39 - 育てた心
未だ各地で増える魔獣の襲撃。
王城でも有事に備え、騎士の訓練に力を入れていた。
そんな中、続く暗い話題の払拭と騎士たちの息抜きを兼ねた、公開訓練が行われる。
ざっと纏めるとそんな内容が書かれた手紙が、シーラから届いた。
◇◆◇
「あ、来た! レティ様〜、姉様〜、こっちですこっち!」
「シーラ、久しぶり! 元気にしていた?」
お城の中、騎士の訓練場へと向かう道の途中でシーラと合流した。
小柄な二人が嬉しそうにはしゃいでいる様は、とても可愛くて癒される。
今日はレティとシーラと共に、王城で行われれる騎士たちの公開訓練を見に来ている。
シーラから貰った手紙を読んだ時には、何が騎士たちの息抜きに繋がるのかが分からなかったが、今実際にこの場へと来て周りを見てみるとよく分かる。
私たちのように見に来た令嬢やその侍女または家族。休みなのか休憩か、お城で働いているだろう文官や使用人。
多くの人の姿があり、その中には家族か恋人か騎士へと声をかけたり贈り物を渡す男女の姿も見えた。
人々の表情はどれも明るかった。
「私今日が楽しみすぎて全然寝れませんでした! 普段は基本的に騎士棟は女性の立ち入りが禁止ですからね! 本当に、何度覗きに行こうと思ったことか……っ!」
「シーラ、嬉しいのは分かったけれど、そういうことはもう少し声を抑えて、ね?」
「だって、だってフィリップさんもいるんですよ!! あぁ、想像しただけで鼻血がでそうです……」
「えっ、ちょっとシーラ、大丈夫っ!?」
〈そんなに?〉
「……姉様は楽しみじゃないんですか? アルヴィン様もいるって聞きましたけど」
そう、今日の公開訓練にはフィリップとアルヴィン様も参加するらしい。
殿下主導の催しということでアルヴィン様は指導する側として、フィリップはそれを目的に潜り込んだらしい。
フィリップが剣を握っているのは公爵家での訓練で何回か見ているけれど、アルヴィン様のそういったところは見たことがない。
正直少し楽しみなのは事実だった。
そんな時、道の向こうからフィリップが歩いてきた。
もう訓練は始まっているらしく、普段とは違いシンプルなシャツとズボンだが、違うのはそこだけじゃなかった。
近くにいた女の子が話しかけ、小さい袋を渡している。それを笑顔で受け取ったフィリップは、一言二言話すと手を振りその子と別れた。
貰った物は片手に持った、大きめの紙袋へと入れられていく。
〈フィリップって、本当に人気があるのね〉
「だからずっとそう言ってるじゃないですか〜!」
と、そこでこちらに気づいたらしく近づいてきた。
「お嬢さん、あっちに殿下が席を準備してくれてますよ。案内するんで、着いてきて下さい。おー、シーラじゃん。久しぶりだな」
「お久しぶりです! あの、これ! 軽いものなので、小腹が空いたら食べて下さい!」
「さんきゅー、助かる」
そう言って受け取ったフィリップは、シーラから貰った物は紙袋には入れずにそのまま抱えて持った。
その小さな違いに何故か私が嬉しくなった。
案内された場所は貴族の令嬢用に、屋根による日陰と椅子の準備された場所だった。
奥の方には殿下が座っており、そこまで案内するとフィリップは戻って行った。
レティと殿下が挨拶を交わすのを何となく見ていると、その後ろ、いつもは彼がいる場所に初めて見るはずなのに何処か見覚えのある人物がいた。
「ああ、カミールは初めてか。ラーシュ・マスグレイヴ、近衛の副隊長だ。今日はアルがあっちにいるからな、代わりに付いている。名前から分かったと思うが、あいつの兄だ」
そう言われ改めて見た男性は、確かに色味こそ違うものの、キリッとした雰囲気などはそっくりだった。
「よろしく」と差し出された手を戸惑いつつも握り、私も頭を下げた。
しかしながら離されることなくずっと握られたままの手に、よく分からず首を傾げながら相手を見返す。
何故か見つめ合い、少しの不快感が混ざってきた頃、やっと手は解放された。
「なるほど。うちの弟はこの瞳にやられたわけですか。確かにあいつには、よく効きそうだ」
「はははっ、そうだろう? 最近はアルを揶揄うネタが出来て実に楽しい」
よく分からない会話から目を逸らし、シーラと二人少し離れた。
そのままシーラによる詳しい人物紹介を聞きながら訓練を見ていると、反対隣から視線を感じた。
どうやら私と同じく仕える令嬢に付いてきた子たちらしい。
ただ、その視線の温度はとても友好的には見えない。それに気づいたシーラが尋ねたが、「別に」とこれまた冷たい言葉が返ってくるだけだった。
用は無いらしいのでそのまま訓練を見ることにした。
