42 - 血塗られた石
ガタゴトと揺れる馬車。
私たちの前に座るルーカスは、申し訳なさそうに口を開いた。
「二人とも本当にごめんなさい。突然のことに驚きましたよね。とりあえず、大人しくしていれば手荒な真似はされないと思うので、今は様子を見て指示に従いましょう」
「あの、ルーカスさんは……」
「あぁ、僕は少し抵抗してしまいまして。お二人は女性ですし、大丈夫だと思いますが念のために」
そう言うルーカスはよく見れば服は薄汚れ、顔にも叩かれたのか殴られたのか、暴行を受けたような痕があった。
「取り敢えず僕の知っていることをお話しします」
そして話してくれた内容はとても信じられないものだった。
神殿長はカースティ家と共謀して今回の魔獣襲撃事件をおこした。
カースティ家の狙いは殿下の予想通りだったみたいだが、神殿長には別の思惑があったようだ。
それは混乱し、危機に陥った国を神獣様が助けてくれるだろうと。
彼は、神話と呼ばれるような過去の出来事を再現するつもりなのだ。
「そんな。そんなこと……」
「僕も最初は出来るなら凄いと思ったんです。加護の影響が薄れ、神獣様への信仰も減りつつあるこの国にとっても良い事だと。色々な資料を見ました。古い文献も、誰かの手記、余り関係の無さそうなものでも少しでも聖女様や神獣様のことが書いてあれば」
「そういえば、ルーカスさんは学園でもいつも図書室にいましたね」
「そうなんです。あそこでしか読めないものを卒業までに見ておきたくて。あなたと会うのはいつもそこでしたね」
「ふふっ、私が行くといつもいましたから」
「リア、リナリアには聖女オタクと言われました」
「……この前も思ったのですが、お二人は親しい間柄なんですね?」
「そうですね。昔は殿下と三人でよく遊びました。……父が体調を崩してからそれも無くなりましたが」
「……そうだったんですね」
「……すみません、話が逸れましたね」
彼は咳払いを一つすると説明を続けた。
「調べていく中で分かった事実は叔父である神殿長に伝えました。しかしそれを実行しようと動く姿に、少し危機感を覚えたんです。叔父のしようとしていることは、人々を危険に曝す行為です。それに成功するかも分からない危険な賭け。怖くなった僕は、秘密裏に殿下と連絡を取り情報の交換などをしていたんですが……」
彼の様子を見るに、見つかってしまったのだろう。
「今回の出来事は突き詰めれば僕の所為です。好奇心のままに調べて、新しく知る事実が嬉しくて深く考えず話してしまった……」
「いいえ、それは違います。あなたの好きなことに全力を注ぐ姿勢はとても凄いことで、褒められこそすれ、悪く言われることではありません。その知った事実を元に良いことだって出来るはず。今の状況は間違いなく神殿長の責任です」
「……ありがとう。でも君たちが巻き込まれたのは——」
目的地に着いたらしく、馬車が止まった。
降りる前に先導役の男に怪しい動きをすれば傷つくのはルーカスだと言われ、元々彼に言われていたこともあり、私たちは大人しく従いついて行った。
あまり周りを見ることは出来なかったけれど、どこか既視感を感じ内心で首を傾げていたが、その理由はすぐに分かった。
建物に入ってまず目についたのは、奥に建つ美しい女性の像。
初めて見たが自然と分かった。あれは女神カルミア、この世界を作ったとされる神様だ。
最近訪れた神殿と建物の作りがどこか似ているため既視感を覚えたのだろう。
私たちは教会に連れて来られたらしい。
その割にはここにいる人は皆、神殿の関係者に見える。それとも神官の服は教会も神殿も同じで、私に人の見分けが付かないだけなのかもしれない。
そんな事を考えながら案内された奥の部屋には、先客が二人いた。
「! レティ様! 姉様も!? どうし——」
「ルーク!! あなた、その格好はどうしたのっ!? それにこの怪我も!」
驚いたシーラに、こちらもまさかの場所での出会いに驚いたが、それを押し除けて現れたリナリアには更に驚いた。この組み合わせが理解出来なかったからだ。
「リア、落ち着いて。これは……少し気を抜いていたら見つかっちゃって……」
「だから言ったじゃない! あなたは少し鈍臭いからその役目は荷が重いって! やっぱり私がするべきだったわ……」
