36 - 森の番人
「どうやら失敗したみたいです。ですが、予め対策はしておいたので、こちらに繋がることはないでしょう」
「……ふんっ、まあいい。もう一つは成功したようだからな。次の作戦に移る。あの豚も余計なことをしてくれた。聖女だなどと……くだらない」
「……本当に、新しく加護を授かれるのでしょうか?」
「さあな。私ならあんな豚に加護をやるなどまっぴらごめんだがな。そもそも加護が本当にあるのかも怪しい。そんな中で唯一今も残っている魔獣との契約魔法陣は堅苦しく古臭い。我々には加護も、魔法陣も、もう必要ない」
男のこの国の根幹であった神獣を否定する様な言葉に、それを聞かされた青年は少したじろぐ。
「……お前の方はどうなっている」
「……まだ、部隊内には新しい考えに否定的な者もおりますが、魔獣と契約してうちの部隊に入りたい者は多いですし、時間の問題かと」
「そうか。そちらはまかせる。魔獣との契約があればどれほど他国に有利に出れることか……。彼奴らは何も分かっていないのだ。……リナリアは何をしている?」
「部屋にいると思いますが……?」
「計画の実行は近い。余計な事をしないよう、良く見ておけ」
「はい、分かりました」
「……害虫は床を這うばかりじゃなく飛ぶこともあるのを忘れるな」
「……はい、分かりました」
窓の外、紅い瞳が見つめる先にあるのは——
◇◆◇
吹く風が大分冷たくなって来た頃。
なんだか最近アイビーの様子がどこかおかしかった。
夜はだいたい私の部屋に来て一緒に寝ていたのに、最近はいないことが増えた。
昼間も姿を見ないことが増え、影を通して繋がりはあるものの、少しの寂しさを感じていた。
そんなある日——
〈え? アミーが?〉
「そうなの。なんだか最近夜中に突然起きて、部屋のなかをウロウロしていることがあるの。この前の事がストレスになっていたりするのかしら?」
レティの膝に乗るアミーを見るが、普段と変わりないように見える。
〈何かあるのかしら? 最近、アイビーも夜にいないことがあるの……〉
「アイビーも? これは偶然、で片付けていいのかしら……?」
そうしてレティと二人首を傾げていると、フィリップが部屋に来た。
「おーい、カミールお客さん」
〈? ……私に?〉
「おう。ほら前にみんなで出かけた店の、こうほわっと、ぽちゃっとした……」
〈……カザルムさん?〉
「それだ! その人がなんか急用だとかなんとかって、ちょっと慌てた様子で来てるぞ」
〈何かあったのかしら? ……レティ〉
「私も一緒に行くわ。もしカミールに何かあるのだとしたら、しっかり聞いておかないと! あなたはきっと私たちには隠してしまうもの」
面倒事だった場合、巻き込みたくないため一人で聞きたかったのだが、全て見透かされているらしい。
絶対に付いていくという顔で、両拳を顎の下で握っているのは可愛いけれど、困った。
フィリップを見ると、こちらは諦めろとでも言う様に肩をすくめる。
仕方なく三人で話を聞きに行くことにした。
応接室に付くと、カザルムさんは椅子に座らず立っていた。
「カミール……っ! あ、これは失礼致しました、お久しぶりでございますヴィオレット様。本日は突然押しかけるような形となりました事、深く謝罪致します」
「お久しぶりです。謝罪は受け取りました。取り敢えずおかけ下さい」
「はい、失礼致します」
「カミールの事だと伺ったので、こうして私も同席させて頂きます。彼女に何か?」
レティの言葉に言ってもいいのか、私の様子を見るカザルムさんに頷きを返す。
「……いえ、もうカミールだけの話ではないのかもしれません。その、私が以前カミールからクツァールの羽根を購入したのはご存知ですか?」
「えぇ、カミールから聞いています。……もしかして?」
「お恥ずかしい話なのですが、うちの上の倅が口を滑らしまして……。あいつにはカミールのことは話していなかったのですが、以前店で大金を渡したことと、時期、北の森を結びつけたようで……」
その言葉に天井を向き目を瞑る。
うろ覚えの顔と共に、ふつふつとした怒りが湧き、かき消すように目を開けた。
やっぱりあの羽根が私に運んでくるのは、幸運ではないらしい。
「カミールはこちらに住み込みで働いているので、関わりを持てない者たちが情報だけを頼りに、北の森にクツァールを捕まえに何度も入っているのです。まあ、それで上手くいくならここまで羽根が高価になっていませんがね。それで、もしカミールがこの屋敷から外に出ることがあれば危ないかもしれないと、手紙でも出そうと思っていたのですが……」
「ですが?」
「……先日、この屋敷に何者かが侵入したと耳にしました」
その言葉でピンときた。
だからカザルムさんは急いで訪ねて来たのかと。
「仮に、それが原因でその様なことが起こったとします。しかし罪は犯行に及んだ者にあります。あなた方を責めるつもりはありません。ただ、息子さんには今後この様なことがないようにきつく言い聞かせておいて下さい。二度目はどうなるか、私も分かりませんよ」
「勿論でございます! 本当に申し訳ございません。……カミールも、昔といい今回といい本当に申し訳ない」
酷く落ち込んだ様子のカザルムさんに、怒りに固くなっていた肩の力を抜き首を振る。
カザルムさんが悪いわけじゃない。
肩を落としたカザルムさんを見送ると、レティに向き直る。
〈……レティ〉
「謝るのはなしよ? カミールのせいじゃないし、そもそもそれが理由かどうか分からないでしょう? 犯人だって私の部屋に来たのだから」
〈……そうね。終わったことはしょうがないもの。これから迷惑かけないように気をつけるわ〉
「んー、そういう訳じゃないんだけど……。やっぱり今日一緒に話を聞いて正解だったわね」
「そうだなー。カミール一人で聞いてたら、今頃カザルムさんの息子締めに行ってんじゃないかー?」
〈……そんなことしないわよ〉
苦笑いのレティと茶々を入れてくるフィリップに返事にしながら、もしやと思い口を開く。
〈最近アイビーの様子がおかしかったのはその所為かしら? 森に人がたくさん来るから、見張りに行ってた……?〉
「何を見張るんだよ?」
〈それは、私も良く分からないわ。そもそも初めて会った時からアイビーはずっと北の森にいて、確かに森を荒らそうとする人には厳しかったけれど、あまり深く考えたことが無かったわね〉
「森の番人って呼ばれてんだっけ?」
〈だから、森を荒らされたくなくて〉
「アイビーはいったい何を守ってんだ……?」




