに思わず目の前にあった女神像に向かって手を組み、私も彼の無事を祈ってみた。
『懐かしい気配がすると思ったら、……全く、あなたは本当にお寝坊さんね』
突然、頭の中に女の人の声が聞こえた。
目を開け周りを見ても、私以外に聞こえている様子はない。
『もう力は十分戻ったでしょう。いつまで意地を張ってその子の中にいるつもりですか?』
初めて聞くのに何処か安心感を与える声。
『仕方ないですね。少しだけ背中を押してあげましょう』
優しく慈愛の籠った声が聞こえた直後、私の身体から何かが抜けていくのを感じた。
それと引き換えるように流れ込んできたもの。
私のものじゃない記憶。何度か夢で見た気がする光景。懐かしい記憶。そして——
”アイビーだーい好き。これからもずっと一緒にいようね”
いつも側に感じていた温もり。
私に何かあった時、いつも近くに必ずいてくれた存在。
隣を見ると、アイビーの小さい影がいた。
『あら、その子随分と力が弱ってしまっているわ。……眠りについたあの子の代わりにずっと一人で森を守ってきたのね。……え? そう、あなたもたった一人をずっと待っていたの』
その言葉に堪らなくなって抱きしめた。
ごめんね、ごめんなさいアイビー。全部思い出したわ。ありがとう、大好きよ。
抱きついたまま離れない私を、小さい尻尾でくすぐるように撫でてくれる。
思い出した過去と重なり余計に涙は流れた。
『こちらは大丈夫そうですね。さあ、行きなさい。再会を心待ちにしていたのは、あなたたちだけじゃないでしょう?』
その言葉にハッとレティを振り向く。
声は私にしか聞こえていなかったため、突然アイビーの影に抱きついて泣き出した私を心配そうに見ていた。
「……カミール? どうしたの? 大丈夫?」
大丈夫よ。心配しないで。
「……カミール?」
どうしたの?
「どうして返事をしてくれないの……?」
その言葉の意味が分からなかった。私はいつも通りにしているはずなのに。
『あぁ、声が出せないのね。あの子のカケラが抜けてしまって、力も使えなくなってしまったみたい。……仕方ないですね、今日だけですよ。……さあ、今度こそお行きなさい』
その声と同時に暖かい何かが入ってきたのを感じた。
振り仰いだ先には、変わらず女神像が静かに佇んでいる。
再び手を組み軽く祈ると、またレティの方を向く。
〈レティ、急いで行かなければいけないところがあるの〉
思い出すのは先程流れた別の記憶のカケラ。
深い森の中。
澄んだ水に映る金色の小鳥。
母親に捨てられた産まれたばかりの赤子。
救われた命、その恩はしっかりと返さなければ。
北の森の泉。
そこで眠りについてからずっと待っている。……彼女を、ずっと。
その時外が騒がしいことに気づいた。
もしかしたらと思い、レティの手を引き部屋を出る。
「え? ちょっ、カミール!?」
「姉様、待って下さいよ〜!」
部屋の外には誰もおらず、全員が建物の外に集まっている様子だった。
そのまま外へと飛び出すと、フィリップが公爵家の騎士を引き連れて来ているようだった。
「! カミール! お嬢さんは!? 無事か!?」
〈ここにいるわ! 怪我もない!〉
周りの騎士と共に、神官たちを薙ぎ倒しながらこちらへ来るフィリップ。
その後ろにはアイビーの本体もいた。
きっと彼女がここまで案内して来たのだろう。
〈フィリップ、シーラたちをお願い! 私たちは行くところがあるから!〉
「はあ!? どこ行くんだよ!!」
後ろから来たシーラやリナリア、ルーカスが保護されるのを見ながら、隣に来たアイビーの背にレティと二人、乗せて貰う。
〈時間がないの! 説明は後でするわ!〉
その言葉だけ残して、何か叫んでいる彼を無視して走り出したアイビーにしがみつく。
落ちないように尻尾で支えてくれているが、慣れない動きにレティの小さい悲鳴が後ろへ流れていった。
「はあ〜? なんなんだよ、あいつら……」
「なんだか凄く急いでるみたいでしたね……」
「北の森に行ったのでしょう、約束を果たしに」
「約束? いったい何の話だ?」
