37 - 一歩の歩幅
〈忙しいのにすみません。今日はよろしくお願いします〉
「いや、一応仕事の一環で来ている。気にしなくていい」
〈お仕事なんですか?〉
「……そういう事に、なっている」
〈ふふっ。じゃあ、行きましょうか〉
レティと殿下、フィリップに見送られる中、二人で馬車に乗る。
◇◆◇
「カミール、北の森の様子を見に行こうと思ってるでしょう?」
部屋に戻り、紅茶を飲みながらゆっくりしていたレティに言われた言葉に目を瞬く。
〈え、凄いわレティ。よく分かったわね〉
「ふふん、あなたとの付き合いもだいぶ長くなったもの。だいたい考えが読めるようになったわ」
〈ふふ、時間が経つのは早いわね〉
「本当に……って、そうじゃなくて! カミール、一人で森に行くつもり? あ、アイビーはなしよ。彼女は森の中はまだしも、街中は無理なんだから」
本当に考えを読まれている事に驚きつつも、今回はちゃんと考えているので答える。
〈私もさっき聞いた話の後に、街中を一人で歩く様な無茶はしないわ。何かあったら困るもの〉
「そう、分かってるなら良かったわ。それでね、私、カミールの護衛にピッタリの人がいると思っていて……」
〈そうね、その事で私もレティに頼もうと思っていたの〉
「や、やっぱり!? やっぱりそうなのっ!?」
〈? えぇ、レティに聞かないと〉
「あー、なんか嫌な予感がするのは俺だけか?」
「アルヴィン様にお願〈フィリップを貸して貰える?〉
「〈……え?〉」
お互いに被った言葉に首を傾げた。
そして"やれやれ"みたいな仕草のフィリップを横目にレティに尋ねる。
〈どうしてアルヴィン様が出てくるの?〉
「え、えっと、なんか最近少し仲良くなってるかなって思って。カミールこそ何でフィリップなの!?」
〈うーん、いつも一緒にいる気心知れた相手だから?〉
「仲良いものね。……ハッ! ダメダメ、ダメよ! フィリップは私の(護衛騎士)だから、渡せないわ! だからね、ほら、やっぱりアルヴィン様に頼んだらどうかと……」
〈それは、困ったわね〉
「いやいや、一番困ってるの俺だわ。今のところだけ聞かれてみろよ。俺の明日はねーよ」
〈ふふっ〉
「お前は途中から分かっててやってんだろ」
確かにそうだが、今の言葉に嘘がないのも事実だ。
〈でもアルヴィン様に頼むのは本当に悪い気がするわ。あの人も忙しいでしょうし〉
そう言うと、ため息をついたフィリップが何処か真剣な表情でこちらを向いた。
「あのな、それは向こうが決めることだ。そもそもお前、何かあった時にすぐ俺を出す癖をやめろ。頼るなとは言わないし、俺も信頼されてるのは嬉しいよ。でもな、お前の周りは俺だけじゃないだろ? 何か頼まれて嫌な顔するやつなんかいねーよ。変な気も使わないし、無理なら無理って言う。甘えることにびびんな」
その言葉を聞いて、無意識にいつもフィリップに頼っていたことに恥ずかしくなった。
でもアイビー以外にそんな相手が出来ていたことに、少し驚きもした。
「俺に出来るんだから、他の奴にも出来るよ。……もう一歩、そこから踏み出してみろ」
レティを見るとこちらも真剣に頷いている。
〈……そうね。頼って、みようかしら……?〉
「カミール……っ!!」
〈でも、それならお屋敷にいる他の騎士の人でもいいんじゃない?〉
「あぁぁぁぁ……」
「そこはお前、空気読めよ。ほら、お嬢さんの顔見てみろ。泣きそうだぞ」
〈流石に今のは冗談よ〉
「だからお前の冗談はいつも分かりにくいんだよ……」
「……?」
〈レティ、私の代わりに聞いてもらってもいいかしら? もし大丈夫なら日にちはそちらに合わせるってことも〉
「! 分かったわ、急いでユーリ様にお手紙書くから待っていて!」
笑顔で便箋を取り出すレティに、もう準備していたのかと苦笑いが溢れる。