そうこうしていると、興奮したシーラの抑えた悲鳴が聞こえた。
「きゃーっ。姉様見て下さい! フィリップさんとアルヴィン様ですよ! あぁっ、フィリップさんあんなに楽しそうに……。はぁ、あの剣になりたい」
これまで軽い指導をしているだけだったアルヴィン様だったが、フィリップに強請られたのか、二人で剣を交えていた。
その様子に隣のシーラは興奮していたが、私も普段は見ることのない彼の一面を見られて少し嬉しかった。技術のことはサッパリ分からないが、確かに二人とも楽しそうで、普段は真っ直ぐな彼の口角が上がっているのが見え、先日“見すぎだ“と言われたことを思い出した。
そのまま視線を逸らした先で、また先ほどの彼女たちと視線が絡まった。
「あなた、この前マスグレイヴ様と一緒に街を歩いていなかった?」
今度は話しかけられ驚いたが、その覚えのある質問には頷きを返した。
すると「やっぱりそうよ」「何であんな子が」などと向こう側で口々に言っていた。
人の多い街中でも彼は確かに目立っていたので、彼女たちも見かけていたのだろう。
「あなたしかも一緒に宝石店へ入って行かなかった? あの方とはどういう関係なの?」
その質問に答えたのはシーラだった。
「そんなこと、あなた達に答える必要ないじゃないですか。何なんですか? さっきから!」
「あなたこそ関係ないじゃない! 私たちはこの子に聞いてるのよ! ねぇ、どうなのよ?」
「……ちょっと、聞いてるの? 無視するんじゃないわよ!」
「〜〜っ姉様はっ! 彼女は喋れないんです。だから、代わりに私が……っ」
ずっと黙っている私に相手の言葉が強くなり、それに我慢出来なくなったのか、悔しそうにシーラが答えた。
すると相手は最初は怪訝な表情をしていたが、それでも私が黙ったままなのを見ると嘲笑の見える表情を浮かべた。
「なんだ、欠陥品なんじゃない。それなら何も心配する事ないわね」
「一緒にお店に入ったのもきっと付き合いか何かなんでしょう? あぁ、あなたの主人は殿下の婚約者だものね。そういうこと」
「ていうか、あなたその髪と瞳の色。よく堂々としていられるわね」
「ちょっ、なんて事言うのよ!」
怒るシーラの肩をたたき落ち着かせようとするも、相手の口が止まらないため上手くいかない。
「ホントのことじゃない! 身分や立場だけじゃなく、欠点ばっかり。あの方に相応しくないどころか、そもそも相手にされるはずがないわ!」
言うだけ言って満足したのか、彼女たちは自分の主人の元へと戻り、そのまま一緒に帰って行った。
そして残された私たちは……
「なっ、何なんですかあれーっ! 言いたい放題、めちゃくちゃなこと言って帰るなんて! すっごいムカつくんですけど!? 私今ならあそこの訓練に混ざれそうなんですけどー!!」
取り敢えず暴れ出しそうなシーラを抑えるのが大変だった。
もちろんそんな状態で周りに気を使うことなんて出来ず、シーラの叫びはレティたちにも丸聞こえだった。
少し落ち着いたシーラから軽く話を聞いたレティは、怒りよりも悲しみの方が強かったらしく、私のために泣いてくれた。
そんなレティを慰めるのは今は殿下の役目なので、私は帰ってからどう声をかけるか考えていると、思わぬところから声がかかった。
「二人がこれほど取り乱しているのに、言われた本人である君は何ともなさそうだな? それとも表に出していないだけか?」
彼と似ているけれど、やはり全く違う人を見ながら自分の考えを素直に伝えた。
〈言葉や言い方は確かに酷かったので腹は立ちましたけれど、喋れない欠点があることは事実ですし、髪や瞳もそうです。そのことについては昔から言われ慣れているので、特に今更思うことは何もありません〉
その言葉にレティとシーラが更に傷ついたような表情をするので、慌てて言葉を続けた。
〈アルヴィン様のことについては、身分や立場は置いとくとして、何回か手は出されて……?いるので、一応相手にはされていると思うんですよね。ですからこちらについても特に何も〉
目の前の相手は目を見開き固まっていた。
〈ああ、敢えて彼女たちに一言伝えるとするなら、“お前ら誰だよ”ですかね。少し口が悪いですけれど〉
その言葉を言い終わると同時に笑い声が聞こえた。
口を大きく開けた笑い方に、彼との違いをまた一つ見つけた。
「で、殿下、なんなんですかこの子……っ! 本気で言ってますよ!」
「そうなんだよ、アルが振り回されてるのが目に浮かぶだろう?」
「カミール……」
「姉様……」
呆然としているレティとシーラを安心させるように微笑んだ。
((強い……っ!))