「ねぇ、ルーク。そもそもどうして神殿長は、神獣様が今の王家に失望すると思っているのかしら?」
「あぁ、それは……、今伝わっている神獣様と聖女様の話が間違っているからでしょう」
「……なんですって?」
「僕も最近知ったんです。殿下が下さった資料に聖女様の手記らしきものがあって、大まかな出来事は同じでした。でも大事な部分は全く違った」
そう言ってルーカスは、過去に思いを馳せるように遠い空を見上げ話し出した。
“もともとは、彼女も『もりびと』と呼ばれる存在でした。彼女を攫ったとされている者たちは、ただ彼女の安否を心配した彼女の仲間たち。そして彼等は王国の人々を襲ったとされていますが、実際は襲われている王国の人々を守ったのです。聖獣と共に戦ったのは、王子ではなく『もりびと』と言われる彼等だったんです。当時の王は神獣様が力を使い眠りについたのをいい事に、その事実を隠蔽し捻じ曲げ、あろうことか国のため命を懸けた彼等を悪者にした。当然そんなところへ聖女様が嫁ぐはずもなく、彼女は一人森へと帰りました”
急ぎ教会を出たカミールたちだったが、この国の教会は神殿とは違い少し街外れにあったため、森へは思いのほか早く着けそうだった。
“しかし神獣様との約束があった彼女は自身の血を繋げるため、ある家に嫁いだ。そこの家族は彼女の影響でとても魔獣に友好的で、また逆も然り。のちに国軍に魔獣部隊が出来ると代々優秀な者が輩出されるようになります”
カミールの頭の中には神獣と聖女のやり取り。恐らくは自身の前世と思われる少女と、アイビーのやり取りが次々と流れていた。
“そう、今では公爵家であるオルブライト家です。ヴィオレットさんは、おそらく聖女様の血を濃く継いでいる。そのため、彼女を森へ連れて行く必要があるのです”
その中でも、神獣と聖女の約束について、レティに教えていた。
“神獣様が目覚める時には、必ず会いに行くという約束を”
◇◆◇
森の中へと辿り着くと、アイビーは泉のある場所の少し手前で止まり、私たちを下ろした。
少しふらつくレティを支えながら視線を前へと向ける。
少し奥にある泉の水面に金色に輝く小さな鳥がおり、レティは引き寄せられるかのように泉へと近寄っていった。
『人は愚かだな、また同じ様な争いを繰り返す』
「……」
『……そんな顔をするな。この国を護り見守るのは彼奴との、お前との約束だ』
「……」
『もう一つの約束を、覚えていないのも仕方あるまい。意地を張っていた私が言うのもなんだが、それを受け継ぐには難しい月日が流れた。……本当に、人の命は短く儚い』
私は自分の隣にいるアイビーへと視線を向ける。
相変わらず優しい金色に輝く瞳に、胸がつまって抱きついた。何度伝えても足りない沢山の感謝を、言葉に出来ない想いを、届けと願って。
レティと神獣様はその後少し会話をすると、レティはこちらへと戻って来た。
「カミール」
〈っレティ、どうだった? 話せた?〉
「うん、御力を貸して下さるそうよ。ただ、魔石の悪影響を消すだけだから、後は私たち、人の力で頑張りなさいって」
〈……そう〉
「でも、その代わり昔みたいに力を使い切る訳じゃないから、これからはずっと見守っていて下さるそうよ」
その言葉に神獣様を見る。
視線が絡まった気がして、なんとなく頭を下げる。
『お前たちにも迷惑をかけたな。私のカケラが抜けたから、今度は契約出来るだろう』
その言葉にアイビーを見る。
彼女も私を見ており、擦り付けてくる頭を撫でた。
『お前は再びの契約を望むのだな。……人の命はとても短い』
その言葉を聞いても、アイビーは私の側を離れなかった。
『そうか、お前は強いな。私はもう二度と契約はしない。……別れは辛い』
そう言葉を残すと神獣様は泉へと沈んでいった。
私とレティが驚いていると、少しして泉の中から白銀に輝く大きな鳥が現れた。
私たちの何倍もある本来の姿なのであろう神獣様は、私たちに力を貸してくれるついでに国を見て回ると言って上空へと舞い上がると、暖かい光を振り撒きながら飛び去って行った。
その優しい光は森から国中へと、数日を懸けて広がっていった。