「多分問題ないだろ。騎士なんて頼られるのが嬉しいやつの集まりだよ」
〈それは自己紹介かしら?〉
「……」
〈ふふっ〉
気まずそうにそっぽを向いたフィリップに、心の中でお礼を言っておいた。
そうして書いた手紙を急ぎで届けさせると、これまた急ぎで戻ってきた返事には問題ないとの事。
流石に日程の調整のため次の日とはいかなかったが、それでも二日後と決まり——
今。
私はアルヴィン様と二人馬車にいる。
正面に座る彼は今日もキッチリと騎士服を着こなしており、その隙のなさは彼の性格がとても良く現れていると思った。
そうして少し観察していると、それは相手も同じだったらしい。
「普段とは服装が違うからか、少し雰囲気が違って見えるな」
〈……あぁ、レティが、仕事じゃないんだからちゃんと私服を着るようにって、言うものですから〉
話しかけられるとは思っておらず、少し反応が遅れた。
話しながら見下ろす自分の服装は、シンプルながらも洗練されたデザインのワンピースだ。
自分の服装に特に拘りのない私に、レティと奥様が何着か買って下さったものだ。
そう、私は少し前に誕生日を迎え、二十歳になった。
旦那様には少なくないお金と、イリス君からはフェネーク改め、ニックと名付けられた魔獣と共に庭で摘んだ花束と、お菓子を貰った。
フィリップにはふわふわのブランケットを、シーラはレバンを通して髪飾り、屋敷の使用人仲間はみんなでちょっとしたパーティをしてくれた。
贈り物はカッセル伯爵家からもあった。
そして母からは、心の籠った手紙と刺繍入りのハンカチが今年も届いた。
数日前のことを思い出し、思わず頬が緩む。
「なんだか、申し訳ない」
〈え?〉
「いや、私の服装が……」
〈アルヴィン様はお仕事ですからね〉
「……」
〈私はどちらでも構いませんよ。付き合ってくれたことが嬉しいです。ありがとうございます〉
「……あの森のことは殿下も気にしているようだから」
〈ふふっ、やっぱりお仕事じゃないですか〉
「うっ……」
馬車ではそんな会話をしていた。
北門に着いてからは馬車を降り、そこからは歩いて行くことにした。こちら側は舗装がされておらず道が悪いのだ。
私も彼もお喋りな方じゃないので無言のまま歩き続けるが、別に苦じゃなかった。
通り過ぎる風に軽くはためくスカートが、私の気持ちを表しているみたいで少し面白かった。
〈……あ〉
「どうかしたか?」
道の先に少し前まで住んでいた家が見え、思わず声が出た。
それを伝えたが彼は首を傾げ、そのまま家の前に着くと信じられないという表情をしていた。
「……信じられない」
いや、言葉でも頂いた。
「大きさと、築年数は置いておくとしても、防犯面はどうなっているんだ? この扉、鍵はどこにあるんだ?」
〈え? 鍵なんて無いですよ。こんなところまで来る泥棒なんていませんし、そもそも盗まれて困るものも無かったですし〉
「……信じられない」
二回目を貰った。
〈少しばかり古ぼけて見えますけど、中は割と綺麗なんですよ〉
そう言って扉を開けようとすると、把手が取れた。
「〈……〉」
人が住まなくなった家は劣化が早いというが、早すぎないだろうか。
取れた把手をそっと地面へと置いた。
〈……今のは、忘れて下さい〉
「……」
〈えーと、小さいながらも浴場も一応あったんですよ〉
「……一応?」
そう言って家の裏手側へと案内をする。
少し離れて建っている小さい建物がそうだ。
「何故、離れている……?」
〈さあ? 最初からこうだったので〉
「……鍵は?」
〈……無いですね〉
こんなところに覗きに来るような人もいないので。という言葉は飲み込んだけれど、多分伝わってしまったのだろう。
何も言われていないけれど、叱られているような気がする。
「君は、いつも思うが危機感が足りていない」
そう言った彼は、少し空いていた距離を一歩で詰めた。