以前見た時とは違い取り乱した様子を少し意外に思いながら見ていると、レティが遠慮がちに間に入り、二人が何故ここにいるのかを聞いていた。
私たちを案内した男は、いつの間にかいなくなっていた。
「私はお城でちょっとした雑用をしていたら、神官の人にルーカスさんに呼ばれてるって言われて、何も考えずに付いてきたら此処に……」
「あなたバカなの?」
「むっ、そういうリナリア様は何故ここに?」
「私は、ルークに会いに神殿に行ったらいないって言われて、此処に連れてこられたのよ……」
「私とそんなに変わらないじゃないですか!」
「う、うるさいわね!」
取り敢えず何故ここに連れて来られているのかは、全員よく分かっていないらしい。
二人も連れて来られただけで何か言われた訳でもなく、私たちが来るまでこれと言った接触はなかったという。
そんな時、また新しく誰かが来たのか少し騒がしい足音が聞こえる。
「全員お揃いですね。これからあなた達の役目を説明しますので、しっかりと努めて下さい」
豚が来た。
神殿長の登場にルーカスは苦い顔を、リナリアは怪訝そうに、レティとシーラは不思議そうに役目という言葉にそれぞれが首を傾げた。
「えぇ。心から祈り、神獣様に助けを求めるのです! 国の危機であり、更に聖女の祈りとあればきっと届くことでしょう。幸いなことに聖女と呼ばれる女性が一人増えた様ですし、更にその祈りは強くなるでしょう」
「あなた……、何を言っているか分かっていて?」
「勿論。あなた方がしっかり努めなければ民が傷つくことになる。あぁ、リナリア様には違う手法を取った方がよろしいですか? そうですね、たとえばルーカスを——」
「止めてちょうだい!」
「……では、しっかり頼みましたよ。目覚めた神獣様は今の王家に失望し、そこを私がお慰めするのです! そしてこの国は、新たに宗教国家として生まれ変わる! あなたたちも上手く出来れば、国のトップとなる私の下で使って差し上げましょう。くふふふっ」
意味の分からない事を言って、気持ちの悪い笑い声を響かせながら去って行く背中を、全員が唖然と見ていることしか出来なかった。
「みんな、本当にごめんなさい……」
「だから、ルークのせいじゃないでしょう」
「そうですよ」
「あの〜、私はどうして此処に連れて来られたんでしょうか……? 役目も特に無さそうなんですけど」
「それは多分、余計なことをしないように連れて来られたんだと思います。君が殿下と僕の橋渡し役なのもバレているようですから」
シーラがいつの間にかとんでもない役割りを任されていたことに驚きつつ、レバンの能力を考えれば納得もした。
「これからどうしましょう? 祈るといっても、どうやってやれば? それにそんなことで本当に神獣様は現れるのかしら……」
「そんな訳ないじゃない。でもその内この状況も落ち着くはずよ。お父様が殿下に話をつけに行くと話していたから」
「それはっ、契約魔法なんてダメです!」
「私だって! 私だって契約獣がいるから分かるわ、あれが良くないものだって。でもこの状況をどうにかするには、もうそうするしかないのよ……っ!」
リナリアにも綺麗な鳥の契約獣がいると聞いていた。
彼女の言葉からは、父親とは違う考えを持っていることが分かる。しかし現状を変えるにはそうしなればいけないのだという、悔しさが言葉に滲んでいた。
「……きっとそれでも無理です。今回の魔獣の暴走に使った魔石は、今までの比じゃない」
蒼白い顔をしたルーカスから聞いた話は恐ろしいものだった。
魔獣の暴走はやはりあの変質した魔石が原因で、その魔石は多くの魔獣の亡骸を利用して作られるらしい。
そんなものをいくつか用意している彼等が信じられなかったが、その後の言葉には戦慄した。
「魔獣じゃなくて、人を使って作ったら、どうなると思いますか……?」
「……人を? ルーク、あ、あなた、何を言っているの……?」
「疑問を持たなかったですか? ここは教会なのに、教会の人間は一人もいない」
「まさか……っ!?」
「僕も信じられなかった。叔父があそこまでするなんて……。それで焦って殿下に伝えようとしていたところを見つかってしまったんです」
全員顔から血の気が引き、本当に最悪な事態になってしまっているんだと再確認した。




